魔人との決着
リザの行動に、ニデルは確実を隙を見せた。それは僅かな時間。けれど彼女にとっては十分な時間。
「――まだまだね」
リザは告げながらニデルの胸部に拳を叩き込んだ。結果彼の体が大きく吹き飛ぶ。見た目上変化はない。しかし、確実に効いている。
そこへオズエルの使い魔が追撃をかける。ここが好機と悟ったか、使い魔は防御を捨て間合いを詰め斬撃を見舞おうとした。
けれど、振りかぶろうとした矢先ニデルの刃が使い魔へ刺突を決めた。咄嗟に盾で防御した使い魔は追撃の攻撃を避けるために後退を行う。
「ぐ……」
ニデルは呻く。見た目は何の変化もない。しかし、
「効いているのか?」
「そりゃそうよ」
オズエルの問いに、リザは頷いた。
「決定打、とまではいかないけれど先ほどのように時間稼ぎは難しくなったわね」
「き、さま……」
ニデルは構える。だが痛みが消えないのか苦悶の声を上げた。
「覚悟が足りなかったってところかしら。時間稼ぎが目的だというのなら、初めからそれだけのために動いていればこうはならなかった。私の策を看破し一度は罠があると考えたのに、最後の最後で私に反撃しようとするからこうなるのよ」
「攻撃に転じたこと自体が、罠だったと言いたいのか?」
オズエルが質問。それにリザは再度首肯。
「そういうことよ。逃走から反撃と真逆の動きをする場合はどうしたって肉体は準備をする必要がある。魔人達はあくまで人間をベースに生み出された存在だから体の動かし方だって人間と同じなはず。だから防御から攻撃に切り替えるタイミングを利用し、仕掛けたというわけ。それによって彼は驚愕し一瞬隙を見せた……だから私は拳を打ち込めた」
「俺の目からしたら、一分の隙もなかったが」
「それはそうよ。ま、この辺りは私の実力ということで」
そのタイミングの見極めに関しては、リザがこなしてきた戦歴の賜物だった。確かにジシスと比べればこの経験も何程のものではないかもしれない。しかし、闘士として向かい合ってきた状況は数知れない――相手が常人とは逸脱した存在であっても人間である以上、これは変えようがない事実だった。
ニデルは構え直した。だが動きが見るからに鈍っており、リザは小さく息をつく。
「大勢は決したはずよ? 降参すればこれ以上危害は加えないけれど――」
ニデルが迫る。時間稼ぎという概念は崩れ去り、残ったのは最後の抵抗とでも言うべき突撃。
そこへ、オズエルの使い魔が援護に入る。ニデルの斬撃は今までとは比べものにならない程のもので、使い魔が構えた盾を破壊した。
だが、突破はできない。そして使い魔に気を取られている間にリザは接近し、魔力を収束させた右拳を振り抜いた。
拳は、ニデルの右わき腹に直撃する。やはり見た目上のダメージはない。だがニデルは態勢を大きく崩し、膝から崩れ落ちた。
「なぜ、だ……」
声を零し、倒れるニデル。リザはそれを見て息をつくと、オズエルから質問が。
「倒したのか?」
「ええ。この魔力を振動させる技が、魔人に対しては思いの外通用するようね。二発で沈むとは」
おそらく体表面を魔力の装甲で覆っているため、振動が体全体に拡散するのでは――という推測をリザは行う。どちらによせニデルは気絶した。有効な攻撃と考えてもいいだろう。
「それじゃあ進む……にしても、ニデルは拘束しておかないといけないわね」
語る間にニデルの体から装甲が消える。元の騎士に戻った彼を見て、オズエルは詠唱を始めた。
「――束縛せよ」
言葉と共に魔法の縄が生まれる。それによってニデルは拘束され、
「魔人の能力を行使されればこの魔法も抜け出してしまうが……」
「気絶は少なくとも数時間は覚めないでしょうね」
「それを信じるしかないな」
「では進みましょう。オズエル、二人は?」
「まだ無事だ。とはいえ、交戦しているのは間違いない」
彼が言うとリザは走り出す。続けてオズエルも足を踏み出し、広間を後にした。
* * *
ユティスは暴風のような魔力の中で――ナバンの能力が身体強化に重きを置いていることを、半ば直感的に察した。
元々ナバンは戦闘能力など持たなかったはずだ。しかし今現在保有しているその力はこれまで遭遇してきた魔人と比べても濃い。常人がこれほど簡単に力を手に入れることができるとしたら、確かに魔人となる技術は凄まじいものだろう。だが、ナバンが向かってくる様を見てユティスは一つ悟る――彼自身戦った経験だってほとんどない。猪突猛進の突撃は、力の差があるユティス達に有効な手立てと言える。
しかし、あの討伐隊の出来事を思い出す――ティアナと共にいることで記憶が鮮やかに蘇る。その光景を記憶から呼び覚ました時、ユティスは冷静になることができた。
ナバンの右腕はさらに形状が変化し刃のように変じた。それを食らえばおそらく真っ二つになるくらいの威力はあっただろう。けれど、ユティスは恐れず動く。
風の弾丸を放つ。狙いは右腕の剣。相手が振りかぶる寸前に放った弾丸は剣の先端近くに直撃し、その動きを大きく鈍らせる。
「無駄な抵抗を――!」
ナバンは叫ぶ。彼は膂力によって無理矢理横薙ぎを放つ。狙いは駆けるティアナ――確かに風の弾丸は一時しか動きを止めることができない。だが、彼女にとっては十分だった。
ティアナは身をかがませて剣戟を回避する。風の弾丸は一瞬遅らせることにより相手の攻撃を見極めやすくするためのもの。それと同時にユティスは破邪の力を右腕に込める。体の奥底から魔力を引き上げ、ナバンに浴びせるべく腕に集めていく。
振りかぶり隙が生じたナバンに対し、ティアナはすかさず踏み込んだ。右腕の剣を用いるのではなく、左手に生み出した魔力の塊を、何のためらいもなくナバンに向け、横薙ぎを決める。
「ぐっ……!」
相手にとっては大きく魔力が減じただろう。だがすぐさま表情を戻して反撃に転ずる。剣を引きもどすと同時に――狙いは、またもティアナ。
ユティスが所持していた剣で弾くのは心もとないはずだが、それでも彼女は剣で受けた。
金属音が響く。軋むような音と共にユティスの剣がたたき折られそうになる。
しかし、刀身に魔力を加えたティアナの剣がどうにか耐えた。その間にユティスは収束を完全に果たす――以前討伐隊で魔物と遭遇した時と同じような光景。それが今、再現されようとしている。
ユティスはその時の光景をなぞるように槍を生み出す。出力はその時と比べれば低い。だが、魔力が減じたナバンを倒すのに十分な一撃だと悟る。
ティアナの左腕が動く。続けざまに放った魔力の塊を受け、とうとうナバンも苦悶の表情を浮かべた。
「貴様……!」
声を上げた瞬間、彼の視線が一時ティアナに集中する――どれだけ力をつけようとも、ユティスから視線を逸らす以上、やはり戦いに関しては素人なのだと察する。
槍をかざす。それによってナバンも気付いた。同時このまま受ければまずいと悟ったかさらに魔力を噴出し自身を保護しようとした。
けれど、できない――ティアナの剣戟によって、魔力を大きく消費してしまったが故に。
「な――」
呻く間にユティスは光の槍を放つ。一片の容赦もないその一撃は、ナバンの体に直撃し、吹き飛んだ。
倒した――ユティスが思ったと同時、頭の中から映像が浮かび上がってくる。あの討伐隊――魔物との戦いがどのようなものだったのか。
ティアナの魔力の塊が魔物を刺し貫き、大きく相手はたじろいだ。それによってユティスが光の槍を生み出す時間を稼ぐことができ、放った。
光が爆散する。目前が光によって覆われ――同時に、魔物の気配がそれに飲み込まれたとユティスは悟った。
やがて、光が消える。そこに魔物の存在はなく、倒したのだと誰もが理解した。
「た、倒したのか……?」
騎士の誰かが言う。周囲は魔物の奇襲によって騒然として連携もあったものではなかった。もし対応が遅れれば、被害はさらに甚大なものとなっていたかもしれない。
「……まさしく『神槍』だな」
騎士シルヤが言った。気付けばヨルクや彼女が近くに来ており、ユティスの魔法に感服している様子だった。
「これまでの討伐で貴殿の能力についてはしかと見ていたつもりだが……いやはや、まさかこれほどの切り札を持っているとは」
「……どうも」
ユティスは返事をしつつヨルクを見る。彼はよくやったとでも言わんばかりに頷いていた。
「ところで」
しかし、シルヤの話には続きがあった。
「さっき思いっきり女性の声が聞こえたのだが……もしや、その鎧の中身は女性なのか?」
ティアナのことを見つつ問い掛ける。途端、全身鎧姿のティアナは固まった。
ユティスのことを見て衝動的に声が出てしまったのだろう。最後の最後でボロが出たと思いつつ、ユティスは再度ヨルクを見る。
「……ま、魔物に立ち向かう勇気にあれだけの魔物に手傷を負わせたその変わった剣……もういいんじゃないか?」
そんなことをヨルクが言う。気付けば興味ありげに他の騎士まで視線を向けている。
だが、シルヤは我に返ったようにはっとなる。
「おっと、すまない。そうした事情を聞くのは後にしよう。今は態勢を整えなければ」
話を切り上げたため、他の騎士も動き出す。ひとまず魔物の討伐には成功した。だが、討伐隊は念の為当該の魔物がいた場所までは行軍するだろう。
「ヨルク殿。もしよろしければ、彼女の名を訊いてもいいか?」
「ティアナ=エゼンフィクスだ」
「エゼンフィクス……確か商家の家系だったな。ふむ、わかった。ひとまずその辺りの事情については後にして、移動準備を始めるぞ」
指示にユティスとティアナは頷く――こうして、ユティス達の討伐隊の戦いは終わりを告げることとなった。