敵の正体
「このまま騎士フレイラと共に兵の撃滅を開始する!」
危機を脱したフレイラの耳に騎士団長ハイズレイの言葉が響き、そのタイミングで馬を預けた兵士が近寄ってきた。
フレイラはすぐさま騎乗し、ハイズレイに首を向ける。
「申し訳ありません、危ないところを……」
「礼を言うのはこちらの方だ。私自身、その策には半信半疑だったが……」
それ以上何も語らず、聖剣を一瞥。
「……敵には魔力ではなく本物の兵もいる。私達は、そうした面々に対しそなたを守ろう」
「ありがとうございます」
フレイラが礼を述べると同時に、騎乗した騎士達が前線へと辿り着く。
「騎士フレイラ。その聖剣は、魔力の塊だけを滅するのか?」
「そのようにユティスから聞いています…」
「わかった。では私達がそなたに対する攻撃から守ろう。兵の撃破は、任せる」
ハイズレイからの言葉――フレイラは僅かな緊張と共に首肯すると、手綱を握り直し走り出した。
同時に、後方から声が聞こえる。それはフレイラの行動を応援するような響き。フレイラはその言葉によって、力を増すような気がした。
馬が疾駆し、真っ直ぐ『彩眼』の使い手がいる後方まで突破しようとする。白き兵達はそれを阻むべく特攻を行うが、
「――ふっ!」
フレイラは馬上から馬に当たらぬよう斜めに一閃。風が生じ、それが迫ろうとしていた兵に直撃し、光となる。
これはもう、一方的な虐殺と呼んで差し支えないような状況だった。最早戦いとは呼べず、近づいた兵をひたすら風により蹴散らすだけ。馬に乗りながら撃滅を繰り返していると、あっというまに十万の大軍が半分以下に変じる。
(これが……『創生』の力)
凄まじいと、フレイラは改めて思う。彼は大地の魔力を借りうけ、空想上に存在する伝説の剣を生み出した。その力は紛れもなく本物であり、今まさに祖国を救おうとしている。
フレイラは剣を握り直しさらに剣を振る。画一的な兵達は逃げる間もなくその全てが消え失せ、時折来る火球や光弾といった魔法は、全て騎士が叩き落す。
その連携を繰り返し――やがて、後方に陣取るウィンギス兵を発見した。
「総勢五、六十といったところか……」
ハイズレイは呟くと、フレイラに一度首を向け、
「彼らの周囲にいる白き兵を全て撃滅した後、呼び掛ける」
何がしたいのか機敏に察する。相手から異能による兵を全て奪い、降参させようとするのだ。
「わかりました」
フレイラは承諾し、剣に込める力をさらに強くする。なおも断続的に兵達は四方八方から襲い掛かるが、全て風を生み出し撃破する。
やがて周囲に兵がいなくなり――恐るべき短時間で、十万の兵を食らい尽くそうとしていた。
残るは本物の兵がいる近く――フレイラはそこへ向け放つべく、まず剣を掲げた。
次いで、それを――豪快に振り下ろす。斜めに放たれたその斬撃は、これまでとは比べ物にならない程の強い突風を生み出し、真っ直ぐウィンギス兵のいる場所へ到達する。
逃げる暇など一切ない――遠目ながら兵達が慄いた様子がわかった。
そして彼らに風が届く――周囲にいた白き兵は一瞬で消え去り、
十万の兵が、完全に消滅した。
「全員、馬を一時止めろ!」
ハイズレイの言葉。それによりフレイラを含めた騎士団全員が停止する。
そして彼は剣をウィンギス兵に向ける。
「まがい物の兵は全て滅した! 降参せよ!」
警告。それに応じるかはわからないが――フレイラが事の推移を見守ろうとした矢先、
兵士達の周辺に白い光が生まれる。それは瞬時に人の形を成し、白き兵が生まれた。
「まだ生み出せるのか――!」
「ここは、お任せを!」
フレイラは告げると前に出る。そして兵達はやぶれかぶれの突撃を開始する。
それは紛れもなく、最後の抵抗。数は百にも満たない――それが、一度に生み出すことのできる限界なのは、明らかだった。
フレイラがとどめと言わんばかりに剣を薙ぐ。それによって流れた風が再度ウィンギスの兵達へ注がれ、
白き兵は、またも姿を消す――これで、とフレイラが思ったのと同時に、ピシリと音がした。
剣に目を向けると、刀身にヒビが入り始めていた。それは止まることなくやがて刃全体に波及し、崩れた。
「これだけの力……大地の魔力をもってしても、維持するのは難しいということか」
フレイラが呟いた時、聖剣は光となって消えた。けれど、もう必要なかった。
「……これで、終わりだな」
ハイズレイが呟いた直後、後方から兵士達が続々と来る。対するウィンギスの兵は、慄いた様子で逃げようと踵を返そうとしたのだが、
――その後方には、別の領地から馳せ参じた兵団の姿。
「計らずとも、退路を断つ形となったな」
語るハイズレイ。フレイラは無言で首肯しつつ、呆然とする敵兵に視線を送る。
「騎士フレイラ、君も捕縛に協力してくれ」
そして彼の指示。フレイラは「承知しました」と返した後、馬を進める。
――こうして、戦いが終わった、まだ朝の域を出ていない時間帯での決着だった。
* * *
戦争という観点から見れば信じられない結果。それにより多くの者が歓喜するのを、ユティスはしっかり聞く。
「……大丈夫か?」
そうした中、ラシェンが問い掛ける。ユティスは小さく頷くと、手綱を握り真っ直ぐ街道を進む。
ウィンギスの兵達を捕らえ、今は昼を迎える時間。そうした中で捕らえた『彩眼』の人物が、ユティスに会いたいと申し出てきた。
通常ならそんな要求を飲むようなことはしない。けれどユティスは相手がどのような存在だったのか気に掛かり、こうして馬に乗っている。
体調は朝に比べればずいぶんとマシになっている。とはいえ、おそらく明日からは寝込む日々が続くだろうと確信していた。
「しかし、今回の異能者はウィンギス王国出身者だったのか? それとも、流れ者の傭兵が国をたぶらかしたのか? そこが多少気になるな」
ラシェンの呟き。ユティスは相槌の一つでも打とうかと思案した時、目前に捕らえられたウィンギス兵達を発見した。
全員が魔法の縄による拘束を受け、身動きがほとんどできない状態。さらに多少ながら存在している魔術師と思しきローブ姿の人物は口を塞がれ、魔法封じもされているに違いなかった。
「――お待ちしていました」
近づくと、騎士の声。ラシェンはそれに「ああ」と応じ、下馬。合わせてユティスも馬から降りた。
「それで、当該の人物はどこにいる?」
「彼です……名は、ガーリュ=レクレント。異能が発動してもすぐ迎撃できるよう、彼の周囲を騎士で固めることだけはお許しください」
示したその先に、魔法の縄で縛られ正座させられた、金髪の男性。俯いて顔は見えない。
ユティスはそれに、ゆっくりと近づいていく。彼の横にはフレイラや騎士団長が立っており、腰の剣を抜き放ち油断なく相手を見据えている。
「……あなたが、『彩眼』の使い手?」
近づき、ユティスは声を掛ける。それに対し相手は顔を上げ、
目を合わせる。黒い瞳が重なり、ユティスはしばし黙し、
やがて、完全に言葉を失くした。
「……え?」
間を置いて、呻く。対する相手は、やはりかという顔をした。
「髪色なんかは違うが、やはり顔立ちは同じだな……僅かな時間だったが、その顔はしかと憶えていた」
彼が言う。それにユティスは答えられない。
「意趣返し、というわけじゃないよな。その様子だと、俺が相手だとはわからなかったようだし」
語るガーリュに対しユティスはなおも無言。対する周囲の面々は会話によって察したのか、
「知り合い、なのか?」
驚きつつ尋ねる騎士団長。ガーリュの隣にいるフレイラも眉をひそめており、さらにラシェンがユティスの横から出て相手の人相をつぶさに観察し始める。
「……なぜ」
やがて、ユティスから言葉が漏れた。それにガーリュは笑みを浮かべ、
「お前がいて、俺がいる以上……何かは、あるんだろうぜ」
そう語るガーリュ――そしてユティスは、相手が誰なのかを思い出す。けれどそれは、決して名を知る人物などではない。
けれど、はっきりと憶えている。忘れるはずがない。一番記憶に残っていること。全ては目の前の相手がきっかけだった。
――目の前の男性は転生前、意識が途絶える寸前に見た、暴走した乗用車で自分をひき殺した男性とまったく同じ顔だった。
そして、口調から男性が本人であると理解する。
なぜ――疑問がとめどなく溢れ、ユティスは体が揺れそうになる。
「その顔だと何が起こっているか理解できない様子だな」
笑みを浮かべたままのガーリュは続ける。そして、
「……アレは、このことと関係しているのかもしれんな」
「……何?」
疑問符が浮かび続ける中で、ユティスは口を開く。
「お前は……こうなった理由を知っているのか!?」
「知らんさ。けどな、そのヒントとなるようなことは、あった」
「それは――」
ユティスが訊こうと思った直後、
突如、ガーリュを拘束していた魔法の縄が――消滅した。
騎士団長やフレイラが動く。けれど一歩遅く彼は放たれた刃をすり抜けた。
同時にユティスの目に、ガーリュの体に白き兵が重なる姿を捉える。憑依するようにして兵を自身の体の中に創り、出し抜いた――異能発動により、魔法の縄も消えたに違いない。
そして腕には、魔力によって生じた剣――ユティスは反射的に腰の剣を抜こうと動く。同時に一歩だけ後退し、
ガーリュから放たれた剣を、避けた。しかしなおも執拗に追いすがろうとする相手に対し、ユティスは剣をかざす。
周囲の面々は取り押さえるべく動く。けれどガーリュの剣が届く方が早いと、ユティスは確信し、
反撃。自身の剣で、刺突を繰り出した。
ガーリュは避けられずその身に受け、斬撃を放とうとした動きも止まる。ユティスの剣は胸に突き刺さり、彼はやがて動きを完全に止めた。
「……ふ」
小さく、ガーリュが笑う。
「やっぱり、成功しなかったか」
敗れたことによる抵抗――ユティスは心の中で呟くと同時に、言葉を紡ぐ。
「なぜだ……なぜ、この世界に」
声に、ガーリュは答えない。代わりに、呪詛のような声が響く。
「……この世界にあの世があるのかわからないが、お前がもがく様を、どこかで見ることにするぜ」
言って、彼は崩れ落ちる――あっけない。あまりにあっけない、異能者ガーリュの最期だった。
「……お前は」
ユティスは剣を離し、呻く。結局、彼は一言も語ろうとせず、謎を残して死んだ。頭の中がグルグルと回り、呼吸が乱れ、彼と同様崩れ落ちそうになる。
「ユティス!」
それを、近づいたフレイラが支えた。
「大丈夫?」
「……うん」
そう答えるのが、やっとだった。
嫌な沈黙が生じ、空気が重くなる――それを振り払ったのは、ラシェンだった。
「嫌な終わり方だが、戦争が終結したのは事実……ハイズレイ殿」
「ああ」
頷いた騎士団長は、改めて一向に指令を出す。
「戦いは終わりだ! 残ったウィンギス兵を全て捕虜とし、引き上げる!」
声と共に騎士団は動き出す――そうして、たった一人の犠牲者を出した戦争が、終わりを告げた。