異質な力
――ラシェンがその異様な魔力に気付いたのは、ユティス達と別れ屋敷に戻った時。客人を招いていたわけではないのだが――神父であり異能者と関わりのある人物、クルズが訪れていた。
「屋敷に直接来訪とは珍しいな」
「申し訳ありません。こちらも色々と報告すべき案件がありまして……しかし」
彼は視線をあらぬ方向へやる。
「とんでもない存在が出てきましたね……まさか街中でこんな魔力を感じることになるとは」
「ユティス君達が対処してくれるさ」
楽観的なラシェンの言動。するとクルズは笑みを浮かべる。
「ずいぶんとご信頼されているようですね」
「……正直、私も彼らの成長には驚いている」
ラシェンは言う。また同時に口元に手を当て、
「だが、ユティス君の実績……それこそ転生者という事実からすると、人とは違う何かを持っているのかもしれないな」
「かもしれませんね……」
「それはそうと、今日は何用だ? 普段彩破騎士団の面々に見つからんよう動いているだろう? 今回の行動は少しばかり驚いているのだが」
「彼らが出払っているのは私も理解していますからね……今回の要件は、一つです」
そう言うと、クルズは表情を戻す。
「今回の記憶操作……その主犯者が誰か、判明しました」
「……ほう」
「その説明に、ここへ」
「ずいぶんと早いな。記憶が解放されてまだ半日も経っていないぞ」
「情報が早い、というよりは元々調べていた情報の中に異能者が存在していることを把握した、とでも言うべきでしょうか……」
そう言ったはいいが、語るクルズの表情はずいぶんと重い。
「どうした?」
「……おそらく、彩破騎士団と銀霊騎士団とが戦うことになるでしょう」
「それについては推測できている」
「なおかつ、その戦いで彩破騎士団が勝利できれば、あなたが異能者との戦いで実質的に権力を手中に収める可能性は高い」
「……さすがにそこまでのことをやるとすると、リスクが伴うだろう」
「と、言いますと?」
聞き返したクルズに対し、ラシェンは解説を加える。
「現時点で彩破騎士団は陛下直属の組織になっている。ここに私は補佐する形で入っているわけだが……私が主導的立場となれば、城に動きやすくなる代わりに色々と面倒事が出る可能性がある」
「あなたを恨んでいる人間が……というわけですか?」
「あくまで可能性の話だがな。ともあれ、私自身陣頭に立つつもりはない。あくまでそれはユティス君やフレイラ君の役目だ」
「なるほど……話を戻しましょう。彩破騎士団が勝利した場合、次の行動を予測することができます」
「即ち、再度記憶の改竄を行うわけだな」
ラシェンの言葉にクルズは首肯する。
「そうです……正体を報告する前に、確認したい点が一つ」
「どうした?」
「彩破騎士団と強い関わりのある王家の人間は、サフィ王女で間違いありませんか?」
問いに対し、一時沈黙が訪れた。何を訊きたいのか訝しんだわけではない。その質問をすること自体、何が言いたいのかラシェンは理解できたため沈黙した。
「……魔法院の後ろ盾に、王家がいるのか?」
「さすがに、この質問は直接的でしたか」
肩をすくめるクルズ。
「私が重い表情をしているのは、その辺りに理由があります」
「王家内にも派閥があることはある。サフィ王女については、彩破騎士団に近しい、もしくは支持をする者が多いだろう」
「わかりました」
「しかし、魔法院は王家と関与しているのか? それならばこんな回りくどいことをせずともいいかもしれないはずだが」
「本人が表舞台に出ないようにしている……というより、自身が関わっていることをできるだけ隠すというスタンスのようです」
「……なるほど、そうか」
ラシェンは口元に手を当て、理解したように声を上げる。
「読めてきたぞ。この一連の戦いについての首謀者が誰なのか……加えその人物こそが、異能者だと言いたいのだな?」
「はい」
頷いたクルズに、ラシェンは大きく息を吐いた。
「そういうことか……しかし、そうなると目的も理解できるのだが、何か問題があるのか?」
「異能に関することです」
クルズが語る。それにラシェンは眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「調査はまだ完了していません。しかし、これだけは言えます……このような異能は、存在していない」
――今度こそ、ラシェンは何が言いたいのか理解できず沈黙する。
「異能者だと同意しておいて、こういう言い回しはひどく奇妙に思えるでしょう……しかし、事実です」
「異能ではあるが、君達が把握している異能の範疇を超えているということか」
「はい、正解です。現段階における異能は、記憶の改竄という言い方をされましたが、その範疇を明らかに超えているとお思いでしょう」
「そうだな」
「実際、記憶だけではない……まるで過去を書き換えたかのような異能」
「時間を操る異能……か?」
「いえ、それを使わせるには、人間の器では足りず、結局その異能については封印され、異能者も所持してはいません」
首を振るクルズ。では、どういうことなのか――
「異能の詳細については、もう少々時間を頂きたい。しかし確定していることが一つ。これは間違いなく、とある異能の応用です」
「応用……?」
「異能の種類は、おそらく『全能』に区分される記憶改変でしょう。他者の記憶を自由に変化させることができる……もっとも、それは魔力による干渉であるため、脳に事実を刷り込ませる、とでも言いましょうか」
「その言い方だと、今のような状況は説明がつかないな」
「仰る通りです。フレイラ様の事件に関する証拠や、ファーディル家とキュラウス家の関係性に関するものが全てなくなっている……記憶操作の範疇を超えています。ここから考えるに、異能者本人によって所持している異能が強化された……それも、恐ろしい程に」
「強化、か。確かにあり得なくはないが、この記憶改変については、範囲も気になるな」
「ユティス様の『創生』と同様、大地などから魔力を借り受けたのでしょう。となるとその拠点があるはずなのですが、現在調査中です」
「異能者が誰かわかっているのならば、候補もすぐに出てくるのではないのか?」
「それが、詳細はすぐに出てこないのです。無論こちらは継続して調べますが」
「難題ばかりだな」
「はい……しかし今回は我らにとっても由々しき事態。公爵に協力する所存です」
意外な言葉だった。異能者同士の戦いについては静観に近い立場をとっている彼らが――つまりそれほど今回の件は、彼らにとってもイレギュラーであるということだろう。
「そして、もう一つ極めて重要な事実が」
「どうした?」
「記憶を操作した範囲は、ロゼルスト王国全域と考えていいでしょう……となると、それだけの範囲が魔力が拡散したはず。ならば我らが保有する調査記録から、それがいつ行われたかを確認できる」
「見つかったのか?」
「はい。記憶を改変した時期とも一致するため、間違いないでしょう……もっとも、その場所まではこちらも記録していないため、調査する必要があります。しかしここにも問題が」
クルズは語る――いや、表情からするとここを一番言いたかったのかもしれない。
「何があった?」
「……同様の魔力拡散が、記憶改変の前にも一度、行われています」
つまりそれは――何かしら、まだ忘れていることがあるということなのか。
「それはファーディル家やキュラウス家とは関連性がないと考えてもいいでしょう……けれど、もう一つ何か魔力拡散が行われているのは、間違いありません」
「もう一つ、か」
「その詳細は私達にも不明……先ほども言いましたが、この事態は私達も想定していませんでした。よって、協力はさせて頂きます」
「――この異能では、そちらの目的は達成できないからな」
ラシェンが言う。クルズは僅かな間沈黙し――やがて、頷いた。
「はい、その通りです」
「わかった。とはいえ協力を依頼するかどうかは考えさせてくれ」
「はい」
「それと、今回の騒動を無事終わるよう祈っていてくれ」
「わかっています」
クルズは首肯。そして改めて、彼は話し始める。
「では、お話しましょう。今回の事件……魔法院と繋がる人物を――」