恐怖と騎士の躍動
ユティス達が戦闘を開始しようとする頃、闘技場では騎士レオが圧倒的な強さを見せ、勝利――その試合が終わった後、アシラは一度席を立ち部屋から出た。
リザはまだ帰って来ていない――よって、部屋にはフレイラとティアナが残される形となる。
そして、両者の間には微妙な空気が。
(何か話した方がいいのかな)
フレイラは胸中思う。ティアナはリザと接していて色々とストレスが溜まっているようにも見える。ただ、彼女自身リザに追及され色々考えているようでもあり――どう動くべきなのか、判断している最中なのかもしれない。
その中で、フレイラも思考する――キュラウス家とファーディル家の関係を。
ユティスは『精霊式』に関することを思い出した。ただ、キュラウス家の関係について思い出している様子は一切ない。そしてフレイラもユティスが『精霊式』を得た経緯などは思い出せない――親交があった以上、その点についてだって知っていてもいいはずだ。
ただ、その中で一番の疑問なのは、やはり朝方の感情――ユティスを見てひどく悲しく思ってしまったのは、なぜなのか。
「……フレイラ様」
ふいに、ティアナが口を開く。
「何?」
「ちょっと、よろしいですか?」
「いいけど……何か気になる事が?」
「はい。ユティス様の件で」
多少、胸に引っ掛かりを覚える。それを押し殺しつつ、フレイラは聞き返す。
「いいけど、ユティスに対して何か不安が?」
「不安……ではないのですが、『精霊式』の魔法を思い出したユティス様は、ずいぶんと強くなることに躍起となっているように思えます」
ティアナが語る――それはきっと、朝方剣を合わせたことが根拠なのだろう。
「あの魔法を組み合わせれば、接近戦でも十分な戦いができるとは思います……ただ、ユティス様はあくまで魔術師ですから」
「異能者と戦う上で、接近戦などの技能も習得しなければならない……そんな風に考えているのかも」
「そう、ですよね」
「何か、あるの?」
フレイラが問うと、ティアナは複雑な表情をした。
「いえ、決して悪いことではないので……ただ、記憶を思い出していくことによって強くなったとしても、それは相手の想定内なのでは、と思うのです」
「相手……魔法院の事?」
「はい」
「ユティスはその辺り、たぶんわかっていると思うよ。今回の学院訪問だって、何も言っていなかったけど強くなるためのヒントを探しに行く、という考えもあるだろうし」
「……やはり、そうでしょうか」
ティアナも同じように思っていたらしい。
「ええ。まず間違いないと思うけど」
「……そうして躍起になっていると、なんだか悪いものを呼び寄せてしまうような気がして」
「リザさんが言っていた、騒動のこと?」
「杞憂だとは思いますが」
「……様子を見に行く?」
フレイラが提案。とはいえ、騎士に尋ねても絶対に話しはしないだろう。
騒動について詳細がまったくわからない上、フレイラ達は完全な部外者である。単なる騎士に話しても「客人に協力させるわけにはいかない」と突っぱねるだろうし、唯一関わりのある騎士ヴィレムは闘技場で試合を行っている。今は終わって城に戻っていたりしているだろう。いや、もしかしたら騒動により出ているかもしれない。そうなれば、フレイラ達がヴィレムに会うのは難しく、騒動があったとしても関われる可能性が断たれているのは間違いない。
「フレイラ様は、どうお考えですか?」
ティアナが問う――フレイラとしては、調べに行こうと言えるような判断材料もない。
「……ここは騎士の方々に任せよう」
そう決断。ティアナはなおも不安げであり、ならば一度行ってみてはどうかと口にしようとした時、
歓声が上がった。見れば、闘士らしき人物――それなりに有名なようだ。
「この闘士はいずれ騎士レオと当たるけれど……」
フレイラは観戦モードに入る。ティアナはしばし視線を送っていたようだが――フレイラは半ば無視した。
そこでアシラが部屋に入ってくる。なおかつティアナに近づいて小さく会話をする。
それから少しして、彼女はフレイラに口を開いた。
「……フレイラ様。やはり何か騒動があったようですが……どうしましょうか?」
「そう言われても……騎士の人にとっては私達が軽々に動くのも迷惑じゃない?」
「それはそうですけど……」
煮え切らない言葉。やはり先の事件が頭にこびりついている。
「……納得がいくまで、調べてみてもいいんじゃない?」
そこでフレイラは提案。
「大会出場者をチェックするのは私一人でもできるだろうし……それに、そんな不安な顔で観戦していても、集中できないでしょ?」
「……そうですね」
ティアナは頷き、席を立つ。
「少ししたら、戻ります」
「うん、わかった」
二人が部屋を出る。そして一人残されたフレイラは――途端に、悲しくなった。アシラ達が去ったことについてではない。一人になった直後、ユティスのことを思い出したからだ。
「何なんだろうね、これ……」
一人になった部屋の中、改めて考える。
闘技大会出場者――それも実験によって強化された戦士を単独で倒したとフレイラも聞き及んでいる。その技量は訓練でティアナと剣を合わせていたことを踏まえれば相当なものだと察せられる。
そして、目の前の闘技大会――本戦に出場するということ自体相当なものであるのは、ここまで観戦していた嫌という程思い知らされた。
同時に、もし騒動にユティスが荷担していたら――聖騎士候補だった彼女なりに、何か勘でも働いているのかもしれない。
フレイラだって、まったく不安に思わないでもなかった。嫌なことというのは連続で続くなんて話もある。前回の事件に巻き込まれたのであれば、そういうトラブルが連続で押し寄せてくるなんて可能性は否定できない。
けど――フレイラは一人となって先ほどのティアナの返答に、言外の感情が乗っていたことを悟る。
ティアナと戦える技量を身に着けているとなれば、並の騎士を上回る力を持っているのは間違いない。だからフレイラは思ってしまった。
そうやってユティスが勇ましく戦う姿を、見たくない。だから自分はティアナのように不安に思っていても、席を立たなかった。
「何で……」
フレイラは俯く。自覚すると胸が軋むように痛くなった。
また同時に自分が嫌になった。ユティスの心配より、自分の気持ちを優先させてしまっているのがはっきりと自覚できたためだ。
騒動を調べるべきと考えても、足が動かなかった。それがひどく悲しく――それでいて、
「……怖い?」
フレイラは湧き上がる感情がどのようなものなのかを口にする。一体これは、どういうことなのか。
ユティスが強くなる――嬉しいはずなのに、それがひどく悲しく、怖い。
「まだ思い出していない記憶と……何か関係しているの?」
呟いてみるが、答えは見いだせない。結局、訳も分からない感情を抱えながら――フレイラは、動かない体で闘技大会を観戦し続けるしかなかった。
* * *
ユティス達に襲い掛かった魔物の群れは動きに多少ながらムラがあり、ジシスへと襲い掛かる方が早かった。
雄叫びと共に魔物達が向かっていく。ワンテンポ以上遅れてユティス達にも向かってくるが――ユティスがジシスの戦う姿を一瞥するくらいには、時間差があった。
「――ふんっ!」
ジシスが握る大剣の、横薙ぎが決まる。そこからは一瞬の出来事だった。
向かってきた魔物は合計五体。それが一様に、彼の斬撃によって吹き飛ばされた。
(凄まじいな……)
ユティスは思わず胸中で呟く。ティアナやアシラもユティスには到底できないような剣術を所持し、また目を見張る技を持っているのは事実。だがジシスのそれは、まさしく豪快で誰もが息を呑むような凄味が存在している。
言ってみれば、見る者を惹きつける剣――インパクトがあり、人を容易く釘つけにしてしまうような、圧倒的な剣技であった。
続いて、オズエルが動く。ユティスが攻撃するよりも前に右手をかざし――魔物へ向ける。
魔物達が迫る。数は三体。それに対しオズエルは魔力を収束させる。ライフルの場合は目立った収束はなかった。準備がいるとなると、威力が高い攻撃手段なのか。
次の瞬間、銃が炸裂し――光の弾丸がオズエルの真正面で拡散。突撃する魔物全てに突き刺さった。
(――ショットガン!?)
ユティスは胸中で驚く。散らばる光のそれはまさしく散弾を想起させるに十分なものであり、また直撃した魔物達は例外なく吹き飛び、空中で消滅する。威力も十分だった。
そこで後続の魔物が動き出す。ユティスがすぐさま対応し、風の魔法を放った。多少距離はあったが風は魔物に直撃。撃破に成功。
(とはいえ……)
周囲を見回す。状況的に、生み出された魔物は全て集まっているのではないかというくらいに集まっている。
その間にもジシスが剣を振るう。一太刀で突撃する魔物を全て吹き飛ばし消滅する様は、やはり驚愕しかなかった。
「……ユティスさん」
オズエルが銃を放ちつつ名を呼ぶ。
「騎士ジシスの後ろに続いて、ここを突破するぞ」
「突破……わかった」
直後、ジシスもユティス達の会話に呼応するように動く。剣の振りがさらに豪快さを増し、迫りくる魔物を例外なく吹き飛ばす。
それは――ここが戦場とするならば、最前線で敵を屠る猛将のような出で立ちだった。
「おおおおおっ!」
吠え、全身の筋肉を隆起させ魔物を吹き飛ばす。ユティス達も迫ってくる魔物を消し飛ばしてはいるが、次第に魔物側もジシスを脅威と見なしたか、そちらへと向かっていくようになる。
しかし、ジシスは平然とそれら全てを消し飛ばし続ける。
「すごい……」
イリアが半ば呆然となりながら呟いた。ユティスは内心同意し――ジシスが前進を開始。ユティス達は周囲の魔物を倒しつつ追随し、やがて彼が入り込んだ路地へと滑り込むように侵入する。
その途中で魔物が追いすがる。だがユティスが魔法で弾き、打ち払い先へと進む。前方を進むジシスに最早敵はおらず、無人の野を駆けるが如く突き進み――やがて、
「着いたようだぞ」
ジシスの言葉。言う通り、正面に半透明な青色の障壁が見えた。