最後の配下
フレイラはユティス達と共に結界の中に再侵入し、魔力を感じ取った瞬間、間違いなくマリードの切り札であると認識する。
また同時に、思うことが一つ。おそらく彼女は――
「彩破騎士団、勢揃いというわけね」
フレイラの予測通り――玄関前に、マリードが立っていた。
「本人が来るとは」
リザが言う。するとマリードは苦笑した。
「あなた達が存分に暴れてくれたから、制御に使える魔力がほとんど残っていないの……もしこの子を制御するのであれば、ある程度私が近くにいないといけないのよ」
直後、轟音が鳴り響いた。
それは、玄関口を平然と突き破り――二階まで到達しようかという体格を持った、巨大な魔物だった。
人間の形状をしているが、体躯は紅蓮。全身鎧姿なのはこれまで見た魔物と似たような雰囲気ではあったが、生じる魔力がこれまでのもとのも違う、独特な何かを抱えている。
「さっきの子達とは成り立ちから違うわ……この子は自信作というより、私の『召喚式』の魔法半生そのもの」
「そんなものを今から打ち砕くなんて、正直申し訳ないわ」
リザが言う――同時に、マリードは恨めし気に彼女を見る。
「あなたの存在が、何よりの障害だったわね」
リザは笑みを浮かべ、その瞳に『彩眼』を宿す。途端、ユティスが気配を察し首を向け、驚いた表情を向ける。
「彩破騎士団の団長さんがそんな顔をするということは、仲間内にも知らせていなかったということかしら」
「単にこの能力が役立たずだとずっと思っていただけよ」
リザがさっぱりとした口調で答える。けれど同時に笑みを浮かべ、
「もう一度言うけれど、あなたには感謝しているのよ。だって、この力の活用方法を教えてくれたんだから」
「……どうやら、眠っていた子を起こしてしまったようね」
嘆息混じりに語るマリード。それと同時に、表情を改める。
「最早、私に手はほとんど残されていない……実験などと称しあなた達を甘く見ていたのが最大の敗因のようね。けれど、まだ一つだけ手は残されている」
「彩破騎士団の首を手土産に、といったところかしら?」
リザがまたも問う。それにマリードはニコリとした。
「そういうことよ……さて、誰がこの子の餌食になるかしら?」
――フレイラ自身、目の前の魔物の大きさには驚かされるが、これまで戦ってきた魔物と比べるとずいぶんと印象が違う。
ただ図体がでかいだけ――そもそもこちらには人数がいる。魔物を無視しマリードを狙えば全てが終わる。それを相手は理解しているのだろうか。
「……私はね、実験により魔力障害を持ったことで……一つ気付いたのよ」
狂気。力を手に入れたがために――いや、彼女は実験に失敗した時から、こんな風になったのかもしれない。
「全て……今まで私がやっていたことは無意味だった。聖賢者を生み出せた功績はあったけれど、それでは足らない……もっと、もっと私は研究を重ねなければ――」
「御託はそれだけか?」
ユティスが問う。それによりマリードの言葉が止まった。
「御高説、ありがたいけれど……僕がここに来た理由は一つだ」
その眼光は、確かに怒りが宿っていた。
「彩破騎士団の団員……仲間を傷つけた。だからこそ僕はあなたを、捕らえる」
「シンプルでいいわね……どうぞ。存分にやりなさいな」
言葉の直後、ティアナが破壊した結界が修復する。外と内が遮断された――直後、魔物が突撃を開始する。
圧倒的質量による単純な攻撃。並の騎士ならばこれで十分のはずだが、フレイラ達にはまったく通用しなかった。
「――ふっ!」
フレイラが先んじて動く。手に馴染む剣を振り、魔物の足元に氷を出現させる。
それは正確に魔物の足を凍らせ――動きを止めた。
続けざまに放たれたのはアリスの光。幾重にも放たれた光の矢が魔物の直撃し、大きく体勢を崩した。
そして次に動いたのはユティス。光の槍を構え、それが射出されようとした――
刹那、フレイラはマリードの表情を見る。喜悦。
その顔を見た瞬間、根本的に何かが違うと断じる。
彼女の本命は――目の前の魔物ではない。
「ユティス!」
フレイラが叫んだ直後、ユティスの槍が射出される。間に合わない――そう理解したフレイラは、即座に次の行動に移った。
光の槍が、魔物を貫く。その直後、突如その体が光り始めた。
「っ――!?」
次に何が起こるのか理解できた誰かが呻き声を上げた。けれどそれは閃光に飲み込まれ――
光と共に屋敷を覆う程の爆発が、魔物から生じた。
「……っ」
光が消える。周囲は粉塵に包まれているようだったが――フレイラの周囲にそうした煙は存在していなかった。
「フレイラ……」
ユティスが呟く。そこでフレイラは周囲を見回し、彩破騎士団の面々が全員無事であることを悟る。
「怪我は、ないようね」
――フレイラはこのままでは爆発に巻き込まれると察し、地面に剣を突き立て氷を仲間達を囲むようドーム状に形成していた。
物理的な氷に加え、刀身を通し魔力もまとわせた――通常の結界と比べ強固な氷の壁は、爆発をもろともせず防ぐことができた。
「あの魔物が、本命ではなかったということか」
ユティスが呟く。フレイラは頷き、剣を地面から抜く。
「おそらく、あの魔物を爆発させることで何か仕掛けが――」
「けど、あの威力なら何もしていなかったマリードが無事で済むようには見えないのだけれど」
リザの言葉。それにフレイラは心の中で同意しつつ――警戒しながら氷を解いた。
視界が広がる。その先にいたのは――
「……この程度、防いでもらわなくては面白くないわ」
マリードの声だった。見えたのは平然と佇むマリード――とはいえ、周囲の状況は見るも無残だった。
屋敷は、玄関ホール付近を中心にしてほとんどが消失していた。さらに周囲も瓦礫すら残っていないくらいの有様であり、爆発の余波は屋敷の両端にまで行き渡ったためか、どこを見渡しても爆発により崩れていた。
周囲の地面も少なからず抉れている部分が存在していたが、爆発は地面ではなく上へと広がったためか、想定していた程に損傷しているわけではなかった。
その惨状の中で、平然と立つマリード。ユティスは警戒を込め、彼女に問い掛けた。