襲撃の果て
ユティスが騎士達を視界に捉えた瞬間、会場にいた刺客も全て倒し――ユティスは心の底から安堵した。同時に緊張が抜け重い疲労だけが全身に残る。
会場にいる面々も、皆一様に安堵の顔を示す。フレイラに視線を送ると彼女は警戒を解いてはいないが、小さく息をついたのをユティスは見逃さなかった。
だが――騎士達の後方からさらなる刺客が現れる。それは武装した騎士によって一瞬の内に撃破したが――今度は、テラスから出現する。
それにフレイラは剣を構え直し、さらに別のテラスからも刺客が登場し、武装した騎士達が応戦を始めた。
ユティスもまた肩にのしかかる疲労の中で、気を奮い立たせながら再度弓を構えようとした。その時、
「――ユティス!」
フレイラが叫んだ。ユティスが即座に視線を転じると、
テラスから、さらなる刺客が出現していた。それも一ヶ所だけではない。複数のテラスから、複数人同時に。
ここに来て、さらなる増援――加え、刺客の一体が近くにいた客人へ斬りかかろうと踏み込む。それは式典出席の騎士が割って入ったため事なきを得たが、
(王を狙うだけでなく――)
ユティスが慄然すると同時に、最も王に近いテラスの刺客は脇目も振らず王へ突撃を敢行する。
ここに来ての増援――ユティスは武装した騎士達を食い止めていた刺客が来たのだと半ば確信する。そして相手は、兵数を利用し会場内を混乱させ、武装した騎士を足止めする作戦――能力は騎士が上のはず。しかし足止めを受け、僅かながら騎士が王の下へ到達する時間が遅れる。そう考えた時、
ユティスはフレイラが相対する刺客が、合計四体であるのを認めた。一体を先頭に残り三体が後に続くように走る。
その後方にはさらなる増援。ユティスは直感的にフレイラの握る剣の結界では押し留められないと悟る。そして、もし突破されれば騎士達よりも早く王の下へ到達すると理解した。
盾の結界で防げば王を守ることができる。けれど、そうなるとフレイラは――いくら彼女でも、あれだけの数が相手では――
考えた直後、ユティスは衝動的に弓を捨て両腕に魔力を収束させた。同時に頭の中でできたイメージは、彼女と出会った時に使っていた、あの剣だった。
「守れ!」
結界により、フレイラは先んじて突撃する一体を跳ね飛ばした。それにより大きく後退させることができたが、後続の三体が同時に襲い掛かる。
結界は魔力で構築されたものだが、強い衝撃を受ければ破壊されてしまう。大人数であれば結界に対する衝撃は大きく、当然ながら破壊される可能性が大きく増す――
事態が差し迫る中、フレイラが生み出した結界に刺客が衝突する。彼女はどうにか刺客を押し留めようとしたが、やはり彼女の握る剣の力では限界だった。
ガラスが破砕するような音と共に、結界が破壊される。その内の一体は彼女の横を突破し、残りの二体はフレイラに襲い掛かった。
短剣が振りかざされ、フレイラはそれを回避する。しかしヒールにより多少ながら動きが制限され、腕に、短剣が走り鮮血が舞った。同時、会場内に悲鳴にも似た声や、王を呼ぶ騎士の声が響き、さらに刺客がユティスへ近づく。
途端、ユティスは口の中で小さく呻き――そしてわけもわからぬ衝動が生まれ、内に眠る魔力が激動。
結果、一気に剣を生み出した。
そしてユティスは感情に流されるまま、創り出した剣で横薙ぎを繰り出す。
同時にユティスは吠える――紛れもない絶叫と共に生み出した剣先から風が生まれる。
それは、フレイラにも見せた青き刀身を持った風の聖剣。味方を傷つけることのない旋風により、目の前の脅威だけを全て滅する空想の剣。
刺客の一体がユティスへ到達し短剣を振り下ろそうとする。けれど、ユティスの斬撃の方が僅かに早かった。
刀身から、風が放出される。一切の手加減なしに放ったユティスの力は、目の前にいた刺客を見事に消し飛ばした。
それで終わりではない。次いでフレイラに短剣を振り下ろそうとしていた二体が消滅。風はホールを包みこむように舞い、新たに侵入を果たそうとした刺客に加え、騎士と交戦していた敵や入口付近の者さえ飲み込み、全て等しく消し飛ばす。
そして残ったのは風の音と、奇妙なくらいの静寂。同時にユティスの握る剣が砕け、その力を失くし、消える。
「――陛下!」
そこで騎士の声。武装した面々の一部は増援を警戒しテラスへと移動し、隊長らしき人物が王へと駆け寄る。
その中にはアドニスの姿も見え――もう大丈夫だと認識した直後、ユティスは崩れるように膝を床へと落とした。
「ユティス!」
フレイラの声。同時に凍りついた広間が氷解し、客人達が騒ぎ始める。
その中でユティスはゆっくりと体を傾ける。それを慌てて抱き留めるフレイラ。礼を言おうとしたが、その力もなくなり、
ユティスは小さく息をついた後、睡魔に負け静かに目を閉じ、意識を闇へと放り投げた。
* * *
戦いは結局一人の犠牲者を生み出すこともできず、彼にとっては最大の失態と呼べるものだったが、それでも顔には笑みが浮かんでいた。
「やれやれ……同じ『彩眼』が相手か」
馬上、都を密かに脱し彼は呟く――とはいえ、力の底は見た。例え次の作戦で相対しようとも、勝てる自信が彼にはあった。
「――ガーリュ様」
声が、彼の横手から。首を向けるとそこには連絡役に使っていたウィンギス王国の間者。
「ああ、心配するなよ。少しプランが変更になっただけだ。相手が少しばかり反抗するだけだろ? やることは変わらないからいいじゃないか」
そう言ってはみたものの、彼――ガーリュ自身、こうまで作戦が失敗するツキのなさは予想外であり、これからの戦いで少しケチがついたとは思っていた。
王を殺し、浮足立った中で決戦に持ち込むのが何より望ましかったのは事実。それは彼自身が持つ『異能』の制約がそうさせているのだが、そうなってしまった場合のプランも立ててある。
もっとも、プランといってもそれほどのこともない――言ってしまえばそれは、ロゼルストにただ愚直なまでの攻撃を仕掛けるというだけの話なのだが。
「ま、心配するな。ロゼルストも色々と対応策を考えだすだろうが……時間的な余裕を与えるつもりはない。あと十日もあれば、全て終わるさ」
「そうだとよろしいのですが――」
間者が不安げに呟いたその時、
「ん?」
ふいに、ガーリュは眉をひそめた。
「ほう、どうもこっちを追っている騎士がいるな」
「え?」
間者は信じられないという面持ちで聞き返す。それにガーリュは月明かりの下艶やかかつ好戦的な笑みを宿し、
「都から馬を飛ばしている……こりゃあ俺達を追うために放ったんだろうな」
「どう、なさいますか?」
「馬を飛ばして全速力で逃げられればそれに越したことはないが、馬の質も違うだろうしそう上手くはいかないだろう……ま、ここは一度会ってみるのもアリだな」
呟くと彼は腕をさっと上げた。直後、闇夜の中に潜んでいた複数の人影が、ガーリュ周辺へと集まってくる。
「ま……別の道を行くか、街道を避けるかすればこんなことにならなかったかもな」
言葉の後――騎士の姿が見えた。魔法の明かりにより白銀の鎧が輝き、嫌に目立つためガーリュは思わず笑ってしまった。
「ガーリュ様……」
「心配するな。音からして騎士は三人程度」
言うとガーリュは周囲にいる人影に命令を行い、ガーリュ達を守るように布陣する。そして騎士達が到着し――
「……まだ、残っていたか」
先頭に立つ、茶髪の騎士が馬を止めポツリと呟く。
「全戦力を傾ける程、俺も馬鹿じゃないさ」
ガーリュは答えると共に馬上で剣を抜く。
「とはいっても、このまま交戦する気はさらさらない。他の騎士が来たら、こいつらを囮にして俺達は逃げるぞ」
「……そうか」
騎士は呟くと同時にガーリュに続いて剣を抜くが――動かない。
とはいえ追撃するという気配もあまりないようにも見え――そこで、
(ああ、なるほど)
ガーリュは、目の前の騎士がどういった目的で来たのか察した。
「……勝負は、また改めてということでいいんだな?」
一応確認をとる。騎士は答えず、ただまっすぐガーリュを見据えている。
「……それじゃあ、退かせてもらうよ」
言い捨てると、間者に小さく声を掛けた後、ガーリュは馬首を返し街道を進み始めた。馬の歩調はそれほど速くもないが、騎士達が追ってくる様子はない。
「あれは、一体?」
確認する間者。先ほどのやり取りがどういう意図なのか、理解できなかった様子。
「ああ、そもそも奴らは俺達を殺しにやって来たわけじゃない」
強い断定。それに間者は首を捻り、ガーリュは続ける。
「つまりさ、奴らは誰かの指示で確認しに来ただけなんだよ。俺が『彩眼』を持っているかどうか」
言葉に、間者はつばを飲み込む。その表情に対しガーリュは笑みを向け、
「で、当然俺はこいつらを操っているから、俺の目の色に気付いたはずだ」
言いながら自身を囲む黒ずくめ達を見る。封じる魔力の多寡によりある程度身体能力は変えられるのだが、基本的に人間と同程度のスペックというのが、ガーリュとして一番効率の良い生成手段だった。
「奴らの浅知恵がわかるよな……もし何か仕掛けてきたのなら、向こうも『彩眼』で対抗しようという肚なわけだ」
「相手も、同様の使い手が?」
目を見開き間者が問う。ガーリュはそれに大きく頷き、
「そいつに暗殺阻止されたのが、今回失敗した要因だよ……だがまあ、奴の能力は理解した。それに俺と同様、制約があるようだし」
と、ガーリュは月を見上げながら告げた。
「――俺の力と比べれば、何程の事もない相手だ」
その断言に間者は何も答えない。
けれど、力の一端を知る横の相手は決して首を振ろうとはしなかった。
(さて、これからが楽しみだな)
ガーリュは一人胸中で呟く。例え王抹殺に成功しようとも、これからの展開は変わらない。そして、これは紛れもなく歴史に名が残る話だろう。
「後世の人間が、どう記してくれるか楽しみだ」
呟きつつ――ガーリュは、次なる目的を果たすためにただ街道を進み続けた。
* * *
相手と邂逅したロランは、小さく息を吐き目前にいた存在に畏怖を抱く。
圧倒的な気配を放っているような人物ではなかった。おそらく剣の技量などは自分より下だろうと見当をつけることはできたし、物腰からそれほど体力があるようにも見えなかった。
だがそれでも、黒ずくめに囲まれた彼の姿を見て、ロランは目の前の人物が使役する人間達の『王』であると紛れもなく理解した。
「……ラシェン公爵の推測通りだったのが、何より厄介だな」
彼は会場でラシェンから指示を受け、この場に訪れた。目的は『彩眼』なのかを確認することだったが、それが正解だと認識した時嫌な予感がした。
「……ともかく、報告だ」
ロランは後方にいる騎士に指示を出し、都へと戻る。その途中、一度だけ後方を見た。
街道は先ほどまでと変わらず穏やかな景色を見せている。しかし、あの男が進んだ道なのだと想像すると――深淵へと続く地獄の道だとしか思えなくなった。