異能者と武器
「ユティス殿。騎士ヴィレムなどは話しているか?」
「……何を?」
「都市内の学院について」
ユティスは首を傾げる。ヴィレムが学院について言及するというのは、どういうことなのか。
「やはり知らないのか……この場合は話すタイミングが無かっただけかもしれんが」
「……あの、何を?」
「――実は」
ジシスは小声で続ける。
「都市内の学院に、一人異能者がいる」
「……異能者が?」
ネイレスファルトに異能者が集まっていることを考えれば、学院内に異能者がいてもおかしくはない。ただ、都の学院にいるというのは初耳だった。
「その異能はかなり特殊であり、非常に厄介な異能だと耳にしたことがある」
「魔力が少ないとか?」
「伝え聞いた話によると、逆じゃな」
「逆?」
聞き返したユティスに対し、ジシスは首肯し、
「魔力が……それこそ無限に等しいなどとささやかれるくらいに保有しているらしい」
――もしそれが本当ならば、最強の魔術師ではなかろうか。
「もちろん、問題もある。どうもその人物は攻撃魔法や複雑な術式を持つ魔法を使うと、その規模に応じて自身が負傷してしまうらしい」
「負傷……となると、もし強力な魔法を使うと」
「死に至る可能性があるらしい。簡単な結界を始め、大丈夫な魔法もあるようじゃが」
それは厄介だ――思いつつ、ユティスはその異能が今まで確認できたものとは異なると思った。
ロゼルストで確認できた異能は『創生』と『全知』に『全能』と三種。これに闘技大会に参加するラキウス王国騎士レオの異能――『同化』が加わる。相手の技などを即座に習得する際相手の魔力の流れを写し取るため、相手の魔力と『同化』するということからこうした名称がつけられた。
レオの異能については身体的に問題が生じるわけでも、先天的に魔力などに問題があるというわけではない。彼は常人以上に魔力を所持している上、その異能により阻害されることなく魔法も使える。さらにユティスのように体が弱いわけでもない。
しかし、彼にも欠点がある。レオの異能は一目見た剣技を自身の身に宿すことができるという異能。ただそれを使う場合、恐ろしい程の魔力を消費する――つまり、燃費が相当悪いらしい。
他者の剣技を異能で真似ることにより、必要のないことまで全て写そうとするため魔力を多大に消費するという結論に至った。もちろん鍛錬を重ねればその無駄な部分を排除し魔力消費を抑えられるらしいが、それをするまでにはかなりの時間を必要する。それならばレオ自身が訓練し強くなった方が早いくらい――というわけで、彼自身異能を使うことはそう多くないらしかった。
ロゼルストで発見した三種は先天的に問題を抱えていたのだが、レオが持つ『同化』については使用する段階で問題が生じる――そしてジシスが語った、この学院にいる人物の保有する異能は四種には該当しそうにない。となれば、五種目の異能ということだろう。
「騎士ジシス。その人と会うことは?」
「どうじゃろうな……儂も会ったことはないため――」
そう語った時だった。
突如、学院内でバン――と、何かが弾けたような音が響き渡った。瞬間、ユティス達は互いに顔を見合わせる。次いで、音に気付いた教員らしきローブを着た男性が部屋から飛び出してくる姿を目撃。
まさか騒動か――ユティス達は全員が同時に走り出す。さすがに先日遭遇したイドラの仕業だとは思えなかったが――
音のした方向に、教員らしき人物達も数人近づいていく。そして、
「――やはり、お前か!」
叱責するような声を、ユティスは耳にした。
そこでユティス達は立ち止まる。やはり、などと言っている以上これは襲撃などではなく単なる騒動だろう。しかも何度もあるようだ。
「単なる学院内の騒動のようじゃな」
ジシスが発言。ユティスは「そうですね」と相槌を打ちつつ、どうしようか悩んだ。
このまま様子を見に行っても何もすることはないだろうし、関わらない方がいいかもしれない。だが、ユティスは先の事件に関わりアシラと出会ったことから、何かしらきっかけになるのでは――と、思ったりもした。
(……様子だけでも見に行くか)
ユティスは決断し、そのまま歩む。ちなみに、ジシスは何も言わなかった。
やがて辿り着いたのは、学院敷地内でも端の方にある、小さな広場。申し訳程度の噴水や石畳の床が存在する場所で、景観的な意味合いでこういう場所を設置したのだろうとなんとなく予想できた。
その場所――噴水近くで、教師らしき人物に説教を受ける人物がいた。首がはっきりと見えるくらいの短い黒髪だったが、前髪は多少伸びているようにも見える。瞳は遠目から見ると一瞬黒だと認識したのだが――太陽の光によって僅かにわかったのは、相当濃い紫色の瞳である事。顔立ちは地味で、長めの前髪により多少だが暗そうな印象を与える。
格好は黒を基調としたもので、ローブのようなゆったりとしたものではなく体に合わせて作られた――ネクタイを着けているわけではないのだが、ユティスの目にはパリッとした紳士服のようにも見えた。
また、一際特徴的なのは身長の高さ。百八十センチを優に超えているだろう長身は、教師に説教されて背を丸くしていることによりなんだか奇妙に見える。
ただ、その所作も反省しているというよりは「こうしていればすぐに終わってくれる」などという意図があるように思えた。
「オズエル……何度も言うが、実験をする場合は申請書を出すんだ。特に君の実験は何があるかわかったものではないから」
「……しかし」
「しかし、何だ? 申請など下りたことがないからこうやって勝手にやっているということか?」
図星のようで、首をすくめる男性――オズエル。ユティスは彼が特殊な研究をしていて、実験を勝手にやっているのだと認識する。
(なるほど……これは、あんまり近づかない方がいいかもな)
ユティスは胸中呟く。実験内容がどうなのかはわからないが、それでも問題を起こす人物ならば、敬遠した方がいい。
「……騎士ジシス。行きましょうか」
「うむ」
ジシスは承諾し、元来た道を引き返すべく歩き出す。ユティスは最後に一度視線を送った後、その場を去ろうとした。
だが、ふと視線が彼の手元にいった――刹那、
「っ!?」
そこに握られている物を目にして、思わず立ち止まった。
「……ユティスさん?」
イリアが立ち止まったために見かねて問い掛ける。だが、ユティスは応じることができない。
「あれは……」
呟き、どうするべきか思案する。オズエルという人物は、間違いなくあの手に握っている物の実験をしていた。それを目にしたユティスは、大いに興味を抱いた。
(……僕はああいう物がないかを確認しに来た面もある)
だから、ユティスは立ち止まった――そして、決断する。
(迷っていても……仕方がないか)
実験しているとなれば、少なからず知識もあるはず。そう結論付けたユティスは意を決しオズエルへと近づいていく。突然の行動にジシスは咎めてもおかしくなかったが、あくまでユティスの思うように行動させるつもりか、声はなかった。
「……ん?」
そこで、教師がユティスの存在に気付き目を向ける。騎士もいる以上さすがに部外者だとわかったか、口を開いた。
「見学者ですか? 申し訳ありませんが――」
「その、もしよければでいいのですが……彼と話をさせてもらえませんか?」
唐突な要求に、教師は目を丸くする。さらに言えばオズエルですら訝しげな視線を送る。
「彼が手に握っている物に多少ながら興味がありまして」
立て続けに言った言葉に、教師は視線を落とす。
「……これに、ですか?」
「はい」
「ふむ……これは遺跡から出土したものでして、用途も不明で……」
「話を聞かせて欲しいというだけですよ……まずいですか?」
ユティスは問う。教師はそれを見て渋い顔をした。
問答無用で追い払われてもおかしくない場面。教師はここでユティスの後方にいる王宮の騎士に視線を移す。
ジシスを見て、さらに不快な表情を示しはした。学院関係者を伴わずなぜ見学を、という疑問だって掠めたに違いない。だが、入口から通された以上ユティス達が見学者であるのは間違いなく、下手に言い募ると面倒事になると思ったのかもしれない――教員は、不満を大いに見せたが引き下がる言葉を口にした。
「……わかりました。ただしオズエル。今後、無茶はしないでくれ」
一礼するオズエル。それを見ても教師は納得がいっていないようだったが、この場から去った。
「……申し訳ない」
やや低めの声でオズエルは告げる。それにユティスは首を横に振り、
「いえ……ところで、それなんですけど」
「これか。何か知っているのか?」
「ええ、まあ」
ともあれ、事情を話さないことにはそれを手に取らせてはくれないだろう――ユティスは思いつつ、要求を行う。
「それをどうこうするつもりはないんですけど、少しの間でいいので触らせて欲しいんです。あ、もちろん僕の事は観察してもらっていて構いませんよ。後は……そうですね」
ユティスは少しばかり思考した後、続ける。
「えっと、オズエルさんでいいんですよね?」
「オズエル=レッドラング……オズエルで構わない」
「僕はユティス=ファーディル。ロゼルスト王国から人を雇いに来ているんですけど」
「闘技場には行かないのか?」
「そちらは別の人に任せているので……で、そういう物を実験に使うということは、あなたは遺跡で色々と調査をしている人ですか?」
「俺の専門は、遺跡に眠る道具の調査や文字の解読だ」
「なるほど……」
もしかすると調査面で目的に合致する人間かもしれない――ユティスはそう考えつつ、改めて彼が手に握っている物を指差した。
「それで、貸してほしいのですが」
「……構わないが、怪我をしない保証はないぞ?」
「あなたに迷惑はかけませんよ……自己責任です」
彼はユティスの目的を理解できないため多少首を傾げた――だが少しして、手に握る物を渡した。
「……穴が開いているだろ? そこから何かを射出する道具だ」
「でしょうね」
ユティスは答えながら、それを眺める。
この手に握る物を欲しがっていたというわけではない。だが、強くなるためにある種有力な手段ではないか――そう考えていた。
渡された物――それは紛れもなく、拳銃だった。