騎士団集結
――ユティス達がロゼルスト王国首都エルバランドに到着した時、季節はいよいよ本格的な夏を迎えようとする状況。とはいえ湿度はそれほど高くない気候であるためか、朝の内であればそれほど暑いわけではなく、昼間でも日陰に入ればまだ過ごしやすい。
とはいえユティスにとっては嫌な季節である。経験上、夏バテすることによって倒れる頻度が上がるので。無論簡単な冷気の魔法によって対策は講じるのだが――
「慣習上、季節が変わろうとも城の中の格好とかはあまり変わらない。騎士服などを今後用意することになるけど、あらゆる季節で着る物になると解釈してくれ……ちなみに、みんなは冷気の魔法とか使えるの?」
「私は使えるわ」
馬車上、ユティスの質問に最初に答えたのはリザ。続いて、
「俺も使える」
オズエル。次いでアシラが同じくと言うようにコクリと頷き、最後にジシスができると答えた。
「ま、この辺りは魔法習得で基本となるから大丈夫か……ただ、騎士服に袖を通して城の中に入るなんてのは先だと思うけど――」
そこで馬車が止まった。窓を見ればユティス達彩破騎士団の屋敷が。
「到着だ」
「へえ、結構大きいのね」
「……リザ、どんなものを想像していたんだ?」
「王様の直轄組織とはいえ、なんか微妙な立場とか聞いていたからもっとこじんまりしたものかと」
「さすがに体面上は、ね」
ユティスはいち早く降車し、手で屋敷を示す。
「ほら、入って」
告げた矢先、屋敷の入口が開いた。音が多少大きかったのでユティスは誰なのか見なくとも察しがついた。セルナだ。
「お帰りなさいませ」
姿が見えたと同時に彼女は一礼。次いでは新たに加わった面々を見て、
「既に報告は伺っております。準備も済ませていますので、どうぞお入りください」
「あ、この人がユティスさんの言っていた侍女さん?」
「そうだけど……どうかした?」
「いやいや、中々だと思って」
何が中々なのか――ユティスは何も語らず一行を先導するように屋敷の中へ。
そこからセルナが一行を客室へと案内する。衣装は既に部屋に用意されているということで、ならばとユティスは全員に着替えるよう指示。客室に入ったのを確認した後、ユティスはセルナへ訊いた。
「セルナ、ラシェン公爵は?」
「直にお越しになられるかと……あ」
そこでドアノッカーの音。ユティスはフレイラと共に玄関先に赴き、セルナが扉を開ける。そこにはラシェンが。
「戻ったようだな」
「はい。ラシェン公爵――」
「ロゼルスト国内の状況は今から説明するとしよう……ところで、ティアナ君は?」
「……それが」
ユティスは神妙な顔をしつつ答える。
「ロゼルスト国内に入って数日経過した後、彼女だけ個別に城へ」
「なるほど……やはりか」
「何か情報が?」
「ああ。彼女に関する調査も完了した。それについても話すことにしよう」
ユティスは頷く。次いでフレイラに視線を向けると、彼女も硬質な表情でユティスに頷き返した。
ラシェンは話し合いの場として屋敷にある会議室を指定。準備が整ったら全員で来てくれと言い渡され、ユティス達は一度自室に戻り準備を整える。
旅先の格好はやめ貴族服に着替える。部屋を出ると別の騎士服に着替えたフレイラに、白い魔術師が着るような白いローブを着たイリア。
そして、フレイラと似たような騎士服――ただし、こちらは金縁の刺繍などされていないシンプルな物――を着たリザ達。意外にリザは似合っているし、元から着ていたジシスもそう問題はない。オズエルも長身から似合っているのだが、アシラだけは明らかに着られている感がある。
「お、ユティスさん……結構似合っているわね」
貴族服姿のユティスを見てリザが感想を述べる。それにユティスは肩をすくめ、
「本来はこっちの格好をすることが多いからね……全員、サイズとかは大丈夫そうだね」
「アシラだけはどうにかならないのかしら?」
「……慣れますので」
それだけ。ユティスは「頼むよ」と告げた後、先頭に立ち会議室へと進んだ。
扉を開けると、向かい合うようにしてラシェンが座っていた。傍にはフレイラの従者であるナデイルの姿――ここだけ見ると、ラシェンの側近のように見える。
リザが「あの人は?」とユティスに小声で告げたと同時、ラシェンが「先に座ってくれ」と指示。ユティスは他の面々に目配せを行い、まずは全員席に着いた。
位置としては、ラシェンがユティスの左側に議事進行として他の面々に対し体を向けるような形で着席している。ユティスの対面にフレイラが座り、右側にジシス、オズエル、アシラと続く。
そしてフレイラの隣にリザ、イリア――と、自然に男女が分かれる形となった。
「まずは自己紹介といこう」
ラシェンが言い、先んじて名を告げる。それからジシスを始め新たに加わった面々が自己紹介を行い――その途中、リザはラシェンを注視するのをユティスは見た。
どうやら『霊眼』を使った様子だが――効果がなかったのかリザはなるほどと言わんばかりに頷いた。フレイラと同様何かしら対策を行っているのかもしれない。
「さて、まずは騎士団に加わった面々もいることから彩破騎士団の状況から話すべきか……と、その前にユティス君」
「はい」
「イリア君はいいのか?」
「……彼女もまた、彩破騎士団の一員ですから」
言葉にイリアは頷いた。それにラシェンは「わかった」と答え、深くは聞かない態度を示した。
「よかろう。ではまず彩破騎士団の現状から。ユティス君から聞いているかもしれないが、騎士団は王直轄の組織であり、なおかつ現在は権力的に弱い立場にある。といってもいざとなれば強権が発動できる態勢ではあるのだが、それをすれば宮廷内の立場を危うくするという可能性もあり、実質使えない状況にある」
そこまで言うと、ラシェンは肩をすくめた。
「とはいえ、ネイレスファルトを訪れる前にユティス君達はいくつか事件を解決した。その功績から味方が増えているのは事実であり、強権を発動できる土壌が出来上がりつつある……無論、そうした権利を使うような騒動は起きてほしくないが」
と、ラシェンは一度言葉を切り、騎士団の面々を一瞥した後、続ける。
「そして……ユティス君達がネイレスファルトに行っている間に、少なからずこの状況に変化があった」
「まず、宮廷内に対異能者の組織ができた……ですね?」
ユティスが問うと、ラシェンは頷いた。
「うむ、一番大きいのはそこだ……名は『銀霊騎士団』という。中央騎士団や近衛騎士団から選抜された面々が異能者に対抗するために編成された……が、基本的には元々所属していた騎士団と兼務であるため、専任の人物は数える程しかいない」
銀霊――名を憶えつつ、ユティスは質問を重ねる。
「ラシェン公爵。僕の兄……アドニス兄さんなどは?」
「所属していない。あと、彼の友人であるロランも外れた。技量的には十分だと私は思ったのだが、何か思惑があるのかもしれない……いや、騎士ロランはスランゼル魔導学院の騒動で多少なりともユティス君と接したことがある。交流があると判断して、避けたのかもしれないな」
「ならば勇者オックスや勇者シャナエルは?」
「彼らは騎士ではなく勇者という立場であるためメンバーに組み込まれたが……今はまったく違う仕事をしているため、正式な騎士団所属とは違うようだ。彼らは放っておけば彩破騎士団側につくだろうからな。監視の意味があるのかもしれない」
「お二人にとっては……大変ですね」
「その辺りの事は、私もフォローするつもりでいる」
ラシェンの言葉にユティスは「お願いします」と告げ、さらに尋ねる。
「その中で、魔法院はどういう立場を?」
「騎士団としてはあまり介入してもらいたくはなかったようだが、異能者の調査については魔導学院に頼る必要もあるため、必然的に魔法院も関わっている……ロイ君もだ」
「当然でしょうね」
ユティスは頷き、ラシェンに続きを促す。
「専任者は数人とのことですが」
「……その中に、エドル君の姿がある」
厳しい表情のラシェン。そこで今度はオズエルがユティスへ声を発した。
「確か、ユティスさんと違うもう一人の異能者だったな?」
「うん、魔力分解能力を持っている……ラシェン公爵、エドルさんが加わったのは、彼もロゼルスト王国に協力するという姿勢を明確に示したということで良いのですか?」
「……その辺りについては、実を言うと調べがついていない」
意外な言葉。とはいえユティスはそれが「ラシェンすら掴むことのできない重要情報」だと解釈する。
「ある時、彼は銀霊騎士団参入を決めた……経緯については一切不明だ。とはいえ、説得に関しては魔法院が主導で行っていた以上、彼らが絡んでいるのは間違いない」
「……場合によっては、その異能者が敵になったと」
「オズエルの言葉通りだと思う」
ユティスは重い表情で告げたが――決して、悲壮感はなかった。
「どちらにせよ、僕としてはある程度予想していたことだ……何か後ろ暗い事情があるのなら、それを取り除いてあげたい所だけど」
「彼に関しては、こちらも順次調査する」
ラシェンが言う。ならばとユティスは頷き、
「他には……? たとえば、ヨルクさんなんかは――」
「彼の立場は変わっていない……が、最近つとに魔法院と関わる機会が多くなっているのは事実だ」
そこでラシェンは難しい顔をする――彼の表情から、エドルよりもヨルクの方が深刻かもしれないと考えている様子。
「ラシェン侯爵、その辺りの詳細は……」
「わかっていない。さすがにガードが固いと言わざるを得ない。とはいえ、調査は続行する」
「わかりました……彩破騎士団の状況は変わっていませんね?」
「私が色々と回り、そこそこ味方は作った。とはいえ銀霊騎士団が着々と組織していっているため、反応が鈍いのは確かだな」
そこまで言うとラシェンは、小さく嘆息した。公爵という地位の彼であっても、魔法院を崩すのは難しい状況なのだろうと、ユティスは思った。