記憶喪失の理由
全員から注目された後、ラシェンは改めて語り始める。
「元々スランゼル魔導学院は言う事を聞かないことも多くなっていた。それは魔法院としても同じであり……彩破騎士団を利用し、その辺りを崩そうと考えたのかもしれない」
「とすると、リーグネストからの一連の事件を魔法院が?」
ユティスが問うと、ラシェンは首を左右に振った。
「そういうわけではない。あれは異能者が動き出したことにより生じた事件だろうが……あの事件がなくとも、何かしらの理由でスランゼルと彩破騎士団をぶつけようと考えたのかもしれない」
「それで、私を?」
ティアナの質問に、ラシェンは「おそらく」と返した。
「どういう風に利用するかは私にもわからなかったが……あの一件が終わった後、遺跡調査の時点ではもう公表していいとティアナ君に告げた……ということは、ティアナ君の存在が必要なくなったか、別の利用法を考えた、ということだろう」
「……ティアナを接近させたのは、過去に僕と関わりがあったから利用価値があったということなんでしょうね」
ユティスは呟きつつ、相手――魔法院がどの程度まで深謀を巡らせていたか考える。
リーグネストからスランゼルまでの一件は間違いなく、魔法院と関わりの無い部分で起こったはず。だがティアナと引き合わせることで何か計画を行っていた――しかし結果としてそれはご破算となったが、制御できない魔導学院を掌握することには成功した。
続いて遺跡調査の一件。これによってラシェンが持ち得る戦力を上手く引きはがし、彩破騎士団側に弱体化を図った。封印した記憶を利用しようとしたのはおそらくこの調査前後だろう。
そしてネイレスファルトでユティス達の記憶が戻り始めた――その時、オズエルがラシェンに質問を行う。
「疑問がある。封印していた記憶は異能云々の関係で封印されていたのか?」
「いや、間違いなくそれとは別……ファーディル家由来の問題だろう」
「この記憶操作は魔法院が荷担していたと考えてもいいのだろう? となれば当然、敵であると思しきユティスさんの兄であるロイもまた、封印していた記憶に関する問題を取り沙汰されるんじゃないのか? それを相手は予測していないのか?」
「……此度の記憶操作について首謀者はわからないが、少なくともファーディル家に関係することである以上、ロイ君が関わっているのは間違いないだろう」
ラシェンはオズエルの質問に答えるより先に前置きを行う。
「その中、封印していた理由は間違いなくファーディル家の問題となったため……だが、彼自身その辺りのダメージがないように工作を行うということだろう。むしろ、魔法院側にさらなる戦力を加えることができるメリットがある。ユティス君が『精霊式』の魔法を思い出したことを跳ね除ける、明らかなメリットが」
「どういうことだ?」
「……聖賢者のヨルクさんが、おそらく銀霊騎士団側につく」
ユティスが言う。その言葉には、ティアナがいち早く驚いた。
「ユティス様……!? 一体……!?」
「そういうことでいいんですよね? ラシェン公爵」
「そう考えていいだろう」
首肯するラシェン。ようやく、話は核心部分へと入る。
「さて、情報が錯綜しているので初めから説明しよう。封印されていた記憶はファーディル家とキュラウス家の関係性……ひとまず封印された記憶についての説明から行おう」
「それについては、僕が」
ユティスが言う。ラシェンは「頼む」と告げ、彼に代わりユティスが口を開いた。
「時期的には、ティアナと討伐隊を終えた後の話になる……今はっきりと思い出せるけれど、僕とティアナはあの討伐隊の後、ヨルクさんと公開試合をしたはずだ」
「ありましたね、確かに……」
「その辺りの記憶により今頃騎士団も大混乱だろう……ともかく、それから僕は宮廷魔術師の中にある『三杖』。そしてティアナは騎士団……それも近衛騎士団の『四剣』の候補に選ばれた」
「何? それ?」
質問はリザから。そこでユティスは解説を行う。
「宮廷にいる騎士と魔術師……その中で特に秀でた実力を持つ人間に与えられる称号だよ。言ってみれば聖騎士と聖賢者に次いで強い人を宮廷魔術師と近衛騎士団の中で選定しておくというわけ」
「なるほど。つまり実力が認められたってことね」
「そういうこと。ただ急遽決定されたことであるため、正式に配属されるまで二月くらいの期間があった。その間に、事件は起こった」
「……何が、あったんですか?」
ティアナが訊く。他の面々もどういうことなのか興味を抱き、聞く構えを見せる。対するユティスは一拍置いた後、アシラに視線を向けた。
「……アシラ、ネイレスファルトの事件の時、僕の背についた傷に言及したことがあったはずだ」
「え? あ、はい。ありましたね」
「あれはアシラの言った通り剣によってつけられたもの。そして――」
ユティスはその時の光景を思い出す。明かりのついていない暗い部屋。ユティスは振り返ろうとする。その背後には――
「……あれは、フレイラに斬られたことによってつけられた傷だ」
その言葉に、ラシェンを除いた誰もが目を見開いた。
「――ちょ、ちょっと待って!」
さすがのリザも声を上げる。さらにユティスが斬られたことを把握していたセルナやナデイルもまた、驚愕に満ちている。これは二人とも核心部分を知らなかったからだ。
「紛れもない事実だ……けど、これにはもちろん理由がある」
「理由、というよりキュラウス家と因縁のあるとある家柄が仕掛けた罠が発動した、とでも言うべきか」
ラシェンが言う。その言葉により訝しげな視線を送る者もいたが――ユティスは説明を続ける。
「順を追って話そう。まず僕とティアナは宮廷内の組織に入ることになって、二月余裕ができた。その間は領内で過ごしていたんだけど……この間に一度家族全員で集まることがあった」
「その時、キュラウス家の人間も?」
「来ていたよ」
リザの質問にユティスは答える。
「簡単に言えば、僕が宮廷入りするということでちょっとしたパーティーをやったんだよ。といっても身内ばかりでやるようなものだったから、それほど人が集まったわけではないけれど。で、それが一通り終わって、同席していたフレイラと話をしようと思い部屋に招いた」
「その時、斬られたというわけだな」
ラシェンの発言。それにユティスは大きく頷き、
「振り返ろうとした瞬間、背中を斬られた。そこからの記憶は曖昧だけど……気付いたらベッドの上だった」
「……その後の顛末については、私が」
セルナだった。注目されると彼女はビクリと体を震わせたが、話し始める。
「その、私は何者かが侵入しユティス様を斬った。それをフレイラ様が追っていると言われ、私は怪我をしたユティス様の看病を」
「私も、同じように聞いていました」
ナデイルも言う。するとラシェンが口を開いた。
「おそらく、フレイラ君がやったという事実を隠そうとしたのだろう。だがそれも難しいと判断し、記憶を封じた」
「なぜ難しいと?」
次に声を発したのは、ジシス。
「先ほどユティス殿の言った通りならば、身内ばかりである以上隠すこともそう難しくないのでは?」
「例え身内であっても、宮廷入りする人間が斬られたとなれば城側も黙ってはいない。いずれ調査を行うことになっただろう……その中、ユティス君を斬った剣などが現場に残されていた。それはフレイラ君がある人物から贈られ、使用していたオーダーメイドの剣だ……これが表に出れば、確実にフレイラ君がやったと公になる」
「誤魔化すことは無理だったと」
「そういうことだ」
「その剣に、何か魔法でも掛かっていた?」
オズエルの質問。彼は口元に手を当て、ラシェンに質問を行う。
「正直、話の流れからフレイラさんがユティスさんを斬る理由がわからない。その剣に仕掛けがあったと」
「そういうことだ……ナデイル君、その辺りの事情は知っているはずだな?」
「はい……敵対関係を続けていたある家系と和睦を結ぶということで、贈られてきた剣です。それ自体が罠だったということなのでしょう」
「何かしら、魔法が掛けられていたのは間違いない。だがフレイラ君も騎士である以上、彼女自身に危害を加える魔法ならばすぐに気付くはずだ。おそらく少しずつ彼女の感情を揺さぶるなどした結果が、ユティス君を斬ったという行為なのだろう」
ラシェンの言葉に、一同は沈黙する。この間に、ユティスは自分の身に起こったことを思い返す。
ユティスはその日、フレイラにある物を渡そうと考えていた――それまで城絡みでバタバタしていたためフレイラに贈ることができなかった物。それが討伐隊の時『創生』の力を用いて創り上げた剣だ。
その時の異能発動によって、いくつかわかったことがある。一つ目は大地の力を利用し『創生』する場合、それを利用して物質を創り上げると以後同じ質の魔力では創ることができない点。ユティスは地底湖でいくつかの武具を創ろうと目論んでいたのだが、そうした制約条件により叶わなかった。よって、作成したのは剣のみ。
おそらく、同じようにウィンギス王国との戦争で活用した場所でも大地の魔力を利用して『創生』はできないはず。それを頭に留めつつ、ユティスはさらに思い出す。
剣を渡そうと部屋に招き入れ、まずは話しかけようとした。その寸前、背後から一撃を受けた。
倒れ、意識を失いそうになる。そして首を彼女へ向けた時――呆然とする姿が見え、ユティスは意識を失った。
(あの時、フレイラ自身が正常な思考をしていたとは思えない……)
何かしら魔法により操られていた、もしくは意識誘導があったのは間違いないだろう。とはいえフレイラがそうした手法に引っ掛かるのかと幼少から知っているユティスとしては考えるのだが――相手が一枚上手だったということだろうか。
「それで、その剣を贈った人物とは?」
ジシスが問う。ラシェンは小さく息をつき、
「……ララナス家の、女当主だ」
「そして彼女は、聖賢者ヨルクの師匠でもある」
ユティスの言葉――全員合点がいった様子だった。