最終確認と予兆
夕刻、式典がいよいよ始まろうとする時刻となり、ユティスとフレイラは準備を進めていた。
「よし、これで大丈夫です」
セルナが納得の表情を浮かべ、ユティスに言う。
「……こういう舞台に立てるというのは、光栄に思うところなんだろうね」
ユティスは小さく息をつきながら零す――服装は黒の貴族服。細身で着慣れていないためお世辞にも似合っているとは言い難いが、それでも見られるレベルには留まっている。
「準備はできた?」
そこへ、着替えのために部屋を出ていたフレイラが現れる――栗色の髪は真っ直ぐ下ろされ、胸元がやや開いた丈の長い純白のドレス。腕は白い長手袋を身に着け紋様を隠し、さらに首元にはアクセントとして銀のネックレス。
歩く度にスカートの端から覗かせる足の紋様はやや気になるのだが、その姿はさすがといったところ。なお何気なく紋様について隠す物でも創ろうか進言したが、怪しまれるのも困るということでフレイラは首を左右に振った。
そして、ユティスは彼女の姿を一瞥した後口を開く。
「ああ、準備できたよ」
固い声――それに、フレイラは苦笑。
アドニスとの騒動の後、ユティスはさすがに倒れるようなことはなかったが精神的に疲れ、ずっと眠りこけていた。それにフレイラは平謝りし、ユティスはセルナもいたため「大丈夫」と答えるに留め、準備を整えた。
「強引だというのはわかっている……けれど」
「理解はしているよ。フレイラだって僕のことを考えてやってくれたわけだろ? それを尊重する面もあるけど、やや性急過ぎだよ」
ため息と共にユティスは言うが――呆れ半分演技半分といったところ。最初なぜそんなことをするのかと驚いていたが、やがて王に近づく必要があるからだと認識し、ひとまず「騒動を起こしやや態度が固くなった」姿を演じることにした。
やり方については異論もあったが、フレイラとしても時間も無かったための強硬手段だと思い、ユティスは何も言わないことにした。
「よし、では……」
と、フレイラは一度セルナとナデイルを見回し、
「二人はいったん外に出ていて。これからユティスに対し色々と演技指導をするから。二人に見られると恥ずかしい」
「承知しました」
「……はい、わかりました」
ナデイルは事情が分かっているため神妙に頷き、セルナはどことなく憮然とした面持ちだったが承諾。て二人は出て……部屋は、ユティスとフレイラだけとなる。
「さて、最後の打ち合わせ」
フレイラは途端に表情を作戦モードへと切り替える。
「ユティス、わかっていると思うけど……お兄さんとの件は」
「大丈夫。とりあえず態度を固くしておかないと、セルナに怪しまれるからね」
「そう……強引にやったことは謝る」
「呆れる部分もあるけど、終わったことだしなしにしよう……で、いよいよ式典だけど」
「理想的なのは、王が傍にいる時点で奇襲に遭遇すること……あなたの兄である騎士アドニスだって出席すると思うけど、当然丸腰。体術でどうにかするにしても、押し留められるのは一人くらいだと思う。敵は間違いなく複数人で奇襲を掛けると思うから……どのような形で来るかわからない以上、できるだけ近い方がいい」
「うん」
「そして、どのタイミングで襲ってくるかも不明……これは正直運が絡むけど、ある程度推測はできる」
フレイラはそこまで語ると、一拍置いてさらに続ける。
「敵は会場の状況が煮詰まった時に行動を起こすのではないかと思う……兵士達も式典開始直後はさすがに警戒するはずだから、式典からある程度時間が経過し、兵士達の集中力が散漫になった時……攻撃は始まると思う」
「そのタイミングに合わせ、僕らは王の下へ……」
「あくまで可能性の一つだけどね。会場入りしたら、状況を見つつ上手く立ち回れるように動こうとは思う。そして王と接触したら、できるだけ近くにいたい……難関ばかりだけど、やるしかない」
――ここまで聞いて、ユティスとしては本当にどうにかできるのか不安を抱いた。そもそも王と接近できたとしてもほんの僅かな時間だろう。護衛などというのは、相当難しいのではないだろうか。
「けど……やるしかないんだよね」
おそらく現状で話をしても誰も信じてもらえない――加え、ユティスは一つの推測を行っていた。
フレイラの報告書の件。あれをユティスは届いていないだけと考えていたのだが、もし――もし、どこかで権力者に握りつぶされていたとしたら。フレイラが見つけられなかった内通者がいたとしたら、公にすること自体まずいことになるだろう。
だからこそ、二人だけでやるしかない。
「そうだね……攻撃が始まった時、ユティスが武器を生み出し護衛を行う。場合によっては他の人達の武器を作ってもいいと思うけど……問題が一つ」
「僕がどの程度の時間で作れるか、ってことでしょ?」
「正解」
「より簡素であれば、より早くできるけど」
「強力な武器になればなるほど時間も掛かるし創れる数も減るということね」
「そう。加えてあまりに武器の特性を増やしたりすると極端に脆くなる……だから、例えば何でも斬れる剣とかは――」
「そういうのはいらないよ」
即座にフレイラは首を振る。
「極端な話、最初の攻撃さえ防げればいい……そこだけはきっと、事態を把握している私達にしか対応できないと思う。最初の攻撃で陛下を守れたなら、素手でも式典に出席する騎士達が王の近くへ来るはずだし、どうにかなるはず」
「そっか……となれば、どういった剣を?」
「強力な魔具で身を固めた人間が登場することもないはずだから、相手の攻撃を打ち払える物があれば、良いと思う」
――そう彼女が語るのには理由がある。元々城下とその周辺については多大な魔力がないかを精査する探査魔法が組まれている。その上長距離魔法に対する結界術なども構築されており――その辺りを心配する必要はない。
加え、城周辺には魔具などに反応する探査魔法が存在する。切れ味を少し強化した包丁くらいのレベルだと判別できるか怪しいのだが、騎士団などが使うような武具を許可なく持ち込めば確実に露見する。つまり敵は、奇襲を仕掛ける以上探査魔法に引っ掛かるような武具を持ち込むことができない。
逆に言えば、敵が持ち込むことができるレベルの武具を防ぐことができるなら、王を守ることができる――そして、丸腰の会場内ではそうした簡素な武器も必殺の物となる。
「だから剣の特性を、時間が稼げる防御能力の高いものにして欲しい……ここで一つ質問だけど、切れ味を強化する場合は時間が余計にかかる?」
「そうだね」
「ならなまくらでいい。武器は長剣で……例えば『守れ!』という掛け声一つで正面に結界を形成する魔法剣とか、できる?」
「それなら、どうにか」
言いつつ、ユティスは両腕に魔力を込め光を生み出す。それを引き伸ばし魔力を収束させ――長剣が生じた。
見た目は新品かつ、装飾なども存在しない無骨な長剣。それをユティスは渡してみると、フレイラは軽く素振りをする。
さらに刃に指で触れてみる――切れない。
「……守れ」
呟くと剣が突如発光し、フレイラの正面に半透明の青い光が出現。それはフレイラの体を透過しているのだが、
ユティスが正面に回り軽く小突く。コンコンと小気味の良い音が聞こえ、結界がきちんと作動していることがわかる。
「よし、これなら大丈夫」
「結界についてはある程度頭の中で考えた形になるよう調整は施してある」
「そんなことまでできるのか……すごい」
感嘆の声を上げつつフレイラは剣を返す。ユティスは受け取ると剣に力を与え、光となって瞬時に消えた。
「それを作り出すのに何秒かかる?」
「さっきので全力じゃないけど……三秒から五秒の間くらいかな?」
「その僅かな時間でも命取りになるかもしれないから……身構えてはおいて」
「わかった」
「それで、その剣ならどのくらい作れるの?」
「そうだね……平常時に連続で作成するなら、十本くらいかな。けど式典で疲労するだろうから……よくて、半分くらいかも」
「わかった。肝に銘じておくよ」
言うと、フレイラは改めてユティスに向き直る。
「会場内での立ち回りは私に任せてくれればいいよ……それと、不快な思いはさせないようにするから」
「気を遣わなくてもいいよ……フレイラも、無理しないで」
「うん、ありがと」
微笑を浮かべるフレイラ。ドレス姿ということもあり、鮮やかな笑みだとユティスは思いつつ――
「それじゃあ、行くとしましょうか」
フレイラが提案。それにユティスは頷き、
二人は、会場へと足を向けた。
* * *
式典が始まる直前、警備をまとめていた騎士の一人に、アドニスの親友がキビキビと働いていた。
名はロラン=ベディクト――潔癖ともいえる態度をとるアドニスに対し、常日頃陽気で仕事をサボるケースのあるロランは、都から東側に領地を構える家の嫡男。
短い茶髪に、アドニスと比肩しうる体格とくれば迫力はそれなりだが、妙に愛嬌のある顔立ちによって、その雰囲気は照りつける太陽のようなもの。
王家の血は存在していないが、アドニスと知り合ったことを契機に――いずれのし上がるため彼に近づけと両親から命令され、騎士をやっている。
「はあ、めんどくせぇな……」
しかし、本人はアドニスの親友となりながらやる気もなく、その言葉が口癖となっていた。
「見たかったなぁ……アドニスとかち合った女と、婚約者であるアドニスの弟」
呟くと、ロランは苦笑する――アドニスもずいぶん、厄介事に振り回される羽目になった。
「だがまあ、これも因果かな……っと」
そこで兵士の一人を呼び止め、指示を出す。やる気の無さは一見するとわかるのだが、彼が仕事を仕損じたことは一度もない。
「はあ、しっかし親は警備に回っていると知ると怒るんだろうな……いや、息子が頑張っているとか美談にするか、あの親なら」
そんな風に独り言を呟きつつ――ロランは、アドニスや彼の妹であり長女のリシアを思い出した。
正直、彼らは相当教育されたのだとロランは認識している――両親の役に立つことが至上命題であり、またそうすることが本人も至上の喜びと感じている。これほど相互に喜ばれることもないのだが、ロランはどこか歪んだ関係だと感じていた。
「本人達がそれでいいなら、別にいいけどよ……」
家をさらに繁栄させるため――そういう目論見で、大半の貴族はこの式典を訪れているはず。その中でアドニスやリシアを要するファーディル家は、抜きんでてリードしているのは間違いない。
さらにロランは思い出す――次男は文官として城勤めで一定の地位を確保しつつある上、四男は魔法に関して才があり既に宮廷魔術師を約束。末っ子の次女もまた魔法に秀でており、なおかつ長女並の人脈を確保しており、
「末恐ろしいな。勝てるわけねぇよ」
だからロランは早々に全面降伏を決めていた。
「逃げ一択しかねえわな……しかし唯一の問題点が、今回出てくる三男か」
彼はまだ見たこともない三男ユティスを想像する。現在、まともに屋敷から出ることのない人物。今回式典に出るということで、アドニスを始めとした家族は戦々恐々としているのは間違いない。
「しかも、組み合わせがあの体に紋章刻んだキュラウス家の次女……まったく、無茶もいいとこだ。何考えているかわかんねぇな」
そこで、またも兵士を見つけ指示を行う。ロランは走り去る姿を見送りつつ、小さく息を零す。
「……ま、同情するよ」
ユティスに言った言葉だった。ロランは胸中、アドニス達は彼に不幸を全て押し付け生きているのだと思っていた。
加え、彼を屋敷に無理矢理押さえつけているのだと考えていた――いや、ロラン自身その推測は正しいと確信している。今回ユティスが出てくるということで、アドニスは相当不機嫌になっている。表情には出ていないが腐っても友人。その程度のことは理解できるし、だからこそ推測が紛れもない真実だと思う。
ロラン自身色々と付け入るとすれば間違いなくここだが、あいにくやる気がカケラもなかった。
「権力争いは、勝手にやってくれって感じだな……しっかし、ファーディル家は最終的にどこに到達したいんだろうな?」
そんなことを頭に浮かべた時――ロランは、ふとラシェン公爵の顔が頭に浮かんだ。
「公爵のような、地位か……? まあ、遠縁で血筋がある以上、そういう座を狙っても――」
そこまで言った時、ロランは一つの推測に行き着いた。ラシェン公爵自身、ファーディル家の進出をどう考えているのかわからない。しかし、ユティス達を城に招いたのは彼だと聞く。となれば、もしや公爵は――
「……いやいや、出会ったのは偶然だって話だし、いくらなんでもあり得ないだろ」
すぐさま首を振るロラン――その時、
「騎士ロラン!」
同僚の騎士が、ロランへと駆け寄る姿が。
「ん、どうした?」
「兵士からの報告だ……城下で城の方を窺っている怪しい人物を見たらしい」
「……へえ? どこの暗殺者だ?」
「まだ決まったわけじゃない。とはいえ調べに行こうかと思うんだが」
「ああ、わかった。ここの指揮は任せてくれ」
「頼む」
同僚の騎士は足早に去っていく。それを見ながら、ロランは小さくため息をついた。
「やれやれ……こんだけ大規模な式典だ。厄介事の一つくらいは覚悟していたが、いざ来るとなると面倒だな」
口癖を零しつつ、彼はそれ相応の警備に変えるべく歩き出す。
同時に、再度アドニス達のことが思い浮かぶ――先ほどの推測はきっと間違っている。けれど、間違いなく今回の式典は一波乱あると確信めいた予感が、ロランの頭を支配し始めた。