敵の目的と彼女の事情
「さて、本題はここからだ」
ラシェンが言う。今までは状況説明。ここから今後のことが説明されるようだ。
「数日後、銀霊騎士団結成の件で、壮行会が行われる。名目上は壮行会だが実際は単なるお披露目パーティーだろう。兼任者ばかりでパーティーもあったものではないと思うのだが、おそらくこういった面々が参加しているという事実を周知させる意味合いがあるのだと推測する」
「つまり騎士団の中でもこれだけ所属している……権力的にも相当だと言いたいわけね」
リザが言う。タメ口なので大丈夫かとユティスは一瞬不安になったが、ラシェンは構わず続きを話す。
「リザ君の言う通りだ……編成には魔法院の意向も少なからず入っているだろうが、純粋に実力で選ばれたと思しき面々もいる……そこで、だ。以前から話はあったが、どちらかに統合した方がいいのでは……という話が出てくる可能性が高い」
「先に組織した騎士団を優先すべきだと思うが」
オズエルが嘆息を交え語る――が、ラシェンはそれに笑みを持って応じた。
「もちろんそうだ……加え、立場的に王直轄の彩破騎士団の方が見かけ上の権力は上のはず。だが、そうはなっていない。この辺りは今後私達も是正しなければならないが……ともかく、現状でそこまでの話は出ていない。だが彩破騎士団がもし異能者と戦い不甲斐ない結果に終わったとしたら、そうした言及も増えるだろう」
「それ、逆に言えば異能者と戦うようなことがなければ大丈夫ということですか?」
今度はアシラが質問する。論理的にはそう解釈できそうな内容だが――ラシェンは首を左右に振った。
「彼らとしては……いや、魔法院としてはもっと強引にいくだろう。現状魔法院はウィンギス王国との戦争後様々な事を利用して宮廷内における権威を強化している。最終目的が何なのかまだわからないが……一番の敵は彩破騎士団だと言っていい。何か理由をつけて、彩破騎士団と銀霊騎士団を戦わせる可能性が高い」
――そこで、ユティスは一つ疑問に思った。
「ラシェン公爵」
「どうした?」
「一つ疑問なんですけど……魔法院がこうまで僕らに介入する理由は?」
「私としては彩破騎士団の一件を利用しているのではと考えている」
「利用?」
「彩破騎士団は王直轄の組織だ。ここがもし崩れ去ったとなれば……さすがに陛下の責任問題とする輩はいないだろうが、それでも彩破騎士団の失敗は王家の権威に傷をつける可能性はある。それは紛れもなく、魔法院にとってみれば付け入る隙だろう」
「それを利用し、ですか。丸っきりクーデターの発想ですが」
「無論、そんなことをしでかす可能性はないだろう……ここまで言えば、おぼろげにだが見えてこないか?」
ラシェンが問う。そこでユティスは思考し始めた。ラシェンが何を言いたいのか――
他の面々も同じように考え始めた様子。だが情報が少ないリザ達は当然答えを導き出すことはできない。
(彩破騎士団を潰すということ自体は、権力を保有する僕らが邪魔だからということで一応筋は通る……けど、ロイ兄さんがそれだけとも思えないな)
ロイや魔法院は今回の件で権力をさらに盤石なものとする。だからこそ彩破騎士団を潰し、威光を示す――確かにこれなら理屈としてはそれなりと言える。
そこで――ユティスは一つ、思いついた。
「……権力的に強くするというのなら、将来執政的な立場を得ることが重要ですよね?」
「そうだな」
「となれば一番早いのは、いずれ王位を継承するライベル王子の後見人くらいになるのが一番早い」
「正解だ」
ラシェンが答える――が、他の面々は首を傾げたまま。
「どういうこと?」
リザが問うと、ユティスは彼女に顔を向け答えた。
「現在陛下には四人の子供がいる……長女、次女、三女、そして末っ子の長男……長男が王位継承権第一位なんだけど、年齢が十と少しで子供なんだ。つまり、将来実権を掌握するには、ライベル王子の後見人になるのが一番早い。子供である以上、そうなるのも難しくないし」
「それを最終目標として、王に拒否できないくらいの権力を持とうとしているのが今ではないか、というのが私の推測だ」
「なるほどね」
ラシェンの言葉に対し、リザが納得するような声を上げる。
「今はその地盤固めということかしら」
「おそらくな。ただしこれはあくまで推測だ。他に目的があるかもしれんから、鵜呑みにはしないでくれ……そして」
ラシェンは一度咳払いをして、ユティスへ言う。
「先ほど語ったパーティーに関してだが、彩破騎士団側にも通達が来ている」
「……出席しろと?」
「表向きの理由は、銀霊騎士団発足に合わせ彩破騎士団と交流を行うというものだが……要するにどういった組織なのかを示し、牽制するという意味合いがあるのだろう」
「ふむ、敵さんも色々と考えているのね」
呑気に告げるリザ。言動があまりに楽観的なのでラシェンは危惧を抱きはしないだろうかとユティスは内心思ったりしているのだが、彼にその様子は一切ない。
「それで、出席するのはほぼ確定だが……この場にいる全員で赴く必要もないだろう。ユティス君、その辺りはどうする?」
「……相手がどういった面々なのかを確認する意味合いはありますし、しっかりと挨拶はした方がいいですね……それに」
と、ユティスはリザに顔を向けた。
「リザ、いけるか?」
「私はいいけど……どうするの?」
「簡単な話だよ。その場には銀霊騎士団以外にも色々な要人が出席することだろう。僕らに対し敵意を持っているか持っていないか……その辺りを確認したい所だ」
「なるほど、『霊眼』を使うのか」
意を介したラシェンが呟く。
「先ほど彼女から意味深な視線を感じたが、そういうことだったか」
「それに気付くなんて、公爵も相当なものね」
「褒めても何も出ないぞ」
互いに笑う。それがずいぶんと棘のある会話だったので、ユティスを含めイリアを除いた他の面々は硬い表情となる。しかしラシェンは気にしていない様子で話を続ける。
「……と、冗談はこのくらいにしよう。どう動くのかは理解できた。他には誰が赴く?」
「フレイラ、行ける? 僕とフレイラはほぼ出席確定だけど」
「そうね、行くしかないか」
面倒そうな表情でフレイラは返答。ならばとユティスは頷き、
「なら二人一組でいこう……リザは僕とペアを組むとして、フレイラはどうする?」
「私は誰でもいいけど……」
「彼女の『霊眼』とまではいかないが、それなりに気配を読むことはできるぞ」
次に声を上げたのは、オズエルだった。
「それに、口上からすると魔法院の面々も出てくるだろう……そういった面々の顔はできれば憶えておきたい」
「わかった……フレイラ、いい?」
「うん」
「なら、この四人で決定だ」
「ならばそう連絡しておこう……では」
と、ラシェンは一度言葉を切った。
「次に、ティアナ君に関しての説明に入ろう」
全員無言でラシェンの言葉を待つ構え。そして彼は改めて口を開いた。
「まず、エゼンフィクス家の状況説明から入ろう……端的に言うと、かの家柄は商家としての経営に失敗し、負債を背負っている」
「負債……?」
「こういう言い方をするのはあれかもしれないが、ありがちな状況ではあるな」
「えっと、それは彼女が聖騎士候補を辞めたことと関係があるんですか?」
「ああ」
奇妙な沈黙が生じる――ここで声を発したのは、ジシス。
「ラシェン公爵。短い説明から解釈すると、経済的に困窮に陥ったため、ティアナ君は聖騎士候補を辞めたということになるのですか?」
「そういうことになる」
「経済的問題を解消するには、むしろ騎士候補になった方が良いようにも思えるのじゃが……」
「聖騎士になることを辞退するなら、ということで経済援助を申し出た人物がいた。ただそれだけの話だ」
ラシェンの答えに、再度沈黙。そこで答えを催促するように、フレイラが問う。
「それは、誰ですか?」
「……ブローアッド家の当主だ」
その言葉によって、ユティスは深いため息に襲われた。
「……ブローアッド家、ですか」
「うむ、そうだ」
「……何かあるの?」
問い掛けたのはリザ。それにユティスは頭をかきつつ、
「……王家に連なる人間なら、誰でも一度は聞いたことがある名前だよ……ただし、良い意味じゃない」
「その家柄には、とある異名が存在している」
ラシェンがユティスの言葉に続いて述べる。
「曰く……王家の汚点だと」
「汚点って」
リザが声を発する。それにラシェンは苦笑し、
「色々と噂があるのだよ……非人道的な実験をしているとか、暗殺の仕事を請け負っているとか……もちろん噂の域を出ないレベルのもので証拠があるわけでもない。ただ、そういう噂からあまりいい見方をされない家柄でもある」
「そういうのって、言われる当人からすればたまったものではないわね」
「本来ならそうした噂を流した人物を糾弾してもおかしくないような案件だが、肝心のブローアッド家は関知する気も無いらしく放置しているというわけだ……ともかく、そういう人物が彼女の支援に名乗りを上げた」
「あんまり、いいイメージはないですね」
ユティスがコメント。ラシェンも同意するのか深く頷いた。
「ともかくだ、そういう存在が彼女と接触しているということを憶えておいてもらえればいい……話を戻そう。ティアナ君に関することの詳細はわかったので、もし味方に引き入れるのであれば、どうすればいいのかは簡単に推測できるだろう」
「つまり、経済的援助を申し出ればいいと」
フレイラの意見。それにラシェンは首肯する。
「どういう理由でブローアッド家がエゼンフィクス家に介入するのかわからないが、ここで間違いなく言えるのはエゼンフィクス家の問題が経済的な問題に終始していること……つまりそれを取り除けば、ティアナ君を勧誘することだって可能だろう」
「……仲間に加えることは確定なんですか?」
アシラが問う。直後ラシェンはユティスに視線を送り、
「それについては、ユティス君やフレイラ君が判断することだろう。私から言えることは経済面さえクリアすれば、おそらく彼女は味方になるということだけ」
「……そういうのを利用して相手が間者に利用する可能性は?」
今度はジシスが質問。だがラシェンは首を左右に振った。
「そうであれば既にそういう役割を与えられているはずだろう。それに、彼女はあまり演技も上手くない様子で、ネイレスファルトに行く前の時点で色々とボロを出していた。まず大丈夫だろう」
「その辺りは、きっと問題ないわ」
リザが言う。おそらく『霊眼』を通して見ていた評価だろう。ならばと、ラシェンは頷き、言った。
「問題がないようなら、後はユティス君達の判断に任せよう」