魔術師の力
騎士からの報告を聞いた直後、ユティスはどういう状況になったのかを理解する。
「僕らが魔物を倒し続けたため、量より質に変更したんだ」
「ふむ、厄介だな」
ジシスは兵士に指示を出しつつ呟く。
「直に仕掛けてくるじゃろう……動きにも変化があるかもしれんし、注視せねばならんな」
「だと思います……オズエルさん」
「闘士から魔石の提供は終わった。今から魔具の生成に入るが時間は必要だ……その間、魔物の対応はできないぞ」
言いながら彼は両腕に魔力を集める。そこでユティスは彼から視線を外し、臨戦態勢に入る。
「気配が……」
アリスが呟く。どうやら魔物の接近に気付いたらしい。
「――ユティス殿」
そこで、ジシスが告げる。
「彼女の様子が少し違うような気がするのじゃが……」
察しがいいと思いつつ、ユティスはジシスとオズエルに目を向けつつ説明。
「彼女は一つの体で二人の意識を保有しているんです。詳しい説明は、長くなるので省略させてください」
「なるほど、わかった。名は同じか?」
「アリスといいます」
名を聞いたジシスは、彼女に首を向ける。
「アリス君」
「何?」
「戦う気満々のようじゃが、そちらはオズエル殿の護衛を頼みたい」
「私が? ユティスさんはどうするの?」
「闘士や兵士と連携すれば対処は可能じゃ。ただオズエル殿だけは無防備になる。魔法を使える者もいた方がいい」
「アリス、従ってくれ」
ユティスの言葉。彼女は「了解」と答えオズエルに近寄った。
その瞬間、気配が。ユティスが視線を転じると、屋根の上に狼のような体毛と頭部を持った魔物。しかし、先ほどと大きな点がいくつもあった。
まず、背中に二つ翼が見えた――なおかつ体毛を含め色は銀。神々しさすら感じられるそれは、事情が事情ならば天が遣わした神々の使者、などと言っても真に受けてしまうくらいの雰囲気に満ちていた。
なおかつ、感じられる魔力が先ほどの魔物達と比べものにならない程に濃い。確実に第二領域に足を踏み入れているレベルであり、さしもの闘士達もざわつき始める。
「なるほど、あれは厄介そうじゃの」
だが、その中で超然としているジシスの姿。
「騎士ジシス……大丈夫ですか?」
「儂は、な。そっちはどうじゃ?」
「第二領域の魔物を相手にしたことはありますが……単独ではさすがに」
もしや眠っている記憶の中では――などと思ったが、第二領域ともなれば多少なりとも部隊を編成して対応に当たるのが常。失われた記憶の中で戦った経験はあるにしても、間違いなく単独というわけではないだろう。
「ここは、連携を重視しましょう。ひとまず兵士の方々や闘士達は固まって――」
そこまで述べた時だった。
新たな気配。確認すると、最初に出現した魔物とは別の場所に、もう一体。まったく同じような外観を持った魔物。
さらに続く。三体目は紫色のヒョウのような見た目。ただこちらは体に鎧のような金属めいた何かで体を覆っている。
加え、猿のような体毛を持った魔物――だがこちらは色は藍色に、剣のような鋭い物を握り締めている。剣術を有しているかはわからないが、狼やヒョウと比べればずいぶんと知性あるようにも感じられる。
「合計四体……」
「いや、まだじゃな」
ジシスの言葉の直後、さらに銀の翼を持つ狼が二体。これで翼を持つ魔物は四体。総合計六体の魔物が視界に入る。
「……量より質と言ったけど、十分量もあるみたいだな」
武器を構え、ユティスは警戒を露わにする。同時に、猿が甲高い泣き声で吠えた――どうやらあの魔物が司令塔らしく、他の魔物はその声に合わせて動き出した。
闘士達が即座に動く。この場にいる兵士達もオズエルを守るべく動き、また魔物達は地上へと降り立った。
その視線の先は、紛れもなくオズエルが持つ水晶球――ユティスは一度周囲の気配を探り他に魔物がいないことを確認した時、闘士の一人が先陣を切った。
斬撃が魔物の真正面から放たれる。だがユティスは頭の中で直感――おそらく、通用しない。
ギィン――と、金属同士がぶつかりあったような甲高い音が聞こえた。同時に闘士は呻く。斬撃が、まったく通用しない。
魔物へ仕掛けた以上、彼は魔力を剣に乗せたか、あるいは剣自体が魔具であるのは間違いない――だが、並の魔力では太刀打ちできないくらいの装甲を、魔物達は持っていることになる。
「全員、下がれ!」
直後、ジシスの太い声が響いた。闘士は即座に後退し――だが、その前に狼が先陣を切った闘士へ体当たりを仕掛けた。
それを彼は剣で防御したが――反動を殺すことはできず吹き飛ばされる。周囲で闘士達が喚く中、狼の魔物合計四体は、オズエルへ向け行動を開始する。
ヒョウと猿はまだ動かない――いや、ヒョウは指揮官である猿を守る雰囲気がある――どうやら、指揮官を生み出しそれを介し多少ながら融通が効くよう魔物を生み出したらしい。
(とはいえ、狼の動きは単純にオズエルに向かっていくだけ……猿を介して、簡単な指示を与えるくらいが限界なんだろうな)
ユティスは状況からそう推測しつつも、あの能力を持っている以上脅威なのは間違いないと思った。狼は兵士という立ち位置でありながら、闘士の剣を弾いた。耐久性は相当なもので、この場にいるほとんどの人間の攻撃は通用しないだろう。
(僕の魔法ならどうにかなる、か……?)
ユティス自身が率先して――そう自覚し動き出そうとした時だった。
狼達を阻む存在が現れる――ジシスだ。
「なるほど、先ほどとは比べ物にならんな」
剣を構える。真正面から相対する気なのか。
四体の内、一体が先行して仕掛ける。斥候の意味合いもあったであろう魔物だったが、それでも突撃は以前の魔物と比べ遥かに鋭い。
だからこそ、ユティスはジシスに対し不安に思った。だが、
「ぬん!」
気合を入れた一閃が、平然と魔物の頭部と胴を両断した。
――桁が違うというのは、こういうことを言うのかもしれない。
「は……」
思わず呻いた矢先、残り三体の魔物が動いた。そこでユティスは瞬時に察する。おそらく一体が時間稼ぎをする間に、残りの三体が一気に水晶球へ向かうという算段だったのだろう。
だが、ジシスが一刀で魔物を倒したため時間稼ぎとはならない。彼はすぐさま別の一体に狙いを定め、一気に間合いを詰め無茶苦茶な威力を持つ剣戟を見舞った。
それにより、魔物は消滅――なんて反則的な強さかと思いつつ、ユティスは迫ってくる残り二体を見据えた。
一体はそれでも闘士が押し留めた。瞬間その人物の名らしき声が上がったので、多少なりとも有名な闘士なのだろう。倒すことができなくとも足止めはできるだろうと思い、ユティスはもう一体を押し留めるべく視線を移す。
方向としては、ユティスから見て右斜め前から――後方にオズエルがいるため、ユティスにとっては自身に向かってくるようにも思えてくる。
恐怖は無い。確かに脅威ではあるが、風と破邪の『精霊式』魔法があれば、十分食い止められる相手だとは思った。
ユティスは左手に風を生み出す。狼の体は巨体と言っていいくらいのものであるため、風で体を吹き飛ばすにも相当な魔力を消費する。だが、速度を鈍らせるなどの補助的な役割としては十分なはず――頭の中でどう動くか考え、ユティスは魔物に対し一歩前進した。
途端、魔物は走り込んでくる。ユティスは風で動きを鈍らせ、その隙に破邪の力を加えた剣で――そう思った直後、
ふと、脳裏にとある光景がよぎった。それは、今のように自分が第二領域相当の魔物と相対するような光景。
(な……)
胸中で呻く間にも、体が勝手に動く。まず――突如、ユティスは右手から剣を手放した。
傍から見れば無謀な行為――さらにユティスは左手に収束しようとしていた風の魔法を中断し、右腕に魔力を集める。
(――様!)
誰かの声が頭の中に響いた。それは紛れもなく過去にあった情景。同じように剣を捨て、ユティスが魔法を使うべく魔力を収束させた時の事。
破邪の力が、右腕から現実世界に顕現する。黄金色の光は一瞬でユティスの右腕を飲み込むと、一本の槍のように鋭く尖った形状へと変化する。
そしてそれを、ユティスは一片の躊躇いもなく魔物へ構えた。
魔物が迫る。敵を視界に捉えた直後ユティスは指を引き金でも引くような感じで動かす――刹那、光が腕を離れ魔物へと向かう。
これが通用するのかという疑問はあった。体は目の前の魔物に対抗できると踏んで動いたのかもしれない。だが自身の力は完全ではない。生み出した光の槍も、体が記憶していた通りの出力は出ていないだろう――だからこそ、ユティスは魔法を突破され攻撃を受ける所まで想像した。
だがその直後、ユティスにとっても信じられないことが起こった。
魔物へ正面から激突した光の槍――それは一瞬一際強く発光し、爆散。光の粒子が舞う中で、魔物は槍によって消し飛んだ。
「な……?」
周囲の闘士達が驚く。なおかつ、放った本人であるユティスですら、一時呆然となった。しかし次の瞬間、魔物の咆哮が聞こえユティスは意識をすぐさま戻す。
見れば右側ではヒョウと猿型の魔物が屋根から降り闘士達と戦っていた。攻撃を仕掛けた四体の魔物がやられたのを見て、動いたらしい。人間ならば退却を考慮に入れたかもしれないが、魔物の目標はあくまで水晶球。退却の二文字は存在していないようだった。
そこへジシスが援護に入るべく、彼らの後方から走り込んでいるのが見える。
なおかつもう一方――闘士と交戦した狼の魔物は、まだ交戦中――いや、闘士を突破しそうな気配。
よってユティスはそちらへ足を向け、右腕に魔力を収束させる。
余力はまだある。第二領域相当の魔物を倒してもなお、体調も魔力も余裕がある。おそらく『精霊式』で取り込んだ魔力を活用しているためと考えることができ、その事実がユティスの思考を冷静にさせる。
再び右腕に光が生じる――再度顕現した光の槍を、ユティスは魔物へ向け再び射出する。
闘士達によって魔物の動きは制限され、槍はしっかりと魔物を捉えることに成功する。光が弾け、大穴を作った魔物の体は、光と共に消滅した。