魔力を滅する――
アリスは魔物へ仕掛けると同時に、あることを思い出す。それは、ネイレスファルトからの帰り道のこと。
「――どんな強敵であっても、それを打ち破る手段はある。それが仮に、幻獣であろうとも」
オズエルが馬車の中で説明を始める。さすがに仲間が多く集まったため一台の馬車ではどうにもならず、帰りは二手に分かれていた。ちなみにこの場にいるのはユティス、アシラ、オズエルとイリア。人選は毎回同じでは面白くないということで、くじで決めている。今頃もう一方の馬車では闘士と騎士が話し込んでいることだろう。
「今後、異能者との戦いに際し幻獣なんて代物が出てくる可能性も否定できない……そういう場合の対策を、これからいくつか紹介しておこう」
講義を要求したのはイリア自身だった。確かに『潜在式』と一つの体に二つの人格を保有するイリアは利点もあるが、学がないため知らないことが多すぎる――せめて強敵と戦う場合どうすればいいか。そうした情報が少しでも欲しかった。
「ユティスさんは学院で学んだ以上知っていると思うが、幻獣という名称がつけられる存在は、魔物と大きく異なる特性を持っている」
「特性?」
「魔力の質が違う、とでも言おうか」
聞き返したイリアに、オズエルはそう答えた。
「幻獣の定義は様々あるが、魔力の質が魔物とは大きく異なるというのが大きな特徴だ。無論、そうした特徴を持たない力のみの幻獣もいるため、定説というわけではないのだが……ともかく」
一度咳払いをして、オズエルは改めて語る。
「質が違う、とはどういうものか事例を出そう。ユティスさん、確かロゼルスト王国にはもう一人異能者がいたはずだな?」
「魔力分解能力を持つ異能者がいるね」
「それは言ってみれば所持する魔力の特性を異能によって変えている、という見方もできる……そういう質の違いを、生来備えているのが幻獣だ」
「――とすると」
説明に対し、反応したのはアシラ。
「幻獣の中に、そういう能力を持つものがいると?」
「そういうことだ。魔力分解という特性をそのまま保有する幻獣がいるかどうかは知らないが、魔力を強制的に破壊する特性を持った幻獣は存在していた」
オズエルは、事例に関して説明する。
「そいつが出現した国では『終末の魔物』と呼ばれていた。咆哮一つであらゆる魔法を強制的に破壊する……魔力が備わっている剣なら触れただけであっさりとへし折る。さらに言えば人間もまた魔力の塊であり、触れただけで体が消し飛んだらしい」
「凄まじいですね……」
イリアは感想を漏らす。すると今度はアシラが質問を行った。
「そいつは……どうやって倒したんですか?」
「大地から魔力を多量に吸い出し、それを増幅機能が備わった砦で強化し魔法を使用。幻獣に破壊されない質量でゴリ押しをした。ありとあらゆるものを破壊する幻獣は、そのくらいしか対処法がなかったわけだ」
「払った代償は大きかったけれどね」
オズエルの言葉に、ユティスが続く。
「幻獣を倒した結果、周囲の大地は焦土と化した。さらに言えばその幻獣の魔力が拡散した事で、周囲の大地は作物もロクに育たない不毛な大地となった。魔力を強制的に破壊するため、植物の生育などにも影響が出てしまったわけだ。そのおかげか、まともに生物も近寄らないし、人間がそこに住むと早死にするとまで言われる」
「それほど、驚異だったというわけですか」
「伝承に片足踏み込んだものだから、誇張表現はあるかもしれないけれど……そうした大地があるのは事実だ」
イリアはユティスの言葉を聞きつつ考える――とはいえ、そんな相手ではどうしようもない。
「これはあくまで事例だが……戦い方がないわけでもない」
と、再びオズエルが話し出した。
「幻獣の死後、大気中に存在する魔力に影響が出たわけだが、生存していた幻獣は基本、魔力を含んだ物質に作用していた。原理は幻獣が存命していないため検証は難しいのだが、他の幻獣も同様の特性を持っていた」
「とすると、魔力そのもので斬ればいいってことですか?」
アシラが問う。しかしオズエルは首を振る。
「魔力だけで事を成そうとするには、天性の魔力凝縮能力が必要だ。それがない場合は、一つしかない」
オズエルは多少間を置いて――イリア達へ語る。
「俺達が、魔力そのものに滅することのできる魔法や技を考案することだ。人間には魔力そのものを改変する技術がある。それによって、俺達にも対抗手段を生み出すことができるわけだ――」
アリスが魔法を起動した直後、魔物がさらに踏み込んでくる。
その動きがやや素早かったのは、もしかするとマリードもイリアを観察していて何かを察したのかもしれない。だが、
(遅い……!)
心の呟きと同時に、光が拡散する。先ほどと同様円形に包み襲い掛かる光の魔法。その流れはさっきと同じで、魔物も回避することはできなかった。
「無駄よ」
マリードの声が聞こえる。もちろんこれで終わるとはアリスも思っていない。だが――
轟音を立て、魔法が撃ちこまれる。その直後、
(イリア!)
『うん!』
返事と共に、左手に魔力が収束する。二つの人格が存在するからこそできる芸当――
光が消える。そして魔物の姿は消え、残っているのは僅かな魔力。
刹那、左腕が振るわれた。その手先から生じたのは、炎。
一見何の変哲もないただの炎であったが、それが触れると周囲にわだかまっていた魔力が僅かながら消えるのを感じ取る。
「何……?」
マリードも気付いたようで声を上げる。だがもう遅い――それに、魔物に指示を送ろうにも実体がなければどうしようもないはずだ。
立て続けに炎。これはアリスの放ったものであり――これこそオズエルから教えられた、魔力を消し飛ばす魔法だった。
『潜在式を扱うのなら、俺が示してみせる魔力の流れを理解できれば使えるはずだ』
オズエルはそう言っていたし、実際今こうして操ることができる――これはマリードにとっても予想外だったらしく、アリスが放つ炎を目を凝らし眺めている。
とはいえ――さすがに一度の魔法では全ての魔力を消すことはできなかった。やがて魔力が形を成し、魔物が再度出現する。しかし、鎧はあちこち再生されておらず、加えて剣の刃先も半分以上消失していた。
最早大勢は決したと言ってもいい。残る懸念は、アリスの魔力がもつかどうか。
(イリア! いける!?)
『もちろん!』
声が聞こえたと同時に魔物が襲い掛かる。短くなった剣で迫る魔物。どうやらその長さを考慮してか先ほど以上に間合いを詰めるのだが――アリスは容易に避けることができた。
そして魔力を収束。今度こそ決めるという固い意志と共に、イリアへと呼び掛ける。
(イリア! さっき以上に魔力を! 決めるよ!)
『うん!』
三度目の光魔法。またも同じ結果を辿り魔物が跡形もなくなった直後、イリアが収束した魔力を打ち消す炎が舞った。
それは今度こそ魔力全体を飲み込み、やがて消える――余力は多少あったがあと一発放てば限界がきていたかもしれない。勝つには勝ったが、ギリギリの戦いだった。
「――これで、終わりのようね」
アリスはマリードへ視線を転じる。相手は驚愕しながらも現状を分析しているのか、口元に手を当ててイリアを見据えていた。
「なるほど……単に『潜在式』の魔法を行使するだけではなく、きちんと魔力を滅する手法を所持していたということなのね」
「で、これで終わりなわけ?」
少々挑発的に問い掛けると、マリードは小さく肩をすくめた。
「残念だけれど、そういうことね。出来の悪い子だったようで、残念だわ」
「あっさりと見切るのですね」
結界の外にいるティアナが声を上げる。するとマリードは笑った。
「私がどう扱おうが私の勝手でしょうに……さて、あなた達にとってはそうのんびりもしていられないでしょうし、さっさと次へいきましょうか」
微笑みながら――突如ティアナ達の正面において結界に穴が空く。
「誰でもいいわよ」
そう誘うマリード。アリスはそこでティアナとアイコンタクトを交わし――ゆっくりと、歩み出した。