雷光の騎士
ユティスの決断に、言葉で最初に反応したのはリザ。
「そうよね。さすがにティアナさんを放っておくのは消化不良よね」
「……とはいえ、ユティス君。彼女の調査については部下にやらせていたため、屋敷の具体的な場所はわからんぞ」
ラシェンの指摘に対し、ユティスは「知っています」と応じる。
「それは僕の方が聞いているので問題ありません」
「そうか……体の方は?」
「宴で動き回ったといえど、ネイレスファルトで色々していた時と比べればそれほどでもありません。たぶん大丈夫です」
根拠のない発言ではあったのだが、それでもユティスは立ち止まるつもりもなかった。それに、体の方もできると答えていた――もっとも、いつものように全て終わった後倒れそうな気もするが。
「よし、わかった。では彩破騎士団を――」
「ですが、さすがに彩破騎士団全員を、というのは避けたい所です。ラシェン公爵は防備が十分だと仰りましたが、ここを制圧されると僕達は窮地に陥る」
「そうだな……では、二手に分かれるか?」
「はい。この屋敷襲撃が本命という可能性もあるので、できるだけ均等に戦力を振り分けるのがベストだと思います」
ユティスは彩破騎士団の面々を見回す。全員と視線を交わした後、まずはフレイラへ指示を出した。
「フレイラ。ラシェン公爵と一緒に屋敷の護衛をお願いできるかな? 残った彩破騎士団の面々の指揮をして欲しい」
「……わかった」
やや沈黙を置いた後承諾。ユティスは頷いた後、目線を変える。
「で、イリアだけど……」
指示を出そうと視線を送ると、ちょっと眠そうな彼女の姿。けれど呼ばれてはっとなり、
「あ、はい」
「……ラシェン公爵。お願いします」
「うむ、任せろ」
ラシェンは侍女を呼び、イリアの所へ行かせる。戦いが深夜に及ぶことを考えれば彼女は難しいだろう。ということで、
「さて、僕としては二手に分かれるとして半々に分かれるのがいいと思う。この屋敷に残る組みの方も、状況に応じて動く上では三人くらいの方が対応できるだろうし」
「そうね……それじゃあ、どういう分け方にするの?」
フレイラが問うと、ユティスは一時考え、
「……まず、アシラ」
「はい」
「僕と同行して欲しい……援護は僕がやるから、アシラは思う存分敵を撃退してくれればいい」
「そうなると、儂は屋敷の護衛を担当しよう」
口を開いたのは、ジシス。
「ユティス殿が言ったように戦力を均等にするのならば、剣士はそれぞれ分かれた方がよかろう」
「そうだな……で、僕が案内役を兼ねて行く以上、屋敷側には魔術師がいない。ということで、オズエルはこの場に残ってもらいたい。そして――」
「私もティアナさんの所に行くわけね。まあ、がんばるわ」
リザが進み出てユティスの隣に立った。
「――それじゃあ、フレイラ。僕らはすぐに向かうことになるけれど」
「わかった。無理はしないで」
「うん……ラシェン公爵」
「包囲されている以上、敵をかいくぐって行動する必要はあるだろう。入口付近には兵を多く振り分けている。この場にいる面々も連れ、連携して対応してくれ」
ラシェンの言葉に、幾人かの兵士が進み出る。それにユティス達は深く頷き、
「行こう」
ユティスの言葉と共に――彩破騎士団は、行動を開始した。
* * *
ティアナはシルヤと共に自身の屋敷に入ると、まず襲撃者と遭遇した。見た目黒装束かつ、長剣を握る人物であり――それは数度シルヤと剣を打ち合った後、彼女によって打ち倒された。
なおかつ相手が持っていた剣をティアナが拾う。とはいえ宴に参加するようなドレスでは動きにくいことこの上なく、ティアナ自身が率先して立ち回るような真似はできそうになかった。
「どういうことだ……? これだけ混乱しているというのは」
そして屋敷内を調べ始めた直後、シルヤが呟いた。ティアナも内心同意だった。
ティアナ達は玄関ホールを抜け廊下に差し掛かっているが、どこかしらから戦闘音が聞こえる。襲撃者は入口にほとんどいないため完全に屋敷内に散らばっているようだが、騎士や兵も統制がとれている状況にないのがわかる。
「これは……そうか、そういうことか……!」
何かを理解した様子のシルヤ。次いで彼女はティアナに視線を送り、
「ひとまず話は後だ。今はご両親が無事かどうかを確認せねば」
「はい」
ティアナは同意し、屋敷内を進む。住み慣れた空間が今ではまったく見たことのない情景を見せており――ティアナは不安を覚える。
無事なのか――進むたびに嫌な予感が増幅していく中、突如客室の扉が盛大に開かれた。
「くっ!」
声と共に出現したのは――ティアナも見たことのある人物。
「勇者オックス!?」
シルヤが声を上げ、飛びだした相手を見据える。ティアナ自身オックスがこの屋敷を護衛しているのは当然知っている。だがその彼が思いの外苦戦しているという事実に、少なからず驚いた。
オックスは剣で相手の刃を弾く――彼が相手にしているのはやはり黒装束に包まれた剣士。だが、他の面々と少しばかり雰囲気が違う気がした。取り巻く魔力が少なからず大きい――それがオックスが苦戦している原因だろうか。
直後、シルヤが疾駆する。オックスはその段階でティアナ達の存在に気付き――そのまま反撃に転じた。
黒装束は形成不利と悟ったか、一度後退しようとする。だがそれよりも先にシルヤが攻撃を仕掛け、黒装束の剣を大きく弾き飛ばした。
立て続けにオックスが剣戟を見舞う。相手は吹き飛び部屋に放り込まれ――音が完全に消えた。
「大丈夫か?」
シルヤが問う。するとオックスは憮然とした表情で、
「襲撃者にも質があるらしい……ピンキリだが、今のはどうも『武装式』の使い手らしい……かなり強かった」
「勇者オックスが苦戦する程か……騎士ティアナのご両親は?」
「自室にいる。そっちは騎士やシャナエルが守っているはずだが……」
そこまで告げた瞬間、背後より気配。振り返ると、いつのまにか長剣を携えた先ほどと同じような黒装束の剣士。
「騎士ティアナ。下がっていろ。私がやる」
シルヤは告げるとすぐさま前に出る。オックスがティアナのフォローに入り、その直後にシルヤが剣士と交戦を開始。同時に彼女は剣から魔力を発露させる。
対抗する剣士もまた、呼応するように剣より魔力を生み出す。双方の剣戟がぶつかり合い――結果、シルヤが押し返した。
剣士は即座に体勢を整え、さらなる魔力を生み出す。どうやら純粋な身体強化に特化した能力のようであり――それを理解したか、シルヤは一気に踏み込んだ。
刹那、彼女の剣先から雷撃が迸る。『雷光』――それが彼女の異名。
雷の矢が剣先から意思を持ったかのように放たれ、剣士の体を正確に射抜いた。膜状の結界を体に構成しているためか一撃で倒れることはなかったが、それでも動きを大きく鈍らせることには成功。追撃の一撃を加え、剣士は倒れ伏す。
「なるほどな。身体強化という一点において相当練り込んであるな。これなら確かに、苦戦して当然だ」
シルヤは倒れた剣士を見据え、感想を述べた。
「だが、きちんと防備は整えていたはずだ……勇者オックス。何があった?」
「わからん。俺も屋敷に襲撃者がという一報を聞き対応していたんだが……気付けば戦況が恐ろしく悪くなっていた」
「どういうこと、ですか?」
不安げにティアナは声を上げる。すると、
「やはり、私の見立て通りか。襲撃者の強さもあるのだろうが……屋敷の者が手引きした可能性が高いだろう」
手引き――確かにそれならこの惨状も合点がいく。
「まあいい。詳しい話や犯人探しは後だ。ともかく急ぐぞ」
シルヤが率先して歩き出す。それにティアナとオックスは追随し――オックスが、口を開いた。
「最悪、屋敷から逃げることを考えた方がいいだろうな」
「城の方に連絡は?」
「襲撃者が出現した時点で行っている。包囲を突破して屋敷外に出たらしいから、おそらく騎士団が準備しているはずだ」
「敵はおそらく短期決戦を望んでいるだろう……現状かなり不利だが、もう少し時間を稼げば増援が来る。それまで持ちこたえれれば……」
「銀霊騎士団とやらは来るのか?」
オックスの疑問。ティアナとしてもそれは気になった所だが、シルヤは難しい顔をした。
「宴で騒ぎに騒いだ後だ。もし来れたとしても、少人数だろうな」
「じゃあ彩破騎士団は?」
「……この屋敷は完全に音を遮断されているため、城からの連絡がなければ知る術はないだろう。城側も彼らに連絡するかどうかはわからない……正直来る要素はないな」
「そうか。ま、仕方がないな」
会話の間にとうとうティアナ達は目的の一室に辿り着く。扉の奥は無音。さすがに中は警戒しているはずなので、シルヤはまずドアをノックする。
「騎士シルヤです。入室の許可を」
だが返事はない。訝しんだシルヤは再度ノックし同じ言葉を発するが、やはり中から声はない。
そこで彼女はオックスと視線を合わせる。ここでいいのか――視線でそう問い掛けており、オックスは首肯する。
ならば――シルヤは意を決し扉を開ける。場合によっては護衛をしている騎士から攻撃を受ける可能性もあるため、剣を構えいざという時の対応も行う。
そして扉の隙間から中が見え――同時、
「っ!」
短い声と共に、シルヤは盛大に扉を開いた。そして中にいたのは――
「ここに来るだろうと思い、待ち構えていたのですが……正解でしたね」
黒装束とは違う、黒い騎士服を身にまとった人物――名は、
「ニデル……!?」
シルヤが声を上げた。同時に名を呼ばれたニデルは――ティアナに視線を移した。
「ご両親は健在ですよ……しかし、この場にいないということはどういう状況なのか、察してもらえるはずです」
「シャナエル達はどこにやった?」
オックスが剣先をニデルへ向け問う。
「あいつの他にも護衛がいたはずだな?」
「護衛、ですか。ああ確かにいましたね……彼らは窓から放り投げたのでどうなっているかは知りませんね。まあ二階から落としただけなので死んではいないでしょう」
――よくよく見ると、ニデルが立っている後方、テラスへと続く窓は綺麗に破壊されていた。おそらく無理矢理そこから追い出したのだろう。身体強化を用いれば、放り投げるくらいは可能なはずだ。
その瞬間、ティアナは胸がざわついた。両親に対する懸念だけではない――目の前の騎士が、異様な気配を発しているように感じたからだ。