断絶した文明
ユティス達が訪れた一室は、オズエルの語った通り比較的綺麗だった。
いや、より正確に言えば物が置かれていないだけ。乱雑に置かれた椅子が五つと壁際にほとんど何も入っていない棚があるだけで、他に目新しい家具が存在しない。机すらないので、ここはほとんど使っていないのだとユティスも用意に推測できた。
「さて、どこから話すか」
ユティス達が着席をした時点で、オズエルは立ったまま話し出した。
「異能者に関してのことは多少ながら知っているのだが……そうだな、まずはこちらから質問させてもらっていいか?」
「どうぞ」
ユティスが促すと、オズエルは手に握る拳銃を掲げて見せる。
「これが何であるかは、前世の記憶が関係しているのか?」
「はい」
即答。ジシスは事情を訊きたくて仕方がないはずだが、口を挟まない。
返事を聞くとオズエルは「わかった」と答え、
「では、これは?」
すると彼は右腕の袖をまくった。白いながらそこそこ筋肉質な腕が見えたのだが、彼が軽く腕を振った直後、突如右腕が明滅した。ユティスは驚き――反応を見て、オズエルは理解したらしい。
「知らないようだな」
「えっと、それは?」
「言ってみれば『顕現式』で使われる魔具のような物だ……これも遺跡からの出土品だ」
「出土品を使っているんですか?」
「俺の研究内容は過去の歴史について。調査には魔物も出るので多少ながら心得があったりするわけだが……出土した武具もかなり効果的だ」
そこまで語ると、彼は袖を戻す。
「俺がこうした武具を使えるようになったのは、マニュアルがあったおかげだ」
「マニュアル?」
「侵入者排除にでも使用する、言わば警備の人間が使用していた武具らしい……とはいえ、その威力は相当なもので、まるでその場所に王様でもいたかのように、強力な物が存在していた」
オズエルは拳銃を何も入っていない棚に置きつつ、続ける。
「マニュアルは、おそらく警備を支持された新人にでも扱い方を教えるために用意されたものだろう。言語の解読は大変だったが、それでも解析を行うことには成功した」
「古語を、武具が扱える程正確に……!?」
ユティスが問い掛ける。対するオズエルは「そうだ」と答えた。
「その能力がなければ、調査など務まらないからな……とはいえ、そういう技能を所持しているのは、ロゼルスト王国でもたくさんいるだろう……ただし」
そう呟くと、彼は笑みを浮かべた。
「彼らが解読できるのは、おそらく千年前の遺跡にある文献だけだろう」
「え……?」
「俺が持つこれは、それより前……二千年前に造られた遺跡からの物だ」
右腕を指差し、彼は告げる。二千年前――
「そもそも、二千年前の遺跡なんてものがそうそう残っているはずがない……千年前の遺跡であっても滅多にない状況だからな……だが、俺は見つけた」
「オズエルさんは、そうした遺跡から武具を発見し、使用していると?」
「そうだ。マニュアルを用いて」
両手を広げ語るオズエル。なるほどとユティスは思いつつ、質問を行う。
「となると、あなたは二千年前の言葉と千年前の言葉が両方わかると?」
「そうだ。実を言うと、この二つを同時に研究している人間が非常に少ない。だからこの二つの遺跡を結び付けて考える人間も、少ない」
「二つは関係していると?」
「これから説明しよう……残っている遺跡は大半、何らかの研究機関だった。いや、より正確に言えば研究を行う場所は地下に造られていたということだろう……なぜ地下なのかは色々と推測できるが、本題から逸れるため話すのはやめにしよう」
「それで、二つが結びついているというのは?」
「遺跡にも種類がある。単純に医学的な研究をしている場所や、武具などの開発をしているケースもあった。だがその中には――」
一拍置いたオズエルは、不敵な笑みを浮かべた。
「異界に関する研究を行っている……そういう場所もあった」
「異界……?」
「千年前の遺跡で、そういう研究を行っていた痕跡があった。どうやらその場所では、二千年前のことに関して研究を行っていた節もある。これが関係していると言った根拠だ」
二千年前――千年という人間にとっては途方もない単位だが、何か意味があるのだろうか。
「二千年前……千年前と比べても、さらに文明が発展していた痕跡がある」
「その一端が、あなたの右腕に眠るものだと」
「ああ、そうだ」
再度袖をまくる。そして腕は突如発光――それはまるで電気回路のように直線的かつ複雑な紋様を生み出す。
「魔力に反応し、予め記憶させていた武装を魔力により構築する物だ。ここまで聞くと『顕現式』との違いはないようにも思えるが……生み出す武具が、ずいぶんと変わっている上種類もある」
「それは?」
「まあ、機会があれば実演しよう」
そう話すに留めるオズエル。先ほど注意されたこともあるので、これ以上騒動が起きる可能性を避けたいのだろう。
「さて、話を戻すが……二千年前はどうやら、異界との交信があったらしい」
「異界……となると、僕らが済む世界に別世界の人間が?」
「多少ながら来訪していたようだ。そうした人物達からも色々と技術を受け取っていた……また、俺達の世界の住人が異界で暮らすケースだってあったのかもしれない」
オズエルはそこで一度天井を見上げた後、確認を行う。
「宇宙という言葉はわかるのか?」
「はい、大丈夫です」
「そっちのお嬢さんは首を傾げたな……説明すると、この世界は言わば球体を成していて、その球体から外に出ると宇宙というこの世界の常識とは違う空気の無い空間が存在する……それも、果てが無い程に」
ユティスにとって宇宙という概念自体はそれほど疑問に持たない――が、話はここからだった。
「どうやら二千年前の人間達は、その宇宙にも進出していたようだ」
「え?」
「しかもそれだけではない。多数の『船』が宇宙を泳ぎ、同じような球形の世界に様々な人間が暮らしていた」
まるっきり、SFの世界だった。そんな技術が、二千年前この世界に存在していた――
「驚いているな。まあ、二千年前のことは教科書にも記載しないからな……確証のある情報が少なすぎて、語るのも難しいからだろう」
「でも、あなたはそうした情報を持っている」
「そうだな。いずれその辺りも教科書に載るかもしれない」
肩をすくめるオズエル。ユティスとしては目を見張るような情報だった。
「興味がありそうだな……最大の疑問は、二千年前に存在していたこうした技術が今は何も残っていないということだな」
「そう、ですね」
「これについては一切わからない……研究資料を漁っているが、少なくとも二千年前の資料に情報は存在していない」
「原因は、わからないと?」
「ああ……だからここは、俺の推測を述べるだけに留めておく」
一度窓の外に視線を向けるオズエル。そして、
「……二千年前、地下に研究機関が存在していたのは、どうやらあちこちで戦争をしていたのが原因らしい」
「戦争?」
「人というのはどれだけ文明を発展させても根っこは変わらないというわけだ……俺達の王様がやっているのと同じだよ。誰かが決めた国境線を少しでも広げるために武器を持ち、戦う……ただ、それだけさ」
肩をすくめるオズエル。彼の言葉には、皮肉の雰囲気がずいぶんと混じっていた。
「戦争により、相手を上回る技術を開発するために研究機関を用意した……と、そこまではいい。その結果――」
「文明は完全に、崩壊した?」
「そういうことだろう……だがまあ、腑に落ちないことがある」
告げたオズエルは右手を突き出し人差し指をを立てた。
「この世界以外の場所に、『船』を利用し人が多くいた……同じように異界にもいた。それは即ち、この世界以外の場所に数多くの人間がいたということだ。この世界の文明が崩壊したとしても、他の場所に存在する人間が復興させてもおかしくない」
「でも、現れていない……」
「例えあらゆる世界全土を巻き込む戦争であっても、文明が完全に崩壊するレベルとなると、正直ありえない……それこそ大陸が焦土と化すような兵器でも使わない限りは」
「そうした物が、この世にはあったと?」
「わからないが、資料には攻撃以外にも防御結界などの開発に余念がなかった。さすがに国を焦土とさせるような兵器をないがしろにするはずもないため、壊滅的な打撃を与えることは難しいかったのではと俺は考えているが……これ以上は調べようもない」
どこか悔しそうな表情を見せつつ、オズエルはさらに語る。
「俺達が住むこの世界を崩壊させることは理論的に不可能ではないと思う。だが、それ以外の……宇宙に脱した他の世界も壊滅している雰囲気がある。そこが引っ掛かる」
「それは……?」
「さっきも言ったが、この世界が崩壊したとしても他の世界が救援に駆け付けたはずだ……資料を基に考えれば。だが出現している節が無い。わかっていることは、二千年前人類が壊滅的な打撃を受けた『何か』が起こり、一度人類は存亡の危機に陥った……だが、世界は立て直した。それこそ、千年という長い年月をかけて」
「そのことが、今回の異能者出現と関係していると?」
「わからない……ただ確定というわけではないが、千年前も同じように異能者が出現していた、という情報もある」
それもまた、ユティスにとって驚くべき話。
「といっても、この辺りについては確定的なものではない。噂が単に流れただけかもしれないが……もしかすると、噂を流した人物には根拠があったのかもしれない」
「そうですか……」
だが、これはかなり重要な情報であるとユティスは直感する。
(今後、この情報がどういった形で役に立つのか……裏で暗躍する組織は、そういったことも知っているのか?)
そこまで考えた時、ユティスは背筋が寒くなった。
あることを理解したためだ――千年前と今では、明らかに文明レベルが隔絶としている。二千年前と千年前とを比べてもそのレベルが退化しているのは明白。ならば――
「察したようだな」
オズエルが言う。ジシスやイリアは先ほどの説明を理解できていないのか首を傾げ――オズエルは続ける。
「千年前、人類は高度が技術……とはいっても、二千年前と比べれば落ちているが、それでも技術は存在していた。だが、どうやらまた『何か』があって、そうした文明も消え去り、今がある……そして、その状況下でまた千年経とうとしている」
「同じことが……起こると?」
「丸っきり終末論だな、これだと……正直情報が少なすぎるため断言はできない。だが、この時代に異能者が出現した……偶然ではないかもしれない」
ユティスは顔を険しくする。となれば――
「さて、説明についてはこの辺りで終了だ……結論が終末論的なものだから、あんまり言わないでくれよ。俺が話の出どころだとすれば、あんまりいい顔はされない」
「わかりました」
「あ、それともう一つだけ。この話に関係あるのかは不明だが、もう一つ疑問点がある」
そう告げると、彼はジシスやイリアを一瞥しつつさらに口を開いた。