様々な技法
――ティアナが再度砦奥を訪れた時、様相が一変していた。
まず中央にナバンが超然と立っており、なおかつ入口から見て右側には大規模な魔法陣と、その中央には人が。既に魔人へと変化を遂げており、漆黒の体は魔力に包みこまれている。
「ああ、彼の事は気にしなくてもいい」
ナバンは言う。笑みを絶やさず、まるで諭すような雰囲気で彼は語る。
「彼には魔物の生成を行わせている……とはいえ、大地の魔力を活用する手法では魔物に簡単な命令しかできない。そのため今回は、魔物達にそれぞれ個別に指示を送れるよう彼が魔力をねん出している」
「……そんなことをすれば――」
「彼がいずれ死ぬ、というわけだな? それは彼にとって本望なのだよ」
ナバンは言う。ティアナが眉をひそめると、彼が解説を行った。
「マグシュラント王は言った……我に尽くせばその先にあるのは永久の天国だと」
「……なるほど、そういうことですか」
吐き捨てるようにティアナは言う。すると予想通りだったが、ナバンは笑った。
「その反応は当然だな……しかし、君も魔合を得ることができれば変わるさ。あれは……価値観が激変する」
「……それを知っているということは、あなたも――」
言うや否や、彼は右手をティアナへ見せつけるようにかざした。すると指先から突如体を覆うように銀色に変じていく。
誇示するように見せつけた後、彼は腕の色合いを戻し続ける。
「私とニデルは特別であり、人間の色……ひいては理性を大きく残した状態で魔合の力を利用することができる。この言わば完成形の技術……君もこれを手に入れることになるはずだ」
「お断りです」
ティアナは光を生み出す。単なる魔力の塊――だが、それを見たナバンは笑みを浮かべた。
「思い出したのか……『幻霊の剣』を」
「え……?」
「確か対象者の体に眠る魔力そのものを外部に放出させ、魔力を大きく減少させる……しかも実体化していないためあらゆる防御が通用しない。まさに、完全無欠の大技だ」
読まれている――この事実は、もしや、
「あなた達は、魔法院とも関わりがあると?」
「魔法院? 悪いが情報については別口だ。とある性悪な人間からの情報だよ」
一体誰なのか――するとナバンは笑みを浮かべる。
「ともあれ、私は君の技について知っている……これがどういう意味を持っているのか、わからない君ではないだろう?」
対策を所持しているのか――ティアナは踏み込もうとするが、近づけない。
ティアナは内心悟っていた。もし相手の間合いに踏み込めば、その時点で自分は死ぬ。
「君のことについては私も未練がある。とはいえこの場で交渉しても断られるのが関の山……だからこそ、手を打たせてもらった」
「え……?」
「少しばかり予定外だったこともあるがね。もう少し時間を置いてから君の事をここに来させるつもりだったんだが……君から直接来てくれるとは思わなかったよ。ニデルも手間が省けたと喜んでいることだろう。とはいえ、なぜ出れた?」
その問い掛けによって、ティアナはナバンがテオドリウスの存在に気付いていないことが理解できた。
これについては、テオドリウスの隠密行動能力が彼らの気配探知能力より上だったと考えていいだろう――それについて言及しようか一瞬悩んだが、先にナバンが話し始めた。
「まあいい……実は今、彩破騎士団の分断工作を行っている。どうやら騎士フレイラと老兵に男性の剣士は外。そして女性闘士と魔術師とユティス君は門前にいる」
何を――ティアナが聞き返す前に彼はさらに続けた。
「ユティス君達は直に突破するだろう。もし突破できなければその時点で彼らの敗北なわけだが……ユティス君の傍にいる魔術師は君の屋敷でも状況把握のために探査魔法を使っていた。この砦の状況を考えれば、いずれここに来るだろう」
そこで、ナバンは歪んだ笑みを見せる。
「ニデルなら、魔術師と女性闘士を食い止めるくらいは簡単だ。そして、探査魔法を行使した彼がティアナ君が危険な状態だとユティス君に伝える。そうすれば――」
――ユティスが単独で、この場に来る。
それほど上手くいくのかという疑問はあった。だが、ティアナもし危機に陥ったとすれば――そして、これまでの彼の行動を考えれば――
「君は彼と深くかかわりすぎたな。いや、そうなるよう魔法院にでも仕組まれていたか……どの道、私は魔法院の目論見を利用したまでだ」
「……本当に、来ると思っているのですか?」
「そう分の悪い賭けではあるまい。それに、君をどうするかによって彼らの動向をある程度変えることもできる……来させるさ」
自信に満ちた声。ティアナは自分が罠に取り込まれたことを悟り、後退しようとする。
「逃がさんよ」
一歩、ナバンが歩む、威圧感は相当なもので、もし目を離せば背後から一瞬で斬り伏せられるという直感を抱く。
「君には、ユティス君が来るための餌になってもらう」
笑み。それを見たティアナは背筋を寒くし、またここに来たことを後悔しながら――ただナバンと対峙し続けるしかなかった。
* * *
私に任せろ――リザの言葉を信じ、ユティスは左手に風の弾丸を放つ銃を創生。オズエルと共に踏み込む。
先んじて動いたのはユティス。銃を構えそれを放つと、風の弾丸が飛びだした。
魔人はそれを真正面から受ける。甲高い音を立て風と共に弾けたため、通用していないだろうとユティスは感じ取る。
「さすがといったところね。けど――」
リザが攻撃態勢に入った。次いで魔人も反撃を行うためかリザへ走り込む。
双方が交差する。ユティスはこの一瞬で勝負が決まるだろうと半ば確信しつつ銃を構え――刹那、
魔人が放った拳を一瞬ですり抜け、彼女は相手の腹部目掛けて掌底を放った。
攻撃は見事成功し、魔人は数歩後退する。衝撃などはさして大きくない。見た目の威力だってオズエルが放った弾丸よりも低そうに見える。だが、
「……ガ」
呻くような、奇声じみた呻き声を魔人は放った。通用している。
「今!」
ほぼ動きを止めた相手を見てリザは叫ぶ。瞬間、ユティスは右手に光の槍を生み出す。
だがそれよりも先にオズエルのライフルが放たれた。弾丸の色は漆黒。それが胸部に当たると、一気に体表面が弾け飛んだ。
「グ――!」
さらなる声。そこへ立て続けにユティスが槍を放つ。それほど出力はなかったが、立ち尽くす魔人相手には十分なはず――ユティスは確信し、直後魔人に直撃。光が弾けた。
そうして残ったのは、膝から崩れ落ちる魔人の姿。やがてその体も崩壊を始め、少しすると消えた。
「……オズエル、もう一度確認だけど敵は?」
「砦の中央に、ニデルがいる」
「わかった。罠の可能性もあるため慎重に進もう」
「俺が先導し、確認しつつ進む」
オズエルが言う。ユティスは「頼む」と告げ、砦の中に侵入した。
周囲を警戒しつつ、奥へと突き進んでいく――その間に、ユティスは先ほどの攻撃についてリザに問い掛けた。
「……リザ、さっきのは何だ? 見た目では威力がなさそうに見えたけど」
するとリザは自身の右手を示しつつ、
「私達闘士……というより、魔力を内部で練り上げて戦闘を行うタイプの技法には、二つの魔力収束手段があるのよ。柔と剛……柔が今見せた攻撃。剛は普段使っている技法ね」
「どういう違いがあるんだ?」
「剛は相手の装甲を直接拳で突破するという、ユティスさん達も普段からやっていること。対する柔は内部破壊……今のは私が拳から放った魔力によって相手の体の中にある魔力を振動させ、体組織を破壊したというわけ」
「面白い技法だな。それは闘士だったら誰でもできるのか?」
先頭を歩くオズエルが問う。するとリザは首を左右に振った。
「無理ね。私はこういう技法を操る人に教わっていたからできた。私は普通にできたけど、他の人はできなかったから特別なやり方なのかもね」
「アシラは使えるのかな?」
ユティスの言葉に、リザは肩をすくめる。
「前に訓練した時はできていたわよ。けど、収束に時間が掛かるし彼は地力が相当だから必要ないかもね」
「そうか……ただ、通常使用しないということは、何か問題があるのか?」
「体の内に流れている魔力というのは、人によって違うのよ。相手の魔力を振動させるには波長を合わせないといけないのだけど、それをするのには結構時間が掛かるわけ。だからまあ、長期戦になった際の切り札くらいのものね」
「さっき魔人に使ったのは?」
「今まで遭遇した魔人と波長が似ていたからね……おそらくだけど、ああいう魔人は見た目は違っていても魔力の質を似せて生み出すんじゃないかしら。もしくは、魔人を生み出す過程でそういう魔力の波長になってしまうのかも」
「とすると、ニデルにも通用するということか」
オズエルが言う。するとここでリザが発言した。
「さっきの黒い弾丸は何?」
「マニュアルによると、徹甲弾だったはずだ」
「てっこうだん?」
「平たく言うと、強固な金属などを突き破るために生み出された弾丸だ。とはいえ魔力の弾丸は使用者の練度によって変化する。最高の威力ならばあの魔人の硬度を突き破れたはずだが……まだまだ修行が足らないらしい」
「へえ、なるほど。まあ魔人を相手に十分戦える技法があるんだったら、いいんじゃない?」
「どういう意味だ?」
「今後マグシュラントと戦っていくとしたら、ああいう奴がゴロゴロ出るかもしれないでしょ?」
「確かにそうだな」
「オズエルは魔術師としては結構なものだと思うけど、『召喚式』の魔法とその変な武器と組み合わせるのもできていないし、もう少し改善の余地がありそうね」
「何でお前は上から目線なんだ?」
「喧嘩はやめてくれよ」
ユティスが呟いた直後、前方に気配。同時に通路を抜け――広い空間に到達した。