騎士の言葉
ティアナの質問に対し、フレイラは思案するような顔を見せる。
「それは……」
「どうやら記憶がお戻りになって、混乱しているようですね」
「え……」
「いいですか? フレイラ様がここに来て狙い通りユティス様の力が元に戻るなんて保証は、どこにもありません」
ティアナが語る。それにフレイラはただただ無言。
「おまけに、力を奪い取ったと仰いましたが、それをマリード様が本当に保有しているかどうかもまったくわかりません。単にフレイラ様を誘い出す口実なだけかもしれません」
「そ、それは……」
ようやく事の状況を認識し始めたフレイラは、表情は変わらなかったが目の動きが動揺を見せるように小刻みになる。
「つまり、フレイラ様がこのような行動を起こし、彩破騎士団である私達がここに踏み込む……それ自体敵の作戦という可能性が高いというわけです」
「……そう、かもしれない」
「本来ならば、騎士団の面々を危機に晒したことで、フレイラ様にいくらか忠告をする必要はあると思います。ですが」
と、ティアナはここで笑みを浮かべる。
「フレイラが様が極めて動揺し、それに敵が付け込んだ形である以上、私達はこれ以上深く言及しません。まずはフレイラ様を含め彩破騎士団の安全を確保することが優先です。ユティス様の力がこの屋敷の中にあるのかもしれませんが……無視しましょう」
ティアナの断定。リザ辺りから「調べた方がいいのでは」という言及がきてもおかしくなかったが、それもなかった。彼女もまた気付いているのだろう。この屋敷を脱することが、最優先事項であることを。
「では、早速ですが行動を開始します。イリアさん、状況は?」
「まだ……何か気配があるようには……」
「ここに私達を入れた以上、罠の一つあってもおかしくないのですが……まあいいでしょう。相手が何もしてこなければ、そのまま脱出するまでです。フレイラ様」
「な、何?」
「武器は?」
指摘され、フレイラは自身の周囲を見る。
「……そういえば、いつのまにか剣が……」
「わかりました。できればフレイラの武器は確保したい所ですね」
――ティアナ自身、このまますんなり帰れるとは思っていない。一山か二山ありそうだという覚悟の上で来ている。
でなければこうしてここにフレイラを招き入れた理由がない。ただティアナ自身マリードの目的については計りかねていた。フレイラに危害を加えようとする様子はない。ならば彩破騎士団の面々を潰すことが目的なのか。
(そちらの可能性の方が合理的か……)
ティアナはさらに思考する。現状宮廷側の混乱もあり、彩破騎士団は分断されている状況にある。ユティスを始めとした男性陣はアシラを除いて宮廷に赴いている――現状、表面上はまだ何も起きていないため、何かあったとしても外部から助けが来る可能性は薄い。よって、何かあったならばこの場にいる面々で対応しなければならない。
さらに言えば、ユティスやラシェンはフレイラが引き起こした事件について色々と処理する必要があるだろう。ララナス家が原因だとし、なおかつそうした証拠を上げたとしても、フレイラ自身の過失であるのは間違いない。ユティスやラシェンは彼女に罪を着せないよう動くはずで、魔法院としては絶好の狙い目だろう。仮に対応したとしても、処理に長い時間拘束されることは間違いない。
(おそらく、そうやってユティス様達を縛るのが狙い……)
宮廷内で魔物が出現するなどの騒動が起きる可能性はまずないだろう。起きるとしたら、間違いなく今ティアナ達がいる場所が震源地となるだろう。
フレイラがゆっくりと立ち上がる。まだどこか放心状態ではあったが、動く意思を見せたことで、ティアナが一つ言及した。
「……今、ユティス様やラシェン公爵が事件に関することで動いています」
ビクリ、とフレイラは肩を震わせるが構わず続ける。
「お二方は間違いなくフレイラ様を助けるために動くはずです。例えフレイラ様がユティス様を斬ったとしても、そこは動かないでしょう……フレイラ様も、ご理解されているはずです」
「……それは」
「ユティス様を斬った以上、自分が救われる理由はないとでもお思いかもしれません」
ティアナはさらに言う。それにリザが苦笑した。直接的な物言いに対し、そういう態度が出たのだろう。
「ですがユティス様もラシェン公爵もわかっています……その事実がフレイラ様自身の意思で行われたわけではないと。無論、相手の計略に乗っかりそういう風に思考を誘導されたのは事実かもしれません。しかしそうであったとしても、ユティス様達はフレイラ様を救うべく動く……言っている意味は、おわかりですね?」
「……私は」
「フレイラ様の存在は、彩破騎士団にはなくてはならないのです」
断言。だが当のフレイラはそう思っていないようで、首を左右に振ろうとした。
「その否定は、どういう意味が込められていますか?」
ティアナは問い掛ける。それにまたも沈黙するフレイラ。
「自らの役目がないと嘆いていると?」
「……それは」
「言いたいことはわかっています……ネイレスファルトにおいて集まった人々は確かに優れていた。しかしそれが、フレイラ様自身の立場を脅かした」
その言葉によって――リザが察したのか声を上げた。
「ああ、なるほど。そういうことか。確かにまあ、言いたいことはわかる」
「……フレイラ様、私が言いたいのは、それが全てではないということです」
すべてではない――フレイラとしてはただ無言でティアナと視線を合わせる。
「無論、異能者との戦いにおいて今後より力が必要なのは、私としても同意見です……実のところ、私はそうしたフレイラ様のことを察していました。ただ、部外者であるが故に話すことはできませんでした」
ティアナはフレイラの目を見ながら続ける。
「さらに、記憶が戻りご自身がユティス様を……彩破騎士団の団員として、確かに精神的に追い詰められたのは確かでしょう」
「……それは」
「ですが」
と、ティアナはフレイラの手を握る。
「色々思う所はありますが、深くは語りません……ただ一つ、フレイラ様にもご理解してほしいことがある……ユティス様もそう考えているはずです」
「え……?」
ティアナは一度フレイラから視線を逸らし――頭の中で言うべき言葉を反芻した後、口を開いた。
「……私達のことを、もっと信じて頂けたらと」
その言葉により、フレイラの表情が一時固まる。
「フレイラ様はきっと、あの戦争の時からずっとユティス様を守ろうと張りつめていらっしゃった……しかし自分ではどうにもならない敵と遭遇し……悩んでいることは理解できます。けれどご自身だけで背負うのではなく、どうすればいいか私達と共に考えていくのも、一つの手ではありませんか?」
フレイラは沈黙。けれど、ティアナの言葉は胸にしみ込んでいるのは間違いなかった。
「彩破騎士団は、普通の騎士団ではありません。どちらかというと上下関係もあまりなく、非常に話しやすい環境でもあります……それに、達人級の戦士ばかりですからね。フレイラ様を強くする手法を、編み出せるかもしれませんよ?」
「……そう、かな」
苦笑するフレイラ。吹っ切れたとは少し違うが、腑に落ちたという様子ではあった。
「確かに、私は自分一人で何もかもやらないと……そんな風に考えていたのかもしれない」
「フレイラ様……」
「それは今も変わってない……もしかするとユティスを守るなんてこと自体、資格すら失っているのかもしれない。けれど」
と、フレイラは複雑な表情ながら、ティアナ達に告げる。
「まだ、私自身が守りたいという気持ちを持っている……ティアナの言葉全てに納得はできないけれど、もう少し頑張ってみるよ」
「はい。今はそれで十分です」
頷いたティアナは、改めて部屋を見回す。
「そうと決まればまず、脱出しましょう……大丈夫ですか?」
「うん」
フレイラは頷くと、リザやイリアと視線を交わす。
「ま、言いたいことはわかるし悩むのもわかるけどね……ただ正直、ユティスさんの態度を見ていてフレイラさんが必要ないなんてことは、絶対ないと思うわよ」
「そっか……けど」
「斬ったことは、直接謝ればいいじゃない」
ずいぶんと簡単に――途端フレイラは苦笑した。
「……ユティスとは、きちんと話をしてみる」
「ええ」
「こうしてこんな所に来たことも含めて、ね……それでいい?」
「では、参りましょう」
ティアナが言う。残る三人は同時に頷き、部屋を出た。
相変わらず暗い雰囲気の屋敷。人の気配すらまったく感じさせないレベルの廊下は罠の臭いが恐ろしい程する。ティアナは周囲の警戒を怠ることなく一行を先導し、屋敷入口まで到達しようとしていた。
だがその直後、気配を感じ取る。イリアが先に告げ、やや遅れてティアナとリザも気付いた。
「やはり……一筋縄ではいかないようですね」
ティアナは言葉と同時に真正面を見やる。玄関ホール。そこに来訪時にはいなかった不気味な存在が出現していた。
「……当主が『召喚式』の魔法により生み出した、兵士ってところかしら」
リザが言う。ティアナはそれに頷きつつ、剣の柄に手を掛ける。
「全員、戦闘態勢に」
言葉の直後、まずイリアがティアナの後ろに立った。それは間違いなく援護する構え。
次いでリザがフレイラを守るようにして傍に控える。唯一丸腰のフレイラは申し訳ない表情を一瞬見せ――ティアナが視線を送ると、それを振り払うように首を左右に振った。
「では、行きましょう」
ティアナが言う。それと共に、一行は玄関ホールへと足を踏み出した。