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創世の転生魔術師  作者: 陽山純樹
第一話
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現在の境遇

「……ん」


 鳥のさえずりの声がして、彼は目を開ける。窓から差し込む陽の光が目に当たり、思わず手をかざした。


「朝だな……」


 呟き、彼はゆっくりと起き上がる。白い寝間着は寝汗がやや浮き出ており、彼は不快感を抱きつつゆっくりとベッドから下り、革のサンダルを履く。


 彼の姿は細身で白い肌に黒に近い青い髪。大きめな黒い瞳が特徴的で、どこか幼さを残した顔を持っている。

 部屋は柄模様のないシックな内装で、ベッドの傍らに窓と、反対側に扉。そして窓から見て右側に机と椅子。左の壁一面に本棚がある。


 転生前で言う所の、中世ファンタジー世界――それが、彼の今いる場所。魔法という概念が存在し、全ての記憶を思い出した彼にとっては、幼い頃から見慣れた光景にも関わらず、どこか新鮮さを感じる時もある。


 便利な物が多数あった転生前の世界を思い出せば、不便などと思うところかもしれないが――決してそうはならなかった。電気の代替物としては魔法の明かりが存在するため夜も明るくできるし、彼が暮らす場所を含め人里にはそれなりの上下水道の設備も存在する。使用人の者いわく「魔法により地下水を引き込んで、使用したものは下水として流し魔法で浄化している」とのこと。同様に魔法技術で構築した冷蔵技術などが存在するため、食に関しても大した不満は無い。


 暇を持て余す時にやるゲームなどはさすがに存在しないが、それでも決して辛いとは思わなかった。だから生活面で不満は無かった。しかし、彼は嘆くような心情を抱えている。


 ふと、彼は自身の手のひらを見つめる。家事や農作業を一度も行ったことの無い綺麗な手を見て、本来は喜ばしいことなのだと思う所かもしれない。


「――様ぁ」


 そこへ、遠くから声がした。彼にとってはいつもの声。やがて足音が近づき、扉が開いた。


「あ、起きていらっしゃったんですか」


 現れたのはメイドの衣装に身を包んだ女性。肩にかかる程度の黒髪に濃い碧眼を持つ、彼にとっては馴染みの人物。


「ああ、今日は少し早く起きることができたみたいだ」


 そう言って彼は、メイドに対し一つ忠告を行う。


「……いつも思うけど、きちんとノックはしないと」

「あ、すみません」

「前客人にそれをして、怒られたから気を付けるように」


 語った後、彼は歩き出そうとする。けれど足がもつれ、すかさず女性が彼の体を支える。


「起きたばかりで無理をしてはいけませんよ」

「……ごめん」


 彼は謝ると、彼女から体を離し自分の足で立つ。


「といっても今日は調子が良いみたいだ。普通に歩けるよ」

「そうですか。では朝食にしましょう」

「うん……セルナ、先に行っていて」


 呼び掛けると彼女――セルナは微笑んだ。


「わかりました、ユティス様。ご無理なさらないように来てください」

「ああ、わかってる」


 彼――ユティスが答えると、セルナは再度微笑み扉を閉めた。


 そこで、ユティスは小さく息をつく。ただ起き上がり歩んだだけ。それなのに、あれだけの心配をされる。


「……はあ」


 ため息をつく。次いで気を取り直し、着替えをするべくテーブルの隣にあるクローゼットへと近づいた。


 彼は転生前の記憶を思い出し、嘆いている――なぜか。


 ひどく簡単な話だった。今の彼は体が弱く――それが原因で、不遇とも言える人生を送っているからだ。






 ロゼルスト王国アングレシア地方領主、グレイ=ファーディルの三男。それが転生した彼の肩書。地方領主の息子であり、ロゼルスト王国王家の遠縁ということで王家と交流があるとくれば、理想的かつ何一つ不自由なく暮らせる身分で、傍から見れば幸運に思えたかもしれない。


 けれど彼――ユティスはそう思わなかった。


 生まれつき病弱な体は、幼少の頃それこそベッドから出て歩く日の方が少ないくらいだった。転生前の記憶があまり蘇っていない幼少の頃はそれでも容易く受け入れることができたのだが、やがて物心がつき色々思い出してくると、改めて前世が良かったのだとユティスは痛感し始める。


 現在はそれなりに体力もつき、さらに『魔法』を学ぶ程度には体力もついた。けれど月に数度倒れ込むような羽目になることもザラにあり、そういう『いつ倒れるかわからない状況』を危惧し、他の兄弟と異なりユティスは魔法をある程度学んだ後は屋敷にこもり、ほとんど外部の人と会わず暮らしている。


 しかもなお悪いことに、上には出来の良い兄二人と姉一人。さらに出来の良い弟と末っ子の妹がいる始末で、中間に位置するユティスは放っておかれるケースも結構あった。


 ユティス自身それを病気のせいだと理由をつけることで、折り合いをつけることはできていたのだが――そうした複合的な要因が重なり、都で王が五十を数えたことにより行われる式典に呼ばれることもなく、ユティスは一人屋敷にいる次第だった。


「ユティス様、残してはなりませんよ」


 真正面にいるメイド――セルナが告げる。青を基調とする貴族服に身を包んだユティスは、現在食事中。場所は本来家族が集まり朝食をとる食堂。けれど現在はユティスとセルナの二人だけ。


 朝食は柔らかいパンに野菜や肉の入ったスープとサラダ。前世ならば明らかに足りない量なのだが、ユティスは結構必死に食べる。


「それと、毎度毎度本を読みながら食事をするのはおやめください」


 ――そして彼女の指摘通り、ユティスは一冊の本を片手にスプーンでスープをすくい飲んでいたりする。


 家族がいれば話は別なのだが、一人で食べる時は本を読みながら食べていた――小さい頃一人で食事するのが嫌で、気を紛らわすために読み始めたのがきっかけであり、それが癖になってしまっていた。


 ちなみに読んでいるのはごく一般的な英雄譚。ユティスの見るページには、マントと鎧を着た青年勇者が、両手に剣を握り竜と相対する姿が描かれている。文面には『青き刀身の剣を一振りすると旋風が舞い、味方を傷つけることなく、竜を守護するように布陣していた万軍の悪魔が、一瞬で消えた』と書かれている――


 小さい頃に読んだ物を読み返しているので、ユティスは内容を記憶している。剣は小説上『風の聖剣』などと呼ばれており、全力を出せば一振りで万軍を瞬間的に消滅させる力を持つ――


「ユティス様」


 再度セルナの忠告。彼女も咎めはするが、従わないとわかっているので本を無理矢理とるような真似はしない。


 やがてユティスは息をつくと本を閉じ、残り少なくなった朝食を胃の中に収めた。


「ごちそうさま」

「はい。それではユティス様、これからどうなさいますか?」

「今日は調子が良いし、散歩でもしようかな」


 ふと――ユティスは物語を思い返しながらそう答えた。

 先ほどの本を読んで、試したいことが――ユティスはそう、頭の中で思った。


「散歩、ですか。わかりました。では――」


 彼女が言った時、廊下から靴音が聞こえた。それは急ぎ足で、ユティスはずいぶん性急な印象を受ける。


「失礼します」


 そしてノックの後扉が開き、現れたのは無骨な鎧を着た兵士。


「ユティス様、ご報告が」

「……また魔物?」


 ユティスが問い掛けると、兵士は改めて頷いた。


「はい、西手にある森で木の実を採取していた者が発見したそうです」

「数と見た目は?」

「確認した所、二体だそうです。そして形は、狼……多少、体は大きかったそうです」

「そっか……誰もいないし、僕が行くよ」

「ユティス様」


 心配そうにセルナが言う。それにユティスはにこやかに応じた。


「大丈夫だって。それに魔物の討伐をしたのだって、初めてではないし」

「これで三度目ですが……お一人で、本当に大丈夫ですか?」

「心配性だな、セルナは」

「……幼少の頃よりお仕えして、不安に思わない日は一度としてありませんが」


 返答に苦笑するユティス。どれだけ年齢を重ねても、体調面では一切信用されていない。


「で、森の中なんだね?」


 ユティスは気を取り直し尋ねる。兵士は再度頷き、


「はい……それで、本日は来客のご予定がありましたよね?」

「来客……? ああ、あれか」


 思い出したようにユティスは呟いた。


「都の式典に行く、一団がここに立ち寄るんだっけ?」

「確かキュラウス家だったかと」


 補足はセルナが行った。


「その方々が来るまでに退治しておいた方が良いでしょうね」

「話によると、朝から昼にかけて到着予定とのことですが」


 今度は兵士からの言葉。ユティスは「わかった」と告げると、席を立った。


「それじゃあ僕一人で行ってくる……留守は頼んだよ」


 その言葉を聞き、兵士は持ち場に戻る。そしてセルナは相変わらず不安な表情だったが、ユティスはそれを無視するように歩き出した。


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