魔力剣の活用法
幻霊の剣で斬った感触から、ティアナは胸中で呟いた。
(硬い……!)
「強化しているということは、それだけ強度も相当あるということを意味している」
マリードが語る。その間にティアナは魔物の間合いを脱した。
「再生能力は確かにないけれど、あなたの攻撃が通用しないくらいには硬くしてあるつもりよ?」
嬉々として語るマリード。余裕が滲み出ており、負けるとは一片も思っていない様子。だからこそ詳細を語っているのであり――
考える間に魔物が攻め込む。ティアナが攻防に使える空間を押し潰すように前進し、横薙ぎを放つ。
一撃でも食らえば死が迫る――ティアナは確信と共に回避に転じた。身をかがめ伏せつつ魔物の剣の軌道を見据える。
剣風がティアナの上を通過する。余波によって一時動きを鈍くするが、それでも間合いを脱することのできるくらいの余裕が生まれた。
しかし、刹那――最初の攻撃を仕掛けたのと同様に、背筋がゾクリとなった。
まずい、と反射的に思う。考える間にさらに魔物がティアナの使える空間を潰そうと前進する。気付けば間近まで迫っており、背には結界が存在している。剣を振ろうにも刃先が結界に激突する以上、意味がないのでは――
「確かに魔物は私が指揮しているわ。つまり、剣術などの技術面についてや心理の読み合いには、あなたに分がある」
マリードが言う。そして、
「けれど、ちょっと甘く見過ぎよね」
ティアナが脱しようとした進路を、魔物の盾が阻んだ。床に突き立てられたそれを見て、マリードが退路を断つためにわざと接近したことを悟る。
なおかつ、剣戟も逃れる方向を誘導するためだったのだろう――ティアナは背筋の悪寒を感じつつ一転して踏み込んだ。座して待てば必殺の剣が飛んでくる。足を反転させてくれる余裕は与えてくれないだろう。ならば――ティアナは決断し、足に魔力を集中させる。
刹那、盾が押し寄せてくる。鋭利な刃物ではないため体に直撃しなければどうにか対処できるだろう。しかし衝撃を殺すことはできないはずで、さらに背後からは剣が迫るはず。なので盾に触れただけでもアウトなのは自明の理。
よって――ティアナは跳躍した。
直後、盾がティアナのいた場所を通過する。その時点でティアナは三角蹴りの要領で壁となっている結界に足をつけ、一気に間合いを脱するべく足に力を入れた。
そこへ、魔物の剣が襲い掛かる。それとティアナが結界を蹴ったのは同時であり、剣自体は当たらなかった。けれど剣風が襲い掛かり空中で大きく体勢を崩す。
「っ!」
短く言葉を漏らした後、床に倒れ込みつつもすぐさま起き上がる。魔物は動いていない。様子見というよりは、指揮するマリードがどのような戦法をとるべきか考えているのだろう。
「――驚いたわ。まさか壁である結界を利用して抜け出すなんて」
感嘆の声音だった。ティアナが一瞥すると、どこか嬉しそうに笑みを浮かべるマリードがいた。
「魔力強化があるとはいえ、あなたの身体能力自体も相当なものなのね……さらに的確な判断。さすが聖騎士候補だった人物」
ティアナは何も答えず、魔物を観察。絶えず仕掛けてもよさそうなものを、わざわざ考える時間を与えているようにも見える。
これがマリードの指示であるならば、相手に塩を贈っているとでも思っているのか。それともただ魔物の指示にはタイムラグか何か条件があるということなのか。あるいは実験という意味合いを込め、ティアナの全力を引き出したいだけなのか。
どうであれ、この空白の時間がティアナにとって勝機を手繰り寄せるものなのは間違いない。
(……後悔させてやる)
ティアナは魔物を真正面から見据え――同時に一つ、思い出した。
「――まあ、こんな所か」
周囲がざわめく中で、ヨルクが声を上げる。
ティアナが思い出したのは討伐隊の後、ユティスと共に模擬戦闘を披露した時の事。この戦いぶりで両者は認められたのは事実だったが――戦いだけを見れば、完膚なきまでにやられたという表現が一番正確であった。
聖賢者ヨルクが別格の強さであるのは周知の通り。それでも多少でも手傷を負わせられるのではとティアナは考えていたのだが――結果は、捨て身の攻防によりユティスの攻撃が衣服を掠めたにとどまった。
手の内を知っているということも大きいだろう。しかしそれでも、聖賢者との間には大きな壁が存在しているとティアナは認識する。
「しかし、俺を驚かせるには十分な要素だったぞ。特にティアナ。その魔力の剣には感心しきりだ」
笑いながら語るヨルク。一方ティアナは立ち上がる気力もなく座り込んだまま口を開く。
「一度くらい受けてもおかしくなかったはずですが、結局それすら叶いませんでしたね」
「そりゃあどんな効力があるのか一目でわかるからな」
そんなことをすぐに把握できるのはあなたくらいのものです――と、ティアナは胸中呟く。
周囲ではティアナ達の戦いぶりを論評する声が聞こえる。内容は散々だったはずだが、好意的に見ている者が大半のようで、ユティス共々それなりの評価に落ち着きそうだった。
「ただなあ、ティアナ。言っちゃあなんだが」
ヨルクは頭をかきつつ、一つ言及する。
「左手の剣だが……ヘッタクソだな」
「訓練している最中です」
「にしては、ヒドくないか?」
「二刀流でも学んだ方がいいということですか?」
問い掛けに、ヨルクは一度言葉を止めた。何事かとティアナが見返していると、彼を手を振る。
「いやいや、そうじゃない。剣の腕の話じゃなくて、魔力の制御面の話だ」
「制御?」
「それなりに頑張ってはいるけれど、まだまだ制御が甘い」
剣の振りではなく、魔力のことを言っているらしい。
「ティアナ、試しに右手で同じことをやってみてくれ」
「はあ、わかりました」
承諾しティアナは魔力を収束させる。直後、右腕に魔力が集まったわけだが――確かに感触的に右腕の方が魔力が収束しているように感じられる。
「うん、やっぱり右腕の方がいいな。まだこの技法自体が未熟なためか荒々しいけど」
「しかし右で剣を扱う以上、出番はありませんよ」
ティアナは語る――この魔力剣はあらゆる物理的な障害を無視して攻撃できるものではあるが、この剣によって防御することはできないことも意味している。つまりティアナが立ち回るためには、どうしても受け流しなどができる剣が必要となる。
右手に魔力剣。左手に盾という戦いもありかと思ったが、この魔力剣自体が決定打になるのは難しいため、やはり剣は必要だろうとティアナは思った。
「まあ確かに、今更左腕で剣を使えとか、あるいは二刀流でやれと言うわけではないさ」
ヨルクが言う。その目はずっとティアナの生み出している魔力剣に向けられている。
「そもそもティアナの魔力制御自体、右腕に武器を握ることを前提にしているわけだからな。魔術師ならその辺りの調整がもっと簡単にできるわけだが、幼い頃より右で剣を振っている癖は抜けないし、修正も難しいだろう。中途半端になること間違いなしであり、やるべきじゃない」
「とすると、左手における魔力収束を鍛錬する他ないですよね」
「そうだな……とはいえ、だ」
ヨルクは笑みを浮かべティアナに語る。
「右腕のそれ、活用できないわけじゃない」
「え……?」
「発展途上の技術であるのは間違いないが、磨けば強力な武器となる。変則的な二刀流であるため、今以上に左腕の扱いを注意しないといけないが……まあ、ティアナの戦法は盾などを前提として戦うような局面にも対応できるから、左手で扱うものが増えても問題はないだろ」
そこまでヨルクは言うと、ティアナの右腕に視線を移す。
「だが、魔力剣を右腕に持った想定だと厳しい……その右腕にはティアナがこれまで振って来た剣の技術が詰まっている。つまり魔力剣は有効な手立てだが、それ以上に右腕の技術を活用しないともったいないわけだ」
「しかし、活用できないわけではない?」
ティアナは聞き返しながら剣を消す。その間にユティスは立ち上がり、ティアナ達を会話を聞いているのかじっと立ち尽くす。
「ああ、至極単純な話だ」
ヨルクは語ると、無邪気な――悪戯好きの子供が発するような笑顔を見せた。
「剣術以外の局面で、それを利用すればいいだけの話だ」