険悪な二人
ユティスが武器を見つけた一方――フレイラ達は闘技場に入っていた。一応賓客ということで、案内された部屋は個室。ただ、それほど大きくはない。四人が入ってもまだ余裕のある広さだが、最高級な一室には程遠い。
ただし、大きな窓が設置され闘技場を一望することができる――観戦し、腕の立つ者を見つけるには十分すぎる部屋だった。
「なんだか、こういう部屋に入るとあなた達が相当なお偉いさんだとわかるわね」
リザがそんなことを告げる。それに対しフレイラは肩をすくめ、
「公爵の紹介でこの部屋に案内されたと考えると……それほどでもないような気が」
「なるほど、公爵か……相当偉い人がバックにいると」
「でなければ、城には入れませんよ」
ティアナの言。リザは「確かにそうよね」と納得し、窓近くの椅子に腰掛け、テーブルに頬杖をついた。
フレイラも窓に近寄り外を観察する。既に観客も入り、後は試合開始を待つだけという状況。満員御礼の闘技場内は熱狂に包まれ、今か今かと戦いを待っている。ガラスを隔てているため声はそれほど大きくないが、それでも観客達の声が聞こえてくる。
「あの……一ついいですか?」
入口付近に立つアシラが口を開く。フレイラは首を向け、
「いいけれど、何?」
「彩破騎士団、という組織が異能者対策の組織だとはわかりました……けど、あなた方の国では彩破騎士団以外にも動いている組織があるんですよね?」
「ある、というより今作っている最中という感じだと思う」
「そうした人達も、ネイレスファルトに来ているのですか?」
「公にネイレスファルトで人を雇うなんて発表するわけでもないから推測でしかないけど……こちらを凌駕するために目を向けているのは確かだと思う。それについて何か気になる事が?」
「その、俺の場合はユティスさんと縁がある以上に色々理由があるんですけど……闘技場で人を雇うとなると、相当お金を積まないといけないのでは?」
「うん、そうだと思う」
フレイラはあっさりと肯定。すると今度はリザが驚いた。
「ずいぶんと悠長ねぇ」
「焦っても仕方がないし……それに、邪魔されるのは予想の内だから。ただまあ、ここで正式に強い人を雇い入れるのは、難しいかなというのが実状」
「ちなみに予算は?」
問い掛けたリザに対し、フレイラは肩をすくめた。
「私達の敵は同じロゼルスト同士だけではない……ここには私達以外にも闘士や勇者に興味を持つ人がたくさんいる。もちろん予算はそれなりだけど、きっと他と比べると見劣りするかもしれない」
「……その言葉だと、端から期待していない感じなのね」
「良さそうな人がいたら、もちろん話はしてみるけどね」
――とはいえ、そういう人物は他の所からだっていくらでも声が掛かる。だからこそフレイラ達はイリアなどの力を通じ在野にいる人物を雇おうと考えた。
その目論見は一応成功し、アシラという配下を得た。とはいえまだ足りない。対異能者組織である以上、決して何百という人数を必要とはしていない。けれど、少数精鋭だといっても前衛を任せられる人間は複数欲しい。
フレイラはなんとなくリザに視線を送る。彼女を採用するわけではないが、こうやって少なからず関わっているということは、彼女なりに考えがあるのだろうか――対するリザの視線は深い思慮があるようには見えなかった。
「なあに?」
小首を傾げリザが問う。声音だけを聞けば子供のようなあどけないものだったが、表情は妖艶という言葉がひどく似合うくらいに大人びていた。
(年齢は私とそう変わらないと思うんだけど……)
フレイラはふと、リザの大人びた様子に疑問を抱く。話によると生来闘士になるべく鍛錬を積んでいたらしいが、そうだとすると闘士的な風格といったものが身についてもおかしくない。
だが、リザからはそういうものをあまり感じない。ゼロではないしリザ自身そういう気配を見せないようにしているのだと理解はできるが――悪い言い方をすれば、娼婦のそれに近いもののようにも感じられる。
(さすがにそういうのを面と向かって言うつもりはないけれど)
フレイラは視線を逸らし闘技場を見下ろす。まだ人はいないが、時間的にはそろそろ。直に始まるだろう。
「……闘士にとって、この舞台に立つことは誉なのよ」
リザが口を開く。フレイラは闘技場に視線を送りながら話を聞く。
「この場所が、闘士にとって最高到達点……もちろん最大の目的はこの大会で優勝することだけど、大会に参加したいというのを目的として闘士になる人も少ないないわ」
「そういう人は、大会出場を決定した後燃え尽きてしまうような気がするけど」
「そんな人も多いわねぇ」
フレイラの意見にリザは同意。
「ま、それくらいこの大会は特別だというわけよ。おまけに、今回は異能者の参戦もある」
「騎士レオ……」
彼は既に『剣霊』という異名を所持している。あらゆる剣技を一目見て使うことのできる異能――『創生』のように派手さがある異能ではないが、一騎打ちなどの対人戦においてはこれほど怖い異能もないだろう。
剣術同士の戦いなら、まず負けないのではないか――今後異能者と戦う場合、魔物ではなく人と戦うことになる。そういった場合彼の異能は非常に有用なものとなるだろう。
「……そういえば、騎士ヴィレムの件ですが」
ここでティアナが口を開く。
「当て馬、というような話ですが……実力は、相当なものなのでは?」
「そりゃあ闘技大会優勝者だから、腕はあるわよ」
リザが確信を持ってティアナに応じる。
「私が戦っても間違いなく負けるでしょうね。ティアナさんについても……ま、勝つのは難しいかも」
「訓練の光景を眺めていればわかります。そうした技量を保有している上、騎士達からの信頼されているのもわかります……にも関わらず当て馬とは。やはり王宮というのは実力だけでは足りないのですね」
「当然よねぇ。だって王宮を生き抜くには、剣以外のものがたくさん必要だから」
「……そういうのが煩わしいから、あなたは騎士にならないのですか?」
「別に私、絶対騎士になりたくない――って、思っているわけではないけど?」
小さく欠伸をしつつ彼女は応じる。脈は一応あるのか――フレイラが思った時、
「何? ティアナさんは私が騎士になって欲しいの?」
「そういうわけではありません」
「ユティスさんの所とか居心地よさそうよね」
「……なぜ急にユティス様の話になるのですか?」
「ところで、あなたは正式に彩破騎士団とやらに所属しているわけではないんでしょ?」
「……それがどうかしましたか」
「しかもユティスさん達に色々と疑われている様子……この場にいるのはそぐわないように思えるのだけれど?」
やや攻撃的な言動――だが、どこか冗談めかしく語っている節もあり、ティアナに告げて反応を楽しんでいるようにも見える。
対するティアナは露骨に不快な顔をした。ドレスなので剣を差しているわけではないのだが――もしあったら抜いていたかもしれない。
「ティアナ、落ち着いて――」
「正直、聞き捨てなりません」
ティアナは一歩リザに近づく。そこへ割って入るように動くフレイラ。いまだ入口付近にいたアシラもその様子に驚き、フレイラと同様仲裁に入るつもりか一歩足を踏み出した。
「リザさん。あなたは私がどういう人間かを見定めるために闘技場に同行したのですか?」
「さすがにそれは勘ぐり過ぎね。単にあなたの態度が気に入らないだけ」
ティアナの問い掛けにリザはさっぱりとした返答を行う。
「私としては、色々と街の事件に協力してくれたユティスさんの味方をしたいわけ。ただ、現状ではユティスさん達の敵なんていうのは、ネイレスファルトにいない……でも、唯一騎士団に所属しているわけでも、はたまた配下というわけでもない人間が一人いる」
「それが、私だと言いたいのですか?」
「二人とも、喧嘩はやめて」
フレイラが制する。もしまだ口論する気ならしかと注意する必要があると考えた――のだが、
「そうね。ごめんなさい」
リザはあっさりと退いた。途端、ティアナが微妙な表情をする。
そのまま突っかかって来たなら反撃しようなどと考えていたのかもしれない。だが予想に反しリザはあっさりとフレイラの言葉に従った。
「……リザさん」
けれどフレイラは、彼女に釘を刺しておかなければならないと断ずる。
「ユティスに対し恩を感じて色々してくれるのはありがたいけど……事を荒立てるのは」
「わかったわ。ごめんなさいね」
フレイラに微笑を浮かべる。それもまた魔女のような蠱惑的なものを連想させ、フレイラ自身さらに違和感を覚える。
とはいえ、さすがにそれを吐露することもできないので「お願い」とだけ言って、不機嫌な様子のティアナに視線を向けた。
「ティアナも、あんまり大騒ぎしないで欲しい」
「……すみません」
燻っている様子ではあったが、それでもティアナは謝罪し引き下がった。
これでひとまず解決――と言いたいところではあったが、火が消えることはないだろう。そもそもティアナがなぜリザに対し好戦的なのかもあまり理解できない。ユティスからは「事情により決闘を行った」と言っていたが、それが直接的な理由なのだろうか。
やがて両者は離れた場所に着席する。その行動に苦笑した後、フレイラはアシラに首を向けた。
「座ろう」
「は、はい」
頷いたアシラは、神妙な面持ちで着席する。
「自身の技量を照らし合わせて、もし自分だったらどう戦うか……それを想像して観戦してみて」
「わかりました」
頷いたアシラは両手に膝をつけ、過剰なくらい背筋を伸ばし闘技場を見入る。その様子が少しおかしかったのだが、苦しかったら姿勢を変えるだろうとフレイラは思い、視線を窓の外に移した。
きっと、根が真面目なのだろう――それと騎士団という身分の人間と接することに慣れていないせいで緊張しているのもあるはずだ。
内心にアシラに対する好奇とリザ達の不安を抱えつつ――フレイラは、闘技場内に司会者らしき人物が入って来たのを目に留めた。