騎士達の宴
ユティス達が都に帰還して数日は、何事も起きなかった。ラシェンの屋敷で過ごしたためか、それとも元々警戒し過ぎただけなのかわからないが、銀霊騎士団の壮行会当日までは至って平穏――だが、それが嵐の前の静けさだとユティスは確信していた。
そして壮行会当日。ラシェンの屋敷前で出席者が集うと、リザが述べた。
「さて、行くとしましょうか」
「なぜお前が仕切る」
オズエルからツッコミが入る。
「こういう場合、号令をかけるのは団長のユティスさんじゃないのか?」
「……いや、僕は別にどっちでもいいけど」
――ユティスとフレイラは白い貴族服。そしてリザとオズエルは赤を基調とした騎士服という出で立ちで今回出席することになっていた。一応彩破騎士団に新たに加わった面々として紹介するという名目。二人一組で行動し、予定通りユティスとリザ。そしてフレイラとオズエルが共に行動する。
またラシェンは今回出席しない――彩破騎士団に関わっているということから出席してもおかしくなかったが、招待状が彩破騎士団の団長及び副団長という名義であったため、ラシェンが参加する道理がなかった。ここは相手の計略の内だろう。
よってラシェンやアシラ達に見送られユティス達は馬車に乗り込む。席についたと同時に馬が走り始め――そこで、ユティスは確認を行った。
「リザ。今回リザには重要な任務を与える……もう一度確認だ」
「ええ」
正面に向かい合うように座るリザが頷く。
「彩破騎士団団長として、僕は方々に挨拶して回ることになる……で、リザは『霊眼』でわかる範囲でいいから、挨拶する間がどんな風に僕らを思っているかある程度計って欲しい」
「それはつまり、敵か味方かということよね?」
「わかる範囲で構わないから、頼むよ。銀霊騎士団は間違いなく魔法院の息がかかっている相手だから、今回のパーティーだって敵の方が多いと思うけど……で、その場で僕にどっちか伝えてもらえればいい」
「どうやって伝えるの?」
「そうだな……それじゃあ色を言ってくれ。白なら友好的。赤なら敵対的という感じにしよう」
「わかったわ」
リザは答えると気合を入れ直したか「よし」と一言呟く。
一方、オズエルの方は取り立てて感情を表には出していない。学院に所属していたためこれから始まるような舞台は何度か経験があるのかもしれない。
やがて一行が無言の中で馬車が城へと到着する。降りると辺りは既に暗闇に包まれており、城の周辺には相当な魔法の明かりが存在していた。
「……行こう」
気圧されることなくユティスは告げ、一同を先導して歩く。城内に入った直後騎士の一人に呼び止められ、事情を説明すると会場に案内される。
道中、ユティスはそれなりに警備が多いと思った――さすがにウィンギス王国の残党が仕掛けてくるなどとは思わないが、それでもあれだけ大きい戦争があった以上、襲撃などに警戒しているということだろう。
やがてユティス達は案内に従い会場へ。そこは式典でも使われたあの大きいダンスホール。騎士の手によって扉が開き、ユティス達は会場へ入った。
中に入って思ったのは、式典とはまったく趣が違う面々だということ。以前は貴族が中心だったが今回は騎士。また装いは女性の割合が少ないためか地味な配色が多く、宮廷魔術師らしき人物が着る白いローブと黒い騎士服がずいぶんと対比となっている。
なおかつ少しでも権力を得ようと謀略を張り巡らせる貴族の姿があまり見られない。無論ゼロというわけではないが――
「結構人がいるのね」
リザが興味深そうに告げる。彼女の言う通り人数はそこそこのもの。さすがに式典と比べれば少ないが、この大きな会場を多少なりとも埋めるくらいの人数であり、銀霊騎士団以外の面々もずいぶんと多そうな雰囲気。
「……ちなみにだが、彩破騎士団として何か祝辞でも贈らないのか?」
オズエルの疑問。それにユティスは肩をすくめた。
「主役はあくまで銀霊騎士団だ。僕らはあくまでわき役である以上、行動はさせないと思うよ」
「晒し者にする可能性は?」
「怖い事言わないでくれよ……この場には彩破と銀霊両方に与しない面々もいるはずだ。そんなことをすれば逆に揉め事になることくらいは認識しているはず。それなら当然――」
語った間に、ホールの一番奥――式典で王がいた場所に、一人の男性が登場した。
年齢は四十を超えている程度。整えられた黒髪とひげを持ち、胸を張ったその様子は威風堂々としている。
「……騎士、バルゴか」
「バルゴ?」
リザが聞き返す。彼女は細目で騎士をじっと注視する。
「えっと、騎士団にもいくつか格というものが存在していて、地方の騎士団を含め全てを統括するのは『中央騎士団』の中にある『近衛騎士団』なんだけど……彼らはいわば選りすぐられたエリート中のエリート。その中の一人が、あの騎士バルゴ……バルゴ=ミュウゼというわけだ」
「ふうん……ちなみにその『近衛騎士団』というのが、今回の敵?」
「騎士団全体が敵というわけじゃないと思う……例えばスランゼル魔導学院で共闘した騎士ロランは『中央騎士団』所属なわけだけど、どちらかというと味方のような立ち位置でいてくれている……銀霊騎士団に所属する面々は間違いなく敵だけど、騎士団全てが敵というわけではないと思う」
ここで一度言葉を切り、少し間を置いた後続ける。
「銀霊騎士団はおそらく『近衛騎士団』を中心に結成されているはず。騎士バルゴがいるのがその証拠だけど……さすがに全部が敵という可能性は――」
そこまで発言した直後、ユティスの目に見知った人物が入った。
「……ティアナがいる」
「え? どこ?」
フレイラがユティスの横に来て問う。周囲の目を気にしつつユティスは左方向を指差した。そこには、今回の壮行会の中で珍しい、白い式典用のドレスを着たティアナがいた。
「さすが貴族。ドレスがこの上なく似合っているわね」
リザのコメントの通り、遠目から見ても綺麗だと断言できる程の立ち姿。肌の露出が少ないドレスだが装飾品などは少なく、どちらかと言うと地味な衣装のはずなのだが、今回のパーティーではドレス姿が少ないためかずいぶんと目立っている。
ユティスは続いて彼女その横にいる女性騎士に目を向ける。
「えっと、ティアナの横に騎士服の女性がいるだろ? 彼女は『近衛騎士団』のシルヤ=ネヴァビス。僕と同じ王家遠縁の人物なんだけど、彼女はどちらかというとバルゴなんかと距離を置いているはずで――」
そう語った時だった。ふいにユティスの脳裏にある事実がよぎった。
結果一時沈黙し、なおかつ口元に手を当てる。
「どうした?」
反応が気になったのかオズエルが問う。ユティスはすぐに口を開かなかったのだが、やがて、
「……彼女と会ったことがあるような気がする」
「ん? どういうことだ?」
「こういう社交界的な場じゃなくて……なんというか、プライベートな場で話をしたような記憶が……」
口に出すとずいぶんと疑問に感じる内容だった。だが、これも記憶操作の一つだと考えれば、納得できる面もある。
果たして、どこまで記憶操作が及んでいるのか――考える間に、バルゴが口を開いた。
「さて、お集まりの皆さん。我ら銀霊騎士団の結成のために駆けつけて下さって、誠に感謝いたします」
ホールに響く通った声。彼が話し出したことによって、会場にいた面々は沈黙する。
「今回銀霊騎士団を創立した理由は皆様もご理解されていることとは思います……異能者はいつ何時また脅威となってこの国を蹂躙しようとするかわかりません。そのために、我らは一致団結して戦う必要があるのです!」
騎士がオオ、と歓声を生じさせる。それに対しリザはうんざりしたような表情を伴い、言った。
「あーあ、演説好きの面倒な奴ってことね」
「言い方はひどい気がするけど……まあ、目立ちたがり屋というのは正解かな」
色々と演説が続く一方、ユティスはさらに気付いたことがある。まず演説するバルゴから見て右に、さらに『近衛騎士団』の人員がいる。
(騎士、メドジェか……)
年齢はバルゴと同年代。ただこちらは茶髪に細い目が特徴的で、スラリとした長身はバルゴと比べれば体格的に見劣りするが、鋭利な刃物のような気配も漂わせている。
さらにそこから右に視線を移せば――騎士服姿のエドルがいた。どこか緊張し俯き加減なのはこういう舞台が初めてだからだろう。
(さらに言えば、騎士バルゴの周囲には宮廷魔術師を含め相当な技量を持つ人間……ただ――)
「リザ」
「なあに?」
「この距離から、騎士バルゴ達を色分けできる?」
「難しいわね」
「わかった……それじゃあ挨拶をして回る間に判断しよう」
やがて演説が終わる。その時ユティスはバルゴの目が合った。
おそらく最初から彩破騎士団の面々を捉えていたのだろう。彼は笑みを浮かべたが、それは天上から愚かな人間を見下ろすような神のような眼差しであり、憐憫すら感じ取れるものだった。
「……けど、一つだけ確実なことがあるわね」
リザが言う。彼女もまた視線に気付いたのだろう。
「あの演説していた人間は間違いなく、私達の敵ね」
「……まあ、ライバルとなる騎士団のトップがこっちの味方なんてのは、あり得ないな」
「そういうことね」
ユティスは同意し、人々が会話に興じ始めたタイミングで、指示を出す。
「フレイラ、大丈夫?」
「平気……ユティスの方こそ体調は?」
「今の所問題ないよ……切った張ったするわけじゃないし大丈夫だと思う」
「もし何かあったら言って」
「うん。それじゃあここからは二手に分かれよう。オズエル、いける?」
「俺の方はリザ程精度があるわけじゃないし、難しいかもしれないが……まあ、やれるだけやってみるさ」
「よし、それじゃあ頼んだ」
フレイラ達が動き出す。それに続きユティス達も歩き出した。
「リザ、何か食べたかったら適当につまんでいいよ」
「挨拶が終わるまでは我慢するわ。それに、美味しい料理は公爵の御屋敷でたっぷり食べさせてもらったからね。平気よ」
「……後悔しても遅いからね」
「ええ」
彼女は彩破騎士団の敵と味方を分けるという任務の方を優先している様子。それにユティスはリザに少なからず感謝を抱きつつ――行動を開始した。