学院外の話し合い
ユティス達が動き出した一方、フレイラはめぼしい試合まで少し間が空いてしまったため、休憩がてら闘技場内を散策することにした。
「普通に観戦しているだけならまだしも、相手の技量なんかを把握するのに集中すると、結構疲れるな……」
息を零しつつフレイラは廊下を歩く。仲間は誰もいない。リザは相変わらず外に出ているし、部屋にはティアナとアシラのみ。一応アシラはユティスの指示通り試合を見ているようで、その真面目さはフレイラも感心するところだった。
「強さは確認できていないけど、あの性格なら大丈夫そうかな」
そう呟いた時、朝の光景を思い出す。ユティスの訓練と、彼が指示を送る光景。
途端、フレイラの胸にチクリと痛みが走る。それがどういう意味合いのものなのかフレイラ自身も上手く表現できない。けれど、一つわかっていることがある。この痛みを生み出す源泉は、失っている記憶の中にある。
一体、自分の記憶はどうなっているのか――感じるのが痛みである以上良いこととは思えない。もしやユティスの『精霊式』と関わりがあり――などと思ってみても、結局答えは出ない。
「……敵の計略にのるのは嫌だけど、ここは辛抱するしかないか」
自分達にできることは、相手が予想外なくらいの戦力を加えることだろうか。そして記憶を戻した時に対する備えも――とはいえ、備えとはどのようにすればいいのかわからないため、どんな状況になっても対応できる手筈を整えておく必要がある。
後でユティスと相談しよう――フレイラは思いつつ、角を曲がろうとした。
その時、正面に人影が見え、反射的に後退しようと動く。相手もフレイラに気付き慌ててブレーキをかけ、互いに目を合わせた。そこで、
「――あなたは!?」
「おや、誰かと思えばフレイラ様ではありませんか」
見覚えがあった――相手がロゼルスト王国の鎧を着込んでいるということもあり、核心を抱く。
地味な印象を与える一重まぶたと黒い瞳を持つ人物。ただ長い茶髪を後ろで一本に束ねており、それが特徴と言えば特徴かもしれない。
彩破騎士団は名目上王の直轄組織という形となっているが、異能者が出た時の対応として騎士団と連携する必要を考慮し、フレイラ自身も多少ながら騎士と顔を合わせている。目の前の人物はその中の一人――確か、
「ニデルさん、でしたか?」
「憶えて頂き、光栄です」
慇懃な礼を示すニデル――名はニデル=アルオン。領主お抱えの騎士であり、その中でも特に技量に秀でているため、時折宮廷内にいる騎士団の仕事を任されることもある。フレイラとはその縁で顔を合わせた。
(確か……ブローアッド家の騎士だったか)
ファーディル家とは異なる流れを汲む、王家の遠縁。王家にあまり接してこなかったフレイラとしてはブローアッド家のことはあまり把握していないが、一つ噂を耳にしたことはある。
何やら、裏で色々とやっている――どこかで王家に関連する人物が「王家の汚点」などとささやいているのを耳にしたことすらあった。
そうした家柄に関係する騎士が、この場にいる。目的は間違いなく人を雇い入れることだろうが、魔法院が彼らに依頼するとは思えない。となるとブローアッド家が独自に動いているということなのか――
「先に行っておきますが、魔法院の手の者は別に存在していますよ」
唐突に発言。それにフレイラは押し黙る。
「私は他の方の命令により、ここを訪れています」
「そうですか……」
さすがに名を口にするつもりはないようだが、予想は合っているだろうとフレイラは悟る。
そこで汚点とまで言われるブローアッド家がどういう所業をしているのかを思い出そうとする。裏組織と手を組んでいるなどという話は噂レベルで存在するが、確証はない。とはいえ、一つだけ関係がある名称を耳にしたことはあった。
それは――マグシュラント王国。もっとも、これはあくまで噂で、確証は何一つない。
「それでは、失礼させて頂きます」
再度一礼した後、ニデルは速やかに立ち去った。物腰は柔らかく、騎士の風貌を見れば人に安心感を覚えさせる非常に良い騎士なのだが――フレイラの見解は違った。
笑みを浮かべていながら、それが全て偽善のように思える――あくまでフレイラの考えでしかないのだが、裏があるような気がして仕方がない。
「フレイラさんも散歩?」
その時、リザの声が背後から。振り向くと、どこで買ったのかサンドイッチを手に持ちながら近づいてくる彼女の姿。
「で、さっきの騎士さんは誰?」
「……いつからいたの?」
「会話をしていた時から物陰で見ていたけど」
悪びれもなく言うリザに対し、フレイラは歎息。
「……あの人は、ロゼルスト国内の騎士。私達の敵とは違う人の命令を受けて、ここに人を雇いに来たみたい」
「ふーん……そう」
含みのある言葉。サンドイッチを頬張った後、ニデルが去った道に視線を送る。
「何か、気になる事が?」
返答はさして期待していなかったのだが――するとリザは肩をすくめた。
「私は、この街で闘士なんかを率いていたわけだけど、最初の頃はそれはもう、戦いの日々だった」
何を言い出すのか――フレイラは口を挟もうとしたが、それよりも早くリザが続ける。
「けど、そうした戦いによってちょっとばかり、臭いを感じることができるようになった……言ってみれば相手の流れる魔力を感じ取り、どういう訓練を施されているのか当たりをつけることができるというわけ」
「……あの騎士は、特殊な事情があると?」
フレイラが問うと、リザは即座に頷いた。
「私は、何度か感じたことのある……なんていうのかしらね。訓練され、一つの目的を果たすべく、密かに活動している。そんな雰囲気」
「言っている意味がよくわからないのだけど」
「まあ、結論を言うとマグシュラント王国の騎士があんな感じの気配を漂わせていたわ」
マグシュラント――ロゼルスト王国で聞いた噂話と一致する。
無論リザの勘違いという可能性もなくはない。だが、話と彼女の言動から考えるに――多少なりとも正鵠を射ている気がした。
「……憶えておく」
「そうね」
にこやかに語るリザ。フレイラはそこで、騎士に対し一つ思った。
(人を雇うという大義名分を掲げているわけだけど、その目的はもしかしてマグシュラントと接触を行うため、とか?)
あり得なくはないと思った。何せ様々な国の人間が訪れるネイレスファルト。そのようなことがあってもおかしくない。
(今度はマグシュラント……果たして、魔法院とどう関連するのかな)
不安に思いつつも、そういった国家がロゼルストに手を伸ばしている可能性は否定できない。よって、今後も警戒すべき――そうフレイラは心の中で断じ、散策を再開することにした。
* * *
ユティスがオズエルに指定され訪れた場所は、そこそこ小奇麗な飲食店だった。ユティスはイリアとジシスの二人と共に席につき、時間的なこともあったので昼食をとる。
「彼らを待つ必要があるとはいえ、もどかしいという思いもあるな」
ジシスが口にする。ユティスは「そうですね」同意しつつ、言及。
「探知魔法によって所在がわかっているため、それほど慌てていないのでは?」
「――敵は、どうやって逃げるんでしょう?」
問いは、イリアのものだった。
「盗んで……大通りを進むのでしょうか?」
「その可能性は、低いと儂は考えている」
イリアの言葉に反応したのは、ジシス。
「中央部から東西に移動する場合、橋を渡る必要があるのじゃが……魔力探知系の魔具が作動しておる。ユティス殿も街に入る時剣などに封をされたじゃろう? もしあれがなければ探知系の魔具に引っ掛かる。しかも今は闘技大会によりさらに警備を増やしている……容易に抜けられないじゃろう」
「資料を奪った人物が通過する方法を所持している可能性があるのでは?」
「ふむ……封を施す作業は現場の兵士しかできないため、逃亡者がそうしたノウハウを所持している可能性は低いと思うのじゃが……他に考えられる逃げ道としては、地下か」
会話を進めながら食事を進める。やがて三人が食べ終えた時、店内に新たな客が――オズエル達だった。
彼はシズクともう一人男性を連れている。当然見知らぬ人物であり、ユティスは彼がリュウトなのだろうと思い、観察し始めた。
一目では、優男という按配。色素の薄い茶髪を持った、白い外套姿の男性。
オズエルが近づく。新たに登場した人物はジシスを見て一瞬硬直したのだが、オズエルやシズクが平然としているため、少々ぎこちないながらユティス達の対面に座った。
「……リュウト=レインターです」
まずは自己紹介。それに合わせユティス達も自己紹介を行う。
リュウトとしては腕組みをして超然とするジシスが気になった様子だが、オズエルは会話を始めた。
「さて、揃った所で現状の整理だ。現在、敵は地下を進んでいる。大通りは魔力探知のこともあるため、確実性を考慮して地下を利用したんだろう」
「地下……」
これはジシスの予想通り――考えながら聞き返すと、オズエルは頷いた。
「遺跡は中央部の範囲に留まっているわけではない。この街全体に存在しているのだが……中央部から東部の方へ進む道は劣化が激しくまともに通行することができない。よって、街を抜け出す場合使うことになるのは西側の道だ」
「とすると、地下へ潜って資料を奪い返す?」
「いや、それはできない。俺も地下がどういう構造をしているのか詳しく把握できているわけではないからな。俺達三人が把握しているのは、あくまで学院とその周辺の道だけだ」
「とすると、地下に逃げられた以上手も足も出ないわけか」
「そう。狙うとすれば地上に出た時だ。出口に関しては俺達が関わった騒動で貴重な情報を手に入れている。ネイレスファルトには出口がいくつも存在しているが、地下から直接都の郊外へ出ることはできないと」
「出ることができない……」
「この都を造り出した人間は、初めから遺跡の範囲を把握した上で城壁などを建造したのかもしれない……いや、もしかすると遺跡の存在を隠すために、この都が生まれたなどという可能性も……」
「それはさすがに荒唐無稽のようにも思えるが……」
オズエルの言葉にジシスが呟く。
「まあ、その辺りは置いておくとしよう。ともかく、地下に入っても都の外に出ることはできないというじゃな。ならば、奴らは西部にあるどこかの出口から抜け出すつもりでいると」
「そういうことだ。探知魔法によっておおよその出現場所は特定できる……そこで資料を奪い返せば事件は解決……だが」
「だが?」
「根本的な点は何一つ解決していない。事件を繰り返させないためにも、相手を捕まえる必要があるな」
オズエルの言葉に、他の面々は同時に頷いた。