短期決戦
騎士ハベルトはジシスによって大きく後退させられるが――体勢を崩したわけではない。土埃を上げながらブレーキをかけ、ハベルトは立ち止まる。
「時間稼ぎというわけでもない……儂の体力を削る作戦か?」
「……もし、倒せると判断したのならば容赦なくやった」
ハベルトは言う。腰を据えどっしりと構え、ジシスへ語る。
「だが、私には非常に難しいと感じた……歴戦の戦士。我々としてはあなたのような存在が一番、厄介だと考えている」
「なるほどのお。つまり、倒せるものであれば倒したかったが、それが難しいということで体力削りに舵を切ったというところか?」
「そう思ってくれて構わない」
隠すことなく応じて見せるハベルト――彼としては間違いなく不本意な結果だろう。だが彼はジシスを倒すことを捨て、策を遂行することを優先した。
「ふうむ、存外冷静じゃな」
ジシスは矛を肩に担ぎながら呟く。隙を見せているのも同義だが、ハベルトは動かない。
「ならば、どうする?」
ハベルトは沈黙。体力を削る方針に切り替えるということは、積極的に攻めないことを意味している。それにジシスはどう対抗するのか――
「どういうやり口にせよ、こちらの結論は一つじゃな」
ジシスが構える。威圧感は相当なものだろうとフレイラは思いながら事の様子を見守る。
リザ達もまた動かなくなっている。ラグアは相変わらず殺気に満ちた視線を投げてはいるが、仕掛けないところを見るとハベルトと同じような考え方なのかもしれない。
その作戦は、当然フレイラ達の望むところではない。ならばどうするのか――答えは一つだった。
先に動き出したのはジシス。矛を振り、ハベルトはそれを迎え撃つ。
ここから、ジシスは規格外の動きを見せる。
ジシスの矛とハベルトの剣がぶつかり合う。直後、ハベルトの方が一気に強制的に後退させられた。
呻くハベルト。このまま受け流して一度間合いを脱する、という考えだったのかもしれない。
だがジシスが矛を振りハベルトの剣を大きく弾く。さすがに剣を取り落すことはなかったが、騎士は大きくたじろいだ。
そこへ、ジシスの振り下ろしが放たれる。
ハベルトは寸でのところでそれを防いだ――が、とうとう受け切れずに倒れ伏した。
「騎士ハベルト――!」
誰かが叫んだ。直後、相手を叩き潰したジシスが発した。
「これで、終わりじゃな」
ハベルトは剣で受けていた。しかし、矛先の刃は彼の首筋へと延びていた。
「儂が少しでも力を入れれば――それで終わりじゃ」
言葉の直後、フレイラはリザが走り出すのを確認する。そちらへ視線を移すと同時、ラグアが槍だけではなくその体に風をまとわせた。
「風の鎧、ってわけね」
けれどリザは構わず突撃する。槍が差し向けられ、リザはそれを紙一重で避ける。
ラグアとしては、時間稼ぎをしたい――が、その槍の勢いは明らかにリザを始末するための動き。彼にとってリザの挑発はそれなりに効果があった様子。
拳が放たれる。ラグアはそれを槍を引き戻し受けたが、体を大きくグラつかせた。
「あなたじゃ、まだまだね」
声を発する。同時、リザの拳がラグアの胸部へ叩き込まれた。
鎧に叩き込んでいる以上、それほどダメージはない――はずだが、彼女の拳から衝撃波を拡散し、それがラグアを飲み込むのがフレイラにもわかった。
数メートル吹き飛び、倒れ伏すラグア。即座に体勢を立て直そうとした様子だが、立ち上がれなかった。
「別に、あなたが弱いと言っているわけではないわ」
リザは言う。その物言いは、どこか諭すようなもの。
「けど、私はあなたのような人間の戦い方を知っている。そういう経験の差が、こうして現れたってことなんじゃない?」
「経験、だと……」
ラグアが声を上げる。
「ええ、あなたのような人間の戦法……私はあなたがどう動くか予測できるくらいに経験値が溜まっている。ただそれだけの話よ」
悠然と語るリザの言葉に傲慢さはない。ただ、ラグアに教え聞かせるような雰囲気が垣間見える。
「この戦いが終わり、どちらが勝っても一緒に戦うことになるでしょう? なら、少しでも色々と伝えた方がいいかなと思って、アドバイスしたんだけど」
「……どこまでも、ムカつく奴だな」
ラグアは動けないままで悪態をつく。リザはそれに肩をすくめただけで、何も言わなかった。
「さあて、これで前線は片付いたか?」
ジシスが矛を構え直し告げる。周囲にいる騎士達は『四剣』と『三杖』が立て続けに敗北し、動きを完全に止めていた。
彼らにとっては、予想外極まりない結末だろう。フレイラがもし同じ立場であったなら、向かっていく勇気はないと思う。
そしてこの状態は、間違いなくこちらの好機だが――ふいにオズエルが発言する。
「この場にいる面々の中で、ジシス達に対抗できると自負する者はいるか?」
質問に、誰も言葉を発しない。沈黙が周囲に生じ、
「……ならば、この前線における戦いは勝敗が決したと断言していいだろう。そして、この場で全員、以後の戦いは手出し無用ということを要求したい」
騎士達にとっては、思ってもみない話だろう。だが誰も声一つ発さず、ただオズエルの言葉を聞いている。
「実際、今この時においてジシスやリザが暴れ回れば、この場にいる騎士達は全員吹き飛ぶ……そう思わないか?」
沈黙が続く。それは紛れもなく、肯定を意味するもの。
「この場にいる面々だけ、退場という形でいい。場合によってはそちらで話をしてもらってもいいが――」
「そのような交渉をしてくるとは、正直驚いた」
女性の声がした。フレイラも聞き覚えのあるもの。視線を転じると、シルヤがいた。
「いや、この場合はそちらの方針としては理に適っているし、また銀霊騎士団側にプレッシャーとなる……良いやり方だ」
「出てきたということは、次の相手はあなたでいいの?」
リザが問う。するとシルヤは肩をすくめ、
「そういうことでいいさ」
「やる気がなさそうに見えるけど」
「確かあなたは『霊眼』が仕えたはずだな? だとすれば、なぜやる気がないのかはわかると思うが」
「そんなこと言って大丈夫?」
リザの言葉にシルヤは笑う。
「そう心配しなくてもいいさ……さて、こういう形で勝負することは不服ではあるのだが、一度彩破騎士団と手合せをしたかったというのはある」
「ちなみに、相手は誰かしら?」
「私としては、騎士フレイラと一度手合せしたいのだが」
剣を抜くシルヤ。なぜフレイラなのかという疑問をフレイラ自身生じたが――
「悪いけど、大将だからな」
ジシスが言う。すると、シルヤは笑みを浮かべた。
「やはり、そういうことか」
「――ああ、なるほどな」
オズエルは言う。直後、フレイラもシルヤが前に出てきた意図を察した。
「つまり、誰がこの戦いの切り札なのかを確認したかったのか」
「先ほどから騎士フレイラが戦っていないことから、おそらく彼女だろうと見当はつけていたが……」
言いながら、彼女はフレイラへ視線を送る。
「とはいえ、だ。私としては少々疑うような面もある。どういう作戦で私達に対抗しようとしているのかは容易に想像つくのだが、果たしてそれで上手くいくのか――」
「見てのお楽しみ、といったところかしら」
リザが言う。するとシルヤは全てを悟りきった表情で彼女に返答した。
「つまり、そちらも本当に勝てるかどうか確定的なことは言えないわけだな」
「心を読まないでもらえる?」
「そちらの専売特許を奪われて不服か?」
シルヤが笑う。その表情を見て、リザは歎息した。
「なんというか、あなたは楽しそうね」
「まあな。こういう立場になったことは不服だが、こうした機会を得られたことは、私個人としては良かったと思っている」
シルヤの言葉に呼応するように、後方からさらなる人影――勇者二人。オックスとシャナエルだ。
「私達としても、彩破騎士団の実力を確かめたいという考えはあったからな」
「あらそう。けど、正直相手として務まるのかしら?」
「それは見てのお楽しみ、だな」
魔力を発するシルヤ。パリ、と僅かに帯電するような音を耳にした直後、ジシスが声を発する。
「先ほどの面々よりも、手強そうな人物だな」
「そう言ってもらえると嬉しいな……ただまあ、その言い方だと『四剣』という存在が形無しとなってしまうが」
苦笑したシルヤはさらに魔力を発する。ただ、他の騎士達はどこか不安げに見つめている。
ラグアといった『四剣』ですら敵わなかった相手。勇者などが彼女と共に立っているとはいえ、先ほどと比べても力不足は否めない。
「まあ、やれるだけやってみるさ」
シルヤが呟き、足を踏み出す。それと同時にジシスやリザ。さらにオックスやシャナエルが動き出し――新たな戦いが、始まった。




