協力依頼
ユティスが学院を訪れオズエルの研究室を訪れた時、室内はひどく閑散としていた。そうした感想を述べるより前に、ユティスの存在に気付いたオズエルが室内で声を発した。
「魔法でまとめただけだ……今日は一人か?」
「うん」
「その様子だと、事情は知っているようだな?」
「……リュウトさんやシズクさんはどう思っているんだ?」
「あいつらは俺以上にヒートアップしていたよ。だが学院の意向である以上、俺も従うしかない。だからこちらが絶縁状を叩きつけたってわけさ」
口の端に笑みを浮かべながら話す。強がりも多少ながらあるのだろうとユティスは思った。
「それで……これから、どうするの?」
「何も考えていない、というのが実際の所だ。ともあれ片付けが済み次第退去しなければならない以上、まあどうにかひねり出すさ」
答えたオズエルに対し――ユティスは、
「あの」
「ん?」
「僕自身魔法院……つまり、魔導学院と繋がっている人間相手である以上、研究者という枠内で人を雇うことはできない」
「ああ」
「けど、僕の所属する彩破騎士団の魔術師という形でなら……一応、研究もできる」
「……正直、そういう思惑もあったからこうしてやめることができたのもあるな」
オズエルは語る。それはつまり、ユティスからの誘いを以前受けていたため、学院を辞める踏ん切りがついたということか。
「……それじゃあ」
「ああ。とはいえわかっている。ユティスさんとしては俺の戦力的な能力を勘案して話をしているんだろう?」
「うん……けど、これから異能者と戦っていく上で……何よりこの世界の謎に迫っていく必要性も僕はあると思う。だからこそ、古語などを読めるあなたの知識も欲しい」
「ずいぶんと、評価してもらっているな……わかった。俺としてはその採用で異存はない。喜んで、ロゼルストへ行かせてもらう」
そこでオズエルは一礼した。
「それと、タメ口で悪かったな」
「いや……話したいようにすればいいよ。僕は特段気にしていない」
「そうか?」
「威厳があるような人間でもないからね……ただ、対外的な場ではできれば少しは敬ってくれると助かる」
「善処しよう」
オズエルが語ると、ユティス達は笑い合った。
これで当初の目的は一通り達成したと言えるだろう――事件に二つばかり関わったわけだが、それによって仲間が集ったのも事実。良かったのだと思うことにした。
「そういえば、リュウトさんやシズクさんは?」
「不満を言いながら食堂で食事をしているよ……二人に何か話したいことが?」
「僕としては、異能者とその友人である二人とは今後も付き合いたいと思っている」
「それはリュウト達も思っているようだぞ。事件を解決したこともあるため、色々話したいらしい」
「そっか」
ユティスが告げた時、後方から足音。
「来たようだな」
オズエルが言う。しばし待っていると、リュウト達が部屋を訪れた。
「あれ――ユティスさん!」
「丁度よかった。話したいことが――」
「こっちもですよ。事件後、なんだか話す機会もなかったので」
「はい……それでですが」
「言いたいことはわかっていますよ」
リュウトは頷く。同時に彼は、その瞳に一瞬だけ『彩眼』を宿した。
「同じ異能者として……また、学院の騒動を解決してくれたこともありますし、ユティスさんに協力したいと思っていました」
「ありがとうございます」
「とはいえ、俺達としてはどんな風に協力すればいいのか、と思っていたところなんです。その、俺達がロゼルストに行くことは難しいでしょうし」
「俺を経由して、何かしら情報を渡してくれればいいさ」
オズエルが言う。するとリュウトはきょとんとした瞳を見せる。
「……お前が?」
「ユティスさんの所で世話になることになった」
「ああ、そうなのか……良かった」
安堵したようなリュウトの呟き。シズクもまた同じような見解なのかほっとしたような表情を見せている。
「なんというか、お前は放っておいたら何かしでかしそうな気がしていたんだよ」
「リュウト、どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。放置しておいたら学院そのものに復讐でもするんじゃないかという雰囲気だったからな」
「そんなことするわけないだろう」
「いやいや、お前……学院辞めると言い出した時の顔、今のお前に見せてやりたいよ」
やはり並々ならぬ葛藤があったのだろう――ユティス自身、そうした感情を抱くのは至極当然だと思った。
「ただまあ、こうしてユティスさんの所に行くというのなら、万事とまではいかないけど解決したと考えていいんだよな?」
「そうだな」
「あ、けど」
そこでユティスは口を挟む。
「僕はオズエルさんを魔術師としての戦力で見ているので……危険な目に遭う可能性は高まりますよ」
「オズエルなら、修羅場の一つや二つはくぐってきているから大丈夫でしょ」
これはシズクの発言。それにユティスは苦笑した。年齢はユティスと比べて上のはずだが、学院所属の魔術師がそんな経験を持っているとは一瞬思えなかった。
ただ、魔人に慄くこともなく戦い続けたのを思い出すと、あながち間違っていないのかもしれない。
「……それで話を戻すが、ユティスさん、どうするんだ?」
オズエルが訊く。ユティスはそこで少し思案した後、リュウトへ告げた。
「まず、今後異能者に関連する情報をどういう形でもいいので伝えて欲しいんです」
「異能者に関する、か」
「ネイレスファルトには今後も異能者が集まるはず……騎士ヴィレムにも協力をお願いしたけれど、彼だけではフォローしきれない部分も出てくるだろうし、特に学院関係だとなおさらだと思います」
「でしょうね。だから俺に?」
「はい。ただ、無理はしなくても――」
「リュウト達はリュウト達の目的があって色々活動している」
そこでオズエルが口を開いた。
「異能に関して調べるのも、リュウト達が求めてやっている部分もある……リュウト、構わないな?」
「オズエルが仕切るなよ……けど、あいつが言ったことで間違いないありません。だからユティスさん、気を遣わなくてもいいですよ」
「ありがとう。それじゃあ頼みます。あ、それともし何かあったら、頼って来てもらってもいいですから」
「はい」
――こうして、ユティスは新たな異能者との交流を重ね、協力を取り付けた。
結果から見れば、大成果と言えるかもしれない。もっとも、名だたる権力者などとのコネを作ることはできなかったが――現時点でそれはまだ難しいと感じた。
(それをするには、まずロゼルスト国内のゴタゴタを解決しないといけないな)
戦力的な問題は解決した。騎士団としては少数だが、その誰もが相当な使い手だと断言できる。とはいえ、問題はまだまだ存在する。ロゼルストへ戻れば間違いなく彩破騎士団を奈落へ叩き落すために魔法院が活動を始めるだろう。
だが、今のユティスにはそれほど不安はなかった。ここで仲間になった面々や遭遇した出来事が、ユティス自身多少ながら自信に繋がったのは事実だった。
「ユティスさん、学院を引き払った段階で今度は寮の整理を始める必要がある。少しばかり時間を貰えないだろうか?」
オズエルが要求。それにユティスは即座に頷いた。
「もちろん、僕らも闘技大会が終わるまではここに滞在するつもりだから……僕らが滞在しているのは城だけど、入れるよう連絡はしておくよ」
「わかった。まあ退去するにも時間が掛かるだろうから、城に入るのは難しいかもしれないが」
「普段から片付けていないからだよ」
シズクが言う。するとオズエルは彼女を見返し、
「お前の所業のせいも少なからずあるぞ」
「私がいなくても部屋散らかり様は変わらないわよ」
なぜか口論が始まった。止めた方がいいのかとユティスは思ったが、口をはさむよりも先にリュウトが隣に来た。
「オズエルのこと、感謝します」
「……リュウトさんは、どのような関係なのですか?」
「腐れ縁みたいなものです。長い付き合いなので少しばかり今回のことで心配していました」
言ってから、リュウトは表情を引き締める。
「……俺やシズクだって事件に荷担していた以上、何か処罰があってもおかしくありませんでした。けれど実際はオズエルだけ……シズクも学院の中でも成績優秀者ですから学院も躊躇ったんでしょう。オズエルについては厄介払いという意味合いがあったのかもしれません」
「なるほど……」
「ともかく、オズエルのことよろしくお願いします」
「はい……あ」
その時ユティスはもう一つ要求したいことを思い出す。
「どうしました?」
「……もう一つだけ、いいですか?」
「どうぞ」
「異能者以外にも、異能者をどうにかしようとするような輩が、今後もネイレスファルトに現れると思います」
「そういう方々を退治して欲しい、ですか?」
「いえ、さすがにそこまでは……僕の持つ『創生』や『全知』に関する異能が噂などで広まっていることから、今後異能に関心を向ける人々が増える。となれば当然、先の事件のような騒動になってもおかしくない。調べられる範囲でいいので、その辺りについても情報があったら教えて欲しいんです」
――今回の事件を振り返り、敵に関する情報が少なすぎるとユティスは考えていた。だからこそ、敵対する可能性のある勢力についても調べていく必要がある。
「ロゼルストも、僕の異能によって変に取り沙汰されていますから何かあるかもしれませんけど……ネイレスファルトも異能者が集まる以上は……」
「わかりました。難しいかもしれませんが、やってみます」
「ありがとうございます」
再度礼を述べる。リュウトはそこで「お互い頑張りましょう」と言い、ユティスは頷き返した。
学院でやるべきことはこれで終わった――が、ユティスとしてはやりたいことが一つ残っている。
(これについては、フレイラとも話し合わないといけないな)
そう胸に思いつつ、ユティスは延々と口論を続けるオズエル達を見て、リュウトと共に苦笑することとなった。