彼女に眠る記憶
ティアナは騎士シルヤの話す内容が聖騎士候補だったことだろうと理解し、頷いた後口を開いた。
「そうですか……ロイ様はどの程度説明を?」
「君の護衛を行うと言われ、私は理由を問うた。返って来たのが聖騎士候補に関することだった。私が選ばれたのは昨年の討伐隊で共に行動していた故だそうだが……正直、あまり実感がない」
「それはそうですよ」
強い関わりなどなかったはずだから――そこで、ティアナはふと考える。
聖騎士候補だったことをロイは知っていた。討伐隊のことだって知っているのは当然のはずだが――全身鎧姿で正体を明かさず行動していたことだって、知っていておかしくないはずだ。
なのに、護衛に交友の無いシルヤを派遣した――これには、何か理由があるのか。
「ロイ殿の口ぶりからすると、私とあなたは旧知の仲……とはいかないまでも、それなりに親交があるという前提で話をしていたように思える。私としては腑に落ちない」
「……私も同感です」
「その辺り事情を訊きたかったのだが、詳しくは話してくれなかった。あなたの護衛をするならもっと適任者がいると思うのだが」
「それも、同感です」
顔を見合わせる。なぜかほとんど縁のない者同士のはずなのに関係があるように扱われているという状況。
「……ふむ」
そこでシルヤは声を上げた。ティアナと視線を重ね、何か考えている様子。
「……とはいえ、だ。君と話をしている間に一つ考え付いたことがある」
「考え、ですか?」
「というより、思い出したとでも言うべきか……そうだな、以前君と話をしたことがあるような気がするのだが」
「私は、そんな記憶はないのですが……誰かと、間違えていませんか?」
「いや、あなたと話をしたような気がするのだ。討伐隊の時だったか」
「……その場合、私の素性は他の方にもバレているということですよね? ですが私が聖騎士候補だったということは、一切知られていませんが」
「それもそうだな。では、この記憶は一体何だ?」
首を傾げるシルヤ。その時ティアナは一つ思った。
(まさか、騎士シルヤにも記憶操作が……?)
ユティスに施されていた事実を鑑みれば、その可能性もゼロではないとティアナは感じた。この場合、シルヤと関わりがあったなかったと議論するのは無意味になる。
そして今、シルヤはティアナについて言及している――となると、記憶操作の範囲は相当広いものだということなのか。
(そんな記憶がない今の私にとっては、首を傾げる以外にないけれど……)
ティアナはどこまでも付きまとう疑問符に対し段々苛立ちを覚えてくる。そこまで考えひとまず冷静になろうと考えた。ここで頭に血が昇っても仕方がない。
「……考えてもあまり意味はなさそうだな。この辺りにしよう」
シルヤも同じように思ったか、呟いて会話を止める。そこからは延々と無言が続き、城の外に出て馬車に乗り屋敷へと向かう。
その途上、ふとティアナはシルヤと目が合った。どこか斜に構える彼女を見て、なんとなく見覚えがあると思った。
過去の記憶が、そんな風に感じさせているのだろうか――考えた時、ティアナの頭にあることがよぎった。
「どうした?」
様子がおかしいことに気付いたシルヤが問う。ティアナは答えられない――頭に浮かび上がったことを整理するのに必死だったから。
(……もし、私がユティス様と過去に色々と接していたのだとしたら)
ロイが彩破騎士団に近づくよう言ったのも、その辺りに理由があるに間違いない。そして、
(あの討伐隊で……)
一つ思い出していた――それは紛れもなく先ほどまで思い浮かびもしなかった事実。
けれど思考し続けたことによるものか、それともこれも相手の策略なのか、ともかく思い出した。
あの討伐隊で出会った――魔術師の事を。
ティアナの技量を見るため討伐隊に組み込んだのは、ヨルクの仕業だった。
聖騎士候補であることはずっと秘匿されており、突然候補だと言われても反発するだろうということで、討伐隊に組み込む時に正体を明かさないということに決めた。よってティアナは姿を隠すため重装備で任地に赴くことになり、当日ヨルクが屋敷まで迎えに来た。
「……おお、似合っているな」
「ありがとうございます」
兜を脇に抱え、ティアナは返答する。全身を覆う白銀の鎧は見た目分厚く動くのにも大変そうな様子だが、その重厚な見た目に反し以外にも軽い。これはサフィが用意した特注品で、ティアナですら着るのももったいないと思ってしまう程の金が掛かっているという話だ。
「あの、本当にこんな装備を頂いてよかったのですか?」
「将来聖騎士となるかもしれない人物に対する先行投資だよ。それに、高価だとは言っても国の予算からしたらそう多額というわけじゃない」
そう聞くと、今度はこの鎧が税金で買われているという認識になるのでさらに申し訳ない思いとなる。
「ま、その鎧の金額分聖騎士として活躍してもらえればいいさ」
「……まだ決まったわけではないでしょう?」
「まあね。だが、今回の討伐隊できちんと本来の実力を出せれば、認めざるを得ないさ」
「……私より強い人はいると思いますけど」
「あのなぁ、ここまで来て尻込みするのか?」
「そういうわけでは……」
――聖騎士という存在は、聖賢者と並び立つ存在。だが目の前で杖を肩に担いだ聖賢者を見て、とても肩を並べたとはティアナ自身思えなかった。
聖賢者ヨルクの存在は、ティアナにとっては大きすぎる壁だった。確かに騎士としての技量はティアナだって相当なものだろう。経験の差や純粋な技量だけを見ればティアナより優れた騎士もロゼルスト国内にはいる。だが、ティアナの利点はその魔力の制御能力にある――発展途上であるが、その時点で騎士の中では他の追随を許さない能力を保有している。
今はまだその能力を活用した技などを持っているわけではないが――そうした総合的な観点から見てもティアナは現状騎士の中でもトップに位置するとヨルクは評価しており、だからこその聖騎士だった。
「まあ、今回の討伐隊加入によって聖騎士の称号を即与えるという話でもない。そう気張らず、きちんと役目を果たせばいいさ」
「それで、本当にいいのですか?」
「今回の仕事は、聖騎士になるための最初の一歩というわけだ。現時点でティアナに称号を授けるのは難しいというのは俺だってわかっている。だが、将来……確実に、俺はティアナが聖騎士になると確信している」
「……そうですか」
評価してもらっているのは事実なので、ティアナもそれは受け止めることにする。
それからティアナは馬車に乗る。目的地は城。そこで他の討伐隊メンバーが待っているはずだった。
「今回騎士を指揮するのはヨルク様ですか?」
移動途中、ティアナは問い掛ける。それにヨルクは首を左右に振った。
「賢者という称号である以上、俺が指揮するのも変だ。俺はあくまで後方支援役。主役は騎士団だ。で、その隊長はメドジェさんだ」
近衛騎士団の中でも古参であり、年齢は三十代半ばの男性騎士である。魔物の討伐回数は騎士団の中でもトップクラスであり、なるほど彼ならば討伐隊を率いるには十分すぎるだろう。
「他には……ああ、女性騎士が一人いた。シルヤだ」
「あの方ですか……」
「どうした?」
「今後名を明かした際、女性騎士ということで比較されると思いまして」
「剣の技量だけなら彼女の方が現時点では上だろう。とはいえ、数年後には追い抜いているだろ」
「何を根拠に――」
そこまで言った時馬車が停まった。到着したらしい。
「話は後だな。さて、まずは挨拶といこう」
「……その前に、再度確認をさせてください」
ティアナが言う。それにヨルクは「構わない」と応じた。
「まず、私はティアナではなくディーナという偽名を用い、騎士候補の一人だとヨルク様が明かす」
「ああ、そうだ」
「声が出せない。さらに顔を見せないのは――」
「生まれつき声が出ない。それに加え顔は色々と事情ありで公開できない」
「それだけ聞くと、本当に騎士候補なのか疑いたくなりますよね」
「事情ありと言えば、大なり小なり勝手に推測するだろうけど……まあ、俺の紹介である以上説明は鵜呑みにしないだろ。とはいえ、俺の推薦である以上下手に調べもしない」
「……もしバレたらどうします?」
「記憶を消す……なんて馬鹿なことはしないが、まあそう過剰にならなくてもいいだろ」
「どうしてですか?」
「実力を見れば、何も言わなくなるだろうし」
――つまり、剣でその力を示せというわけだ。
ティアナとしてはプレッシャーのかかる言葉なのだが、まあこうなった以上は仕方がないと割り切ることにして、兜をかぶり馬車を降りた。
城の前。ヨルクは「こっちだ」と言いティアナを先導する。
城門を抜け中庭に移動すると、そこには討伐隊の面々が既に集合していた。列を成した総勢三十名の騎士団――軍勢と言うには少ないが、魔物の討伐を行うという面ではそれなりに規模が大きい部類に入る。
「来たか」
先んじて声を発したのは騎士シルヤ。彼女は点呼を取っていたのか向かい合うようにして列の前に立っていた。
「ん? 騎士シルヤがリーダーなのか?」
「まさか。騎士メドジェが遅刻だったからだ」
「討伐前から不安だな」
「同感だが、騎士メドジェは百戦錬磨だ。そう心配はいらないだろう――」
そこまで述べた時、彼女の視線がティアナに向けられた。
「隣の騎士が、以前話していた人物か?」
「ああ。名をディーナ。事情は以前説明した通りで、だから顔を見せないようにしている」
そこでティアナは一礼――仕草の一つ一つに相当気を遣わなければならない。ティアナ自身騎士としての訓練を受ける前は社交界における礼儀作法を学んできた。油断するとそちらが顔を覗かせる。下手をするとそちらを見て女性的仕草だと思われ――性別などを看破されてしまうかもしれない。
「そうか……と」
シルヤが声を発しようとした直前、止まった。何事かとティアナが観察していると、彼女が後方に視線を向けているのに気付いた。
「ああ、もう一人来たか」
「……ん、そうだな」
なぜかヨルクは笑う。ティアナはそちらに首を向け、何事かと思う。
「しかしヨルク殿も無茶をやるな。私も間近で実力を見たかったのは事実だが、元々計画してあったこの隊にねじ込むとは」
「たまたま近い内に実力を披露できる機会があったからやったまでだ。能力は、俺が保証する」
「そうか」
ティアナにとっては理解できない会話。疑問に思いつつ、後方に振り返って誰なのかを確認した。そこで、
「……初めまして」
ティアナはあやうく心臓が止まりそうになった。
「今回、討伐隊に加わることになりました、ユティス=ファーディルと申します――」