手を組む理由
ユティス達が動き始めた時――テオドリウスは町中を歩み主の待つ宿へと辿り着いた。
部屋へ入ると、既に脱出できる準備は整っていた。
「お帰り、テオ」
そう告げるのは、イドラ――テオドリウスは小さく頷くと、
「混乱が起きている間に町を脱出することにしよう」
「ああ、案内を頼むよ」
「しかし、何も全員連れてくる必要はなかったんじゃないか?」
そう言ったのは、イドラの横にいるログオーズ。
「俺達が国内にいることは前の騒動で把握しているだろうから――」
「そう心配はいらないさ」
と、イドラは笑みを浮かべながら応じた。
「国もこちらに人材を回している余裕はない……そもそも身内同士の戦いで手が一杯だからね。けどまあ彩破騎士団が勝利したのなら、国が一丸となって異能者に対抗するべく色々やるんだろうけど、一朝一夕では難しいし」
そこでイドラは肩をすくめ、
「なおかつ彩破騎士団は銀霊騎士団とぶつかり、負傷している……こちらまで手が回ってくることもないし、町中で無茶をするような真似はさすがにできないだろう」
そこまで言うとイドラは傍らを見る。テーブルの上に、いくつもの魔具が置かれていた。
「それにこれを手に入れるには、レイテルが自ら来いと言っていたわけだし」
「……それほど貴重な物なのか?」
「私達がアイツを倒すために、必要な物さ」
ログオーズはそれで押し黙る――次いで声を発したのは、テオドリウス。
「他の面々は?」
「隣室で待機しているよ。レイテルはきちんと始末したんだな?」
「ああ」
「なら引き上げることにしようか。ログオーズ、他の人に連絡して」
「わかった」
部屋を退出するログオーズ。そしてテオドリウスはイドラへ告げる。
「……この国を脱する時が来たようだが、これからどうする?」
「必要なものは手に入れたわけだけど……ま、アイツと戦う際、できれば自分の領地は勘弁願いたい……そうだな、ここは彩破騎士団と戦わせてみようか」
イドラが思考を巡らせ始める。一方テオドリウスはそれを黙って眺め、
「……もし彩破騎士団が勝ったらどうする?」
「どうもしないよ。それだけの力を得ているんだなと認識するだけで終わりだ。そもそも彼らが倒してくれてありがとうって気もする……ま、どちらにせよ」
そこでイドラは凶暴な笑み。
「最後に勝つのは私だ」
「……そうか」
「テオ、ここまで協力してくれたのはありがたいと思っているし、これからも頼む……が、一つだけ確認したい」
「俺があんたの陣営に加わった理由か?」
「そうだ。大して詳細も語らなかったからな」
「以前も話したが、そう深い理由があるわけでもない。ただ、一つ……あんたと組めばアイツを倒せるんじゃないかと思っただけだ」
「よほどアイツが憎いんだな」
――アイツとしか呼んでいないその存在は、テオドリウスもわからないことだらけだった。
名前すらも知らないかの存在。だが確実に言えるのは、その異能者によってテオドリウスは全てを――故郷を、失った。
「ま、いいよ。理由はそれで十分だ。さて、準備も整ったし、あとは脱出するだけだが」
「俺が姿をさらした以上、城門は封鎖されている可能性が高いぞ」
「そこはどうにでもなるさ。私達はもうこの国に用がない。お尋ね者になっても別に構わないからな。あるいは――」
イドラの目には別の思惑が宿る――テオドリウスはそれを克明に理解できていた。
先ほどアイツと彩破騎士団を戦わせると語っていたが、それとは別に彩破騎士団を潰せないかと考えているのだろう。
実際のところ、遅かれ早かれ彼らとは相容れない以上激突する。その時彩破騎士団は一丸となってイドラ達を迎え撃つだろう。下手すれば他の国が保有している異能者と手を組む可能性だって考えられる。
だからこそ、イドラはアイツと戦わせて疲弊させたい。あるいは現時点で疲弊している彼らを先んじてどうにかしておくというのもアリではないか。
「……どういう決断を下そうとも」
テオドリウスは、話し始める。
「俺はあんたに付き従っている。協力はするぞ」
「ありがたいね……なら、そうだな――」
イドラが応じようとした瞬間、変化が起こった。
魔力――テオドリウスが感知した、克明な魔力。それは町中に突然出現したかと思うと、周囲を隔離するようにドーム状に形成されていく。
「……これは……」
「テオ? どうした?」
イドラが問い掛けた直後、ログオーズが部屋に戻ってきた。
「イドラさん、どうやら先手を打たれたぞ」
「何が?」
「結界を構築された。おそらく外界から隔離された」
先んじてテオドリウスが話すと、イドラは眉をひそめた。
「相手が先に動いたのか……? だが町中で戦闘とは」
「こちらの態勢が整っていないことを予測し、好機だと踏んだのだろう」
「となると追っ手は城の兵士か?」
「いや、十中八九彩破騎士団が来る」
テオドリウスは確信を伴い語る――追っ手となるのは間違いなく城内に相まみえたサフィ。取得した情報から考察すれば、彼女が主導で動いていると考えて間違いない。
「というより、彩破騎士団が来れるような状況でなければこんな無茶な真似はしないだろう」
「なるほど……ふむ、町中で戦うようなことにはならないだろうと高をくくっていたが、そういうわけではないということか」
「こちらの戦力が少ないことを見越して、だろうな」
――隣室に控えているのはヒュゴにナナクとケイン。それに加えこの部屋にいる三人で合計六人。
「イドラ、どうする?」
「……ふむ、そうだね。これは面倒なことになったけど……」
「選択肢は二つだ。戦うか退却するか」
「仮に退却するとしたら、どういう手を用いる?」
「ひとまず結界を壊さなければ話にならない。一番いいのは町中を混乱させて相手の士気を挫き、逃げるだけの時間を稼ぐ」
「混乱とは、誰の役目だ?」
「そこはイドラの判断にも委ねられる」
そう応えた後、テオドリウスは深刻な表情で続ける。
「少なくとも犠牲なしでは対処しきれない状況だ。それを踏まえた上で作戦を決定してくれ」
「なるほど、わかった……そういうことなら選択肢は一つしかないな」
イドラはテオドリウス達へ笑みを向ける。不敵で、どこか現状を楽しんでいる風もあった。




