彼女の意志
「すまない、ユティス殿。一つ訊きたいことがあるのだが」
「訊きたいこと?」
「ああ。討伐隊の時の話だ。魔物を討伐した後、その日は他に魔物がいないか確認するべく山で一泊しただろう?」
ユティスにとってはその辺りの記憶がまだ曖昧だったので無言。するとシルヤは理解したのか、
「憶えていないのか?」
「まだ記憶が……」
「そうか。となると私の質問に関しても憶えていないのか」
「あの、質問とは?」
催促をするとシルヤはしばし考え、
「……その日の夜、貴殿は隊を抜け出してとある場所に向かった」
「とある場所?」
「討伐隊が赴いた山岳地帯は元々魔力を相当存在する場所だったんだが、その中で魔物の住処の近くにあった。地底湖……その場所に、最も多大な魔力が存在していた。貴殿はそこに赴き、異能を使おうとした」
「異能……『創生』ですか?」
「そうだ。私の記憶では確か武器を生み出していたはずだったと思うのだが……その行方を訊こうかと思ったのだ」
ユティスにとっては初耳の内容だった。そもそも過去、他者に異能を見せたというのも驚くべき事だが、武器――ユティス自身、そうした武器を作成するために討伐隊に同行したのだろうか。
通常、そうした魔力が多大に存在する場所は魔物も多く人が足を踏み入れることも難しい。討伐隊の赴いた場所は確かに人が入れる場所に留まっているようだが、さすがにユティスが単独でそこまで行くようなことはできなかっただろう。だからこそ討伐隊を利用し――もっとも、そこまでして武器を生み出したのはなぜか。
「……そういう場所に赴いた以上、疑似的な物質ではなく本物の『創生』を行うため訪れたのだと思います」
ユティスが言う――『創生』は基本、魔力を失えば疑似的な物質である以上魔力が崩壊し光となって消える。だが多大な魔力を凝縮させ、風の聖剣のような無茶苦茶な能力を欲したりしなければ、完全な物質と化すことができる。
「とはいえ、それがどうなっているのか所在はわかりません」
「わかった。すまないな」
改めて立ち去る。最後に謎を残していったが――まずは目先の問題を解決する方が優先だとユティスは考え、ティアナに視線を向ける。
「……ティアナ」
「は、はい」
返事をするティアナ自身緊張している。改めて話しかけられたからだろうか。
「今回、僕らもまた当事者であったため、こうして戦いに加わったわけだけど……もしそうでなくても、僕らは介入していた可能性がある」
「それは……?」
「僕はティアナがどう考えているかを知りたかった。結論次第では、彩破騎士団に加わって欲しいと思っている」
ティアナは黙する。予期していた顔つきだったが――少しばかり、緊張した面持ちとなる。
「僕は決して無理強いはしたくない。もしティアナが聖騎士候補として宮廷に戻りたいと言うのなら、止めはしない。もう剣を握りたくないというのなら、騎士シルヤが反発するかもしれないけど……僕やラシェン公爵がどうにかするよ」
その一言で彼女の顔が曇る。対するユティスは首を左右に振った。
「ティアナとしては僕達に何かしら後ろめたい気持ちはあるかもしれないけれど……僕は、ティアナの意見を尊重したいんだ」
「……ありがとうございます」
ティアナは言う。ユティスは首を左右に振った後、改めて問う。
「それで……答えを、聞かせて欲しい」
ユティスが言う。それにティアナは一度目を伏せた。
しばしの沈黙が訪れる。ユティスとしては、すぐに話さない彼女を疑問に思わないでもなかった。けれど、辛抱強く待つことにする。
程なくして彼女が顔を上げた。その表情は、何か秘めたようなもの。
「……ユティス様は、式典が始まる前、度々お城を訪れていらっしゃいましたよね?」
「え? ああ、まあ。けど寝込んでいるケースが多かったと思うけど」
急に話が変わったため少し戸惑いながら返答。すると、
「私にはどういう経緯でユティス様がお城に滞在していたのかわかりません。けれど、私はその時偶然、ユティス様を見かけたことがあります」
「うん」
相槌を打った直後、ティアナは一度目を伏せ、そして顔を上げ、
「その時から興味を抱き……今も、その想いはあります」
「……え?」
「ユティス様の事、ずっとお慕いしておりました。今も、そうです」
――さすがにそういう言葉が出てくるとはユティスも予想外であったため、何も言えず沈黙してしまった。
より詳しく言えば、前世ユティスは告白したことはあったが玉砕していたし、ましてや誰かに告白されるなんてことは一度としてなかった。
つまり、こうして面と向かって告白されるなどユティスの生涯初めてだということだ。
「え、っと……」
ほんのり顔を赤くしたティアナに対し、ユティスは何も言えない。というより、どう返答すればいいのか――
「……ユティス様は」
声を発する前に、ティアナが先に口を開いた。
「その、お気になさらないようにというのは無理かもしれませんが、今のはあくまで私が一方的に宣言しただけなので、そう解釈してもらえれば」
「え、えっと……?」
「ともかく、それが私の行動理由です……ユティス様」
と、顔の赤みも抑え彼女は決然と宣言する。
「私は彩破騎士団の一員として、異能者と戦うべく動きたいと考えています」
「……ティアナ」
「先ほどのことは、私の行動原理を理解してもらえればと思いまして」
にしても、ユティスとしては戸惑う他ない。いや、ユティス自身本心を訊きたいと言ったのだから――
「わ、わかった」
ユティスは頷いた。するとティアナは満面の笑みを浮かべた。想いを伝えて満足したという様子。
「あの、ユティス様がどう考えているのか、という点については問いません」
「え?」
「というより、ユティス様に振り向いてもらえるよう私は努力するまでです」
――思ったよりも彼女は行動的らしい、などとユティスは思った。
「それに今は異能者との戦いがあります。なので、そちらを優先して頂ければと思います」
「それで……いいのか?」
「私にとって、ユティス様にこうしてお伝えできたことで満足ですから」
晴々とした表情。その言葉に偽りはないのだと思うと同時に、ユティスはこれでいいのかと考える。
ただ、すぐに返答しろと言われても答えは持ち合わせていない。ティアナとしては満足しているようだし、納得しているのならばこれで――と、考えた時だった。
ふと、閉まっている扉の外で気配がした。嫌な予感がしたと同時ティアナも気付き、声を上げた。
「……誰かいますか?」
扉が開く。そこには、
「やあ」
「……リザさんですか」
「いやいや、ここまで直球の告白聞けるとは思っていなかったから戸惑っているわけだけど」
後ろには微妙な表情のアシラ他彩破騎士団の面々。唯一フレイラだけはいなかったため、ユティスは面々に問い掛ける。
「フレイラは?」
「外で色々と動き回っている」
答えはオズエルから。そうかと言葉を返そうとした矢先、ティアナは立ち上がった。
「さて、私達もそろそろ動かなければいけないでしょうね」
「聞かれていたというのに、超然としてるわね」
「隠す必要もないでしょう?」
開き直っている、という様子ではない。言葉通り別段気にしている様子もない。
「……あなたって、こういう点については大胆なのね」
「聞いていたのならわかっていると思いますが、今はきちんと私の事をお伝えしただけで十分です。それに、今は差し迫る戦いの方が重要でしょう?」
「……あなたがそれでいいのなら、まあいんじゃない? ねえ、ユティスさん?」
「……そうだな」
ユティスもそこで立ち上がり、改めて口を開く。
「ティアナ」
「はい」
「ティアナの想いはわかったよ……ただ、今後の戦いのこともあるしすぐに返答はできないと思うけど」
「はい、わかっています」
「……僕としても彩破騎士団に加入してもらいたい。それでいいんだね?」
「もちろんです」
「よろしく、ティアナさん」
リザが言う。するとティアナは彼女へ振り返り、
「刺々しい態度がなくなりましたね」
「あのねぇ、ネイレスファルトの時はあなたが色々と抱えているようだったから、ちょっと追求しただけよ。しっかり自分の立ち位置を定め、考えていることを表明した以上、突っかかる理由はないわ」
「そういう分別はあるのですね」
「当たり前よ。ま、長い付き合いになりそうだし今後ともよろしく。あ、言葉遣いとか変えなくてもいいわよね?」
「同じ騎士団である以上、構いませんよ」
「あっそ。それで――」
と、リザは笑みを浮かべ、
「こうやって仲間になったら一度訊いてみたかったのよ。その胸はどうやって育てたのか――」
「蹴り飛ばしますよ」
リザが笑う。ユティスはちょっとばかり脱力しつつも、ティアナも笑みを浮かべているのを見て、大丈夫そうだとユティスは内心安堵した。
その時、ティアナが首を向ける。微笑は「共に頑張りましょう」という声なき主張が見え隠れし、ユティスは小さく頷いた。
少しばかり、彼女の告白に何か答えた方がいいのかと思ったが――彼女の言う通り目先に様々な問題を抱えている。ユティスとしても今はそちらを優先させたいという気持ちもあるため、ティアナに甘え言葉通り優先順位を下げることに決めた。
「それでは、戻ろう」
そしてユティスは告げる。ティアナ達は一斉に頷き、砦を出るべく歩き出す。
――こうして、彩破騎士団は元聖騎士候補という新たな仲間を手に入れた。