来訪者
ロゼルスト王国首都にある、教会の一つ――本来神に仕えるべきな神官の中に、一人だけ異物が存在している。目的は国内にいる異能者の観察と報告役。
その人物――クルズと名付けられた人物は、祭壇の前で神に祈りを捧げていた。けれど、彼自身神の存在を信じたことなど一度もない。そんな胸中を吐露すれば不届きと一片の容赦もなく教会から放り出されるだろう。
「――なるほど、異能者自身からアプローチが来たということか」
そうした祈りを妨げる者が一人、彼の背後に立っている。クルズにとってその人物は声から男性であることしか知らない。祈りを捧げるこの時間だけ彼はこの場を訪れ、クルズが話し終えれば去っていく。顔を見たこともなければ、容姿だってわからない。
けれど、どういう存在なのかは理解できる――彼こそ、異能者にとってふざけた事としか言いようがない、戦いを仕組む黒幕だ。
「はい……どうやら、私達の目的についてうっすらと気付いている素振りすらあるようですが、いかがしますか?」
「状況を理解したとして、その事実を他者に信じてもらうなど、身内以外にはできないだろう。その辺りの話を広めるならば話は変わって来るが、今はあくまで推測しているだけで誰かに言おうとしている様子ではない……問題はないだろう」
「そして、私達に協力を願ってきたとのことですが」
「……記憶を封じる異能者は、我らにとっても間違いなく敵だ」
彼の言葉は、クルズが今まで耳にした男性の声の中で、もっとも重い。
「その人物が何をするのかはわからん……だが、止める必要はあるだろう。最悪、我らの行動にすら影響を与える」
「では、今回私達は……ユティス=ファーディル率いる彩破騎士団に干渉、ということでよろしいですね?」
「ああ、構わない」
「他に、何かありますか?」
しばしの沈黙。クルズはその間祈りを捧げたまま、動かない。
「……ユティス=ファーディルの持つ『物質創生』の異能は、我らにとっても非常に価値のある物だという結論に至った」
「それは……?」
「土地の魔力を利用し、この世にはない物質を生み出す……過去、異能者を集めた時それほど大規模な行動は制限されていたと聞く。推測だが、法などの体系によって魔法の使用自体に制限がかかっていた」
「だから以前は、そのようなことができなかったと?」
「そうだ。例えば『人間創生』の異能者ならば、疑似的な人間……兵士を生み出すことは時間があれば可能だった。だが『物質創生』の他『幻獣創生』などの異能は、膨大な魔力がなければ一切役に立たなかった。よって、我らも今回の戦いでもそれほど価値がある物とはみなさなかった」
「驚異的な能力だとは思いますが」
「我らにとっての価値と、異能自体の価値とは別の話だ」
男性はそう返答すると、僅かな間を置いた後さらに続ける。
「しかし、そうした法体系がない今……異能者の真価が発揮されるようになった。以前は生活を便利にするため魔力が使用され、そのために様々な制限や法が存在していたが……現在は、その必要性もまあないためか、整備されていない」
「つまり、法体系がない文明だったからこそ、価値が生まれたと?」
「そうだ。千年前と比べても劣った文明……それこそが『創生』異能者の鍵だった」
今を生きる人々が聞けば、怒って当然の会話。けれど今教会にはクルズ達二人しかいない。
「現在、我らの中でも話がもたれている……無論、彼らの異能が負ける可能性は否定できないし、そうした場合のプランも存在する。だがもし、全てに勝ったならば……その先にあるのは、希望かもしれん」
「今はあくまで、願望ということでよろしいでしょうか?」
「そうだな。だが人という者は、どうなるかわからない」
クルズは笑みを浮かべる。期待しているような素振りだが――実際は、彩破騎士団に干渉するクルズに対する発破だろう。そうした価値の人物と折衝させる。奮起せよというわけだ。
そのように推測するクルズの心情を、背後の男性が読んでいるのかどうかはわからない。だが少なくとも言えることが一つ。背後の男性は、そう述べることでクルズの士気を上げる効果をもたらすというのを知っている。
「わかりました。今回の話し合い、我らの計画が成就することに繋がるものとして、行います」
「頼むぞ」
踵を返す音。クルズは祈りをやめ、背後を振り返る。
もうその場に人はいなかった。いや、気配はあるにせよ、本当にこの場に人がいたのかどうか怪しい。
「……ともかく、私はあなた方の指示のままに」
クルズは言う。そして教会を後にする。
今から、彩破騎士団の屋敷へ向かう。そこで起こるのはどういうことなのか――そして、彼らはどう思うのか。
クルズは笑みを浮かべつつ、外へ出る。綺麗な空。それを見たクルズは、笑みを収めゆっくりと目的地へと歩き始めた。
* * *
その日、来客があるということでセルナを始め屋敷にいる侍女達は少しばかり慌ただしく動いていた。ただどういった人物が来るのかはユティスからまったく聞かされておらず、訳もわからぬまま準備を進めている、と言った方が正しい。
「ユティス、会議室の掃除は終わったみたいだけど……」
廊下を歩いている時、フレイラが声を掛ける。ユティスはそれに頷き、
「これで大体終わったかな……無駄になるかもしれないけど、一応会食の準備もした方がいいかな」
「……ねえ、一体誰が来るの?」
フレイラは首を傾げる――結局今の今までユティスは、ラシェンとの話し合いのことを語ってはいない。
言えば反対されるという可能性もあったためだが、それ以上にユティスもまた頭の中で整理がついていない状況だと言うことができる。
その中で、とうとう来客がきたという報告が。来るのが少し早いかとユティスは思いつつ、出迎えのために屋敷の入口へ。するとそこには、
「どうも」
外用のシンプルなドレスに身を包んだ、サフィがいた。
「サ、サフィ王女?」
「報告は聞いているわ」
それだけだった。だがユティスは理解できる。
ユティスは今回の話を自らの口で説明していない。だからラシェンが説明したのだろう。
「今日話があると聞いて……」
「その前に、サフィ王女――」
「聞きたいことはわかるわ」
サフィはユティスの言葉を遮るように口を開く。
「けれど、私は前を進むことにした……それが答え」
――もしかすると、彼女は今回の黒幕が誰なのか推察できているのかもしれない。その人物と相対するために、覚悟を決め、ラシェンの内通を飲み込み――前進することにしたのかもしれない。
ユティスは考えつつ「どうぞ」と屋敷内に手招きする。
「会議室でよろしいですか?」
「ええ。彩破騎士団の面々は?」
「集合しているはずです。約束の時刻までもう少しですし――」
そう話していた時、またも来客を告げる声が。今度こそ来たと思ったが、王女がいる手前向かうのは無理だとして、侍女に任せることにした。
会議室に到着。既に彩破騎士団全員が集まっており、サフィの登場に誰もが驚いた様子だった。
「今回、私も会議に参加させてもらうわ」
王女の言葉に、フレイラやティアナはユティスに視線を向けた。理由を訊きたい様子だったが、王女が歩き始めたため口を挟むことはできず――結局、問い掛けるようなことはしなかった。
全員、着席する。会議用の大きな長机を椅子で囲むような状況。その中でユティスは議長が座るように全員に体を向けるよう座り、ユティスの視点では全員の横姿が見える。
真正面、末席側には部屋の扉。ユティスから見て右側には女性陣。そして左側には男性陣が座っている。
女性は順にサフィ、フレイラ、ティアナ、リザ、そしてイリアと続き、男性陣はジシス、アシラ、オズエルと続く。ラシェンはいない。今回の話す内容は間違いなく荒れるし、さらに内容も内容なので当然だろうとユティスは思った。
少しして靴音が聞こえる。来た――そうユティスは思い椅子に座り扉を見据え待つ。そして、
「入ります」
凛とした声音。それと共に扉が開く――現れたのは神父の格好をした長身の男性。
状況的にユティスとサフィだけが相手を見返し険しい顔をする。反面、残りの面々は一体誰なのかと、ユティスに視線を送るような按配だった。
「……私を見ての所作で理解できました。どうやら詳しく話してはいないようですね」
相手が語る――そこでユティスは自己紹介でもしようとしたが、相手はそれを手で制した。
「この場にいる方々の名前は聞き及んでいます……私の方が、自己紹介を。名はクルズ……といっても、これは偽名ですが」
偽名、という言葉に彩破騎士団が訝しげな視線を送る。その間にクルズはサフィに目を向け、
「よもや、サフィ王女がお越しになられるとは」
「当然よ。そもそも今回あなたを招きよせたのは、私の提案だったのだから」
「ほう、それは初耳ですね」
クルズが興味深そうに言う。一方彩破騎士団は事情がまったく飲み込めていないためか、困惑した色を見せている。
「自己紹介だけではご理解できませんよね」
その中、クルズは語る――いよいよ、本題だ。
彼は扉を閉めると、その正面にある椅子に座る。距離はあるがユティスと対面するような形であり――
「私がどういった人物なのか、説明しましょう……私は――」
一拍置いて、クルズは言う。
「ウィンギス王国の戦争を手引きした存在の関係者と言えば、およそ理解できますか?」
――その言葉、理解するのに一瞬の時を要したため、静寂が訪れる。だが次の瞬間、フレイラが突如立ち上がった。