次なる陰謀
深く薄暗い森の中、二人の人物が何か目的を持っているのか、しっかりとした足取りで歩を進めていた。双方とも一般的な旅装姿で、片方は男性。銀髪を肩に掛かる程度に伸ばした美青年で、もう片方は黒髪の女性。
「一つの戦いは終わった……が、幸いながら俺達のことは誰も気付いていない」
そう告げるのは男性。そして女性へと視線を送り、
「ただ、イドラとは異なり俺達に戦力はない……騎士団としてまとまった異能者達とどう戦うか、ドミニクは何か思い浮かぶか?」
「さっぱりね」
肩をすくめる女性。そして彼女は男性を見返し、
「そっちは余裕そうね。レイモン、何か手があるのかしら?」
問われた男性――レイモンは意味深な笑みを浮かべ、
「ああ、確実な手が」
「へえ? どういうやり方?」
「昨日酒場で仕入れた情報で、面白いものがあっただろう」
「酒場……確か、異能者同士の会合が開かれる、ってやつね」
その言葉でドミニクも合点がいったのか「なるほど」と呟いた。
「そこで一網打尽、ってわけ?」
「そうだ。無論リスクはそれなりにあるが、な……」
「けれど具体的にどうするの? 会合ってことはそれなりに地位のある人間しか立ち入れないわよね?」
「そこについては考えがある。そう難しく考える必要はない」
レイモンの顔は既に策が成ったとばかりに喜悦に染まっている。そんな様子を見たドミニクはやれやれといった様子で肩をすくめた。
「相変わらずだね、あんたは」
「そうか?」
「ま、いつもの調子でいてくれた方が私としてもやりやすいしいいけど……で、目的地は?」
「会合が開かれる……ゾディア王国首都、フロービウスだ」
笑みを絶やさぬままレイモンは応じる。続いて彼は肩をすくめ、
「同士に連絡をしなければならないな……さて、楽しくなりそうだ」
「謀略を巡らせている間が本当、生き生きしていて見ていて楽しいわね……ただ、もし失敗したら確実に死ぬわよ」
「そうだな。だからこそ面白い」
むしろ苦境だからこそ、燃える――そんな見解を抱いているように見える。
そこでドミニクはため息をついてこれ以上の言及はしなかった。なぜならこうなってしまった彼を止める術を彼女は知らないからだ。
そうしてドミニクはブツブツと策謀を巡らせ始めたレイモンを眺めながら、目的地へと進む。彼に帯同する理由は様々あるが、その中で彼に対する興味もまた入っている。
(正直、いつか策に失敗して悲惨な結末を迎えそうだけどね)
彼と同行してから、幾度となく危険な状況に陥った。けれどレイモンはその全てをねじ伏せ、大きな力を得ている。
もっとも、それが今度も上手くいくとは限らない。何せ今回の相手はレイモンと同じ異能者――しかも各国が保護する異能者が相手だ。
「レイモン、仕掛けるのはいいとしても勝算はあるのかしら? さすがにその場で対応するとかは――」
「そこについては問題ない」
確信を伴った声だった。次いでレイモンはドミニクへ視線を送り、
「俺の異能と、同士の力……それを組み合わせれば、勝てる戦いだ」
「とはいえ、あのイドラを破るほどの騎士団もいる。いくら考えても予定外のことが起きそうだけど」
「そうだな……特に彩破騎士団の団長であるユティス=ファーディルは脅威だ」
語るとレイモンはギリッ、と奥歯をかみしめた。
「あの異能は俺にとって最悪の障害とも言える……しかし、彼はまだ気付いていない」
気付いていない――ドミニクもその点については嫌と言うほど聞かされているため、理解できる。
――この異能者同士の戦いにおいて、レイモンはある秘密を知っている。
「秘密については以前からも話した通りだが……もしそれが露見するようなことがあれば、この戦は十中八九勝てなくなる」
「その秘密を最も知られてはいけない相手が……それがユティス=ファーディルというわけね」
「そうだ。とはいえこの秘密について自覚する可能性は低い。彼が抱える異能……いや、異能者全てに言えることだが、異能を扱うが故に、視野狭窄に陥っていると考えるべきか」
「でも、レイモン。もしこちらが仕掛けるとしたら、その秘密がバレる可能性はあるんじゃない? 他ならぬレイモン自身が――」
「それはやり方によるな。だからこそ同士がいる」
レイモンは意味深な笑み。既に秘密が露見しないような対策については、頭の中で浮かび上がっている様子。
「そこさえ誤らなければ、大丈夫だ……まあ彩破騎士団の面々を含め、異能者以外の能力について注意した方がいいかもしれないな。異能者同士の会合とくれば当然、相応の護衛を伴ってくるはずだろうから」
「そうね……むしろそちらの対応が鍵かしら?」
「かもしれない。さあ、楽しくなってきた」
――ドミニクは思う。異能に関する秘密が露見してしまえば窮地に立たされる。それは間違いないが、レイモンは露見する可能性を考慮した上で、バレるかバレないかを楽しんでいるようにも見える。
(この辺りは、ギャンブラーみたいな臭いがするわね)
口には出さなかった。レイモンはこの考えを喜ぶだろうし、ならば「さらにベットを上げよう」とか言って、リスクを増やしかねない。
そうした姿を見て、ドミニクはさらに思う――ある種、だからこそ彼に惹かれ共に動いていると考えることもできる。
そう、異能者同士の戦いの果てに存在するものは、この世界の危機だが――ドミニクとしてはそんなことはどうでもよく、ただレイモンの行く末が見たいと思っている。
(ある意味私も、似たもの同士なのかしら)
自分もまた彼に追随する以上は死線に身を置いていることは間違いなく――それでも彼を追う以上、同じ穴のムジナかもしれない。
「ドミニク、無論のことだがそっちにも協力してもらうからな」
レイモンが告げる。それにドミニクは当然とばかりに頷き、
「ええ、喜んで協力させてもらうわ……戦いを特等席で見たいしね」
その言葉にレイモンは笑う――それは会話のそぐわないほど、あまりに無邪気な笑みだった。