二人の処遇
ユティスが次に目を開けた時、視界の端に陽の光を認め、朝か昼なのだと頭で理解した。
首を動かすが、部屋には誰もいないらしく物音一つしない。
しばらく思考が滞りなぜこうなったのか自問したのだが――やがて戦いのことを思い出すと、ゆっくりと起き上がる。
「……こうして寝かされているということは、追い払ったんだろうな」
そう呟いた矢先、突如部屋の扉が開く。視線を移すと、セルナと騎士服を着たフレイラの姿があり、
「あ――」
「だ、大丈夫ですか!?」
先にセルナがユティスへ近寄った。
「お体の方は!? 気分は悪くありませんか!?」
「……ずいぶんと心配そうだな」
「当たり前ですよ!!」
大声を張り上げるセルナ。対するフレイラは苦笑する。
「ユティス、三日も寝ていたんだよ」
「え……三日?」
「けど、大して体は重くないでしょ?」
問い掛けに対し、ユティスは肩を軽く回してみる。確かに、三日寝た状態とは思えない程、体が軽い。
「うん、大丈夫だけど」
「強壮系の薬をユティスに投与したからね……本来体が軽くて喜ばしいことなんだろうけど……正直、これからユティスに働いてもらうための処置なわけだから、あまり良いとは言えないかな」
「働く?」
聞き返しつつユティスは、セルナに目を向ける。彼女は黙ったまま小さく頷き、
「その、色々ありまして……会場の方で何をしたのかは知っております……その、私に言って下されば――」
「けど、セルナに話しても何もできなかっただろうし」
「それは……そうですけど……」
口をモゴモゴとさせる彼女。ユティスは少しくらい事情を話してもよかったかもと思いつつ、フレイラに顔を向ける。
「それで、状況は?」
「王は無事で、犠牲者は一人も出なかったよ。多少の怪我人は出たけど、死者がでなかったことが何より幸いだった」
「そっか。良かった――」
「けど、それ以上に厄介なことが発生した」
フレイラは腕を組み、難しい顔をして語る。その姿を見て、ユティスは眉をひそめる。
「厄介……?」
「戦いが終わった後、相手は引き上げたんだけど……ウィンギス王国で軍が出現したという情報が手に入った」
「え……」
ユティスは全身が総毛立つのを自覚する。軍ということは、これから戦争に――
「報告では国境付近で待機していたそうだけど……今は動いている。計画が成功せずとも、用意はしていたのだと思う」
「それの、対応は?」
「敵の動きを見て、現在陛下を含めた面々が協議をしているところ。けど主役がいないと始まらないということと、相手の行軍状況などを知り紛糾しているけど」
「……主役?」
気になった部分を聞き返すと、フレイラは黙ったままユティスに指差した。
「僕が!?」
「相手は『彩眼』を持っているということが報告により確定した。だからユティスの持つ力について色々訊きたいというわけ」
そこまで語ったフレイラは、一拍置いた後改めて解説を始めた。
「ひとまず、あなたが気絶した後のことを話そうかな。ああして力を見せつけた後のこと、知りたいでしょ?」
問われ、ユティスは困惑して見せた。自分がどういう状況に置かれているのか――話を聞けば今までの不遇な境遇が少しは解消されているのかと思ったりもしたが、面倒事になって欲しくないという願望もまた強く、どう応じればいいのかわからなかった。
「なんだか、聞きたくないって顔をしているね」
「厄介な話だと思ったから」
「そうだね……けど、ウィンギス王国の件があるから、それほどあなたのことは大事になっていない……人の胸中はどうだか知らないけど」
「余計なひと言を……」
むしろそちらの方が重要だと思いつつ――ユティスは、フレイラへ続きを促した。
「まあいいよ……目を背け続けるわけにもいかないし、話して」
「了解」
フレイラは頷く。そして、事の顛末をユティスへと語り始めた――
* * *
ユティスが気絶した直後、騎士達が王の下へ到達し、様々な声を掛ける。
その中、フレイラはユティスを寝かせ、念の為に脈をとる。多少弱めではあったが、きちんと動いている。
(とはいえ、ちゃんとベッドで寝かせないといけないか――)
フレイラは思いながら何気なく周囲を見回した。なお混乱しているが、騎士達が客人の避難誘導を行っている。
「――フレイラ君」
そうした中、呼び掛ける人物が一人。声に憶えがあった。ラシェンだ。
フレイラは声のした横へと視線を向け、立っている彼と目を合わせ返事をした。
「……はい」
「怪我を負ったようだが……止血せずとも大丈夫か?」
「平気です。『強化式』の恩恵で、自然治癒能力が向上しているので」
言葉通り、フレイラが受けた浅い傷は既に塞がっている。攻撃を受けた瞬間毒などを警戒したが、体調にも変化が無いため問題ないと断じた。
「しかし……最初の動きを見ていると、どうやら二人はこの襲撃を察していたようだな。さらにユティス君は、自由に武器を創り出していた」
「はい、あれは――」
「私も多少ながら知っている。『彩眼』を持っていたな」
ラシェンの断定。フレイラは頷き、捕捉を加える。
「はい……ユティス自身の思った物を創り出す、『創生』の異能です」
「なるほど……その力を使って、陛下を守るべく動いていたのか」
続けざまに告げる彼に――反応したのは、騎士服の人物だった。
「なぜ、我々に連絡をしなかったのだ――」
「そもそも、信用なんてされなかったでしょうし」
言い放ったフレイラの言葉に、騎士は二の句が継げられなくなる。会話を聞いていた面々も罰の悪そうな表情を示すのもあって、フレイラは苦笑した。
「調査報告も行ったのですが……それについては、また後でお話しましょう。問題は、襲撃を行った相手ですが」
「既に騎士を外へ派遣している。先ほど陛下の下を訪れた騎士に指示した」
それに対し、ラシェンが冷静に応じた。
「ああした存在を遠隔操作するにしても、それなりに距離が近くなければ難しいだろう。おそらく現在、都に潜伏し……既に逃げている途中かもしれないな」
「騎士の人数はどの程度ですか?」
そこに割って入ったのは、ユティスの兄であるアドニス。衣服に多少の汚れはあったが出血は見られない。
「ほんの少数だな……そもそも、どれだけ騎士を派遣したとしても結果は同じだろう。あくまで目的は――」
と、ラシェンはユティスへ目を落とす。
「彼と同じように『彩眼』を所持しているかどうかの確認だ。先ほどの能力、『召喚式』にしてはおかしなところがあった。だからもしかすると、彼と同じような特殊な能力かもしれん」
「……それを確認してどうなさるおつもりですか?」
フレイラは問う。その言い方だと、予想はできたが――
「言っておくが、彼を当て馬にする、というわけでは決してない。しかし相手が『彩眼』ならば、彼の話を参考に聞ければ良いと思ったまでだ」
「……そうですか」
場合によっては『創生』の力を使って――という話になる可能性もあるだろう。ただこれに関しては相手の出方を見て判断する他ないため、フレイラ自身今はどうとも言えなかった。
「……ふむ」
そこで、今度は王の発言。視線の先には、ユティスとフレイラ。
「……フレイラ君、一つ確認だが」
「は、はい」
「今回私にこうして接触した……いや、接触するために動いていたというのは……全ては襲撃のため、ということなのか?」
――問い掛けに、フレイラは瞬時に覚悟を決めた。正直に話すべき。
即座にフレイラはその場に跪く。次いで、
「……その通りでございます。加え、ユティスは私の協力者です」
「それは『創生』の力を使えたためか?」
「この力を発見できたのは、ファーディル家の領内を訪れた時、まったくの偶然です。けれど襲撃に対し万全を期すためには、彼の力が必要だと確信し助力を請うたのです」
そこまで立て続けに発言した後、フレイラは王へ懇願する。
「こうして偽りの関係を結び、王と話をしたことについては、今この場で謝罪致します。罰せられても文句は言える立場ではございませんが、どうか一つ、陛下に嘆願したいことが――」
「ユティス君はただ巻き込まれただけ、という話だな?」
王が問う。それにフレイラは黙って一つ頷いた。
「フレイラ君、顔を上げてくれ」
王の要求。フレイラはゆっくりと頭を上げ王の姿を捉えると、その面には穏やかな顔があった。
「私は感謝こそすれ、そなた達を罰する理由は何もない」
短い言葉が全てを物語り――フレイラは黙って頭を垂れた。
その後、王は騎士や重臣と共に今後の対応を協議するべく動き出す。ユティスは王の厳命により騎士達によって部屋へ運ばれることとなった。
運ばれていく中、ユティスに視線を送る重臣をフレイラは捉える。それを見て、今更ながら懸念を抱き――
「フレイラ君」
今度はラシェンからの呼び掛け。
「君に頼みたいことがある。先ほども言った通り、ユティス君の『彩眼』は、今後話し合う上で貴重な情報となるはずだ。もし目覚めたのなら、是非連絡して欲しい」
「……今後、敵が動いた場合会議に参加させると?」
「その通りだ」
頷くラシェンに対し、フレイラは少し思案し、
「おそらく彼ならば二つ返事で了承するでしょうし、問題ないとは思います。しかし」
「しかし?」
問い返すラシェン。それにフレイラは再度重臣達を一瞥し、
「今回の件でユティスの君のことが気掛かりだというわけだな?」
「……はい」
視線に気付いたラシェンの問い掛けに対し、フレイラは小さく頷いた。
「今回色々と事情があり、だからこそ『創生』の異能を用い護衛することが一番だと思い、彼と共に式典に赴きましたが……彼自身、あまりこのことを公にしたくない様子だったので」
「自身の境遇などを勘案するに、立場がややこしくなると思ったわけだな……確かに、あれだけの力だ。例えば学院などに目を付けられれば実験の対象になりかねないな」
茶化した言葉だったが、フレイラとしては笑えなかった。実際、そんな可能性も考えられる。
「ふむ、王宮ではすり寄って来るのと妬みにより追い落とすべく謀略を巡らせる、どちらの方向にいくだろうな。陛下から多大な恩賞を賜れば、後者の可能性もあるな」
「……私達は、恩賞にあずかろうなどという気はまったくありませんが」
「これだけの功を成したのだ。さすがにゼロというわけにはいかないだろう」
「無論だ」
ラシェンの言葉に続き、応じたのは王だった。
「とはいえ、今はまだ騒動の途中だ。その辺りのことについては、時間が必要だ」
「……あの、ですが」
「よし、わかった。君達が色々と不安になるのもわかる。ここは私が取り成そう」
唐突にラシェンが提案。それにフレイラは驚いた。
「取り成す……!?」
「この式典で立ち回った以上、君達が何をやったのかを隠し通すというのは無理だ。そして君達が余計な問題を抱えたくないというのも理解できた」
「……私としては、ユティスを気に掛けて頂ければそれで――」
「二人で行動した以上、おそらくペアで扱われる。だからこそ、何かしら与えるとしても二人が対象だ」
断定に、フレイラは同意せざるを得なかった。王に接近するために相当無茶な行動をした。それが嘘だとわかっても、中には嘘だと知らず事実として認識する人もいるだろうし、行動していた以上、本当に二人は――などと考える人も出てくるだろう。
「そこで、私が君達のフォローをしよう。さすがに以前と元通りというわけにはいかないが――できるだけ、君達が望む生活を送ることができるよう配慮する」
「……なぜ、そこまで」
フレイラが問おうとした時、彼は王と同じように穏やかな表情を見せた。
「君達に興味が湧いた。ただそれだけさ……それで、いいだろう?」
――顔は柔和だが、どこか有無も言わせぬ迫力のある彼を見て、フレイラは首を縦に振る他なかった。
「よし……では、陛下」
「うむ。事が収まるまでは、ひとまずそのような形としよう」
そう王がまとめた時――
「陛下!」
騎士の一人が広間へ侵入してくる。フレイラや王はそちらへ視線を向け、足早に近寄った騎士が、王の前で跪く。
「ご報告が。緊急とのことで」
「緊急?」
「はい、ネジェイド領からの連絡との事で――」
「――え!?」
フレイラは思わず声を上げてしまった。
ネジェイド領とは、フレイラの家であるキュラウス家が管理する領地。
もしやウィンギス王国が何かを――そう思い声を上げたフレイラは、次に手で口を塞いだ。
「す、すみません」
「いや、よい……それで、緊急とは?」
「は、はい。それが――」
兵士は緊張を伴ったのか僅かながら間を置き、
「国境付近からの伝令です――ウィンギス王国に、多数の軍勢が出現し待機しているとのこと――」