同行者出現
「すまん、待たせた」
渋い声が周囲に響く――ユティスがまず一目見て思ったのは、圧倒される程の存在感を持っているという事。相当肩幅が広く、体躯は明らかに彩破騎士団の面々と比べれて大きい上、年季の入った迫力がある。加え、なぜか肩に矛を担いでいる。
顔もまた同じだった。白髪混じりの黒髪に加え、強面と呼んでも差し支えないその顔立ちは一度見たら忘れられないくらいの存在感。さらにユティスの倍以上生きていると思しき年齢が、迫力を助長している。
装備としては具足と胸当てを身に着けているのだが、色が赤。ずいぶんと目立つ色合いで、ただでさえ相当な存在感なのに鎧などの色合いがそれに拍車をかけている。騎士が現れ近づいた瞬間イリアがユティスの裏に隠れてしまったのだが――そうなるのも頷ける。
「ユティス=ファーディル殿だな?」
騎士はユティスの眼前に立つと、豪気に満ちた声で問い掛ける。
「はい……それとこの子は、イリア=リドール」
「話は聞いておる。まずは自己紹介をせねばならんな。儂の名はジシス=グロウグ。ネイレスファルト自由騎士団所属の、老兵だ」
ユティスは彼の言葉に、首を傾げた。
「自由騎士団?」
「通常保有している騎士の権利を制限される代わりに、騎士としてある程度自由に動き回れる立場を持っている……儂はここの王と縁が懇意な関係にあるため、言ってみれば好きにやらせてもらうためにこの騎士団に所属しているわけじゃな」
ずいぶんとざっくばらんな物言い。そこでユティスは改めて相手を観察する。
老兵などと自分で語っているが――確かに顔は六十そこそこといった雰囲気。ただ鎧や衣服の裏に存在しているであろう筋肉の厚さは、若い騎士に劣らぬどころか体躯の大きさから考えても上回っていておかしくない。
さらに、ヴィレムから聞いた情報を思い出しつつ改めて観察すると、なるほど戦乱を生き残ったその武勇は本物だろうと察せられる。例えばリザなどは闘士としての大会などに出場していないにしろ相当な実戦経験を積んでいる雰囲気があった。だが、彼女の実績ですら比較できない程の場数を踏んでいる――それが、ユティスの目にもなんとなくわかる。
「……魔導学院へ行く前に、質問があります」
ヴィレムから事情を聞いていたとはいえ、それでも予想外の人物。よって、ユティスも問い掛けざるを得なかった。
「なぜ、異能者の件について首を突っ込もうと?」
「うむ、疑問に思ってしかるべきところじゃな。ならば順々に話そう」
ジシスは頷き、ユティス達へ説明を始める。
「まず、儂は異能者の存在が出始めた時点で調査を開始した……その理由は、『全知』の異能に由来する」
「それは……?」
「端的に言えば、あの異能の力……度が過ぎていたと思ったのだ」
度、というのは異能の力ということだろう。確かに『全知』の異能は戦闘能力は皆無に近いが世の学者が一掃される程の凄まじい特性を持つ。警戒してもおかしくない。
「その中で、貴殿が十万の兵を一掃するという事案が発生した……これは放っておけば大変なことになると思い、儂は動き出した。ただ他の騎士にも役目がある以上、基本は単独行動であり、思うように進んでいないのが現状じゃが」
「そう、ですか」
懸念するのはもっともだろう。異能は使い方によっては途轍もない力を持つ――ユティスの『創生』は特に顕著だ。
そこでユティスはヴィレムから聞き出した情報を思い出す。他国の騎士だったらしいが――
「……あの、差し支えなければお聞きしたいのですが」
「構わない」
「元々は、他国の騎士だったんですよね?」
「そうじゃな」
「ここに来た理由は?」
「儂が仕えていた国の王に恨まれていたのだよ。まあ、理由は色々とある」
「……そう、ですか」
余計なことを聞いたかなとユティスが思う間に、ジシスはさらに続ける。
「そして今回、貴殿がもたらした情報により異能者を保有する攻撃的な勢力の一つがネイレスファルトにいるとわかった。国家転覆などと考えているわけではなさそうだが、それでも警戒に値する」
「そうですね……魔導学院には確かに情報はあると思いますが、やはり単独で調査するとなると入り込めないと?」
「騎士である儂が入り込むことを警戒するのは至極当然な話。ましてや、儂は立ち位置としても他の騎士とは異なるため、警戒度合いも上がるのじゃろう。だが貴殿とならば学院内に入ることはできそうな雰囲気……身辺護衛という形だがな」
少々強引な気もするが――ユティスは思いつつも「わかりました」と答えた。
護衛としてはずいぶんと仰々しいようにも思える。だがユティスとしても異能を危惧している人物の方が信用できる上、積極的に異能者に関して調べようとする姿勢自体は興味もあった――加えヴィレムの言葉もあったので、了承の言葉を告げる。
「僕達は構いません……ただ、異能云々について多少なりとも調べようかと思っていますが、まずは本来の目的を優先させて頂きたい」
「構わぬよ。こちらこそ無理を言って申し訳ない」
一礼するジシス。ただしユティスは一つ言っておくべきだと思った。
「ただ、あの……」
「うん?」
「その矛は、できれば持っていかない方が」
「……そうか」
どこか残念そうな表情をしつつ、彼はユティスに了解を取った後一度踵を返す。少しして腰に剣を下げただけで登場。ただ、その剣も普通の物と比べれば刀身が太い。
「では、行こう」
「はい」
移動を開始――城門を出た所で、ジシスはユティスに対し窺うように尋ねた。
「口を挟むことではないし、理解されているとは思うが……優れた魔術師を見つけるのならば、外にあるもう一つの学院に赴いた方が良いのでは? あちらの方が実践的な魔術師が多いぞ?」
「その辺りの主だった面々は闘技大会に出場しているようですし、それなら闘技場の観戦に行く人間に任せていますので……僕自身いくつか目的があるわけですが、人を雇う以外の主要な目的として異能者について調べることがあります。その場合は、こちらの魔導学院の方がいいでしょう?」
「なるほど、確かに」
頷くジシス。ユティスはそれに頷き返し――自身の考えを改めて整理する。ジシスに言ったことは間違いではないが、人を雇うことについてもある考えがあって都の学院を訪れているのは確かだった。
優れた魔術師を得るには、都の外にある実践的な魔法を学ぶ外部の方がいいとは思っている。だがそれには騎士を雇い入れるのと同じように障害が存在している。それは他国との競合。闘技大会に出場しているような魔術師を雇う場合、条件面でも相当優遇する国も存在するだろう。そうした相手と競い合ってもまず勝てない。
また、そうした魔術師を得る機会が生じたとしても、場合によってはネイレスファルト側が干渉してくる可能性を危惧した。間違いなくネイレスファルトの魔導学院とロゼルスト王国の魔法院は繋がりがある。よって魔法院の要望により邪魔をしてくる可能性がゼロではないと思ったのだ。
ならば、どうするのか――ユティスは狙い目として研究に従事する人物の中に候補がいないかと考えた。研究に携わる人間は確かに実践的な魔術師と比べ技量的には劣っているケースが多い。だが、その中にもイリアのお眼鏡に適う人物がいる可能性が十分ある。
そういった人物を発掘する――ユティスに残されているのは、その方法だろうと考えていた。
加えもう一つの目的である異能に関する調査――以前遺跡で発掘品を破壊した経緯がある以上、過去に何か情報が眠っている可能性がある。それを調べることができるとすれば、研究色の強い都市内の学院の方が可能性としては高い。よって――
「到着だ」
やがてジシスが手で示した先――そこに、学院が見えた。
ユティスは小さく頷き、中に入る。スランゼルと比べると、敷地はそう広くない――が、そこは都市内に存在するため。郊外にある学院は、相当な規模のはずだ。
入り口にある受付で訪問に来た案件などを伝える。やはりジシスのことが気になったようだが――ここでジシス自身が前に出た。
そして何やらまくしたてるように説明を始める。どうやら教員がいなくても大丈夫だということで丸め込むつもりらしい。単独ではさすがに門前払いされて終わりだろうが、ユティス達がいる手前受付の人間も駄目だとは言い切れない。この展開をジシスは狙っていたのだろう。
ただ大丈夫なのかとユティスは不安になった。もし彼の説得が失敗したのなら自分達も中に入ることができなくなるのではと思ったのだが――
どうやら成功したようで、教員などを呼ぶこともなく通された。
(許可出した人、大丈夫かな)
なんとなく心配しつつも、ジシスやイリアと共に学院を進む。
闘技大会前となると魔術師を雇いにこうした見学者は多いらしく、ロゼルストと違い相当あっさりと中に入ることができる。無論セキュリティは万全の上だろうとユティスは思いつつ――なんとなく耳を澄ませる。
講義が始まっているらしく、どこからか教員らしき人物の声が聞こえた。
「……そういえば、闘技大会とはいえ休みではないんですね」
ふと、イリアが思ったことを口にする。するとジシスは「うむ」と返事をした。
「基本、学院と闘技は分離しているという考えじゃからな……もっとも、大会期間中は学院内でも運営を手伝う人間が出るため、おとなしくなるのが常じゃ」
「ああ、そういうことですか」
「騎士ジシス。となると今日は人が少ないと?」
「教員の授業数が少ないというだけで、多くの学生は授業を受けているはず」
(……人を雇うという場合あんまりよくない展開だけど、異能に関して調べるのには適しているかも)
さすがにどこかに忍び込むなんて真似はしない方針だが――人が少ない分人目を避けて行動することはできる。場合によってはそちらを先に済ませてもいいかもしれない。
そんなことを考えた時、
「……ああ、そういえば」
ジシスが声を上げた。