魔物と計略
「なるほど、魔物か。これは意外だったな」
ジシスが言う。ユティスも内心同意しつつも、魔物を運び役とした相手の考えを推察する。
「相手は探知されることを考慮していたのかもしれない……もし奪われても術者本人は逃げられるし」
「かもしれないな……これは面倒だな」
言いつつも、オズエルは魔物を見据える。
「まあいい。資料を保有しているのは事実。倒すぞ」
右手を構える。すると彼の腕に魔力が取り巻き始めた。
その間にユティスは剣の柄に右手を置く。だが、
「ユティス殿、ここは任せてくれ」
ジシスが前に出た。
「ユティス殿は周囲を警戒してくれ」
「わかりました」
ユティスはおとなしく引き下がると、二人の戦いを見守ることにする。先んじて動いたのはジシス。腰の剣を抜き放つと同時に一気に魔物へ迫った。
速い――体躯に似合わない俊敏性を持っており、魔物すらも対応できず接近を許す。
次いで一閃。対する魔物はそこでようやく動き始め――紙一重で避けた。
「――おらっ!」
そこへ、近くにいた闘士が背後から魔物へ襲い掛かる。完全に虚を衝いたその攻撃を魔物は避けられず、体に一撃受けた。
途端、猫が発するような高い悲鳴。しかし動きは鈍ることなく、跳躍した。
高さは屋根に到達する程で、魔物は近くの民家の上に降り立つと、一時恨めし気に闘士達を見据える。
「追え!」
そこで闘士達が叫ぶ。このまま逃げられると厄介であり、ユティスも追おうと足を一歩踏み出すが――
「任せろ」
オズエルが言う――その右手に、異様な物が出現していた。
(――ライフル!?)
彼の右手には、いつのまにかライフル銃のような銃身の長い銃が存在していた。右腕に張り付いた魔具の機能によって生み出された物なのだとユティスは理解したが――それでも場違いな武器に、思わず凝視する。
「先ほどユティス殿が生み出したような武器だな……大きさは比べ物にならないが」
大きさの違いはあれど、銃身を見てジシスはユティスが創った物に近い武器だと理解できた様子。
刹那、オズエルは無造作に銃口を魔物へかざし引き金を引いた――青白い弾丸が、僅かな音と共に魔物へ向け発射された。
それは正確に魔物を捉えていた。弾丸が発射された直後逃げようと魔物は身じろぎしたが――ユティスはここで、弾道が魔物に合わせ若干曲がったのに気付く。弾丸は魔力で生み出した物である以上、ある程度誘導性があるらしい。
結果、弾丸は魔物に着弾。その体は塵となったが、それ以外の何かが屋根の上から落ちる。闘士達が慌てて駆け寄りそれを空中でキャッチ。オズエルは銃を消し、小さく息をついた。
「逃げた犯人が外に出ていなければいいが……徒歩で地下を進んでいるとなると、西側に出るまでどれだけ見積もっても数時間は掛かる。まだ大丈夫だとは思うが」
「出るにしても城壁を上るような真似をすれば露見するだろう。町の出入り口にも兵を招集した時連絡をしてあるが……捕まえられるかどうかはわからんな。あるいは、魔物を使役していた人物はまだ中央部にいるのか……?」
ジシスが言った時、闘士が駆けより落ちた物をオズエルへ差し出す。紫色の小さな水晶球だった。
「魔力に分解し、その魔力をここに封じ込めているんだろう……」
受け取った彼はポケットにしまう。
「ともかく、資料は取り返した。できれば犯人だって捕まえたいが……地下の西側の出口は俺も全て把握しているわけじゃない。見つかるかどうか……」
「人海戦術で対応するしかないだろうが……ふむ」
ジシスはここで口元に手を当てる。
「儂が自由に使える騎士が、確か今日西側の警備をしていたはずだ……城に連絡しなくとも利用できるが、どうする?」
「そいつは、マグシュラントと関係あるのかどうかわかるのか?」
「下っ端の下っ端じゃから、関係はないじゃろ。城側に連絡さえしなければ相手が動き出す可能性も低い……どうする?」
「……仕方がないだろうな」
オズエルが告げると、ジシスは周囲を見回す。幸い、騒ぎを聞きつけたのか新たな兵士が数人現場に来ていた。ジシスは彼らを呼びすぐに騎士を呼ぶよう指示を出す。
「……どうやら、大変なことになりそうだな」
ユティスは呟く。それが聞こえたかどうかわからないが――オズエルは、どこまでも険しい表情をしていた。
* * *
「……どうやら、トラブルがあったらしいな」
場末の酒場。昼にもかかわらずそれなりに盛況だがひどく暗い場所で、フードを被り黒い衣服に身を包む老人と、灰色の外套に身を包む青年とが話を行う――先に口を開いたのは青年。
「ええ……以前も説明しましたが、奪った資料を外部に持ち出してしまえば、どのようにでもやり方はあったのですが……魔物に運ばせている段階で、取り返されたようです」
「さすがにこれは想定外だな。資料に追跡魔法が掛けられていたのだろう」
「の、ようですね」
「では、どうする?」
老人が口を開こうとすると、相手は一転して笑顔を見せる。
「あの資料は、我々の計画の要。奪い返します」
強い言葉だった。
「つきましては、協力してください。私達を追っているのは学院の魔術師……それなりの使い手ですし、魔物を散発的にけしかけても無為に終わるでしょう。奪い返すとなれば、こちらもそれなりの準備が必要です」
「構わない……それで、どう動く?」
「事後処理はなんとでもなりますので、まずは資料を奪還することだけを考えましょう……魔法を使用し、魔物を動かします。念の為、顔は晒さぬよう行動します」
「わかった……今そいつらはどこにいる?」
「魔物が南西部に到達し消えたのがついさっき。まだそこにいるはずです」
「それでは南西部を一時的に封鎖すればいいのだな」
事もなげに告げる老人に、青年は静かに頷いた。
「では、お願いします。私もすぐに対応の準備に入ります」
「ああ」
そこで老人は一時沈黙する。青年は言葉を待つ構えであり――やがて、
「資料は我らの欲する物ではあるが……君自身本国で重要な立場であることを忘れるな」
「わかっています」
「敵は現在、こちらの動向を掴んでいるわけではない。南西部を封鎖すれば出ることも難しいので、きみが魔法を行使しても問題はないだろう。だが――」
「逃げる心積もりはしておけと言う事ですね。大丈夫です、引き際はわきまえていますよ」
青年の明るい声に対し、老人は沈黙。声音に何か思う所があったようだが、それは口にせず、話を戻した。
「……それでは、行動を開始しよう。私は先んじて動く」
「はい」
両者は席を立つ。先に老人が店を出て、対する青年は入口前で立ち止まる。
振り返る。気付けばずいぶんとこの店で密談を繰り広げてきた。それがもしかすると今日で終わるかもしれない――少しばかり感傷的になる。
「……できれば、穏便に済ませせたかったのですけどね」
そう口にした彼は、小さく息を漏らした後改めて店を出た。まだ時刻は昼を回ったばかり。暗い店から出たため、彼は陽の光によって僅かに顔をしかめつつ、歩を進めやがて大通りに出る。
にぎやかな通りを見据え、このまま所定の場所に向かう。その途中、彼は大通りを見回っている兵士や騎士を逐一確認する。南西部の魔物の騒動は大通りの人間に知られている様子は――
彼が考えた時、幾人かが南西部の方角を見ながら話しこんでいる騎士と兵士の姿を発見する。
「……ふむ、既に色々と動き出しているみたいだな」
行動が早い――もしかすると学院の魔術師以外にも、騎士が同行しているのかもしれない。だとすれば、
「少し、魔法を使うにしても気合を入れないといけないかもしれないな」
彼は呟き、頭の中でどう動くかを思い描く。やがて兵士達から視線を外し、目的地へと到着した。
大通りにある魔具を扱う店。闘士が中心の街である以上、戦士などが扱いやすい魔具が取り揃っており、魔術師である彼にとって有用性が高い物ばかりではない。
それなりに繁盛している店なのだが――この場所には、裏の顔が存在する。
店内に入ると、多少埃っぽい印象を受ける。先ほどの酒場と同様暗い店内を歩き、真っ直ぐ店の奥へ。
「やあ、繁盛している?」
店員に声をかける。相手は中年の男性。彼は青年を見ると、目を見開いて応じた。
「ノルグか……闘技大会のせいもあって、そこそこ繁盛しているよ。で、今日はどうした?」
「ちょっと緊急の用でね。地下を使わせてもらうよ」
告げると、店主は眉をひそめた。
「地下……? 騒動でも起こすつもりか?」
――この店主は青年に協力している人物の一人。よって、騒動という言葉を告げたがそれほど反応はしていない。
「ああ。任務も佳境に入っているということで、ここで邪魔立てされたくはないからね」
「邪魔か……お前だったら別に地下を使わんでも単独でどうにでもなるだろ」
「追っている人間によっては、顔を晒すのがまずい可能性があるからね」
騎士がいるとなると、顔を見せれば輪をかけて厄介なことになりかねない。
王宮と繋がりがあるとはいえ、末端の騎士にまで影響があるわけではない。資料を奪い返すのは優先事項だが、かといって姿を晒す行動は避けるべき。
語ったノルグに対し、店主は歎息した。
「……ほどほどにしておけよ。お前に協力しているが、俺はこの都で店を営んでいる人間だからな」
「わかっているさ。大通りにまで被害を及ぼそうなんて思っていない。……それと、自衛のために魔具の需要が増えるかもしれないよ?」
「言っていろ」
奥へと引っ込む。ノルグはそれを見送った後、右にある扉を抜ける。その先は地下への階段。ノルグは迷わず下り始める。
そして突き当りに存在する木製の扉をくぐると、そこは四角い小部屋。その中には、相当な魔力が湛えられている。
「さて……」
ノルグは小部屋の中央に立つと、呼吸を整えた後ゆっくりと手を合わせた。祈るような、拝むような所作だったが――その手に淡く、魔力が宿る。
「この計画は、君達が想像しているよりも、ずっと長く行われているものだ」
やがて呟くノルグ。その相手は――南西部で騒動の渦中にあるはずの人物達。
「だからこそ、返してもらう」
声を発しながら、彼は思う――異能者……そして北東部での事件。ネイレスファルトの中で色々とあったが、まだこの町に住む人々には苦労してもらわなければならないようだ
そこでノルグは笑みを浮かべる――同時、部屋の中に魔力が満たされた。