再生能力
唐突な光にいち早く反応したのはリザ。溢れる魔力により本能的に後退する。一歩遅れ同じようにティアナも反応。緊急回避の訓練を徹底的に受けたが故の行動に違いない。
フレイラもティアナから一歩遅れて行動に移す。だがその時、イリアが決定的に対応できていないことを悟った。
(まずい……!)
フレイラが反射的に手を伸ばそうとした。けれどそれよりも先に結界が生じ、フレイラを押し留めてしまった。
「貴女達の動きは、ここまでずっと見ていたわ」
マリードの声がする。やがて光が消え、先ほどと変わらぬ姿の彼女が。
「だからあなた達が咄嗟の時どう反応するか……それは理解できていた」
気付けば円形の空間を取り囲むように結界ができていた。なおかつその中には、イリアが一人取り込まれている。
「くっ!」
ティアナが舌打ちと共に剣戟を見舞う。幻霊の剣を繰り出し、結界の破壊を目論むが、
「無駄よ」
声と同時に薙がれた剣。魔力をすり減らす剣で結界に切れ目を入れることには成功したが、一瞬で修復されてしまう。
「この部屋は都の地下に存在する魔力源から魔力をくみ上げているの。それを『召喚式』の魔法に応用することは作成した魔物が特殊過ぎて不可能だったのだけれど……こうやって隔離空間を生み出すことはできる」
「イリアさん!」
ティアナが声を上げる。一方呼ばれた彼女は結界の中で立ち尽くし――いや、一瞬だけ俯くと、すぐさま顔を上げた。
おそらく、アリスと交代した。
「やる気のようね。けれど、あなたが戦う子は手強いわよ?」
にこやかに語ると同時、結界の中に魔法陣が浮き上がる。圧倒的な魔力が集束?収束?したかと思うと――魔物が姿を現した。
「やや見てくれは悪いけれど、相当な強さを持っているから」
中肉中背の成人男性くらいの体格を持った魔物だった。全身を棘付きの黒い鎧で覆い、さらに手には不自然なくらい赤い剣を持っている。
顔は兜で覆われ見えないが――表情が形成されているとはとても思えない。
「それぞれに戦ってほしい魔物がいるから、できれば一人一体と戦ってくれると嬉しいのだけれど」
「ずいぶんと悠長ね……けど」
リザは言うや否や拳を結界に打ち込む。だが、壊れない。
「無理よ。大地の魔力と喧嘩して人間が勝てるはずないじゃない」
言葉と共に魔物が動き出す。アリスは臨戦態勢に入り、フレイラは彼女の名を呼びながら何かできないか思案する。
「さあ、楽しみましょう」
言葉と共に――魔物がアリスへと襲い掛かった。
* * *
一目見て、その能力は接近戦重視の戦士だろうとアリスでも理解できた。
(なら、やることは一つ……!)
両手をかざし光を生み出す。円形の空間は確かに広いが、騎士の間合いは広いため、回避し続けることは難しい――よってアリスがとった選択は、
「食らいなさい!」
声と共に光が射出され、魔物へ殺到する。光一つ一つが全て収束し、轟音を撒き散らし相手を吹き飛ばした。
「さすが」
直後、マリードが称賛する声。余裕があるようにも感じられ、アリスもすぐに態勢を整えいつでも魔法を撃てる構えを取る。
魔物の姿が見える。無傷かと思ったが、魔物は鎧が大きく損傷し、下に存在する赤黒い皮膚が見えていた。
「基本的な能力もそれなりに強くしたはずなのだけれど……まだまだ改良の余地がありそうね」
淡々と呟くマリード。アリスとしてはもう一度同じものを撃ち込めば勝てる――と思えるくらい拍子抜けだったのだが、
「ふふ、あなたにきちんと見てもらいたくて損傷したままにしたのよ」
彼女はさらに語る。これから何かが起こるのか。
アリスは構え魔物の攻撃に備えるが――が、相手は仕掛けてこなかった。
突如、魔物の魔力が鳴動する。アリスの目には魔物の魔力が損傷した部分を取り巻いているようにも見え――次の瞬間、その体が鎧まで一気に再生を果たした。
「再生能力……!」
「さあて、どれほどあなたは耐えられるかしら?」
マリードが言うと同時に魔物が仕掛ける。一歩で剣の間合いに入り、斬撃が振り下ろされる。
とはいえ、アリスは横に逃れ回避する余裕があった――彩破騎士団に所属して以後、ネイレスファルトからの帰還途中からアリスもまた訓練を受けていたからだ。
それによって剣戟の軌道などもある程度見切れるようになり――アシラやジシスの恐ろしい剣と比べれば、止まって見えるくらいだった。さらに『潜在式』の魔法により多少身体強化を施せば、今以上の剣速でも十分かわすことができる。
(やり方次第では剣とか持たせてみても面白いとかジシスさんは言っていたっけ)
そんな気は毛頭ないが――魔物がさらに斬撃を繰り出す。アリスはそれをかわしつつ、魔力をさらに収束させる。
(さっきの攻撃では、ある程度損傷した程度だった。なら――)
アリスはさらに魔力を高める。マリードから感心したような声が聞こえたが、無視。
「これで――」
一気に決める。そうした腹積もりで魔法を放つ。
光が放たれる。それらは一度散開したかと思うと、魔物を取り囲むようにして迫る。
そして光は球形となり――直後、内側から途轍もない轟音が響いた。
名前は付けていないが、アリスが使える魔法の中でもっとも威力のある魔法。相手を球体の中に取り囲み、その中で散々に光の魔法を撃ち込むというもの。
(体の一部どころか、塵一つ残さない……!)
そういう気概で放った魔法。やがて光が収まり中を覗き見えた時、魔物の姿はどこにもなかった。
「すごいわ。こうもあっさり倒せるとは」
拍手をするマリード。魔物を倒したというのに、余裕の態度。
「正直甘く見ていたのは認めるわ。その年齢でこれだけの魔法を放つ……個人的に彩破騎士団の中であなたは弱い方だと思っていたのだけれど、考えを改めないといけないわ」
「それじゃあ、どうするの?」
手をかざす。結界で隔離されているためマリードに魔法を当たらないが、威圧くらいはできる。
「さっさと次のを出したら? もしよければ私が全て倒してもいいけど?」
「ふふ、あれだけの魔法を放ってまだまだ余裕なのね。けれど――」
マリードはアリスへ諭すかのように、優しく告げる。
「その余裕が、どこまでもつかしら」
魔力が鳴動。イリアは即座に視線を転じると、先ほどまで魔物が存在していた場所に、魔力が渦巻いていた。
「……まさか」
これにはアリスも驚愕する。そして予想通り、魔力がさらに一際強くなり光が生まれると――
先ほどの魔物の姿が、まるで何事もなかったかのように出現した。
「再生能力、というのは基本何かしら依り代が必要なのよ」
途端、マリードが話し始めた。
「核、とでもいえばいいのかしら。再生能力を発揮するためには体の部位を再生させる機能を保持した何かが存在しなければならない……けれど、その子は違う。言ってみれば魔力そのものに能力を付与することで、核を必要としない再生能力を身に着けた」
魔物が襲い掛かる。先ほどと同様アリスは避けるが――相手の攻撃の意図を理解する。
これが全力なのかは判然としなかったが、少なくともアリスを疲れさせる意図があることだけは明白だった。
「再生能力に重点おいたため、攻撃能力はそれほどでもないけれど……決定打のない貴女に対しては、十分な攻撃よね?」
アリスは魔法を使おうとする。だがマリードの言う通り攻撃が通用しないとなれば、無駄な浪費でしかない。
(魔法を連発して相手の再生能力を上回る方法は……いや、そもそも実体がない状態から元通り再生する以上意味がない……!)
攻撃しか手がないアリスとしては最悪の相手だった。他の手段を模索するが、断続的に来る魔物の攻撃に思考も遮られる。
(どうすればいい……!?)
『――お姉ちゃん』
そこへ、心の中でイリアが呼び掛けた。
『この魔物は……幻獣なんだよね?』
幻獣――確かにティアナも屋敷入口でそう言っていた。
それがどうしたのかと問い掛けようとした矢先、思い出す。
ネイレスファルトから帰還途中、オズエルから教えを受けていた。
『どんな強敵にも打ち破る手段がある……だよね?』
(イリア……)
心の中で名を呼ぶと同時にアリスは頷く。
「そうだね……イリア、協力してくれる?」
『もちろん』
答えと同時に魔力を収束させる。それと共に、魔物へ反撃を開始した。