幻獣と化す――
「……何であんたは無事なんだ? いまの爆発……屋敷をこれだけ吹き飛ばす威力である以上、近くにいたあんたが無事であるはずがない」
「――爆発を中和する魔力さえあれば、防ぐことは容易いわ」
返答はそれ。中和――とはいえそれもまた違和感を覚える。マリードは魔力障害を持っている。彼女自身あれだけの爆発に耐えうる魔法を使えるはずが――
「私がこの研究をしようと思ったのは……実験の通り、幻獣を生み出すことにあった」
マリードが語り出す。その顔はひどく冷静で、一片の動揺も喜悦も見えない。
「そうした兵を作り出すことも一つの目的ではあったけれど、もう一つ、私はやらなければならないことがあった。それは、私自身が再び飛翔するための力を手に入れること」
「あなた自身が? でもそれは不可能ではないのですか?」
ティアナが問う。剣を構え、今にも飛び掛かりそうな雰囲気だったが、動かない。
いや、彼女もおそらく気付いているのだろう――マリードから発せられる気配が、今までと大きく異なっていることを。
「そう、あなた方のように鍛錬を果てに辿り着くことは不可能だった……フレイラ」
マリードは、まるで娘でも呼び掛けるよう名を呼ぶ。
「あなたが悩んでいたのは、私にも理解できる……ユティスさんを斬るよう誘導したのは私。しかし、その根底には抗えない壁が存在していた」
「……あなたは」
「けれど、今のようにあなたは力を手にした……やりようによっては、あなたはまだ強くなれることが証明されたわけね」
その視線に少なからず嫉妬のような感情が宿っているのは、間違いなく気のせいではないだろう。
「私は、あなたに怒りすら覚えた。なぜなら、あなたにはまだまだ道があった。にも関わらず葛藤し……だから、私は利用した」
「……あなたは、違うというわけ?」
「ええ。私には、もう強くなる手は残されていない。あったのは、過去の栄光……埃被るような、拙い栄光だけ」
マリードの表情が歪む。それは怒りとも、悲哀ともつかない表情だった。
「道が閉ざされ、それでも強くなろうとするために……私はあらゆることに手を伸ばした。そして得た結論が、この『召喚式』の魔法」
「それであなた自身が強くなったと言えるのかしら?」
リザが問う。だがマリードの表情は変わらない。
「わからないでしょうね……私がなぜこの魔法に手を出したのか」
「……何?」
ユティスが呟いた矢先、マリードの周囲に変化が生じる。僅かずつだが、魔力が生じ始める。
「私はね、ただ『召喚式』を手にして幻獣を生み出そうとしたわけじゃないわ。そうした戦力を手に入れることはあくまで副次的なもの。本命は、こっち」
魔力が濃くなる。さらに屋敷周辺――大気中から、彼女は魔力を吸収し始める。
「知っているかしら? 通常大気中の魔力を利用するには様々な術式を構築する必要があるし、それはあくまで一時的なもの。けれど、魔物は違う。彼らは大気中の魔力を食い生きている。これは即ち、魔物は大気中の魔力を利用できるということの証明に他ならない」
「まさか……お前は……」
ユティスが呻くと同時にマリードは笑う。不気味な、これまでに何度も見せた醜悪な笑みだった。
「確か、ブローアッド家の連中も似たようなことをしていたようね。けれど、彼らと違う点が一つある」
魔力が胎動する。まるで今まさに、生まれ変わろうとでも言うような――
「彼らはあくまで人間であることを前提として強くなろうとしていた……けれど私は違うわ。そう、私は――」
突如、マリードの背から黒い翼が生じる。堕天使でも表現するかのようなそれは、人を魅了するような圧倒的な気配に満ちていた。
「私は――幻獣そのものになる」
甲高い声。マリードの体が変化し、光に包まれる。
「どうする――今飛び込んで攻撃してみる?」
リザが問う。だがユティスには理解できていた。彼女の周囲にまとわりつく魔力。それが結界の形を成し、あらゆる攻撃が届かないことを。
「――ユティスさん!」
そこで、オズエルの声がした。彼は結界の外にいるはずだが――振り返ると、門を隔てて彼が立っていた。
フレイラは、この時点で事態の深刻さに気付く。
「結界が、解けている!?」
「さっきの爆発で、結界が丸ごと消失したってことだろうな」
ユティスが沈痛な表情で呟く。
「これはまずいな……ともかく、敷地内から出さないことだ」
「私達が逃げない限りは、出なさそうだけどね」
リザは『彩眼』を起動させつつ呟く。ユティスはそれを見て、彼女へ問う。
「どういう能力だ?」
「魔力の質を真似る能力……彼女が作った幻獣から、再生能力と驚異的な身体強化。あと魔力の強制拡散という能力を得たみたい」
「ならリザは、何かあったら敷地の外に影響が出ないよう魔力を拡散してもらえるか? できる?」
「どうかしら。触れたものを拡散するような感じだったから、流れ弾を拡散させるのは難しいかもしれないわね」
会話をする間にもマリードが変化していく。恐ろしい程の魔力の渦の中で、彼女は全身を先ほどの魔物と同様紅蓮に染め、漆黒の翼を大きく広げている。
金属製の鎧のようなものが、全身をすっぽりと覆うように形成される。頭部は表情は隠れ――いや、もうそこに顔というものは存在していないのかもしれない。ともかく頭部に顔を構成する要素は一つたりとも存在していない。
「オズエル! 外に攻撃が出ないよう結界を!」
ユティスが指示。オズエルは了承はしたが、返答する。
「俺の魔法だけで応じられるかわからないぞ!」
「リザ、もし拡散能力を利用してできるだけ外に攻撃を出さないようにしてくれ」
「どこまでできるかわからないけど、やってみるわ。けど、私は守りでいいの?」
「この魔力だ。リザがどれほどの身体強化能力を得たかわからないけど……マリード自身が作り上げた魔物がベースだ。どれほどのものか察しているだろうし、下手に攻撃すれば反撃にあうかもしれないだろ」
「なるほど、確かに」
「それに魔力の強制拡散ってことは、僕らにも影響が出そうな雰囲気だからね」
「そうね……わかったわ」
「よし、アシラ、ティアナ」
「わかっています」
「はい」
ティアナとアシラは同時に応じ、前に出る。ティアナは既に幻霊の剣を生み出し、またアシラは刀身に魔力を注ぎ攻撃態勢に入っている。
「そして……フレイラ」
ユティスは言う。その間にも魔力は収まりそうな雰囲気。おそらくもう時間はない。
「いけるか?」
その問いは、様々な感情が宿っていた――フレイラは彼の言葉にほんの少しだけ苦笑し、
「ええ……この剣で、援護する」
「わかった……全員、戦うぞ!」
指示と同時に魔力が収まる――決戦が、始まろうとしていた。




