同化の異能
「――私の能力はたぶん、ネイレスファルトで知り合った騎士レオと同系統のものだと思うわ」
地下の広間を出てから、リザはフレイラ達に話し始める。フレイラとリザが隣同士で先頭を歩き、ティアナが怪我したアリスの面倒を見ながら後方を歩く。
「同化の能力……ということ?」
フレイラが尋ねると、リザは小さく頷いた。
「騎士レオの能力が他人の剣技を見て習得することならば、私の場合は魔力……他人の魔力の質を真似ることができる、と言ったところかしら」
その言葉に、フレイラは少なからず驚いた。
同化と似たような技法では、例えば槍や弓など、武器ごとの技法を真似るという能力があった。しかし彼女の場合は技ではなく、魔力そのものを模倣する――聞いてみると非常に有用そうな異能にも思えるのだが――
「けれど、他人の魔力の質を真似てみても、何の効力もなかったというわけ」
リザは、大きく肩をすくめた。
「人間同士では、魔力の質なんてそれこそ大きな違いはないって話よね。例えば保有できる魔力量を変えられれば少しは使えたのかもしれないけれど、この異能は魔力まで増えるわけじゃない。他人の魔力の質を、私が使える魔力の範囲内だけで模倣する……使ってみて、何の意味もなかったわけ」
「けれど、今回の戦いでは……」
フレイラは言う。リザは大きく頷き、
「魔物の魔力を真似ても、意味はなかった……けれど、今回遭遇した、マリードが生み出した幻獣に近い存在……魔力の質が根本から違う場合、その能力が発揮できたというわけね」
リザは語ると拳を開いたり閉じたりする。新たな力を手に入れた高揚感――それが今、彼女を支配しているのかもしれない。
「……リザ」
「大丈夫、はしゃいでいるわけではないわ」
フレイラが口を開こうとしたら、リザがそれを遮った。
「さて、作戦会議に入るけれど……敵はここからどうすると思う? フレイラさんが先ほど語っていた、切り札を使う?」
「……それをやるにしても、どれだけ魔力を消費するかわからないし、それにまだ一体残っている」
「そいつなら私が対処できるわよ……フレイラさんの協力があったら盤石ね」
「私が?」
フレイラが首を傾げると、リザはフレイラ自身が握る剣を指差す。
「その剣、氷の力が宿っているのよね?」
「え、ええ」
「玄関にいる魔物は、魔力を強制的に拡散するけれど、例えば物理的な攻撃を防ぐことはできない。だからこそ相当強化してあるのでしょうけれど――」
「なるほど、わかった」
フレイラは理解し声を上げる。するとリザは「お願い」の一言だけ呟いた。
そこで、一時沈黙が生じる――やがて声を発したのは、リザだった。
「その剣、ずいぶんと使い慣れているように見えるけれど、あなたの物だったの?」
「……この剣は、ユティスが私に渡すために創り上げられたものだと思う」
「――そうです」
言葉に、ティアナが同調した。
「私は討伐隊の時、フレイラさんへ剣を創り出すと宣言したのを聞きました。氷の力だったのは、その場所の魔力特性が氷の能力だったからです」
「……創り出したのはこの剣だけ?」
「大地の力を利用し『創生』を行う場合、同じ魔力特性では一度しか異能を使用することができないことがその後わかりました。よって、それだけです」
「そっか……」
刀身を眺める。今日初めて握ったにも関わらず手になじむ。自身の『強化式』の力が、剣の力と共鳴している。
「あまり嬉しそうではないわね」
そんな折、リザが発言した。
「ユティスさんからの贈り物だったら、もうちょっと嬉しそうにしてもよさそうなものなのに」
「……これを手に入れるまでの経緯が、色々あったから」
フレイラは胸中考えていることもあった――それについては今はひとまず押し殺す。
次に声を発したのは、ティアナ。
「しかしフレイラ様、一つ疑問があるのですが」
「何?」
「例えば記憶が戻る前……ご自身のお屋敷に、ファーディル家と関わった物はありましたか?」
「なかったわね」
「私も、ユティス様と関わったことについては何一つ情報がなかった……どこかで証拠が隠滅されているというのは間違いありません。しかし、記憶に関することだけ隠滅するなんて人為的に可能でしょうか?」
「異能の力、という可能性はあるわね」
続いて答えたのは、リザだった。
「ティアナさんの言いたいことはわかるわよ。もし異能だとしたら、ファーディル家とキュラウス家の親交があった事実を異能で丸ごと消した……それに付随して、ティアナさんの記憶も封印された。あの討伐隊で異能を使った記憶まで消えているのに、奇妙なことにフレイラさんのために生み出した剣だけはきっちり残っている」
「はい、そうです。違和感がありまして」
「これもまた『創生』という異能により生み出された物だから……というのが、しっくりくる解答じゃないかしら?」
「となると、記憶の封印は異能だということは間違いないと」
「その可能性は高いと思うわ。というか、そういう根拠でしか今の状況を説明できそうにないし」
言いつつ、リザはフレイラの剣を改めて眺める。
「とはいえ、これは非常に重要なことだと思うわ」
「そうですね……何か、相手の能力を掴むようなヒントや、突破口になればいいと思うのですが……」
「ああ、それともう一つ疑問が」
そこでリザは肩をすくめる。
「ファーディル家とキュラウス家の関係性を消したってことは、その関係者とかが異能の所持者になるというわけだけど……誰なのかしら?」
「それについてはまだわかりませんが、少なくとも魔法院関係者である可能性は高いでしょうね」
「ユティスのお兄さんであるロイって人が能力所持者の可能性は?」
「あり得なくもないですが……正直、私の目から見てもロイ様はそれほど実践的な能力を抱えているわけではありません。異能をここまで大々的に運用できる技術をお持ちかというと、疑問に残ります」
そう言うとティアナは、フレイラに首を向ける。
「これだけ大規模な記憶封印を行った以上、間違いなく人の力では無理でしょう。となれば考えられるのは、ユティス様が剣を創り出したように大地や、もしくは大気から魔力を借り受け利用すること」
「あの人は文官だから、そういう儀式めいた技術を保有しているとは考えにくい、というわけね」
「はい」
「魔法院と絡んでいるから、その辺りの解析を行っている可能性はあると思うけど……まあ確かに、異能を使う本人もそれなり技術がないと無理よね。特に、外部から魔力を供給された場合には」
学院で学んだという経験が、ロイにほとんどないことをフレイラも思い出していた。よって、彼自身が異能を使っているというのは、ティアナの考えと同様疑問に残る部分ではある。
会話をする間に、フレイラ達は階段を上る。到達したマリードの部屋はもぬけの殻。よって、素通りする。
「気を付けて」
フレイラは声を掛けながら部屋を抜ける。気配はない。アリスに周辺の気配はどうかと尋ねようと首を向けると――
「気配は、ないです」
声のトーンからイリアだとわかる。そこでフレイラは一つ確認。
「痛みは大丈夫?」
「はい。それに、痛みがどうとか言っていられる状況でもないと思います」
イリアは答えると、一度気持ちを落ち着かせるためか深呼吸をした。
フレイラは視線を戻し、階段を視界に捉える。現状、マリードの姿は見えない。切り札を用意しているのか、それとも他に何か仕込んでいるのか――どちらにせよ、簡単に帰してはくれないだろう。
やがて玄関ホールへと差し掛かる。ここでフレイラは仲間達を見回し、
「最後の魔物だけど用意はいい?」
全員が頷き返し――ふと、フレイラはなぜ自分が仕切っているのか一瞬疑問に思ったが、その考えをひとまず振り払う。
そしてとうとう魔物が視界に――刹那、フレイラ達を威嚇するためか咆哮を上げた。
「さあて、倒させてもらいましょうか……フレイラさん」
「ええ。ティアナ――」
「援護はします。もっとも、魔力中心の私ではお役に立てることも少ないですが……イリアさんの護衛は任せてください」
「それじゃあ、行くよ」
リザに告げると、フレイラは彼女と共に駆け出した。
一気に接近する魔物も反応を見せる。とはいえ、その動きはフレイラにしてみればずいぶんと緩慢だった。
刀身に魔力を注ぐ。まるで何年にも渡ってずっと使ってきた愛用の剣みたいにしっくりとくる――ユティスに感謝しながら、フレイラは剣を振った。
氷が爆裂する。目の前の魔物の体を覆い始め、四本の腕もまた大きく拘束する。
「――上等よ」
リザが言う。同時、彼女は『彩眼』を起動させ、魔物へ向け疾駆した。
魔物は魔力を拡散させる力を持っているが、氷のような物理的な干渉にはまったく効果を成していない。いずれその巨体の力により氷を砕くだろうが、それをリザが許すはずもなかった。
跳躍。リザは魔物の頭部へ接近し、拳を撃ち込んだ。
刹那、頭部が四散する。追撃の蹴りにより魔物は蹴り倒され、玄関ホールの隅へと追いやられ――動かなくなった。
「身体強化は恐ろしい程の効果ね……でも」
と、リザは歎息する。
「体にも魔力にも相当クルわね……さっきと魔力を変化させて二度目だけど、これで限界に近いわ。使えても数度かしら」
「……騎士レオも、異能を使う場合燃費が非常に悪いと聞きました」
「私も同じようね。乱発はできない……肝に銘じておくわ」
息をつきリザは言う。
「さて、ひとまず魔物を倒しマリードも邪魔立てする様子がない……逃げられるわね」
「そうだね。マリードは気になるけど、まずは脱出しよう」
フレイラは語りながら、玄関扉に手を掛けた。