彼の目的
「さて、情報としてはこのくらいだろう。他に訊きたいことはあるか?」
ラシェンがまとめるように告げる。それに反応したのは、フレイラ。
「今後彩破騎士団はどう動くべきですか?」
彼女はどこか固唾を飲んだ雰囲気が見え隠れしており、なぜそんな態度を示すのかユティスは訊きたいと思ったが――
「ひとまず城側が落ち着くまでは様子見でいいだろう。魔法院が動いているのは事実だが、こちらが急いて動く必要もあるまい。情報収集は私がやる。心配しなくても大丈夫だ」
「もし何かあったら……」
「すぐさま連絡が入るよう手筈は整えておく」
その言葉と共に会話が終わる。食事もやがて終わりユティス達は屋敷へ帰ろうとする。
だがその時、ユティスはフレイラを見た。横顔は何か不安におびえているようにも、悩んでいるようにも見える。
声を掛けようとしたが――結局、喉元まで出かかった声が発されることはなかった。
そして屋敷に辿り着いた時、出迎える者が一人。
「ユティス様」
「ティアナ」
小さく頭を下げる彼女。傍らにはいくらか荷物が置かれている。
「本日より、彩破騎士団のお世話になります」
「歓迎するよ……ご両親は?」
「説得は済みました。納得もしてくれました」
「そっか」
「よろしく、ティアナさん」
リザが手を上げ陽気に語る。するとティアナは彼女に対し若干目を細め、
「味方と考えてよろしいのですよね?」
「お、手厳しい。いいわよそう思ってくれて」
「なんだか、ずいぶんと喧嘩腰だな」
オズエルの言葉。対するジシスは朗らかに笑う。
アシラやイリアはティアナとリザの出会いを憶えているためか苦笑。それに合わせユティスもまた苦笑し、フレイラに顔を向けた。
彼女は――追い込まれたような顔をしていた。
「……フレイラ?」
名を呼んだ瞬間、フレイラは我に返ったのか一度目を見開き、
「ああ、ごめんユティス。えっと、ティアナ、よろしくね」
「はい」
にこやかに応じるティアナ。それにフレイラは微笑を浮かべていたが――やはり思いつめるような様子は消えなかった。
結局、フレイラに何一つ話をすることができないままユティスは一日を終える。後は寝る段階となった時、小さく息をつき暗闇が映る窓の外を眺める。
「訊いておいた方がよかったかな……」
とはいえフレイラのことだから、喋ろうとはしないような気がする。結局の所、彼女が話し出すまで辛抱強く待つしかないのだろうか。
「……いや、ただ待つだけでも駄目かな」
ふとユティスは思う――きっと、フレイラ自身これからの戦いに不安を抱いているのだろう。彩破騎士団の中で事態に対し慎重なのは彼女だ。
「明日、フレイラと一緒に今後のことを話し合うとするか」
そう決断し、ユティスは就寝する。
目を瞑り睡魔が訪れた後――ユティスは夢を見る。
それは、ユティスにとっては過去の情景。だがそれは、今までの記憶の中には存在していない、封印されていたものだった。
魔物の討伐を果たしその巣までやって来た段階で他に脅威が見当たらず、その日は夜を迎えた。翌日になれば間違いなく下山する状況で、ユティスは毛布にくるまり眠ろうとする段階だったのだが、
「……よし、と」
傍らに眠るティアナが寝息を立てているのを確認し、ユティスは静かに立ち上がる。
一度深呼吸をして、起こさないように外に出る。周囲は暗がりであったが、いくらか見張りの話し声も聞こえる。そうした面々に気取られないよう、ユティスは慎重に歩き始める。
目的は、魔物の巣の近くにあるはずの洞窟。魔物が住みつく前に、この山にはそうした場所があるという話があり、そこは地中の魔力が相当な量湧き出る場所だということも知っていた。
ユティスはそこに向かう――討伐隊に参加した理由のほとんどは、そこへ向かうためだった。
茂みに入り少し歩くと、目的の洞窟を発見した。陽が出ている時に場所は確認済み。なおかつヨルク達は「調査の必要はなく、立ち入らないことと」と厳命し、騎士達はこの洞窟の中に足を踏み入れなかった。
周囲に人がいないかを探りつつ、ユティスは中に入る。明かりを生み出しゆっくりと歩を進めていく。
足音が嫌に響くが、ここまで来たなら大丈夫だろうとユティスは高をくくりつつ、とうとう目的地へ到着した。
明かりで周囲を照らす。前方には地底湖が広がり、その手前の水際に相当な魔力が湛えられていた。
「よし、この場所なら」
ユティスは呟きつつ準備を始める。魔力を利用して円を描き、陣を形作る。
この魔法陣自体、ユティスとしては何度も予行練習を重ねてきた。何度も訓練し、使えるからこそこの討伐隊に来た。全ては――
「――魔物を倒した英雄には違いないんだが」
ユティスの手が止まる。聞き覚えがあり過ぎる男性の声だった。
「さすがにこの場所の力を利用して何かをしようとするのは、理由くらいは訊かないと無理だな」
ゆっくりと振り返る。そこには声の主であるヨルクと、さらにティアナとシルヤが立っていた。
ティアナは正体がバレてしまったので騎士服に格好を変えているのだが――その目はどこか申し訳なさそうだった。
おそらくティアナがユティスの行動に気付き報告したのだろう。
「その態度だと、まずいことをしているという自覚はあるようだな」
さらにヨルクは言う。そこでユティスは観念し、作業を中断。
「……わかりました」
「ずいぶんと殊勝だな。さすがに騎士団を壊滅させるのが目的とかではないと思っていたが」
辛辣なコメントにユティスは苦笑。一方シルヤなどは不審げに視線を送っている。
「……あの、事情を話しても構いませんが、一つ条件が」
「他言無用にしてほしいと?」
「はい」
「内容にもよるな。話してくれ」
「……ヨルクさんは、『彩眼』をご存知ですか?」
――式典より一年近く前のこの時点で、異能に関する情報は噂程度ではあるが広まっていた。ただしそれはあくまで『噂』程度であり、実在を疑う人間が多かったのも事実。
「ああ、話には聞いたことがある……ってことは、ユティスはその『彩眼』所持者なのか?」
「はい、まあ」
「何かしら異能を持っているという話だったな。それと今回のことが関係あるのか?」
「はい」
ヨルクがじっとユティスを見据える。どういう異能を持っているのか興味を持ったのだろう。
もう一度他言無用でと言いかけた時、ヨルクは「言わないから」と応じた。態度は好奇に満ちており、本当に大丈夫かとユティスは思ったのだが、シルヤの不審げな目を見て能力を示すしかないと感じ――ユティスは、腕をかざした。
刹那、その瞳が『彩眼』へと変ずる――ヨルクやティアナが興味深そうに視線を向けた直後、ユティスは『創生』の能力を発動した。
単純な剣などでは単なる『顕現式』のように見られなくもないため、一番手っ取り早い方法としてヨルクの持っている杖を模倣することにした。
異能によって杖が姿を表す。それが完全な形状を見せた瞬間、ヨルクの目が点になるのをユティスはしかと認める。
「……と、まあこんな感じです」
杖を示す。途端、ヨルクは凄まじい速さでユティスへ近づき、
「ちょ、ちょっと見せてくれ!」
強引に杖を奪う。その形状を見て自身の杖だと確信したヨルクは、ブツブツと何かを呟き始めた。
「物質の生成能力……? だが、形だけとはいえ俺の持っている物と同じ物を作り出すなど、できるのか? いや、理論的にできたとしてもそれは――」
「ヨルクさん?」
ユティスが尋ねると彼は我に返る。
「……あ、ああ。すまない」
「動揺するヨルクさんなんて初めてですね」
「……この異能は、いつから使えたんだ?」
「数年前くらいです。ただ制約もあって自らの魔力の範囲でしか創れませんし、なおかつ完全な物質とするには多大な魔力が必要です。ヨルクさんの持っている杖だってあくまで疑似的な物ですよ」
「だが、思った物を任意で創り出す技術とは……」
「それが異能なのではないでしょうか」
ヨルクはユティスに視線を送る。その間にシルヤやティアナもまた近づいてくる。
先に発言したのはシルヤ。
「どうやら、驚くべき能力のようだが……」
「やっていることは、おそらく誰にも真似できない凄まじいものだよ。もっとも、制約によって活用する機会は少なそうだが」
と、ヨルクは言いつつ杖を強く握る。おそらく魔力を込めたのだろう――あくまで外観だけを模倣したものであるため、杖はヨルクの魔力流入に耐え切れず砕け、魔力の粒と化した。
「なるほど、そうか……つまり本物の物質を創り上げるため、大地の力を利用しようと考えたわけだな?」
「はい。ただ大地の力を借り受けただけでは魔力を引っ張り出すのも非常に難しいでしょう。なら一番は魔力が大いに湛えられている、目の前の地底湖のような場所で魔法陣を組んで行使すること」
「そこまでして創り上げたい物は何だ?」
「……剣と、少々の防具です」
ユティスの言葉にヨルクは訝しげな目を見せる。
「ユティス君が使う物か?」
「いえ、別の人です」
「別の人……ユティス君にとって知り合いの人物か?」
「はい……言ってみれば――」
と、ユティスは僅かに間をおいて告げた。
「戦友、とでも言いましょうか」
「戦友?」
「はい、その……いくつか理由はあるんですけど、僕が『精霊式』の魔法を手に入れようとした理由の相手でもあります」
「その人物と肩を並べようとしたって解釈でいいのか?」
「並べようと……少し、違います」
首を振るユティス。するとヨルクは首を傾げ、
「とすると……?」
「理由は、その、個人的なことなんですけど……」
「話したくなさそうな雰囲気だな。まあいいや。つまりその戦友と色々あって、異能を使って贈り物をしようというわけだな」
「はい、まあ」
するとヨルクはあごに手をやった。
「……強力な武具を作成すること自体、いいのかどうかという議論はあるのだが……まあ、ユティス君やそのご友人なら無茶をすることもないか」
「いいのですか?」
シルヤが問う。訝しげな視線はなくなったが、それでも多少疑義がある様子。
「彼が嘘をついている様子はありませんが……」
「もし何かあったら、こちらで止めればいいだけの話だよ。それに、まさか国に盾突くなんて考えていないだろうし」
「それはもちろん、約束します」
ユティスが言うと、ヨルクは納得したように頷き、
「ただし、一つだけ。その人物は俺の頭の中で想像がついている……君の師をやっていた時、直接会ってはいないけど話には聞いていたから」
「はい」
「だけどまあ、一応訊いておこうか。その戦友とは?」
ヨルクが問い――ユティスは、一呼吸置いてヨルク達に告げた。
「ファーディル家と親交が深い……キュラウス家の次女である、フレイラ=キュラウスです――」