城の中で始まる事
その後、ユティスは馬車に乗り都へと辿り着く。結局あれから倒れてしまい、馬車の中でもずっと寝込むこととなり、さらに都に帰ってからもベッドに臥せる有様だった。
「本当に、ご苦労様」
騎士服のフレイラがベッドの横に座り、ユティスへ告げる。
戦争が終結し四日が経過している。その間に王は捕虜のことや、ウィンギス王国にどう対応するかなどの方針を固めた。
「ウィンギス王国については、まず戦争の発端となった王族に対しては厳正な処罰が行われる」
「そっか」
「後は混乱が生じないよう色々と処理を行うだろうけど、これは時間がかかるし私達が関われることではないから、任せることにしよう……で、重要なのはここから」
「重要?」
聞き返したユティスに、フレイラは重い声音で応じた。
「陛下はユティスのように『彩眼』を持つ人間に関する情報を、ウィンギス側に要求した」
「え……?」
ユティスが眉をひそめる間に、フレイラは続ける。
「陛下はおそらく、今後このような存在が出てくる可能性を危惧している。だからこそ、情報を少しでも手に入れなければならないと、思っている」
「それは……」
そんな国に挑戦するような輩が、そう何度も――思って、ユティスは一つ考え付いた。
先の戦争――十万の兵と、犠牲者を一人も出すことなく勝利した風の聖剣。どちらも『彩眼』を持つ人物がもたらしたものだとは、間違いなく噂などで諸国に伝わってしまうだろう。そうなれば様々な国が在野に存在する異能者を集め始める可能性がある。そして、最悪――
「悟ったみたいね」
ユティスの推測に同意するかのように、フレイラは頷いた。
「近年、『彩眼』を持つ異能者の存在が出てきたというのは、偶然なのか作為的なものなのか……どちらにせよ、ユティスのことを含めて色々調べないといけないのは間違いない」
「……うん」
ユティスもそれに同意する――同じ『彩眼』を持つ相手が、転生前の自分と関係のある人物だった事実は、非常に大きい。
「そこで、一つ訊きたいの……あの、万軍を操っていた存在について。どうもユティスは、見覚えがあったみたいだけど」
「それは……」
ユティスはあの場にいた者達に「見知った人物」とだけしか説明していない。
もっとも、ユティスとしてもどう語ればいいかわからなかった。自分は転生する前の記憶があり、それはこの世界とは異なる場所で――などと言い、信じてもらえるのかどうか。
「……時期が来たら、話すよ」
だから、ユティスはそう述べるしかなかった。対するフレイラは聞きたそうにしたのだが――苦悩の色を見て取ったか、それ以上言及せず話題を変えた。
「……それで、私達のことだけど」
「あ、うん」
「ユティスの力についてはきっちり周知されてしまった……加え、私の方も」
――先頭に立ち風の聖剣を振るったのは、他ならぬフレイラ自身。だからこそユティスよりも目立つ存在となってしまい、挙句の果てには『武の女神』などという称号がつけられた――というのは、ユティスもセルナから聞いていた。
「……どうするの?」
「どうするって……私の技量で女神扱いされるのは、戸惑う以外にないよ」
心底疲れた声と共に、ため息をつく彼女。余計な心労が生まれてしまったのは事実だが――
「けどまあ、これから頑張っていけばいいんじゃないかな」
「……え?」
「戦功から考えても僕らはペアで扱われるはず……そこから考えて、しばらくは二人とも城か都で暮らすんじゃないかな。僕の力が必要だとか言って」
「確かに、陛下は必要だと語っていたはず」
「だろ? なら、その間に頑張って名の通りの実力を身に着ければいいじゃないか」
「無茶言わないでよ……」
肩をがっくりと落とすフレイラ。それを見てユティスは苦笑しつつ、
「式典でフレイラが語った通り、長い付き合いになりそうだけど……改めてよろしく」
「……よろしく」
フレイラは顔を上げ、複雑な顔をして応じる。
「あ、そういえばあれ」
と、そこでユティスは部屋にある机の上を指差す。
「指輪なんだけど……怒涛の展開だったから忘れていた。もう必要ないよね?」
「……そう言われてみればそうね」
フレイラは言いつつ自身の指輪を見やり、それを外し、
「……ユティス」
「うん、何?」
「……改めて、ユティスをこういう形で巻き込んでしまったことは謝る。ごめんなさい。私自身、襲撃計画のことで頭が一杯で……振り返ってみればもっと、上手くやれたはずだと思うし――」
「終わりよければすべて良し、だろ?」
ユティスは言う――戦いを通して、フレイラに対し友情的なものが芽生え始めていた。
同時に、ユティス自身あれだけの大業を成したのを自覚し――少なからず自信も生まれていた。そして、そのきっかけを与えてくれたのは、自身が生み出した聖剣を握り勇ましく十万の兵を一掃した武の女神。
「僕は……別に不快に思っていないよ。僕の異能で国を救い、国の人が誰も死ななかった……それは、間違いなく正解の道だろ?」
「……そう、だね」
「なら、良いと思う」
「……ありがとう、ユティス」
小さく頭を下げ、フレイラは部屋を後にする。その姿を見送った後、ユティスは小さく息をついた。
「とはいえ、これから大変だろうな」
フレイラには言わなかったが――いや、彼女もまた当然、気付いているはずだ。
これからおそらく、権力争いに巻き込まれる。それがどういう形で襲ってくるかわからないため、漠然とした不安もある。
「厄介だ」
結論を、ユティスは口にする。外に敵がいなくなるということは、間違いなく内で争うに決まっている。
できれば避けたいところだったが、賽は投げられてしまった――胸中呟きつつユティスは、考える。王からの沙汰もまだ来ていないため、現状どう動けばいいのかもわからない。
けれど、間違いなく権力という魔物が目の前に現れる。だからこそ、覚悟を決めなければならない。
「……まずは、陛下からの指示を待つか」
ユティスはまとまりきらない頭でそう結論付け――家族の事などを浮かべながら、目を閉じる。
ひとまず、眠ろう――ユティスは思い、体もそれに応えるべく睡眠へと入った。
* * *
騎士ロランは戦争開始時からの城の護衛をようやく終え、城内にある騎士の詰所で一息ついていた。戦争時大幅に警備のシフトが変更され、今日ようやく戦争前の状態に戻され、ロランもお役御免となった。
「結果的に、評価はプラスになったんだろうけどな……」
戦争でほとんど役目の無かった騎士や随伴した諸侯と比べれば、理路整然と指揮していたロランの方が評価される可能性もあった。けれど、
「……見たかったな。この目で」
兵士達が話をする、フレイラの活躍を見たかったというのが本音だった。
戦いの顛末を聞けば拍子抜けもいい所なのだが、それはあくまで結果論。ユティスとフレイラがもたらした功績は途轍もないことであり、二人はこれから大変だろうとロランはつとに思う。
「紛れもなく国を救ったわけだからな……実際、動いているのは間違いない」
チラリと詰所の端を眺める。そこには親友アドニスの姿と――見慣れない貴族の姿。
おそらく、ユティスの功績を考慮しアドニスに色々と口添えしているのだろう。貴族達は今回の件を利用し、ファーディル家自体に色々と干渉するに違いない。
「問題はフレイラではなくユティスの方か」
民衆にとっては、勇ましい活躍を見せたフレイラの方に話の軸が移る可能性が高い。しかし国を救った主役はむしろユティス。その『創生』の力は紛れもなく絶対的なものであり、大地の魔力を利用したとはいえ、空想上の聖剣を生み出した事実は揺るがない。
本来、研究的な意味合いの功績が無ければ認められることはないはずだが、たった二日にもかかわらずロランの耳には彼が『聖賢者』入りするのでは――などという頓狂な噂まで存在している。
「常識的に考えて、そんなことはありえないと思うが……功績考えると、どうなんだろうな」
ユティスが望む望まないは関係なく、何かしら王から彼には贈られることになる。とはいえそれがどのようなものなのか一切わからない。だからこそ、貴族達は好き勝手に噂しているわけだが――
「落とし所は……わからないな」
ただ一つロランが思ったのは、ユティスと同様の『彩眼』を持つ者の対策――ユティスはおそらく、そうしたことに関わるはず。
そうなると騎士団や宮廷魔術師からそちらに人が異動する可能性もあったのだが、難色を示しているという噂も耳に入っていた。おそらくこれはユティスの功績を危惧し、権力を持たせまいとする者達の妨害工作だろうと思う。
「角が立たないやり方としては、独立した組織を編成することだが……それでまともな戦力が整えられるのか」
そんな風に呟いていると、またもアドニスの下に別の貴族が現れる。そして一言二言会話を交わした後、アドニスは首を振り貴族が退散する。
「ふむ……」
ふと、ロランはファーディル家の他の面々のことが気に掛かった。アドニスも権力レースをこなしていくためには、何かしら派閥に所属する必要があるかもしれない。
「そうだとしたら、厄介だな」
そういう面についていえば、アドニスより次男の方が優れている。何せ文官であるため、政争を繰り広げるには最も適した人物。
「おまけに野心家なんだよな……さらに、アドニスと組むことはないだろう」
仲があまり良くなかったはず――さらに、ユティス達の弟や妹はどう立ち回るのか。特に弟は宮廷魔術師を約束されているとまで言われる人物。胸中はどのようなものか。
「……傍から見ている限りは面白いのかもしれないが」
ロランはため息をつく。アドニスの親友というポジションである以上、何かしら話が向けられる可能性は、ある。
そういった物事に対して覚悟はしておかなければならない――とはいえ、ロランとしては逃げたい気分だった。
「……ま、出たとこ勝負だな」
今後、ユティスだけではなくファーディル家自体が城の中で良くも悪くも中心となっていく可能性が高い。
そして、貴族達は思っているはずだ。このまま無為に過ごしていれば、いつか国を救ったユティスという存在に食われるかもしれない。
ロランは思うと再度ため息をついて立ち上がった。城の守護という役目は終わったが、念の為異常がないか確認しようと思ったためだ。
詰所を出て廊下を歩いていると、前方にフレイラの姿を認める。騎士服が異様に似合っており、ロランは思わず苦笑する。
「救国の、騎士。そして武の女神か……確かに、様になるな」
そんな感想を漏らしつつ――ロランは、見回りを続けるべくゆっくりと歩を進めた。