事後処理と勧誘
リュウトの結界によるものか、幸いにもあれだけの騒動にも関わらず騒動に無関係な一般人に怪我はなかった。しかし魔法屋の店主が魔人覚醒時の衝撃波を受けたため死亡し、さらに店舗が破壊されるという被害は生じた。だがそれでもその日の内に事後処理も完了し、事態も沈静化に向かい出した。
ユティスは戦いの後寝込んでしまったため事後処理についてはどのように行ったのか詳しい経緯はわからない。しかしその作業にヴィレムが参加したことだけはリザから聞いた。指示を受けたのかそれとも率先して行っているのかはわからないが――ともかく、さらに同じようなことが起きないよう彼は動くとのことで、以後の闘技大会は棄権という形となった。
国の上層部がヴィレムの判断に納得いったのかはわからない。しかしネイレスファルトの住民としては彼が動く事自体好意的に見ているらしく、むしろ「大会ではなく事件を優先した」ということでさらに支持を受けるような形となったらしい。よって、城側も大っぴらに悪く言わないだろう、というのがリザの見解だった。
「ま、人々の株が上がったのだから、良しとすべきでしょうね」
どうにか回復したユティスの部屋を訪れたリザが語る――どうも彼女は、事件後色々と調べ回っているらしい。
「ひとまず、例の騒動は闘士の暴走という形となりそう」
彼女は不満そうな口ぶりで話す。だがユティスとしては仕方ないことだと思う。
「落としどころとしては無難だと思うよ……ちなみに、犯人の詳細についてだけど――」
ユティスは事件の関係者ということで、ジシスから概要については聞いていた。名はノルグ=デランフ。書類上の出身地はネイレスファルト近郊で、取り立てて特徴もない人物――の、はずだった。
「マグシュラント王国と関係あるかどうかはわからないけど、少なくともどっかの国のスパイだったのは間違いないと思う。ただ彼は、ごくごく普通に学院に入学していたみたい」
「……スパイの命を受けて最初から潜り込んでいたか、懐柔されたかのどちらだろう?」
「ヴィレムによると、彼が本当に国内出身かどうかもわからないみたい。彼が調べてもわからない以上、城の上層部にいる面々と何かしらコネクションを持っていて、色々バレないよう工作を行っていた――と、考えるのが妥当でしょうね」
リザが見解を述べた時、ノックの音。ユティスが応じ扉が開くと、そこには――
「騎士ヴィレムと……騎士、ジシス?」
思わぬ取り合わせだと思いつつユティスは言及。騎士二人はユティスに一礼した後部屋に入り、ヴィレムが口を開いた。
「改めてお礼を、と思いまして」
「お礼……ですか」
「一度ならず二度までも事件を……ということで」
「僕はただ首を突っ込んだだけですし」
「しかしユティス殿がいなければ、この事件は解決しなかったじゃろう」
ジシスが語る。それに対しユティスは手を振った。
「最終的に事件を解決に導いたのは、オズエルさんでしょう。彼の動きがなければ、解決できなかったでしょうし」
「うむ……それで、だな」
神妙な顔つきのジシスは、ユティスに対し語り出す。
「かの者がマグシュラントと強いかかわりがあったのは、明白……しかし、これ以上詳細を調べることはできないという判断に至った」
「なぜですか?」
「今回の件、闘士の暴走ということで片付けられる。よって、これ以上捜査の必要はないとの指示が出たからな」
――それはつまり、上層部から圧力がかかったということか。
「儂らとしても不満は大いにある……が、騎士は国の決定に従い動く存在。これ以上詮索はできないため、結局マグシュラントの脅威がネイレスファルトに差し迫っているという事実だけが、明確になっただけとも言える」
「……そうですか」
騎士達にとっては、良い結末とは言えないだろう――そして、
「加え、儂も責任を取るような形となった」
「責任……えっ!?」
ユティスは目を見開きジシスを見る。
「どういうことですか!?」
「なあに、現行犯でなければどうしようもなかったというのは事実じゃが、あそこで捕まえようとすれば暴走する可能性があったはずで、それを判断できなかったわけではないはず……よって、指揮を執っていた儂が責任をとる形となった」
――あの策を始める前、そういうリスクがあるとわかった上で実行した。そのように行動することを決めたのはジシスである以上、言い逃れはできない。
「では……」
「さすがに騎士を辞めさせられるというわけではないが、降格かつ今後は剣を持つことができぬやもしれぬなぁ」
呑気に語るジシス。それでいいのかとユティスが思っていると、リザが質問した。
「ねえ、何でユティスさんにそれを言ったの?」
「後で知れば、ユティス殿は強い後悔に陥るじゃろう。儂は気にしとらんということをここで表明しておきたくてな」
「……騎士ジシス。あなたは、それでいいんですか?」
ユティスが問う。同時に彼に視線を合わせ、
「あなた自身、独自に異能者を追っていたはずですが、それもできなくなるでしょう……納得いっていないのでは?」
「確かにそうじゃが、忠誠を誓う城の者達がそう判断した以上、儂は従う……不服であっても」
「……なら」
ユティスはそこで、駄目元という気持ちで話す。
「ならば、僕と共にロゼルストに行く気にはなりませんか?」
「……む?」
「今回の事件を通し、僕自身あなたを戦力として迎えたいという気持ちが生まれました……僕が所属する彩破騎士団は新たな組織で、実力はあれど戦場においての経験が少ない人物も多い……もし来ていただけるのなら、非常に嬉しく思います」
「……勧誘されるとは、思ってもみなかったな」
笑うジシス。するとリザはここぞとばかりに追及する。
「あら、本音はネイレスファルトではもう働けないから、可能性のある所に行こうとか思ってユティスさんに事実を打ち明けたんじゃないの?」
「……さすがにそこまでは考えておらんかったよ。ただ、一つ予感を抱いたので、アドバイスはしようとは思っていた」
「アドバイス?」
ユティスが聞き返すと、ジシスは深く頷いた。
「これはあくまで勘じゃが……ユティス殿は異能の可能性を見出し、また『創生』の異能は大陸中に轟いている……その名に興味を示す者もいるじゃろう。それは間違いなく、貴殿の所に異能者が集まる可能性を示唆している……良い意味でも、悪い意味でも」
「イドラという人物のことですね」
「あるいは、貴殿が関わった事件の異能者などもな……ユティス殿、貴殿はその異能から、今後異能者同士の戦いで中心的な役割を演じることになるかもしれん」
「僕が、ですか?」
「あくまで、可能性の話じゃが……それを踏まえ、もし困ったことがあったら相談に乗る、くらいは言い残そうかと思ったわけじゃが、まさか勧誘されるとはな」
またも笑う。見た目では勧誘に肯定とも否定とも取れない態度だが――
「……ヴィレム」
「はい」
「まだ、儂は剣を捨ててはならんようじゃな」
「仰る通りかと」
「騎士ジシス……」
ユティスが名を告げた直後、ジシスは深く頷いた。
「……ネイレスファルトについて未練があるのは事実。しかし、必要とされるのであれば、その者のために剣を握るのも、また道理」
「……ありがとうございます」
「礼は必要ない。儂としても貴殿の行く末を気にしていたところ……また貴殿の戦いは気にもなっていた。ならばとことん付き合うのも一興じゃろう」
「ずいぶんと、濃いメンバーが加わったわね」
リザが言う。それは間違いないとユティスは思った。
「……どうやら、私の方は必要無さそうですね」
ヴィレムが語る。対するユティスは首を傾げ、
「何を、ですか?」
「ユティス様の要望に適う騎士を探していたのですが……さすがに二人も引き抜くとなると私も体面上問題ありますし」
「お気遣い、ありがとうございます」
「いえ……しかし、これではお礼のしようがありませんね」
「なら、一つ僕から提案が」
ユティスの言葉に、ヴィレムは疑問符を頭に浮かべる。
「提案、ですか?」
「まず、もし苦境に立たれたのであれば、いつでも頼ってもらえればということと……」
「さすがね、ユティスさん」
リザが笑う。それを無視しつつ、ユティスはさらに続ける。
「どのような形でもいいので……今後ネイレスファルトのことについて、情報が欲しいんです。現状、ロゼルスト王国としてネイレスファルトと繋がりはありますが、僕ら彩破騎士団はそれを使って情報の入手ができません」
「だから、私に打診を?」
「はい。闘技大会などが行われ、なおかつ大陸内における交易の中心地とくれば、異能者に関する情報は今後もこの場所に集積していくでしょう……これからの戦いのために、少しでもそうした情報が欲しい」
「なるほど、確かに……わかりました。さすがに機密情報をお渡しすることはできませんが、ネイレスファルトで起こったことなどについては、何かしらの形でお伝えしましょう」
「儂もいる。暗号でも構わんぞ」
ジシスが言う。それにヴィレムは頷いた。
これで、ユティスはこの場所で行うべきことは大体成し遂げたと思った。加え、最後になった魔術師雇用についても目途が立っている。もしそれが難しければ――と、算段を立てつつ、ユティスは述べる。
「私としては以上です……それで、これから出ようと思っていたんですけど」
「オズエル殿の所だな?」
ジシスが問う。それにユティスは頷いた。
「異能者に関する研究などについても、彼の知識がいる……ぜひとも、騎士団に加えたい」
「なるほど……それについてじゃが、良い知らせなのか悪い知らせなのかわからんが、情報が一つある」
「情報?」
ユティスの言葉にジシスは重い表情で語った。
「彼自身も今回騒動をもたらしたということで、理不尽ではあるが処罰を受けることになった。異能者であるリュウト殿や彼のパートナーである女性についてはお咎めなしのようじゃが……ともかく、彼は処罰のこともあり、退学を申し出たらしい――」