彼女の策と王の頼み
「……どちらにせよ、迎え撃たなければならないのは事実だな」
やがてハイズレイが、ひどく重い言葉を発した。言葉には僅かながら悲壮な決意も漂わせており、やがてその空気に当てられた室内の人間は、言葉を失くし沼の底に沈んでいくように気配が重くなる。
それを払拭する手立ては、少なくとも重臣や騎士からは見受けられなかった。しかし、一人だけ表情を変えぬ例外が。
「……一つだけ、ユティス君に訊きたいことがある」
ラシェンの声。フレイラは何を問いたいのか、明確にわかってしまった。
「君の『創生』の力を用いて、彼に対抗することはできるのか?」
――途端、室内がざわつき始める。まさか彼に、十万の大軍と戦うための策を預けるなどというのか。
そうした驚愕に近い空気が満ちる中で、フレイラはユティスに視線を送る。彼は険しい顔で無言を貫いている。
「その様子だと、難しいというのが君自身の判断みたいだな」
ラシェンは小さく息をついた。態度からは騎士団長が発したような絶望的な気配は窺えない。
まるで対抗策が浮かんでいるような所作。そこでフレイラ自身、もしかすると自分と同じことを考えているのでは――などと心の中で思う。
そして一度周囲を見回す。王だけは憮然とした面持ちではあったが悲観的な態度は見受けられない――これはある意味、王自身狼狽えていては示しがつかないため当然と言える。
一方ラシェンは――考える間に彼は、フレイラへと視線を移し、
「……フレイラ君は、見た所何かしら浮かんでいる様子だな?」
問い掛ける。なぜそんな風に思ったのかフレイラはわからなかったが――この室内にいる面々で他に打開策が無い以上、考えられる手ならば伝えるべきだと思った。
「私の考える手段は……それこそ、荒唐無稽かと――」
「構わないさ。そもそも十倍に匹敵する戦力差を覆すためには、尋常ではない方法に頼らざるを得ないだろう」
肩をすくめて語るラシェンの口調は、この場にそぐわないくらいに軽いもの。しかし、その雰囲気がフレイラに話しやすさを与えていたのも事実。
「……ユティス」
そこでフレイラは、案を提示する前にまず彼に呼び掛けた。
「先ほどの話の続きだけど……より強力な武器を作る場合、魔力以外に必要なものはある?」
「必要なもの? そうだね……僕自身イメージしやすい物の方が成功しやすいと思う」
「それは現実になくても大丈夫?」
「うん、大丈夫、だけど――」
そこまで言って、ユティスは言葉を止めた。なおかつ顔は驚愕に満ちており、
「……まさか」
「そう、そのまさか」
フレイラが決然と答えると、周囲がまたもざわつき、
「どういう策だ?」
王が問い掛ける。フレイラは緊張した面持ちを見せつつ、話し出した。
「襲撃の際、最後にユティスが創り出した剣を、憶えているでしょうか」
「確かあれは、『風の勇者』に出てくる聖剣だったな。一振りで万軍の悪魔を消し飛ばしたという――」
ふいに王の言葉が止まる。察したらしい。
他の者達も気付いたらしく、皆一様にフレイラへ視線を送る。
「そういうことです」
そしてフレイラ自身、彼らの考えを肯定する。
「ユティス自身、イメージしやすいものとするなら……襲撃の時、瞬時に生み出すことができた風の聖剣が、何より良いでしょう。つまり、一振りで万軍を消し飛ばす力を持つ物語の中にある聖剣――これをユティスの力で生み出し、対抗する――私は、勝つ手段としてそれしかないと考えています」
* * *
フレイラの言葉に対し、ユティスとしては思わず声を上げそうになる。しかし、彼女の語ったこと自体、不可能ではないとも感じた。
もし十万の軍勢とまともに戦うこととなったら、おそらくロゼルスト王国は敗北するだろう。現状正面衝突して勝てないのは必定であり、だからこそフレイラはその策を頭から捻りだしたのだろう。
「無論、大地の魔力を使うとしてもその準備が必要ですし、この試みが成功するかもまったくの未知数です」
フレイラはなおも続ける。淡々と話しているようにも見えるが、ユティスは彼女がやや熱を帯びているのが、横にいてなんとなくわかった。
「戦いが始まる前に、全て準備しなければなりません……時間も無ければ、どの程度の魔力収束を果たせば望んだ聖剣が生み出せるのかもわかりません。ですが――」
「そなたの言いたいことは、しかと理解できる」
王が発する。フレイラの口が突如止まり、今度は彼が話し出す。
「成功率は、そう高くはないだろう。しかし、可能性があるのであれば、やるべきだとは思う……ユティス君」
「は、はい」
「公算は、あるか?」
できるのか、と問い掛けている。ユティスは一度つばを飲み込んだ後、思案しながら答える。
「聖剣を創り出すのに必要な魔力は、多大なものとなるはずです。そうした規模で武具を創ること自体試したことが無い以上、断定的なことは……ただ、理論的にできるとは思います」
「……わかった」
王は頷き、一度広間を見回す。
「……これまで長々と話をしていたな。ひとまず休憩としよう。ただしユティス君とフレイラ君は、ここに残ってくれ」
王の言葉に――重臣達は複雑な表情を浮かべていたが、やがて一人席を立つと、それに続くように他の者も立ち上がる。その中、ユティスは兄であるアドニスと目が合う。
彼はユティスを一瞥すると、何か言いたそうな顔を示したが、そのまま他の騎士と共に退出した。
しかし例外もいた。唯一ラシェンだけが席を立たず、王とユティス達に視線を送り続け、
四人だけとなった瞬間、王が口を開いた。
「……はっきりと言えば、この戦、勝ち目はほとんどないだろう」
断定口調だった。ユティスとしては弱気になるのは理解できるが、それをこうして吐露すること自体、驚く。
「聖賢者の存在がいないということも痛手ではあったが……まだ西側は混乱をしており、彼を動かすこともできそうにない上、間に合わないだろう。とはいえ十万の兵を前にしては、戦うのにも限界があるとは思う。仮に戻って来たとしても、戦況をひっくり返すことはできないだろう」
王は難しい顔を示しつつ、さらに見解を述べる。
「重臣の多くは襲撃を行った能力者さえ倒してしまえば兵が消えると主張し、彼だけに狙いを絞る作戦を立案したが、成功する公算は低いという結論に至った」
「相手がそれを警戒していないとは、考えられないでしょうしね」
ラシェンが言う。それに王は頷き、
「斥候の報告では、進軍する大軍の後方に『創生』の使い手がいるらしい。おそらく彼の所まで到達すること自体、難儀だろう。加え、少数ではあるがウィンギス兵の存在もある。その中には魔術師がいる可能性が高く、さらに到達を難しくさせるはず。加え――」
と、王は目を細めた。
「生み出された兵士には、魔具の存在……こちらの大規模魔法を警戒した結界発生の腕輪か何かだろうと宮廷魔術師は推察した。仮に私が兵に力を付与するとしても、そのようにすると思う。つまり魔法による猛攻は、何万という軍勢の多重結界に阻まれることとなり、効果がないだろう。となれば物量的な戦いにならざるを得ないが……十万という兵力である以上、向こうの勝ちが濃厚だ」
ところん不利な状況――ユティスはそれを理解し、難しい顔をする。
「そして、それ以上に問題がある……ユティス君。例えば昨夜そなたが生み出した剣だ」
「……はい?」
「そなたが気絶した後、フレイラ君や騎士に投げた剣はまだ残っていた。そればかりか、魔力が存在し得る限り残り続けている……となると『創生』は、そなたの魔力から分離しているということなるのではないか?」
「その考えで、よろしいかと」
「ならば、それは相手にも言えるのではと私は考えた」
「……確かに」
フレイラが言う。口元に手を当て、王の言葉を吟味する。
「もし生み出している相手を倒したとして……それでもなお消えないとなれば――」
「例えば『敵に突撃せよ』という命令を与えていたとしよう……その状況下で相手を倒し、なおかつ軍団が残っているとなれば、暴走するのではないかと危惧している」
ユティスも、それには同意する他なかった。
もし敵の包囲網を強引に突破して『創生』の使い手を倒したとする。しかしもし、死んだことにより能力が消えず暴走してしまうとしたら――十万の兵がロゼルストの人間を虐殺し始めるという、未曽有の大惨事に陥る可能性だって考えられる。
無論、彼が死んだ瞬間消えるという可能性は存在している。だからもし、騎士団が作戦を行うとすればこの手段だとユティスは思うが――
「ユティス君、もう一度問いたい。理論的には可能だと言ったな? 確率的にどの程度なのか、言い表すことはできるのか?」
「……それは」
「そもそも敵には結界がある。それに対処できるのか?」
「それは……おそらく大丈夫です。例えば『魔力のみの存在を全て風によって打ち払う』という条件を加えれば……創り出された兵士は魔力の塊でしょうし、結界もまた魔力……これなら、大地の魔力を使えば……」
「そうか……ならば、どの程度だ?」
可能性が高ければ、フレイラの策を採用する――王は間違いなくそう考えている。ユティスはそれに再度つばを飲み込み、
「……確率は、おそらく」
呟き思考する。自身の体調や、過去自身の魔力以外で魔法を実行した際、どのような結果となったかなど――様々な状況を思案し、それらによって導き出した答えは、
「おそらくですが、半々といったところではないでしょうか」
「……そうか」
王は頷く。そしてラシェンが発言した。
「五割ならば、取るべき作戦だ」
「え……?」
「そもそも、私達の中で半々という作戦すら、思い浮かばなかったからね」
ラシェンは苦笑と共に告げ、王へ向く。
「陛下、これは――」
「うむ、進むべき道は決まった」
「ほ、本当にやるんですか?」
ユティスは信じられずに問い掛けると、王は優しく微笑んだ。
「無論、他の策と同時並行で行う……ユティス君」
「は、はい」
「命を助けてもらったにも関わらず、さらに要求するのは心苦しいが、頼みを聞いてくれ」
王からの言葉。それにユティスは例えようもない緊張が体を走り抜け、
「――民を守るべく、協力してほしい」
続けざまに放たれた言葉で、言いようもない力が体に充足されていく感覚を抱いた。
重責はもちろんある。けれど、それ以上に王の言葉が自身を鼓舞し、この一時だけ体が頑強になった気さえした。
「……はい」
そして強く答える。それに王は頷き、続けてラシェンが口を開いた。
「私は、ユティス君と協議し大地の魔力を引き出すための準備をしましょう。そしてこの作戦を採用することに異を唱える者もいるでしょうから、そのフォローも」
「頼む、ラシェン……フレイラ君、そなたはどうする?」
「私は、ユティスと共に戦場に向かいます」
決然とした言葉。それに驚いたのは、他ならぬユティス。
「フレイラ!? なぜ――」
「ユティスの護衛……ということと、軍議の様子から騎士団の人達はきっと、この策に兵を割くのを認めなさそうな雰囲気だし……」
フレイラはしっかりとした瞳で、告げる。
「ユティスの創り出した剣は、その力をしっかり信じている人が使うべきだとは思わない?」
その言葉に、ユティスは呻く――つまり、風の聖剣を握るのは、自分だと言いたいのだ。
「ついでに言うと、私も『風の勇者』は読み込んでいるから、特性についてはきちんと理解している……そうした人間が使うことこそ、真価を発揮できるはず」
「で、でも……」
「私もフレイラ君に同意だ。君と共に同行させよう」
答えはラシェンから。それにユティスは二度驚く。
「どれだけ言っても軍議の出席者はこの策に半信半疑だろうし、騎士に伝えても疑うだろう。そうした人間が扱うよりも、『創生』の異能の力を確信する彼女に剣を操ってもらうことが、この作戦の成功率を上げることになると思う。さらに言えば、多少なりとも関わった……身近な人がいてくれた方がユティス君の体の調子も維持できるだろう。その方が聖剣を生み出せる可能性も高くなるのではないか? 私達としても、その方が良い」
「……ですけど」
「ユティス、言っておくけど止めても聞くつもりはないよ」
さらに彼女は述べ――ここで、ユティスも頷いた。
「……わかった」
「では、陛下」
「ああ。ラシェン……お前も二人に同行するのだな?」
「二人のことが気になりますからね。私ももう少し体が動けば馬を駆って剣を振るっていたかもしれませんが……老体故、ここはフレイラ君に任せましょう。私は策を用いるための準備とフォローに徹します」
「……頼むぞ」
王の言葉にラシェンは一礼し、ユティス達へ首を向けた。
「さて、急で申し訳ないが早速作戦会議といこう。とはいえユティス君。君に大きな負担をかけさせるつもりはない。準備までの期間は明日しかなく時間もないが、もし体の調子が悪ければ言ってくれ――」
* * *
十万という大軍の中央で馬を歩ませながら進むガーリュは、いずれ戦うことになるであろう『創生』の使い手を思い出す。
「さて、どうなるか」
呟きながら――長い時間を掛けて生み出した軍を見回す。
この大規模な大軍を生み出すには相当な時間を要した。自身の魔力で一度に生み出せる兵の数はそれほど多くない。こうした段階に至るまでには、それこそ年単位の時間を要した。
しかし、その結果が目の前の大軍。生み出し続けた結果が実を結び、今ロゼルスト王国首都陥落という結果をもって、その価値が世間に知れ渡る。
ロゼルストの精鋭である騎士団や『聖賢者』が何程のことがあろうか――いや、その賢者は今首都に不在であり、大規模な魔法を使うような手立ても向こうにはないだろうし、兵には結界を張る魔具も持たせている。一つ一つは効果が少ないにしても、何万という数の結界を多重に張れば、どのような魔法も問題ない――だからこそ、占領するには一切問題のない状況だと思う。
ふと、ガーリュはウィンギスでこの作戦を立案した時のことを思い出す――明確なウィンギス王の野心。その力を使い、大陸を制圧する。
その大望に対し、王はできるだけ兵を損耗しないよう指示をした。一度に生み出せる兵に限界があるからこそ、大規模な戦争でその数を極端に減らすことに懸念を抱いた形。
だからこそ王を襲撃し、混乱の内にロゼルストを――しかしその目論見は潰え、ならば相手に態勢を整える余裕をできるだけ与えないよう、すぐに大軍をもってロゼルストで戦争を仕掛けることにした。
目指すは王都――そこさえ完膚なきまでに叩き潰せば、ロゼルストの民も恐れを成し戦争する気概も大きく減退するだろう。
そして――ガーリュは、ロゼルストの『創生』使いを思い出す。唯一の敵は彼かもしれない。しかし、決して――
「……ん?」
ふと、ガーリュは笑みを消した。そしてその顔を今一度頭に浮かべ、
「……あいつは、まさか」
右手を手綱から離し、口元に手を当て考え込む。周囲のウィンギス正規兵がその様子を見て視線を向けるが、ガーリュはそれらを全て無視し、
「気のせい……などと切って捨てるには、偶然があまりにも重なっているな」
そう断じた瞬間、彼の中で一つの回答を導き出す。
「そういうことか……だから、俺に――」
呟いた後、彼は口元から手を離し手綱を握り直す。そして表情を消していたが――自然と顔が笑みへと変わる。
「……どうやら、面白いことになりそうだな」
不敵に――それこそ首都にいるであろう相手に対し、そう呟いた。