政争の首謀者
「……待って、それって――」
「フレイラ」
ユティスが呼び掛ける。するとフレイラは即座に見返し、
「ちょっと待って、ユティス。これは――」
「フレイラさん」
次に声を発したのはサフィ。その言葉により、フレイラもとうとう沈黙する。
「言いたいことは山ほどあるでしょう。しかし、今は前へ進むために我慢して欲しいのです」
「前へ……」
「だからこそ、私は提案を持ちかけた」
サフィは言う。その言葉に並々ならぬ覚悟を感じ取ったか、フレイラは何も声を発せず着席した。
ティアナもまた同様に何か言いたい様子だったが――声を発することなく、クルズを見る。
「……今回私は、ラシェン公爵の言葉によりこの屋敷を訪れました」
その言葉で彼やラシェンがどういう立ち位置なのか婉曲的に示すようなものだったためか――途端、リザが苦笑した。
「ユティスさん……これは、相当な毒を飲む覚悟のようね?」
「……公爵の所業について、言及したいのはわかるよ。けれど、それ以上に僕らは前に進まなければならない」
「つまり、過去の所業は一度忘れ……といった感じ?」
「ああ……それに」
と、ユティスは全員を見回し、
「ラシェン公爵がやろうとしていたこと……あの根拠については、おぼろげながら理解している。僕自身納得はできないが、その理論性はわかっている」
「……単に国を滅ぼす以外の理由が、そこに存在するということか?」
訊いたのはオズエル。彼自身、ユティスと同様様々な知識がある。もしかするとユティス以上に推察できているかもしれない。
「ああ。そう思っている」
「……なるほど」
「それについて、話してもらうことはできないの?」
フレイラが質問。それにユティスは首を左右に振った。
「推測の上の話だ……もっと確たる情報が出てきたら、話す」
「――本題が終わった後、その辺りについても軽くですが説明しましょう」
クルズが言う。軽く、というのがどの程度かわからなかったが、ユティスは小さく首肯した。
「さて、状況はご理解できたと思います。まず、ユティス様とサフィ王女が最も知りたい部分から話しましょう……彩破騎士団の敵である銀霊騎士団、及び魔法院……その敵について」
語り出すクルズ。瞬間、ユティス達は例外なくクルズに視線を注いだ。
「最初に話すべきは、異能に関してですね。まずその能力ですが『記憶操作』とも言うべきものであり、あなた方が言う『全能』に関する異能です」
「単なる記憶操作では説明できないことも多いけれど?」
「今から話します」
フレイラの言葉に苦笑しつつクルズは語る。
「記憶操作というのは間違いない……これは保証しましょう。問題はここからです。ご理解されている通り、今回異能者が操作した記憶についてはファーディル家とキュラウス家の関係性についてですが……そうした事柄に関する証拠までもが全て無くなっている。これはまさしく異常です」
「あなた方から見ても、異常だと?」
ティアナが問う。すぐさまクルズは頷き、続ける。
「異能内容は間違いなく記憶操作……けれど今回はそれ以上の効果が及んでいる。記憶ばかりでなく、まるで過去そのものを書き換えたかのような……」
と、述べてからクルズは一転笑みを浮かべた。
「――しかし、過去の事象を変えることなどどれだけやっても無理です」
「そこは断定するんだな」
ユティスの言葉にクルズは笑みを湛えたまま返答する。
「はい……そもそも記憶操作と時術は構造自体が根本から違いますから、どれだけ力を加えても理論的に不可能です……今回異能者が行ったのは、疑似時空操作とでもいうべきもの……私達は因果律の干渉と言っています」
「因果律……?」
「キュラウス家とファーディル家の親交をなかったことにしたように、因果を解消することのできる能力……この異能を発動した段階で何かしらの記憶操作を施し、また同時にそれに付随する物についても消滅する――ただし、例外もある」
そこでクルズはフレイラに視線を移した。
「一つ目は、フレイラ様が所持する『創生』により創り出された物質。因果を変えても同じ異能であるため干渉の範囲にはなかった」
「そしてもう一つは、自然現象……でしょ?」
フレイラが問うと、クルズはまたも頷いて見せる。
「正解です。例えばユティス様が『精霊式』を手に入れるに至った地脈からの魔力噴出……こうした事実は公的な資料としても存在しています。つまり、天災などの自然現象については異能を用いて制御はできない……当然と言えますが」
肩をすくめるクルズ。その姿が神父の服装に似合わぬ飄々としたものであるため、ユティスは違和感を拭えなかった。
「言わばこの異能は人の営みに対してのみ作用する現象……私達はそういう結論を出したわけです」
「それが因果律の干渉……か」
「ええ。しかし、ここで一つ問題が」
クルズは笑みを消し、真顔で語り始める。
「この異能、どういう力によって行われたのかはまだ調査中ですが、ユティス殿が『創生』で風の聖剣を生み出したように、大地など大規模な魔力が存在していなければ使用できない」
「その根拠は?」
「範囲が大きすぎるためだろう」
質問したのはリザだったが、それに応じたのはオズエルだった。
「記憶操作の異能によってどの程度魔力を消費するのかはわからない……だが、異能の効果範囲を推測した場合、ロゼルスト王国全域に渡っていると考えることができる」
「――式典の時、各地の領主が馳せ参じた」
ここでユティスが声を発する。
「遠方からの人物も多かったけれど、ファーディル家とキュラウス家のことについて疑問に思った人物はいなかった様子……となれば、少なくとも異能の範囲は国内全域だと思う」
「私達も同じ見解です」
クルズが言う。そこでユティスは彼に視線を注いだ。
「国内全域に張り巡らせる程の力となると、大規模な魔力を消費するはず。そうした記録があったかどうか……調査した結果、ファーディル家とキュラウス家の関係性が失われた時期に、大規模な魔力収束と拡散が確認されました」
「とすれば、仮説は間違いないと」
「はい。ですが問題はここからです。そうした魔力収束と拡散が、過去に一度行われています……三年ほど前ですね」
「とすると、他にも何か……?」
「しかもそれだけではありません。その範囲は、国内を超えている。魔力が完全に拡散しきるまでに時間が掛かったようですが……推測では、大陸全域にわたっていると考えられます」
全域――途方もない話に、ユティスも驚く他ない。
「何をしたのかも調査中ですが、もう一つ重要なことが封じられているという点はご了承ください」
「しかも大陸全土でしょう? 気持ち悪いわね」
リザが言う。関係ないと思っていたことが関係あったので、戸惑っているのかもしれない。
「さて、今の話に戻しましょう。異能に関する説明は以上……となりますが、この時点で何かご質問はありますか?」
「なら、私が」
ティアナが手を上げた。
「どうぞ」
「口ぶりからすると、あなた方は異能について詳細を知っている様子ですが……」
「それについては、ノーコメントとさせていただきます」
やんわりとした返事――彼としてはこの場に来ただけで勘弁してもらいたいということだろう。
「……ひとまず、彼らの正体について詮索するのはなしにしよう」
ユティスが提案。不服そうな表情をほとんどの人間が見せたが、サフィは見解が別だった。
「そうね。今回こちらが情報提供をしてもらう立場だし」
「そう言ってもらえると助かります」
「けど、そうねえ。こちらとしてはあなた方が脅威とみなした敵を倒すわけだから、何かしらあってもいいと思わない?」
「……そう来ましたか。ですが残念ながら詳細は話せません。しかし」
と、ここでクルズはユティスと視線を合わせる。
「話ができる条件を述べることはできます」
「条件?」
「異能者を狩る攻撃的勢力……全部で三つあり、その二つはあなた方も関わっている」
「……魔導学院の件と、イドラという人物のことだな」
「まさしく。そしてもう一勢力……といっても、単独で行動している人物なので、勢力というのも語弊がありますが」
そこまで述べ、クルズは一拍置いた。
「……彼を倒したのならば、私達も真実――つまり、こんなことをしでかしている理由など全てをお話しましょう」
「その人物を倒すことが、事情を話すことに繋がっているというのがどうにも違和感があるんだけど……」
フレイラの言葉にクルズは笑う。それ以上語るつもりはないらしい。
それにより彼女も諦め、次の言葉を待つことにしたようだった。
「……では、核心部分についてお話しましょう」
クルズが言う。核心。それは紛れもなく、この異能者が誰なのかということだ。
「……しかし、この場にいる方々の中で察している人物が、お一人だけいる」
クルズが言う。どういうことなのかとユティスが思ったと同時――視線を変える。
その先にいるのは、王女。
「……やはり」
サフィが言う。クルズの表情から、察したようだった。
「やはり相手は……レイテル姉様なの?」
ユティス達は――全員、沈黙した。レイテルという名前に馴染みのないリザなどネイレスファルト出身者も、彼女の口上からどういう相手なのかを理解した様子だった。
「……確認だけど、そのレイテルって人は?」
リザが問う。それに答えたのは、ユティス。
「……サフィ王女の姉上。第一王女だ」
沈黙が生じる。それは紛れもなく、重い静寂。
レイテル第一王女――ユティス自身それほど親交があるわけではないが、悪い評判は聞かない、人望の厚い人物。
だがその評価も、彼女の異能によってもたらされたなんて可能性もあるのだろうか。
「……正解ですよ、サフィ王女」
やがてクルズが残酷な返答を行った。