出発の日
リザの準備が整い、オズエルの支度が終わり、さらにジシスの解雇手続きが全て滞りなく終了した翌日、ユティス達はネイレスファルトを出発することになった。
「もうここには来ないのかな」
隣を歩くフレイラが呟く。それに対しユティスは首を左右に振った。
「いや、次の闘技大会……つまり初冬にも人が集まるだろうし、そのタイミングで訪問する機会はあるかもしれない。あるいは、ここが異能者が集まる場所であることは間違いないから、国同士敵対する異能者と戦う場合、話し合いの席を設けるとしたらここだ。いつになるかわからないけど、訪れる機会はあるよ」
「その時は、今よりもっと安定した立場でいたいよね」
「そうだね……いや、そうした立場でいなくちゃいけない」
強い言葉。それにフレイラは同意するように頷いた。
途中で、ティアナとイリアが合流。両者共ネイレスファルトを訪れた時と似たような格好に戻っている。
ただユティスは二人を一瞥した後――気付く。
「今日はイリアじゃなくてアリスなのか」
「お、よくわかったね」
胸を張る――アリス。
「こうして入れ替わることに不安もあるんだけどさ、私達が手に入れた技法をもっと活用するために、入れ替わったりして慣れておこうかと」
「そっか……もし、異常があったらすぐに言ってくれ」
「もちろん」
頷くアリス。ちなみに、ネイレスファルトで加入した面々には彼女の事も伝えてある。
「さて、行こう。他の面々は城門で待っているらしいから」
「……四人ですか。しかし、ずいぶんと奇妙な面々となりましたね」
ティアナが言う。確かに面子だけを見るとジシスを除けば大丈夫なのかという不安が付きまとう。
「事件に遭遇し、その時見定めたわけだから、実力は保証つきだよ」
「そこは心配していませんが――」
「あなたが心配する必要はないんじゃない?」
リザの声。横手からで、ユティスが首を向けると、ザックを片手に準備を済ませた彼女がいた。
「もしかして寝坊?」
「ちょっと準備に手間取っただけよ」
ユティスの問いに肩をすくめるリザ。するとティアナはちょっとばかり不服そうに言い募る。
「あの、言っておきますが――」
「もちろん、敵だとも言っていないわよ。けど、あなたはこの場で唯一の部外者って感じじゃない?」
ぐうの音も出ないティアナ。ユティスとしては今後こういうやり取りが続くのかと少し不安に思ったのだが、
「……どちらにせよ、それはいずれ考えないといけないことよね」
リザは告げて言葉を切った。一方のティアナは何も発さない――いや、発せないと言った方が正しいか。
ユティスはここで予感を覚える。おそらくロゼルストに帰国した時真っ先に起きるのは、彼女についてのことだろう。
(そこがまず正念場かな……でも)
少数とはいえ戦力も得た。それも、相当な使い手たちを。決して負け戦ではない――ユティスは思い、自身を鼓舞した。
「……あ、そういえば」
次にアリスが声を発する。
「ねえ、私って騎士団所属?」
「え……ああ、そういえば。ごめん」
「結論は出ているの?」
「まあ、一応ね……フレイラ」
「ユティスの判断に任せるよ」
フレイラはそう零し、アリスに目を移す。
「私が決めるより、そうするのが筋だと思う」
「わかった……なら、アリス」
「うん」
「イリアと共に、彩破騎士団所属とする……けど、君についてはわからないことも多い。だから無理だけはしないこと。いいね?」
「うん」
コクコクと頷くアリス。反応にユティスは満足げに頷き、
「それじゃあ改めて……行こう」
「ねえ、騎士団所属になったから訊くけど、団長って誰なの?」
歩き始めようとした直前にリザが尋ねる。ユティスとフレイラは顔を見合わせ、
「……今の今までどっちかとは決めていなかったな」
「私は、ユティスが団長でいいと思うよ」
「けど、書類仕事とかはフレイラが多くやっているだろ?」
「騎士団のそういう仕事は、私に回してくれてもいいよ……元々ちょくちょく倒れるユティスを配慮してのことだったけど、『精霊式』の魔法により体調が改善したのなら、その辺りだって変えてもいいかもしれないかな」
「なら、少しずつやれるように頑張るよ」
ユティスが発言した――直後、フレイラの表情が変わった。
一瞬で顔つきは戻ったので、ユティスは勘違いかとも思ったが――なんだか、悲しそうな表情だった。
疑問に感じたが、フレイラが顔を戻したので追及できず、そのまま歩くことにした。
少しすると、ヴィレムと遭遇。彼は多少ながらの挨拶と今後の協力を改めて約束し、ユティス達に一礼した。
「事件解決にご協力して頂いたこと、騎士団一同深く感謝しております。今後とも、末永くお付き合いできればと考えております」
「僕達も同じです……異能者との戦いで今後関わっていくことになるでしょう。よろしくお願いします」
短い会話で締めくくり、ユティス達は外に出るべく移動。そして城門を抜けた時、彩破騎士団に加わったメンバー三人が揃っていた。
さらに、オズエルの友人であるリュウトやシズクの姿もあり、ユティスはそちらに声を掛ける。
「二人は……見送りですか?」
「そんなところだ」
「何でオズエルが答えるんだよ」
リュウトは苦笑し、ユティスに対し一歩前に出る。
「まず、オズエルの件について手伝ってくれたのは改めてお礼を。実際の所、あの事件は以前俺達が関わった事件にも関わっていた……今回の事件で、私達が関わった事件の手掛かりにもなりました」
「……リュウトさんは、その事件を追うと?」
「学院もしばらくゴタゴタすると思うのでどこまでできるかわかりませんが、少しばかり動いてみようとは思っています」
言い終えると、リュウトは右手を差し出した。
「私達も、今後あなた方と共通の敵と戦うことになるかもしれません……いつか、同じ場所で戦う予感もしますし」
「そうですね……よろしくお願いします」
握手を交わす。その後リュウト達は友人のオズエルへ一言添えた後、その場を去った。
「学院の異能者と、闘技大会の覇者に足る騎士……ま、色々と繋がりを得てよかったんじゃない?」
リザが言う。それにユティスは小さく肩をすくめ、
「こうした関係が真価を発揮するのはしばらく先になりそうだけど……ともかく」
少し間を置いて、ユティスは新たに加わった面々に話し出す。
「これからロゼルスト王国へ向かうわけだけど……まず、僕らはやらなければならないことがある」
ユティスはそう宣言してからティアナを一瞥。彼女は視線を合わせつつ何も語らなかったが、硬い表情をしていた。
「間違いなく、僕らがいない間に国内の状況は変わっている……もちろんそれは目に見えた変化ではなく、あくまで政治的にだけど」
「つまり、ユティスさんを追い落とすために色々と策を仕込んでいると」
リザの言及にユティスは頷いた。
「こちらには、王家の一族である公爵の存在もあるため、どうにもならない状況にはなっていないと思うけど……間違いなく、彼らとの対決が待ち構えている」
「その中で、異能者やマグシュラントと関わる可能性は?」
ジシスが問う。それに対しユティスは難しい顔をして、
「微妙なところだと思うけど……ただ一つ言えるのは、僕らの敵である魔法院は、必ずどこかでそうした存在と関わっていると思う。どういう形であれ……ね」
「俺達の目標に到達するためには、まずそいつらから叩かないといけないわけだな」
オズエルが述べる。それにユティスは深く頷いた。
「そう……正直、相手は人材も豊富で、なおかつ強い権力を持っている。僕はこのネイレスファルトで二つの事件に関わったわけだけど、そこで戦った敵も強かった……けど、それとは違う強さが存在する」
「けど、やるしかないんですよね」
アシラの言葉。ユティスは「そうだ」と返事を行い、
「だけど、僕自身勝算はあると思っている……少なくとも、団員が二人というような、ネイレスファルト前の状況と比べれば大きな進歩だし、何より――」
ユティスは一度振り向く。視線の先には、ネイレスファルトの城。
「ここで知り合った人達との約束もあるからね……負けるわけにはいかない」
「ユティスさんが言うのなら、私達もそれに従うだけだと思うよ」
今度はアリスが言う。ユティスは「ありがとう」と彼女に応え、
「さて、戻ろう……ロゼルスト王国へ。そこで、思う存分暴れてくれ」
ユティスの言葉に一同は頷き――全員、ゆっくりと歩み出した。
* * *
ユティスが頼もしく思える中で、フレイラはそれを複雑な心境で見ていた。
(どうしてなの……?)
不安に思えてしまう。例えばネイレスファルト初日に事件に関わったことについても心配だったし、不安だった――けれど、今感じている不安はまったくの別物。
ユティスが遠くに行ってしまう――そんな予感を抱いたためだ。だからといってネイレスファルトを訪れる前の状況のままで良かったなどと言う気はない。しかし、
(結局、この不安はロゼルストに戻らない限り治まらない……けど)
胸の奥にズキリと痛みが走るような感触。ユティスは『精霊式』の魔法に関して確実に思い出している。それに、他にも何かしら記憶を取り戻したらしい。だが、まだキュラウス家との関係性を思い出してはいない。
これは敵が故意に行っているはずのことであり、計略通りのはずだ。だからこそ不安を――とフレイラは思ったが、それともまた違う別の不安なのだと、心の中で確信する。
ひどく漠然とした感情ではあったのだが、また同時に一つ確信していることがあった。この不安はきっと自分本位のものであり、恐ろしく自己中心的なものであると。
ユティスが遠くに行ってしまうなどと勝手に思ってしまうのは、きっとそういう自己中心的な理由だからなのかもしれない。けれど――
新たに加わった仲間と楽しそうに会話をするユティスを見て、フレイラは寂しさを感じたのは事実。
フレイラは誰にも悟られないように、小さく息を吐いた。大丈夫――そんな根拠のない言葉を頭に浮かべ、フレイラはユティス達と共に歩き続ける。
それは、どこか自身の感情を誤魔化しているようでもあり――いつまで経っても、不安が消えることはなかった。




