少女の武器
ユティス達が広場に戻ってきた時点で、多くの闘士が集まっていた。そしてオズエルを見た途端一斉に押しかけてくる。
「慕われているんだな」
オズエルから少し離れた場所で、隣にいるユティスの言葉を耳に入れ――イリアは、小さく息をついた。
どうにか、戻ることはできた。一度ヒヤッとなった場所はあったが、それもどうにか対処できた。
けど、それはイリア自身が対応したわけではなかった。魔物に対し魔法を放ち、再度魔力を収束する寸前で魔物は来た。それを――
『さっきのことを気にしているの?』
頭の中で、姉のアリスの声がした。
(うん……油断、していたと思って)
『あれは仕方がないわよ……とはいえ、あれによって一つ重大なことにも気付いたから、結果オーライじゃないかな?』
(……重大なこと?)
『そう。イリアだって理解しているでしょ? さっきの魔法は――』
「ユティス殿、策について訊こうじゃないか」
アリスが何か言いかけた時、ジシスがユティスへと話を向けた。
「策とは、何だ?」
「騎士ジシスの策を補強するような意味合いを持つものです……確認ですが、騎士ジシスはオズエルさんの魔具によって結界をすり抜け、犯人を捕らえるということでいいんですよね?」
「ああ。そこから城に蔓延っているマグシュラントの勢力を芋づる式に捕まえればいいとも思っているぞ」
「その策には、オズエルさんも先ほど言っていたように難点があります。魔物は水晶球を狙って攻撃を仕掛けている……つまり、私達が所持したまま結界を突破すれば相手に気付かれ逃げられる可能性がある」
「うむ、そこについては対策が必要だとオズエル殿は言っていたが……儂としては、すり抜けて素早く相手を見つけ逃げ出す前より確保――という選択もあるのではないかと思っている」
「それについて、僕からの提案が」
「ほう?」
胸に手を当て、ユティスは告げる。
「僕の力を使って、水晶球のダミーを生み出します」
「ダミーじゃと――? む、そうか」
ジシスは理解したらしく、頷いて見せる。
「そうか、貴殿の異能か……」
「はい。水晶球を手に取った感触から、表面上の魔力をそのまま再現するのは可能という判断となりました。もし模倣できれば、選択の幅も広がります」
「しかしその場合、相手は二つあることに驚愕せんか?」
「本物は、僕が別に作成する魔力を遮断する箱にでも入れておけばいいかと思います」
「ほう、なるほど。それならば大丈夫そうじゃな」
納得するジシス。そこへ、ユティスがなおも続ける。
「動き方は二通りあります。一つはダミーを結界内に置いておき、魔物達を闘士や兵士が防衛している間に僕らが犯人を強襲する……魔物の動きは基本水晶球を狙うということに終始しており、僕や騎士ジシスの存在を把握した上で動いているようには見えませんでした。よって、相手は僕らのことを正確に捉えている様子はない……水晶球の魔力を遮断すれば僕らの動きは捕捉できないはず。まず間違いなく成功するでしょう」
「うむ、それで二つ目は?」
「魔物にダミーをわざと奪わせる……敵がどう動くかわからないというリスクはありますが、ここまで騒動を大きくした以上、ネイレスファルトから脱出する可能性は極めて高い。相手の捕捉は異能によって追跡の機能を組み込めばいいので、大通りにいる兵を集めつつ、外に出た所で拘束する」
「二つ目の案は、なぜ外に出す?」
「間近まで迫ったら、相手がどのような行動を取るかわからないためです。街中で戦闘という可能性は低いと思いますが、そういう懸念を払拭するなら、相手を外に出した方がいいかと」
「じゃが、逃げられる可能性があるな?」
「そうですね」
「そして、二つ目にはもう一つ問題がある」
「問題?」
聞き返したユティスに、ジシスは頷いた。
「今回の相手は、権力的に儂らより優位に立っているのは間違いない。となれば、例えば逃げ出した相手を捕らえたとして……果たして、きちんとマグシュラントの勢力を追い詰める材料となるのかという疑問がある」
「それはつまり、もみ消される可能性もあると?」
「もし捕らえるとなると、言い逃れできない状況……つまり、現行犯以外はないと思っておる」
――その主張には、一定の理が存在しているのは間違いなかった。イリアも理解できる。
「確かに、そうですね……となると」
「危険じゃが、一つ目の策を取ろう」
「……よろしいんですね?」
「うむ」
頷くジシス。ユティスはネイレスファルトの騎士である彼が応じた以上、従う気でいるようだ。
『ユティスさんとしては、二つ目を取った方がいいと思っているのかもね』
頭の中で姉の声が聞こえる。
(……町の人に迷惑が掛かるから?)
『そういうこと』
とはいえ、ユティスとイリアは部外者という立ち位置で協力している。よって、ユティスも強く言うつもりはないようだった。
そこへ、闘士と話をしていたオズエルが近づいてくる。
「魔石などの提供を闘士達に頼んだ。それらを集め、魔具を作成するには……時間にしておよそ二十分くらいだろうか」
「そうか。となれば、儂らは待機か?」
「少しの間、な」
そこで、オズエルはユティスに視線を移す。
「何を話していた?」
ユティスは簡潔に策を説明。するとオズエルは「なるほど」と言い、
「俺も騎士ジシスに賛成だ。二つ目の方が安全性は高いと思うが、何一つ解決しない可能性もある。相手に近づき、現行犯で捕らえる……それしかないだろう」
オズエルは言うと、ぐるりと広場を見回した。
「どうやら騎士や兵士が伝えた情報は行き渡っているようで、最初の混乱以後魔物には無理に仕掛けず被害もないらしい。で、偽物を守る役目だが……闘士に任せればいい。仲には闘技大会に出場した経験を持つ者だっているため、役目を全うしてくれるだろう。少なくとも、俺達が首謀者のいる場所に急行するくらいの時間は稼ぐことができるはずだ」
「わかった。それじゃあオズエルさんは準備を」
「ああ」
ユティスの言葉に頷くと同時、闘士の一人がオズエルへ駆け寄ってきた。材料の一部を持って来たようだ。
そうした一連の光景を見ながら、イリアは一つ思う。
(この人……)
決して、魔力のズバ抜けて高いというわけではない。しかし、彼は持ち得る特殊な装備もあって先ほど魔物を一蹴する力を見せた。
なおかつ、『召喚式』の魔法――イリアは自身の感覚を通して、彼もまた彩破騎士団に足る実力者なのではないかと、心の中で思っていた。
「……ユティスさん」
それを、ユティスへ告げようとした。だが、
「イリア、さっきの魔法だけど」
自身の話になった。途端、イリアは肩を震わせる。
「あ、えっと」
「いや、別に咎めるつもりじゃないんだ。ただ一つ訊きたい。先ほどの魔法、一度目はイリアの意思で撃ったと思う。けど、二発目は――」
その言葉に対し、イリアは神妙な顔で頷いた。
「はい、その……お姉ちゃんが」
「そうか」
納得の顔。そしてユティスは、イリアに告げる。
「もしかすると、それは武器になるかもしれない」
「え?」
「イリアは、アリスと一つの体で意思を共有している……それにデメリットが存在する可能性は十分あるし、これからも経過観察は必要だ……けど、今この時をおいて、それは強力な武器になるかもしれない」
「……えっと」
イリアは戸惑う。武器、というのは戦う意志のあるイリアにとって魅力的な響き。
けれど、どういうことなのか理解できない。困惑していると、ユティスはなおも発言しようとした。すると、
『待った』
姉のアリスが呼び掛けた。
『私に変わって』
そして要求。イリアとしては別段断る理由がなかったので、
「……お姉ちゃんが、話したいそうです」
「わかった」
ユティスが頷くと、イリアは体の中に引っ張られる感覚を覚える。そして、
「……つまり、こう言いたいのよね?」
――アリスが表に出て、ユティスに話し始めた。
「共有している体や魔力は一つしかないけど、意思が二つあるからそれぞれ独立して攻撃できるということ」
「そうだ……さっきの魔法は――」
「どう足掻いてもイリアの収束が間に合わないとわかったから、私が左腕を強制的に動かして、魔法を放ったの。ああいう戦闘だと、体の中で私も戦闘態勢に入っているんだけど……魔力収束を私の意思でやっていて、あの時左腕だけ動かして魔法を放ったというわけ」
「やりようによっては、断続的に魔法を撃つことができそうだな」
ユティスの言葉に、アリスは笑みを浮かべる。
「これ、強力なのよね?」
「聖賢者のヨルクさんでさえ、魔法は一度に一つしか使用できない。もちろん魔具なんかを活用して隙がないようにするわけだけど……イリア達の場合は『潜在式』の魔法を交互に撃つことも、あるいは同時に二つの魔法を放つことだって可能かもしれない。これは間違いなく、他の魔術師にはない利点だ」
「なるほど、わかった」
アリスは内心面白くなったと思う。今まで『潜在式』という魔法上のメリットはあっても、それを活用する利点を中々見いだせなかった。だが今回判明した事実――それを駆使すれば、相当強力な武器となる。
だが、これをフルに活用するためには、もう一つ必要なことがある――そうアリスは思った。
(……イリア)
『何?』
聞き返す妹の声が頭に響く。元々、アリスは発破をかける意味合いで彼女を主体に行動させてきた。無論、遺跡調査の件などで危惧を感じていなかったと言えば嘘になる。けれど、ユティス達に対する信用もあったため――だが、
(今後の話だけど……戦闘に関しては、私が表に出るってことでいい?)
妹なら「戦闘以外でも」と答えるだろうと思っていたが、尋ねる。すると、
『普段も……お姉ちゃんが』
(却下)
とりあえず、表に出ていたいとわがままを言うくらいには矯正させるべきだろうとアリスは思いつつ、このまま表に居座ることを決める。
やると決めた以上、むしろイリアを指導するような形がいいだろう――そんなことを思いつつ、アリスはユティスを見据えた。
「ユティスさん」
「何?」
「戦いの時だけは、私が表に出るので」
それだけだったが――ユティスは理解し、頷いた。
「わかった。僕は二人が納得するなら何も言うことはないよ」
「はい。よろしく」
返答した時、ユティス達に近寄ってくる兵士がいた。
「騎士ジシス!」
「む?」
何やらあったらしい――アリスが視線を送ると、彼はジシスに近寄り口を開いた。
「報告します――魔物の挙動が変わりました。数が少なくなり――気配的に、強力な魔物が」
それは紛れもなく、戦いが新たな局面に差し掛かったことを意味する内容だった。