打ち破る
テオドリウスは負傷し、勝利は決定的とも言える――が、最後まで油断はできない。
それに、異能を自在に操ることができれば――ユティスがテオドリウスの行動を読もうとしている時、アシラが仕掛けた。
これまでと同様、容赦の無い一閃。だがテオドリウスは異能でそれを防ぐ。負傷してもなお、異能については能力が維持されている。しかし剣術に支障を出るのは自明の理で、ユティスとしても剣術勝負に持ち込めば確実に勝てると確信する。
(異能の制約上、対象を一人に絞り込むしかない……というより、拡散すればそれだけ効果が落ちるか、集中できないか)
となれば、ジシスが踏み込めば――その考えに従うようにジシスがテオドリウスへ迫る。
けれどそこで、ジシスの足も止まった。もしや、
(異能の効果が拡大している……!?)
「――この異能の特性はよく理解している」
そこでテオドリウスが話し始めた。
「また同時に、剣術面で負傷してしまえば窮地に立たされることも」
「よって相応の対策をしている、というわけか」
「当然だろう」
テオドリウスはここで剣を手放した。何事かと思いながらユティスは見守っていると、彼は両腕をかざし異能発動を継続する。
「無茶苦茶だな……!」
アシラがこぼす。それと同時に彼とジシスの足が完全に止まってしまった。
今や異能によって完全に動きが封じられている状況。とはいえ二人を対象にして異能を発動するのはかなり負担になるのか、押し留めるだけで吹き飛ばすようなことにはなっていない。
「……さすがと言いたいところじゃが」
と、ジシスが口を開いた。
「これでは単なる時間稼ぎにしかならんぞ」
「当然だ」
直後、テオドリウスの手先に魔力が溢れる。それが何なのかユティスが理解した直後、アシラは即座に剣をかざし盾のように構えた。
すると刀身にガキン、と重い音が響く。異能を用いた衝撃波、といったところか。
「食らうのは危ないけれど、決定打にはならない」
「確かに、な」
テオドリウスも同意する――気付けば彼の首筋には汗が浮き出ていた。
剣術勝負では負傷もあって勝てないと判断した彼だが、広範囲に異能を発動させている現状では相当な集中力を必要としている。剣術で戦い続けてもジリ貧だったわけだが、現状においてもそれは同じ。
ただ無理をすれば衝撃波を放ったように異能で一方的に攻撃することはできる。ならばどうするのか――
「……アシラ」
ジシスが告げる。それに彼は黙ったまま頷いた。
「テオドリウス……確かにその異能は脅威であり、おそらく単独では抗うことはできなかったじゃろう」
ジシスは淡々とした口調で語り始める。
「異能には様々な特性はあるが、戦いにおいて動きを制限されることは致命的なものとなる。よって一騎打ちでは圧倒的な力を所有していることは間違いなく……じゃが欠点が二つある」
「その一つは広範囲に使用できない、とでも言いたいのか?」
テオドリウスが問うとジシスは静かに頷いた。
「現在、かなり無理をして異能を発動している……それが長く続かないのは儂の目から見てもわかる。無茶な運用をし続ければ当然体にも跳ね返ってくる。ここで無理をしても後が無いぞ?」
「構わないさ。お前達を片付けることができれば、な」
「じゃが動きを止めているだけじゃな?」
「そう思うか?」
――ここに至りユティスにも理解できた。異能により発する魔力の奥底で、着実に大きな力が湧き上がっている。
異能発動中はそれしか使えないはずなので、この力もまた異能に関するものであるはずだが――魔力の大きさはかなりのもので、下手すればジシスやアシラを撃ち抜くかもしれない――
「やれやれ、完全に足を止めた状態でそんな盛大なものを放つか」
どこか面白そうに、ジシスは呟いた。
「回りくどいやり方じゃし、魔力も大量消費する手法じゃが……まあ現状では最適なやり方か。とはいえそれで、仕留められると思っておるのか?」
「一人一人確実に潰す。まずは、お前からだ」
テオドリウスの目はジシスに注がれる――大丈夫なのかとユティスが不安に思った矢先、その魔力が、放たれた。
ジシスがどうにか矛を動かし防御の構えをとる。直後、衝撃がジシスの体を襲った。金属音が天高く響き、ユティスの視界に体が吹き飛ばされたジシスが映る。
「ジシス……!」
叫ぶと、彼が一瞬だけユティスを見返した。そこには笑み――無事だという意思表示。攻撃はどうにか防ぎきった。
そこでアシラが動いた、ジシスに力を集中させていたことにより緩みが生じ、動けた。テオドリウスへ向かって、一気に駆ける。
とはいえ距離があるためテオドリウスは異能を用いて動きを止めるはず……その予測は当たり、テオドリウスはアシラの進撃を留めようと手をかざす。
だが――止まらない。
「何……!?」
テオドリウスも予想外の状況。異能を維持しているはずなのに、アシラはそれでも踏み込む。
「――最大の欠点は、その異能の特性にある」
そこでジシスが語り出した。
「常に異能を発動し動きを制限する……それによってそちらの魔力の多寡や動きを常に肌で感じ取ることができる。それでも常人ならば異能に対応できないじゃろうが、アシラならば、どの程度の力ならば動けるか……それを察することができ、また対応できる」
――テオドリウスが魔力を高め、アシラを押し返そうとする。だが間に合わなかった。
アシラはどの程度の魔力で、どのように異能を用いているのか、異能にさらされることにより完全に理解し、異能に対応できる手法を確立した――ただユティスにはできない。いや、戦いながらそんな真似ができるのはおそらく彼だけだろう。
ジシスへの攻撃をアシラに向けていたら勝敗は違っていたかもしれない――いや、それも結局この攻防の結末が変わっただけ。いずれテオドリウスは限界を迎え、敗れただろう。
どちらにせよ、傷を負った時点で勝負は決まってしまった――アシラの剣戟が、テオドリウスへ入る。肩口から入ったその剣閃は、勝負を決めるのに十分なものだった。
次の瞬間、異能が途切れテオドリウスの体は倒れ伏す。こうしてようやく、アシラ達の戦いに決着がついた。
(残るは……二人)
イドラと少年。もっとも少年の方も異能を維持しているためか息を荒げている。おそらくそれほど経たずして限界を迎える。
戦いが終わる――そう確信した時、ユティスは背後に気配を感じた。