創生の力
敵の存在を確認できた朝、ユティス達は既に準備を整えてはいた――が、
「やはり、苦しいか」
発せられたラシェンの一言が、全てを物語っていた。
土地の魔力を吸い出し、それを武器として利用するという手順自体は、ユティスもここに来て幾度か実践し、きちんとできた。けれどその量が多くなればなるほど魔力を収束できず、結局聖剣を生み出すことはできていない。
「だが、戦争が始まるギリギリの時間まで粘ろう」
「……はい」
数度の魔力収束を経て、僅かながら息の上がるユティスは応じる。
陣の中心に立ち、立ったままユティスは胸に手を当て呼吸を整え直す。収束を果たし、後は発動という段階で、全て失敗してしまっている。
やり方はいつもの通りのはずだが、成功しないというのは何か理由があるからなのか、それともやはり、膨大な魔力を抱えては発動できないのか――
「ユティス」
陣の外側でフレイラが呼び掛ける。それ以降彼女は黙り視線だけを向ける。
そんな姿を見て、ユティスは彼女の心境を察する。責を負う――そういう覚悟だからこそ、彼女は逃げ出すこともなく、ただユティスのことを待ち続けている。
敵の軍勢がどんどんと近づいてくる。最早時間はほとんどなく、先頭の兵士が槍を持って理路整然と進む様が肉眼でわかるほどとなっていた。
敵は全てが真っ白で、画一的な全身鎧を身に着けている。そうした全てが街道に沿いゆっくりと行軍を続ける様は、これから戦う者達としては恐怖以外の何物でもない。
なおかつ相手は人間ですらない、魔力の塊、ただ愚直に命令を聞き、その肉体が光となって消え去るまで槍を奮い続ける存在。そこに士気も策も必要としない。おそらく、こちらに十万の内一部を突撃させれば、全て終わってしまうだろう。
「もう一度……!」
ユティスは発し、大地に呼び掛ける――陣がそれに呼応して発光し、ユティスの魔力と結びつく。
力を一つに束ね、両手に魔力を生じさせ形を成す――が、大地から集められる魔力が膨大で、その制御には時間が掛かる。
そして、やはり失敗に終わる。ユティスは苛立ちながら呼吸を整え、再度魔力収束を始める。
丘の下ではロゼルスト軍が布陣を終える。十万の敵軍の先端も平原に到達し、布陣を開始しようとしている。
そうした中で、ユティスは再度魔力を集め始める。それは光となり、やがて形となるはずなのだが――途端、弾けた。
「っ!」
短い言葉と共に、ユティスは息をつく。胸に手を当て、落ち着くよう自分に言い聞かせる。
「……確認だが、戦いが始まれば大地から魔力を集めるのは困難になるな?」
ラシェンが近くにいる宮廷魔術師に問い掛ける。
「はい。地上で攻防が始まれば大地もまた魔力を乱しますから……それに」
さらに彼は敵の軍勢に目を落とし、険しい顔つきの中で付け加える。
「今回の相手は、魔力そのもの……ああした存在が魔力を周囲に拡散させる以上、おそらく不可能に近くなるのでは」
「そうして乱された大地は、戻らないのか?」
「ある程度時間はかかりますが、元には戻ります。とはいえ、一朝一夕では――」
つまり聖剣を生み出せる可能性は、今この時にしか存在しない。
もう一度、ユティスは聖剣を生み出すべく力を入れようとする。しかし、
「待って、ユティス」
フレイラがそれを呼び止めた。
「衝動的にやっても間違いなく成功しない。一度、気持ちを整理し直すべきだよ」
「でも――」
「フレイラ君に同意だな」
ラシェンが、目前に迫る大軍を見ながら語る。
「おそらくそうチャンスはない……が、ここで気持ちだけが逸れば、間違いなく失敗する」
指摘され、ユティスは沈黙した。それは紛れもない事実。しかし、布陣しようとする大軍を見れば、もう一刻の余裕もない。
「……ユティス君、これは能力を持たない私が言うことだから、正解なのかはわからないが」
そうラシェンは前置きをして、唐突に語り出す。
「襲撃を受けた際の光景を思い出して欲しい……あの戦いの最期、ユティス君は広間に存在する侵入者を一挙に滅するほどの聖剣を生み出した」
「……はい」
「加え、ここで何度か実験をした光景を見て思ったのだが……その時と、今ではずいぶんと肩の力の入り様が違っていた気がする。もし……あの時のように力を引き出せば、成功するのではないかと思うのだが」
――あの時。ユティスは式典で襲われた時のことを思い出し、考える。
確かに最後に引き出した風の聖剣は、フレイラと出会った時に生み出した聖剣とは大きく異なっている気がした。
襲撃時、それこそ必死になって戦っていたから――とでも言えば説明はつくが、それは今だって同じのはず。一体、何が足りないのか。
鬨の声が聞こえる。布陣した味方側が士気を上げるためのものだが、目前の相手は一切言葉を発しない。物言わぬ魔力の塊――それは紛れもなく、吠え突撃した味方を、何の躊躇いもなく屠るだろう。
「……僕は」
呟いた瞬間、あの時の光景を思い出す。体力の限界が近く、本来なら力を行使するのも限界だったあの時。
フレイラが王を守るために立ちはだかり、堪えきれないと悟った。そう判断した瞬間、魔力が一気に収束し、聖剣が形を成した。
彼女に視線を移す。唐突に視線を重ねた相手は少し戸惑った様子を見せたが、何も言わずただ信じるという無言の気持ちをユティスに伝えてくる。
次に間もなく始まろうとしている戦争に目を向ける。敗北必至かつ、おそらく始まるであろう一方的な殺戮。その全てが、ユティスにとって望んではいない光景。
「……そうか」
ポツリと、呟いた。何かを見出した声音だったが、ラシェンやフレイラは黙ったまま見守る。
ユティスは声に出しながら、今更ながら理解する――確かに『創生』の異能は、理論的に神にも等しい所業と言える。けれど、それを使用するのはあくまで『人間』である自分。だからこそ、自分が何をするべきなのかを決意し――行使しなければ、本来の力は発揮できないのではないか。
襲撃の時は、フレイラを守るべく力を収束させた。今回はどうか。確かに目前の大軍を打ち破るという目的がある。けれどそれはどこか漠然とした考えだとユティスは思った。
だからこそ、今必要なのは――
「……フレイラ」
「ええ、何?」
「もし、失敗に終わったとしたら――」
「愚問よ」
一言。けれどそれで全てを物語っていた。
なぜ――などというのは最早野暮かもしれない。今この場にいる面々が十万の兵に蹂躙される寸前であり、運命共同体。
彼女がここにいるのは、国を守るための責務。けれどそれ以上の何かを抱えているようにも思えるが――どちらにせよ守るという確固たる意志は、ユティスにも明確に理解できている。
次に眼下に視線を送る。一望できることで絶望が際立ち、布陣する味方側が風前の灯であるのは間違いない。
ユティスは一度目を伏せ、想像する。この戦争に敗北し兵や騎士、そして領民や都の人々が蹂躙されるという光景を。
「……僕は」
呟き、ユティスは呼吸を整える。同時に王の言葉を思い出す。民を守るべく、協力してほしい。
――これまでの人生において、ユティス自身国に対し強い思い入れがあるわけではなかった。けれどこの絶望的な戦場に立ち、この国のことを恐ろしい程強く意識していると思った。負ければ全てが破壊される。敵には、それほどの力がある。
そんなこと、絶対に許さない。
ユティスは一度深呼吸をした。気付けば呼吸の乱れは消え、動悸も一切ない。さらに言えば、体が一時的に前世の時のように活発になった気さえした。
次に陣を確認。中心に立つユティス自身は、それを自分の体の一部だと思うようにして――力を、発動させた。
ゆっくりと、それでいて確実に大地から魔力がせり上がってくるのを感じ取る。それらは先ほどまでと異なり、暴れることはなかった。確実にユティスへ向かい、まるで付き従うように力が集まってくる。
全ては、自分の覚悟によって決まる――任務や十万の兵によってバラバラになっていた意識は一つとなり、それに呼応するべく魔力がユティスに集っていく。やがてそれはユティスの両手へと集まり、次第に光となり形を成していく。
一瞬だけ、ユティスはフレイラを一瞥した。これまでと違う収束に彼女もまた固唾を飲んで見守っている。
彼女の奥には、味方の兵団と敵の兵団がにらみ合っている姿が見える。そうしたものを見た後、ユティスは心の中で静かに断じた。
――人々を、守る。
敵兵を倒すという意識ではなく、目前にいる兵や騎士。そして自分の背後にいる領民や都の人々を守る――そうした明確な意志がこの『創生』の真価を発揮する答えだと悟ると共に、ユティスは最後の仕上げのつもりで、魔力を大地から一気に引き上げた。
刹那、爆発的な魔力がユティスの全身にのしかかる。一歩間違えば魔力に翻弄され自分の体がズタズタになるかもしれない。
けど、恐怖は無かった。
「――大丈夫」
大地にささやくようにユティスは言う。すると大地に眠っていた魔力が意思でも持ったかのように、一つにまとまっていく。
それは、まるで大地に眠っていた神獣を相手にしているかのようだった。この魔力には意思があり、それに呼び掛けることによって、力を発揮する。
結局の所、全てはユティス自身の意志によるものだったはずだが――ただ一言呟いた。
「皆を……この大地に根ざし暮らす者達を、守らせてほしい」
魔力が、首肯するように一度胎動する。
それと共に、全てが一つに収束していく。今まで能力を使用してきた中で、一番自然かつ、一番容易く行われているとさえ思えた。光がやがて形を成し、本の挿絵とそっくりの聖剣が生まれ、ようやくユティスは息をつく。
「……フレイラ」
「ええ」
ユティスの言葉にフレイラは頷き、聖剣を手に取る。
「力は、きちんと備わっているはずだ」
「わかるよ。魔力が手の先から感じられ、吸い込まれそう」
感嘆の声と同時、ユティスの体が傾いた。気付けばいつもの調子に戻り、剣を生み出した反動からか、思わず倒れそうになる。
「おっと」
それを慌ててラシェンが支えた。さらに近くの宮廷魔術師もユティスの体を支え、
「……結局、最後はこうか」
ユティスは自身の有様から、苦笑した。
「ま、いいか……役目は果たした。フレイラ……あとは、頼んだよ」
「任せて……ラシェン公爵」
「心配いらない。彼は命に賭けても守ると誓おう……信用してもらえるか?」
質問と同時に、フレイラは苦笑を顔に出した。やり取りにユティスは首を傾げそうになるが、フレイラは構わず背を向ける。
近くの騎士が馬を連れフレイラに近づく。彼女は「ありがとう」と礼を述べた後騎乗すると、もう一度だけユティスを見る。
「ユティス……見ていて」
「うん」
返事と共に、馬が走り出す。ユティスはただ、言われた通り彼女を見続けた。