実験の提案
――ユティスがパーティー当日についての説明を終えると、サフィは感想を漏らした。
「パーティーが始まる前から、様子がおかしかったと」
「領地を訪れた時点で、魔法に捕らわれていたんだと思います」
ユティスはサフィにそう言及する。
思い返してみると、最初の時点でずいぶんとおかしかったのかもしれない――ただ、フレイラがユティス自身を斬るまでには他の要因があるのだろう。
そもそもフレイラがそうした魔法に掛かるという前提自体に違和感が残る。精神的に揺さぶるためにはそもそもフレイラ自身に何かしら負の感情がなければならないのだが――
(人は誰しも何かを抱えているはずだけど……そうだとしても、僕を斬った以上僕の事にかんして何かしらあったということなんだろうけど)
どういう帰結になるのか理解できない。しかし、事実として斬られた以上、ユティスに対し思うことはあったのだろう。
(恨んでいたのか……? 仮にそうだとして、一体どういう理由で――)
「ユティス君、質問をしてもいいかしら」
サフィが言う。ユティスが「どうぞ」と答えると、彼女はほのかに笑みを浮かべ、
「フレイラさんに何かしらユティス君に対し思う所があったのは明白……ただ、情報がない以上これ以上勘案するのも難しいと思うわ」
「そうですね」
「けど、私はフレイラさんの考えがある程度理解できる」
ユティスは驚く。見返していると彼女はなおも柔らかい表情で語る。
「私はフレイラさんと似たような状況に陥ったことがあるからわかるのよ。けれどユティス君のような人が近くにはいなかったし、何より王女としての責務を自覚していたから、不服ではあったけれど折り合いはつけた」
「それは、一体?」
「話すことは簡単だけれど、これはもしかすると逆効果かもしれないわ」
「逆効果……?」
意味がわからず聞き返すと、サフィは笑みを消した。
「さっきはユティス君が理解して……と言ったけれど、むしろまっさらな気持ちでユティス君が思うように話した方が効果的かもしれない」
意味がわからないままどんどん話が進んでいく。ユティスとしては困惑する他なかったが、サフィ自身これ以上話す気がない様子だったため、仕方なく引き下がることにした。
「わかりました……フレイラが戻って来たなら、僕の考えをしかと伝えます」
「ええ、それがいいわ」
にっこりと――それと同時に、ノックの音が聞こえた。
「ラシェン公爵ね」
サフィが言う。ユティスが頷くと扉が開きラシェンが姿を現した。
一度彼女に視線を移す。わかっている、という意思を含んでいた。
(どうなるか……)
サフィと共に決めたことについて、内心不安がないわけでもなかった。けれど魔法院に勝つためにやれることは全てやらなければならないのは事実――
「遅くなって申し訳ありません、サフィ王女」
ラシェンが言う。サフィは「気にしないで」と応じ、扉が閉まる。
「さて、話の続きといきましょうか」
サフィが口火を切る。少しばかり力が入ってしまうのは仕方のないことだったが、抑えろとユティスは自身の体に呟く。
そうしてラシェンと共に作戦会議を再開する。その中サフィは探り探りといった雰囲気であり――やがて、
「ラシェン公爵に、是非とも聞きたいことがあったのよ」
そうサフィは口を開いた。
* * *
フレイラ達が階段を下りた先に存在していたのは、一本の廊下。奥に両開きの扉が存在しており、屋敷の地下に実験場か何かを作成しているのだとわかる。
「こういう場所を作るには城の許可が必要なはずですが……間違いなく申請すらしていないでしょうね」
ティアナは言いながら先頭を歩く。一方フレイラは彼女の後ろ姿を見ながらリザを伴い追随する。
イリアは周囲に目を向け、ティアナと共に進んでいる――何も言葉を発しないということは、魔力的な気配はそれほど多くないということだろう。このような場所に誘い込んだ以上、目の前に見える扉の奥まで案内するつもりなのだろうか。
マリードが一体何をたくらんでいるのか、この時になってもまだ見当がつかない――下手をすると致命的なのではと思うのだが、ここから引き返そうにもマリード自身納得しないだろうし、阻むだろう。よって、進むしかない。
やがて扉の前に到達。ティアナが無言でフレイラ達に視線を送った後、扉を開けた。
ギギギ、という軋む音と共に見えたのは、ぽっかりと空いた円形の空間。ただ周囲には資料が山積みとなった机などが置かれていることから、無理矢理スペースを作ったのだと理解できる。
「ようこそ」
その空間の奥に、マリードは机に腰掛け待っていた。その傍らには先ほど遭遇した際、彼女の傍に控えていた魔物がいる。
「待っていたわ……正直来てくれないかと思ってドキドキしていたの」
「本当なら、すぐに逃げるべきだったのでしょうけれど」
そう述べると、ティアナは一歩前に出る。
「あなたを捕まえることが重要だと思い、馳せ参じました」
「ありがとう……ま、あなた達もここに誘い込んだことは理解しているでしょう? ただ罠なんかはないわ。説明するからまずは入りなさい」
言葉通りフレイラ達は部屋の中に。背後で扉が自動的に閉まり、一時沈黙が生じる。
それが破ったのは、マリード。
「さあて、こうしてきてくれたのだからきちんと説明しないといけないわね……と言っても、そう難しいことじゃないわ。実験に付き合ってもらいたいのよ」
ニッコリと――その言葉にティアナが聞き返す。
「実験?」
「そう。ありてい言えば私が開発した『召喚式』の魔物と戦ってもらう……もしそちらが勝ったのなら、私はおとなしく捕まるわ」
――その言葉はありありと自信が窺えた。負けるはずがない。そういう確信を抱いていた。
「なるほど、だからこそこうした空間ですか」
ティアナが納得の声を上げる。目の前の空間は、どうやら実験のために戦うスペースらしい。
この部屋は大広間と呼んでも差し支えない広さで、円形に作られたスペースも相当な広さなのだが、戦うために立ち回るものとしては足りないかもしれない、というくらいのものではある。
「魔物は全部で四体……屋敷入口にいる子を除いて同時に制御できる魔物の数が五体といった方がいいかしら。既に私の方は準備が整っている。それに、私の命令を受け付けるよう相当繋がりを強くしているから、もし全て倒したら魔力が枯渇しちゃうわ。勝ったなら私は無抵抗。どう? あなた達の目的を考えれば悪い話ではないでしょう?」
ティアナ達は無言。というより、現状を鑑みてどうするか迷っているところだろう。
今ティアナ達が一斉に仕掛けたなら、勝算はあるかもしれない。だが――
「考えていることはわかっているわよ」
と、マリードはニコリとする。
「私の誘いに乗るか、この場で決着をつけるかはあなた達の判断に任せるわ。もっとも、私の提案に乗らないのだとしたら、こちらもそれなりの考えがあることは了承していてね」
脅しにも似た口上――いや、実際脅しなのだろう。
「……話し合いをさせてもらいましょうか」
「構わないわよ」
マリードは応じる。ティアナは警戒しながらも後方に振り向き、フレイラ達は顔を突き合わせて話をする。
「悪くない話ではあります。それに相手の口から情報も得た」
「嘘って可能性も十分あるけどね」
リザは言う――が、小さく肩をすくめる。
「けどまあ、私の『霊眼』で見た限りは本当っぽいけどね」
「なら信用しても問題ないでしょう」
「ただ、どうやって戦うのかが疑問よね。戦う場所はそれなりにあるけれど、私達全員が立ち回れるほどの広さではないわ」
リザの言及に、ティアナは首をマリードへ向ける。
「質問しても?」
「どうぞ」
「どのように戦うつもりですか?」
「一騎打ちでいいんじゃないかしら。そもそも魔力で命令を与えているため、私が上手に動かすことができるのは……貴女達の技量も考えれば、一体が限界でしょうし」
そこで、マリードは意味深な笑み。
「玄関に存在していたあの子はとりわけ自信作でね。あの子くらいの力を持っていたら簡単な命令を与えるだけで貴女達を追い返すことができた……けれどそんなことができるのはあの子くらいなのよね」
笑みを消すと、ティアナ達を見据え続ける。
「けれど、だからといって弱いわけではないわ……少なくとも、私は貴女達を倒せるくらいのものにはできたと自負している」
「……余程自信がおありのようですね」
マリードは再度笑み。どこまでも自信を持っているが故に、超然としてなおかつこうした提案をしているというわけだ。
「そしてよっぽど生み出した魔物を試したいというわけか」
リザが言う――もしかするとそちらの要因の方が強いのかもしれない。
「で、ティアナさん。どうするの?」
「……罠を警戒しながら戦うよりは、相手の戦力を一つずつ潰していく方が良いでしょうね」
ティアナは言う――確かにこのまま飛び掛かると、相手の備えによって何もできないまま倒されるという可能性もゼロではない。
対する相手の要求を飲むことは単独での戦いを余儀なくされるわけだが、確実に戦力を削れる上実験と称す以上変な手は打ってこないはず。となれば、戦いやすさだけを見れば明らかにこちらの方がいい。
「どちらにせよリスクは取らなければなりませんが……私としては提案に乗る方がよいと思います。相手の言い分をそのまま飲むことに気が進まない部分もありますが、条件としてはそれなりでしょう」
「ま、私も同意よ。いざとなったら私が全部倒してあげるから安心しなさいな」
自信に満ちたリザの発言。それを聞いたティアナは苦笑しながらも「お願いします」と告げ、
「いいでしょう。受けます」
「そうこなくてはね。ただし――」
刹那、マリードは表情を妖艶なものへと変える。
「戦う相手や順番は、こちらが決めさせてもらうわ」
直後、足元が光った。