錯綜する感情
「騎士ジシス。再度の確認だが」
オズエルはそう前置きをして話し出す。
「マグシュラントが関わっている案件である以上、騎士団はもしかするとあんたを処分する可能性だって考えられる。ましてやあんたは外部から亡命してきた騎士だ。騎士団が擁護したとしても、他の重臣が納得いかない可能性だってあるんじゃないのか?」
「助言はありがたいが、ここまで知った以上放置はできん。儂のやりたいようにやらせてもらう」
「……わかった。こちらとしても戦力として心強い。遠慮なく使わせてもらう」
はっきりとそんな風に告げ大丈夫なのかとユティスは思ったのだが、ジシスは頷くばかりでさして気にしている風でもなかった。
そこから、今後の方針について話し合う。といってもやることは決まっているため、あとは役割の問題だった。
「まず、シズクとリュウトは学院内の動きを観察してもらえないか?」
「ここに来た以上、てっきり俺達も敵を追う側に回ると思っていたんだがな」
リュウトが言う。しかしオズエルは首を左右に振って否定した。
「この場で今回の事件に関わる面々の顔を憶えてもらいたかっただけだ……それに、学院側の動向を観察する人間は必要だからな。逐一居所は伝える。方法はいつものやり方だ。何かあったら連絡してくれ」
「わかった」
リュウトは手を上げ承諾。次いで、オズエルはユティス達へ目を向けた。
「そちらの三人は、俺と共に資料を盗んだ人間を追ってもらいたい」
「……一応訊くけど、イリアも?」
ユティスは問い掛けると同時に、イリアからの視線を感じ取った。自分は大丈夫――そういう意図があるのは明白だったが、この点は確認しておきたかった。
「そちら次第だが……見た所、彼女も魔術師だな? 戦力となるのであれば同行願いたいが」
――シズクやリュウトは「大丈夫なのか」という顔をしている。見た目的に少女であるが故の反応だが、オズエルとしてはそうも言っていられない状況なのかもしれない。
「……イリア」
「行きます」
強い言葉。彼女なりに色々考えているのだろう――ユティスとしても彼女の決断を止める理由はないと思ったし、なおかつその能力は頼りになると思っているので、小さく頷いた。
「それで構わないよ」
「なら、俺を含めて四人だ。探知魔法を使えば捕捉することはそう難しくないが、問題はここからだ」
「脱出地点には当然、敵がいるだろうね」
「そういうことだ……こちらは資料を奪取し、それを持ち帰る必要だって出てくる。ここで、敵が反撃してくる可能性もある……最悪なのは逃げ出した場合だ。取り囲むくらいの戦力は必要かもしれないな」
「兵は必要か?」
ここでジシスの強い言葉が割り込んだ。
「自由騎士とはいえ、兵を招集する権限はある。さすがに城の者は使えんが、現地の兵なら動員できる」
「相手が複数人である可能性を考慮すれば、多少人数がいた方がいいだろうな。動員の人数は任せる。どのくらい呼べそうだ?」
「闘技大会で警備の多い中央部ならともかく、西部ならそれなりに人も有り余っているだろう。資料が圧縮されていると仮定したならば、それを守りなおかつ敵を捕らえることができるくらいの人数は動員できるじゃろう」
「なら、それで頼む」
「……あの」
そこで、イリアがユティスの裾を掴んだ。
「ずっと聞けてなかったんですけど……その、資料を圧縮、とは?」
「……ああ、そっか。説明しないといけないか」
声を上げ、ユティスはイリアに説明を行う。
――生物や植物を対象にすることはできないが、魔法を用い物質を魔力に分解することで持ち運ぶことを可能にする魔法が存在する。これを応用した魔具なども開発されているが相当貴重であり、魔術師ならば魔法で習得した方が安上がりだ。
この魔法を使うにはかなりの専門的知識が必要で、ユティスも使用することはできない――とはいえ、ネイレスファルトにそうした使い手がいるのは間違いない。そして学院から資料を盗んだという事実や、そうした魔法が使えるという事実が組み合わさった場合、一つの結論が導き出される。
盗んだ犯人は、学院内の人間だと――オズエルも同様の見解なのか、話の中で犯人に関する言及を行う。
「……立て続けに似たような事件が発生している以上、学院の人間だと考えざるを得ない状況ではあるな」
嘆息と共に、オズエルは述べる。
「同一の人間なのかどうかはわからないが……少なくとも、マグシュラントの影響が学院内……それも、生徒にまで及んでいるというのは、変えがたい事実だろう」
「そうか……この中でそうした魔法を使える人間は?」
「いないな。知り合いに使える奴はいるが、現状を考えると巻き込むわけにはいかないし、あまり考えたくはないが、その人物も息がかかっているという可能性も否定できない」
苦しい表情でオズエルは語る――ユティスはここで改めて理解する。彼らもマグシュラントという相手に四苦八苦している。
「……わかった。僕らとしても見過ごせない一件だ。絶対に捕まえよう」
「そう言ってもらえると助かる……一応質問するが、本来の用事はいいのか?」
「構わない。こちらの方が重要性は高そうだし……なにより」
と、ユティスはオズエルと視線を合わせ、告げる。
「僕としても、過去の事は興味がある……資料を奪われるわけにはいかないな」
「すまない。それでは先ほどの通りに行動を開始しよう。リュウト、シズク。学院の方は頼んだ」
「ああ」
「任せて」
言葉と同時にユティス達は動き出す。リュウトとシズクが先んじて店を出て学院へと歩み出した。
ユティスとしてはリュウトともう少し話をしてみたいと思ったが――それは後でもできると考え、今は事件に集中することにする。
(しかし……また事件に関わるとは)
その時ユティスは胸中で呟く。ネイレスファルト来訪初日で騒動に遭遇した。加え、またも一騒動――異能者であるため揉め事に遭遇しやすいなどと言うつもりはないが、それでもこうやって事件と関わることは、何かしら意味があるような気がしてくる。
(もし神様がこの世にいるとしたら……僕に何をさせたいんだろう?)
そんなことを思いつつ、オズエルの案内に従いユティス達は動き出した。
* * *
昼時、部屋に食事が運ばれてくることになっているのを思い出し、フレイラは戻る。既にリザも戻っており、食事を待っているところだった。
「お昼はまだよ……ところで、ユティスさん達は大丈夫かしら?」
「危ない目に遭うようなことにならないと思うから、大丈夫だと思うけど」
「でも、ネイレスファルトは闘技大会で警戒しているにしろずいぶんと事件が多い……学院内でも一騒動起こっている可能性があるわよ?」
「さすがに首を突っ込もうとはしないと思う……ユティス達はそもそも部外者だしね」
フレイラは答えると、彼女と向かい合う席に座った。
視線の先――リザの奥にはティアナとアシラが向かい合って談笑している。少しだけ聞き耳を立てると剣術にまつわる話らしい。
「気になる?」
目ざとくリザが問う。フレイラはそれに首を振り、
「別に……ところでリザさん。大会もお昼で中断したみたいだし、この辺りで一度質問しておきたいのだけど」
「何かしら?」
「闘技大会出場者以外で、他に戦力となる闘士というのはいないの?」
「そういう人を紹介してもいいかなーなんて思ったりもしたのだけれど……やっぱり闘士ということで性格的に難があるのよね。とても騎士は務まらない感じ」
やれやれといった仕草を見せる。ユティスによると彼女はそこそこ顔が広いらしいので、その知識を前提に言っているのならば、まあ間違いないだろう。
「そう……やっぱり他の闘士から探すのは難しいか」
「在野にいる闘士は、ね……ちなみにこういう闘技場に出てくる人間は士官を志している人間も多いから、外面は取り繕うくらいの技量は持っている」
「……そう」
いずれにせよ、闘士などの人物を味方に引き入れるのには性格的にもそれなりにリスクがある――彼女はそう言いたいに違いない。
「人数的には、どの程度欲しいところなの?」
リザがさらに問い掛ける。それにフレイラはまず彼女を一瞥し、
「……私達は何万という軍勢と戦うつもりはない。あくまで狙いは異能者だけ……でも、情報によると異能者を集めている人間がいるという話もある。だから、そうだね……軍勢自体は国の騎士団と連携する必要だってあるし、無闇に私達が独自に編成するわけにもいかない。警戒だってされるだろうし……とりあえず、今回の人集めで騎士団の構成員が十人前後になればいいかなと漠然と思ってる」
「なるほどねぇ……」
「リザさんとしてオススメの物件はある?」
世間話のような軽い気持ちで問い掛けた。けれどリザはリザを見返し、斜に構えながらも真面目に語る。
「ちょっと思い浮かばないわね……けど、闘技大会出場者でもあなた達のお眼鏡に適う人物は多くないと思うわ」
「だと思う」
「いっそのこと、自分が強くなる方向にかじを切り替えたら?」
「それはやっているよ……それに、そんなことを言い出したら本末転倒だと思うけど」
「それもそうか。ちなみに、フレイラさんの技量はロゼルスト国内ではどの程度なの?」
「さあ……けど、先ほど出会った騎士よりは下じゃないかな」
「さっきの騎士というと、えっと――」
「ニデル。都のとある王家の血筋お抱えの騎士で――」
そこまで言った時、後方でガタリと椅子を引く音が聞こえた。フレイラは気になり振り返ると、ティアナが立ち上がりフレイラ達を凝視していた。
「……どうしたの?」
気になって問い掛ける。するとティアナは我に返り、
「あ、いえ。すみません」
それだけ言って、椅子を座り直した。
フレイラは訝しげな視線を送りつつも、言及はせず視線をリザに戻す。すると、
「さっきの名前に反応したようね」
リザが語った――さっきの、ということはニデルという名前にだろうか。
(……関連性がないと思うけど)
いや、元聖騎士候補なのだから多少ながら交流があってもいいだろうか。だが先ほどの表情は知り合いだから会いたいなどという顔つきではなかった。それはいわば――
(ニデルの主君である王家の血筋の人間……それと彼女が関係している?)
それはつまり、マグシュラントとも関係しているのではないか――そんなことを予感した時、部屋に料理が運ばれてくることとなった。