創生の実験
ユティスの異能は『創生』という名がつけられているが、それはいくつかやり方が存在している。小説の世界にしか存在しない剣を想像し生み出すというやり方以外にも、現存する物をそっくりそのまま構造を真似て創り出すという技法も可能だった。
どちらも見かけ上は『創生』をただ行っているだけのように見えるのだが、ユティスとって想像し生み出すのと真似て生み出すのでは少々やり方が違う。とはいえ難易度はさして変わらないため、ユティスにとって異能の発動の仕方が少し違う程度で、想像した物を創り出すのと同じ労力で『創生』を行うことは可能だ。
真似る場合、例えば木製のコップや陶器の皿など、見た目の構造が簡単な物についてはユティスが一目見ただけで即座に生み出すことはできる。
しかしユティスが今回発見した拳銃などの場合――そもそも内部構造などがわからないため、見ただけで創り出すことはできない。また魔力を多く含んでいる武器や道具についても、その物に内在している魔力構造を理解できない限り、同じ物を創り出すことはできない。
そこで使うのが、魔力解析の魔法だった。
「異能者……それも『創生』か」
オズエルに対しユティスは自己紹介を行うと、その辺りのことは把握していたらしく多少ながら驚いた声がもたらされた。そして彼自身ユティスの異能に興味を抱いたのか、あっさりとユティスの要求――拳銃の魔力解析を承諾する。
ユティスはまず、噴水の脇に拳銃を置き、それに対し右手をかざして詠唱を始めた。
「――示せ」
やがて発動した魔法により、ユティスの手の中に拳銃の魔力構造が記憶されていく。そこでユティスは改めて拳銃を観察。リボルバーではなく、自動式拳銃のような外観を持っている。
色は白銀。太陽の光を浴びてずいぶんと綺麗に輝いている。グリップなどについては樹脂素材のような少しザラザラとした感触。ただ、持った感触としては予想以上に軽かった。もしかすると魔力を組み合わせることによって強度を確保し軽量化しているのかもしれない。
そして自動式拳銃の場合、マガジンを装填する場所がグリップの部分などにあるはずなのだが――この拳銃にはまったく存在していなかった。おそらくこれは実弾を用いるのではなく、魔力を利用して弾丸を形成するのだろう。ユティスにとっては好都合だった。
少しして、魔力解析が終了する。この魔法については構造の複雑さよりも物の大きさによって解析時間が大小するため、それほど時間を必要としなかった。
「ありがとうございます」
オズエルに拳銃を返す。すると彼は意外そうに目を見開いた。
「もういいのか?」
「はい。魔力構造を体の中に記憶させたので、大丈夫です」
ユティスはそう応じた後、右手に宿った記憶を頼りに『創生』を実行する。先ほど持っていた拳銃の魔力の流れを再現し――構成する。
オズエルやジシスが目を見開き異能が発動する瞬間を注視する。やがてユティスの手には――オズエルが握っている拳銃とまったく同じ物が生み出された。
「……なるほど、これはすごいな」
感嘆の声がオズエルからもたらされる。ただし、そこにユティスが一つ捕捉を加えた。
「本当の物質にするためには、さらに魔力を込める必要があるんですけどね……今僕の手にある物は、あくまで疑似的な物です」
「疑似的であっても、そうやって魔力によって存在する限りは同じ能力を持っているのだろう?」
「はい」
ユティス返事をした後、創り出した銃を確認する。
小型でありなおかつ軽いため、片手でも簡単に扱える。問題は弾丸を発射した時の事。実弾でない以上どの程度衝撃があるのか。そして、どのように弾を込めるのか。
「オズエルさん、使い方についてはわかりますか?」
問い掛けてみるが、彼は肩をすくめた。
「それを検証しようとしたんだが……一回しか試行していないため、まだ確定ではない」
「この部分を引いて、先ほど音が出たんですよね?」
ユティスは引き金の部分に指を置きつつ問い掛ける。それにオズエルは頷いた。
「ああ……魔力が噴出したようだが、この場にある物に変化は無かった」
「ふむ……」
ユティスはしげしげと拳銃を眺めた後、試しに拳銃を両手で握り、構えてみる。照準は噴水奥にある木々。
「……あ、でも音がするのか」
「なら遮音させよう」
オズエルはあっさり告げると、右手をさっと振った。それによって一陣の風が吹き――魔力が周囲に漂う。
「これで、結界が?」
「ああ。遺跡に眠っていた物を利用して構築した結界だ。音を遮断するし、結界を構築したという気配も薄い」
ユティスは彼の言った遺跡に眠っていた物という内容に興味をそそられた――が、同時に教員に見つかったら大変なのではとも思った。場所を移そうかと提案しようとしたのだが、彼は興味ありげにユティスを見据え、動き気はなさそうだった。
(……もしまずそうだったら、この人も言うだろう)
ユティスはそう思うことにしつつ、構え直し木々へ銃口を向けた。オズエルやジシスはユティスの行動に対し静観する構え。一方イリアは、オズエルと同様静観しているが――何が起こるのか理解できないため、呆然としている風でもあった。
ユティスは一度呼吸を整え、全身に力を入れると――引き金を引いた。
「……あれ?」
だが動かなかった。どうやら安全装置が働いているらしい。
「えっと……」
それらしいのがないかを探し、すぐに発見。安全装置を解除。
そして改めて構え――引き金を引いた。
刹那、ドンというやや重い音が周囲に響いた――が、実弾の銃声と比べてもずいぶんと小さい。しかもオズエルが発した物と比べても、まだ小さかった。
「俺はこいつにありったけの魔力を込めた」
そこでオズエルから発言。なるほどとユティスは思い直し、両手に魔力を集め、刀身に力を注ぐようなやり方で拳銃に魔力を収束させた。
「……これなら」
呟き、ユティスは引き金を引いた。直後、今度は炸裂音のような音が響き、イリアがびっくりしたらしく肩を震わせた。
しかし、ユティスにも理解できた。魔力が放出されたのだが、それは弾丸のように一つになるわけではなく、空中に霧散する。
「なるほど、弾丸のように一つにまとまるイメージが必要なのか」
ユティスはなおも呟き、もう一度だけ銃を使ってみることにする。呼吸を整え、今度は魔力の収束方法も変えた。単に魔力を込めるのではなく、拳銃の中に銃弾を込めるようなイメージで。
これで成功するかどうかはわからない――が、ユティスはなんとなく怖かったので腕周りに身体強化を施し、撃った。
瞬間、僅かながら腕に衝撃が走った。それと共に青い色をした魔力の弾丸が銃口から真っ直ぐ木へ向かって放たれる。
オズエルは驚き、ジシスも声を上げる。そして弾丸が木に直撃し――破砕音が耳に響いた。
さすがに貫通はしなかった。けれど弾丸が直撃した場所は、表皮を弾き幹を抉る事には成功した。
「……これだ」
ユティスは思わず呟いた。
それほど魔力を込めていたわけではない。今のは実弾より威力がないだろう――けれど、魔力の収束次第では相当な武器になる。
(これに『精霊式』の魔法を組み合わせれば……)
それに成功したとしたら、今よりも遥かに強力な攻撃となる――そしてこれは間違いなく『創生』を所持するユティスにしかできない。この事実は明確なアドバンテージとなる。
オズエルが所持するように拳銃は現存していてもおかしくない。だが、これを武器として利用する人間はいないだろう。使い方を把握したとしても遺跡から出てきた物なんていつ破損するかわからないような物であり、リスクを考慮するとさすがに使用するわけにはいかないはずだ。
「……ふむ、俺は収束のやり方がまずかったというわけか」
オズエルは口元に手を当てつつ感心したように呟いた。
「それと、あなたはこれがどういう使い方なのか理解しているようだな」
「……ええ、ちょっと」
「なぜ知っている?」
「――おい」
そこでジシスが横槍を入れた。おそらくオズエルが敬語も使わずタメ口で話していることを咎める気だったのだろう。だがユティスはそれを手で制し、
「異能に関わること、というだけで勘弁してください」
「……ほう」
興味深そうに視線を送る。
「異能、か……それは――」
一拍間を置いて、彼は問い掛けた。
「転生するより前、見たことがあるということなのか?」
――ユティスは、口の動きが完全に止まる。
まさか学院の、初対面の人物から転生などという言葉が出るとは思わなかった。
「転生?」
突拍子もない言葉に、ジシスが聞き返す。だがオズエルはそれを無視しユティスに問う。
「どうなんだ?」
「……えっと、なぜその言葉を?」
「研究している内容からか、俺はこの学院内の異能者と知り合いでね。その人物から色々と聞いただけだ」
「なるほど……そういうことですか」
彼と接触すれば、異能者とも話の機会があるかもしれない――そういう打算と共に、ユティスは一つ提案をする。
「……少し、話しませんか?」
するとオズエルはその言葉を待っていたとばかりに、笑みを浮かべた。
「構わないが、さすがに立ち話ではなんだから移動しないか?」
「研究室ですか?」
「俺の部屋は散らかっているから無理だ……いや、もう一方の研究室ならいけるか」
そう呟くと、オズエルはユティスに背を向ける。
「案内する」
「わかりました……それと、あなたのことについても少しばかり教えてもらえるとありがたいんですけど」
「ふむ、そうだな。その辺りを含めて話をするか」
オズエルは了承し、ユティス達を先導し始める。
それと同時にユティスは一つ確信する――拳銃という武器を得ることもできた。さらに異能者と関わりのある魔術師との出会い。これは間違いなく、自分達の状況を好転するものになるだろう――と。