襲撃の目的
ユティス達が交戦している間に、馬車上――ティアナは騎士ニデルと向かい合い、ただただにらみ合っていた。
「そう怒らないで下さいよ」
あくまで平然と語るニデル。それにティアナは奥歯を噛み締め悔いるような心情を抱くしかなかった。
自分は確かに聖騎士候補であり、この国でも相当な使い手だった――はずだ。だが目の前の相手はそんな技量を平然と押し退ける程の力を持っている。だからこそ、彼はティアナを連れ去るよう指示を受けたとも言えるのだが――
「目的地へ辿り着く前に、色々と事情を話しておきましょう。まず、私達の目的です」
一方的にニデルは語り出す。ティアナは内心不甲斐なさに苛立ちながらも、相手の言葉を聞くことにする。
「なぜあなた方を襲撃したか……話していませんでしたが、私達はラシェン公爵の屋敷も襲撃しております」
その言葉に、ティアナは瞠目する。となれば、ユティス達は――
「ですが、主力を送り込んでいるわけではありませんので、容易くねじ伏せられるでしょう。ですが、それでいいのです。私達の目的はあくまであなたが襲撃されているという事実を彩破騎士団に教えることなのですから」
「誘い出した、ということ?」
鋭い視線を伴いティアナは問う。口調も敵意を持ったものだが、ニデルは平然と頷いた。
「そういうことになります。今回の襲撃は彩破騎士団を誘い出すことと、あなたの身柄を確保する意味合いがあった。本当ならもっと穏当にするつもりでしたが、どうやら私達の目的を妨害する輩が出た……あなたに護衛がついたのは、こちらとしても予定外でしたよ」
肩をすくめるニデル。その表情は嬉々としており、パーティーで見せていた態度とは異質と言っていいほど違っている。
「ただまあ、銀霊騎士団のパーティーがあったこと……ここは非常に良かった。深夜に襲撃すれば騎士団も相当混乱するでしょう。なおかつ銀霊騎士団は酔いが相当回っている人間もいるはずで、大人数では動かないでしょう。さらに我々の行動を見て城側が警戒し城を守護しようとするのは必定で、追討の人員も限られている……ついでに言えば、討伐隊を編成するにしても時間もほとんどない」
今の状況全てが、彼らにとって有利。まさしくこの日この時間、襲撃したのは絶妙なタイミングだった。
「そして私達としては、本来の目的を狙いやすくなった……騎士団は大々的に動けない……だからこそ、私達は彩破騎士団を誘い出した」
「彼らを……倒すために??」
「ええ、そうです」
ニデルは頷く。そこでティアナは疑問が湧いた。
「なぜそこまで、彩破騎士団を?」
「――彼らはネイレスファルトで、ある人物を倒した」
腐蝕の力を持っていた人物だろう。ティアナが沈黙していると、ニデルは続きを話した。
「単刀直入に言いますと、我が主人は指示を受け今回の襲撃を行いました」
「……指示を出した存在は、マグシュラント王国の人間?」
問うと、ニデルは笑みを浮かべる。
「噂で聞いているようですね。正解ですよ」
――わかっていたことだが、それでも改めて認められるとティアナとしては驚く他なかった。
「確認ですが、倒しましたよね」
「ええ、はっきりと憶えています」
「あなたも立ち会ったのですね。ならば話は早い。彼の本名はノルグ=スレンガーといいまして、簡単に言えば」
一拍置いて、彼は告げる。
「マグシュラント王家に対し、分家に当たる人間です」
「……え?」
思わず聞き返した。まさか、それは――
「ネイレスファルトに存在していた諜報員は、マグシュラントにおける人員の中でも選りすぐられた存在であることは間違いなく……だからこそ、ノルグ様はあの場で作戦を決行し、あなた方に阻まれた」
「……報復だと言いたいの?」
「まさしく。陛下もノルグ様の存在を大層気に掛けられていましたので」
とんでもない虎の尾を踏んでしまったことは間違いない。その結果が、ロゼルスト国内でこのような騒動を引き起こす結果となったということか。
「我が主は、彩破騎士団の始末を頼まれたということです。その報酬としては、マグシュラント王国に一定の地位で迎え入れるということ」
「なるほど……だからこれほど派手なことをしてもいいと」
この国に未練などないのだから――ニデルは小さく頷き、
「どちらにせよ、私達は事が済んだら逃げ出すつもりでいましたけどね」
「これだけ無謀な真似をした以上、マグシュラント王国を糾弾する材料をこちらに与えたのでは?」
「私達とマグシュラントが関与した明確な証拠はありませんからねぇ。今こうして話していることも、単なる私の妄想かもしれませんよ?」
ふざけたことを――ティアナは内心思いながら沈黙する。
するとニデルは、意味深な笑みを浮かべた。
「ただ、単純に依頼をこなしただけでは足りないと……よって、あなたを連れて行くというわけです」
眉をひそめるティアナ。先ほどの話と何が繋がっているのか。
「――疑問、大いに理解できます。それもまた、説明しましょう」
「……いいの? そんなことを話して」
「どの道、あなたに拒否権はありませんからね」
――この状況を打開する手段があれば。そうティアナは思いつつも、耳を傾ける。
「以前から、我が主はマグシュラント側から依頼をされていました。ノルグを倒したのならば彼がどのような力を持っていたか、理解しているでしょう?」
「……ユティス様は、魔人と呼んでいた」
「なるほど、その言い方もありでしょうね……我々はこの力を魔物との融合――即ち『魔合』と呼んでいましたが、その力を手に入れられるだけの素体を探していたのです」
「それが、私だと?」
「はい」
にべもなく頷くニデル。対するティアナは不快な顔をする。
「その反応は想定内ですよ。というより、そういう反応しかあり得ないでしょうね……我が主の活動方針は二つありました。一つはロゼルスト国内における地位の向上。そしてもう一つは、あなたのような素体の確保」
「前者の方は、成功したとは言い難いと思うけれど」
「当然ですね。ただ、彩破騎士団の首と引き換えにマグシュラントで一定の地位を得るというのは悪くない話だった……もちろんロゼルスト国内でこうした活動ができなくなるのは心苦しいですが、我が主はこれまでに十分な情報を手に入れたご様子。手土産としては十分でしょう」
つまりそれは、ロゼルスト王国に関する何かしらの機密情報を手に入れたということなのか。ティアナは憤慨するような気持ちとなったが、ニデルは微笑を浮かべ、
「もし反抗するのであれば、相手になりますよ。ただし、勝負になるのかは別問題ですね」
ニデルがどれほどの技量を持っているのかティアナにはわからない。だが、丸腰の状況でなおかつ魔人の能力まで有していると思しき目の前の相手に、勝てないというのは火を見るより明らかだった。
そう思うのと同時に、一つ疑問を抱く。
「あなた達はなぜ……私がその魔合とやらに適合すると?」
「魔合の技術に適用するかどうかは、体の一部を使えば検査できるのですよ。ちなみに一部とは、表皮や髪です。ここで用いられるのは基本髪ですか」
それならば密かに調べられても気付かれにくい――考えていると、ニデルはさらに続ける。
「騎士候補……とはいえ、あなたが聖騎士候補であることは秘匿されていたため、私達があなたについて知り得たのは偶然です。たまたまあなたの髪を拾い、偶然検査を通したら稀代の素質を持っていた」
「正直、嬉しくない」
「当然でしょう。しかしこの力を手にすれば、そんなことも言わなくなりますよ」
ニデルの言葉に、ティアナは僅かながら狂気に近い感情を読み取る。彼自身、おそらく既に力に精神をむしばまれているのだろう。
(……どうにか、しないと)
考えるのは、どう抜け出すかということ。しかし手がまったくないのも事実。
目の前の敵を倒さない限りどうにもならないが――そもそも、目の前の相手をどうにかできる実力があれば、屋敷で既に退散させていた。
何か、ないのか――ティアナは自身の記憶を探る。もっとも、聖騎士候補として訓練を受けてきた中でニデルのような圧倒的な存在を丸腰で討てるような技術はなかった。
けれど――そこで一つ思い出す。あの討伐隊――ユティスも参加した討伐隊。
(そういえば、私は……)
思い出せなかったのは、間違いなく記憶を封じられていたからだろう。ティアナはニデルを一瞥した後、これ以上話したくないという呈で目を背ける。
相手は何も言わなかった。その中でティアナは思考する――この状況を打破できる可能性がある、過去の記憶を。