眠っていた力
ユティスの風により、ジェドの体は吹き飛んだ。けれど数メートル後退した段階で地面に足をつける。
やはり大して効いていない。攻撃には、間違いなくもう一つの力が必要で――瞬間、ユティスは悟る。
頭に浮かんだ感覚。叫びたくなる衝動を抑え、ユティスは感覚通りに行動する。
「すげえじゃねえか! おいリザ! 奴は相当――」
ヒュゴの歓声が止まる。遠目でも気付いたのだろう。
ユティスの瞳が『彩眼』に変じていることを。
流れる動作で剣が生じる。その動き全てをユティスの体は覚えていた。
(やっぱり、『創生』も――!)
異能自体も修練していた――が、その記憶まで吹き飛んでいるのは、どういう了見なのか。
だが考えている暇はない。ジェドが風を受け切り体勢を整え――ユティスが剣を生み出し、前に踏み込んだのはほぼ同時。
ユティスはさらに、体の内に眠る記憶を呼び起こしていく。両手で生み出した剣を握り締め、剣を構え完全に戦闘態勢を整えようとするジェドへ迫る。
同時、ユティスは右手に迸る程の魔力を感じる。何の力がいまだ判別がつかない中で――ユティスは、それを相手に叩きつけるべく全力で振り下ろした。
ジェドがそれを阻むべく剣を横に構え防御する。受けた直後反撃に転ずるという思惑が透けて見えたが、それでもなおユティスは攻勢の手を緩めなかった。
右手に魔力が収束するのをユティスは自覚する。直後、剣戟がジェドの剣に触れ、
刃にしかと、ユティスの剣が食い込んだ。
ジェドの瞳の奥に、僅かながら動揺が走る。ユティスが『創生』によって生み出した剣の切れ味が相当なものだったか――とはいえ金属同士のぶつかり合いでこうまで易々と相手の武具を両断するのは、通常あり得ない。
だが、それをユティスはやってのけようとしている――原因は紛れもなく、
刀身に宿った、黄金色の光。
ユティスは勢いを殺さぬまま剣を振り抜く。刃が紙でも斬るかのように易々と両断し――ジェドの身に、しかと斬撃を叩き込んだ。
くぐもった悲鳴。ヒュゴが魔具によってジェドの体を貫きながらカノワを刺した時とは違い、明確に痛みを感じている様子。これはおそらく、収束させている魔力量の違いだろう。
その声は紛れもなく、苦痛を誤魔化すためのもの。ユティスは通用すると断じ、よろめくジェドに対しさらに攻勢に出るべく足を前に出した。
その瞬間、右腕に集まる力――これが何なのかを理解し、剣を一層強く握りしめる。
ジェドは一転劣勢に立たされた中で、最後の抵抗をするべく初撃にユティスがしてみせたように足を前に出した。ただし彼の場合は逃げるためではなく、反撃するためなのはユティスにもわかった。
現状、ジェドが握る剣は半ばから両断されている。接近しなければ意味がないと断じたのだろう――理性を吹き飛ばした中でもなおそう判断できたのは、唯一戦闘に関わる部分だけはきちんと理性が働いているためなのか。
だがその所作は、苦し紛れのものであるのは明白だった。ユティスは極めて冷静に相手の動きを見極め、両断した剣で攻撃するタイミングに合わせ剣を薙いだ。
結果、ユティスの剣はジェドの握る剣の根元近くを捉える。先ほどと同様刃はあっさりと金属を両断し、さらにジェドの体へとすれ違いざまに一撃加える。
咆哮。ユティス自身それほど力を加えることはできなかった一撃だったが、刀身に注がれた魔力により威力は十分だったらしく――ジェドは痛みに耐えかねて倒れ伏した。
同時、彼は起き上がろうと魔力を暴走同然に発しながらのた打ち回る。発露する魔力を感じ取り、ユティスはなぜ勝てたのかと改めて疑問に思ったりしたが――そこで、はたと我に返る。
ヒュゴへ視線を移す。相手はリザ越しにユティスを見ており、
「……そうか」
喜悦を大いに含んだ、好奇な声が放たれた。
「噂には聞いているよ。あんたが噂の――風の聖剣を生み出した『創生』の魔術師か」
――周囲が、少なからずどよめく。
事の一切を見ていなかったリザも、肩を僅かに震わせるのがユティスにはわかった。
「そうかそうか……だが見た所あんたは魔術師。剣の訓練は受けていたらしいが……腕はそう大したもんではなかったはずだ。正直、ジェドに勝てるような力を持っているとは思えないし、何より――」
ヒュゴはユティスの握る剣に視線を送る。そこには、まだ光の残る剣が。
「破邪の力を持っているとは、思わなかったよ」
――ユティスが使用したジェドに対する技法。それはヒュゴの語った通り、一般的には破邪と呼ばれる力だった。
あらゆるものを滅する『虚無』の力と正反対の特性。魔物などを魔力の塊である存在を筆頭に物質を跳ね除ける力があるため破邪と呼ばれる――聖なる力というイメージの強い属性。
本質的には「使用者自身の魔力が込められた物質や力を弾く」という性質を持つ。結界に使用される属性であり、物質や魔力問わず攻撃を弾くのだが、これを攻撃に転用するのは難しく、そういう利用者は少ない。
しかしその習得難度に見合った性質は持っている。攻撃に転用すると非常に強力な属性であり、先ほどのように金属を平然と切ることだって可能になる。さらに収束の仕方によっては少ない力で強固な結界を破壊することもと可能。
ただ本来、この属性を攻撃に使用するには相当な修練が必要で、なおかつ素質もいるのだが――ユティスはそれを『精霊式』で行っている。
もちろん、この性質をここまでのレベルに仕上げたのは、失われた記憶の中にあるユティスの努力の賜物であるはずで――とはいえ現状記憶のないユティスは、ヒュゴの質問に対し小さく肩をすくめた。
「その辺りのことについては……こっちが聞きたいくらいだ」
「ふむ、そっちも事情ありか……だが、どうする?」
問い掛けられる。無論ユティスもわかっている。
ユティスは勝利したが、レオはなおも交戦し、ヴィレムも結界の維持に腐心している。なおかつリザとティアナはまだ動けない。本来ならばユティスは彼女達の援護に回るべきだが、リザやティアナが動けない相手となると、ヒュゴ達はジェドを上回る技量であるのは確定的で――破邪の力を思い出したのはいいが、技量的な問題で援護しようと近づいた瞬間斬られてもおかしくないように感じた。
破邪の力だってバラしてしまったので、意表を突くような形も無理。となれば、できることはレオを援護するくらいだろうか――
「まあ、こっちもジェドがやられた以上、頑張らないといけないな」
ヒュゴは呟くと、一瞬だけナナクに目を移す。
「そっちも、頑張ってくれよ」
「当然だ」
ティアナ達が交戦を開始しようとする。レオの援護をする間に二人がやられてしまう可能性もある。ならば、どうすればいいのか――
そう思った時、ユティスは一つ策を見出した。
現状を打破するために、自身がどう動けばいいのか。
まずは残っている魔力と相談。考え出した策ができるだけの魔力はある。ならば――と、ユティスは気を奮い立たせ、異能を発動。その瞳に『彩眼』を宿す。
それにヒュゴはすぐさま気付いたが、今度はリザは僅かに身じろぎしそれを止める。
ユティスは、ヒュゴ達との戦いを止める技量はないと考えている。だが――
腕輪に溜めていた魔力も利用し、生み出されたのは一本の杖――それは、ここまでの事件で使用してきた、結界を構築するための杖だった。
どうやら『創生』を活用する場合、『精霊式』の契約で手に入れた魔力を使用することはできない――それをユティスは身を持って認識しつつ、杖を握る。
異能は生来持っている魔力を利用してしか生み出せない。だが、創り出した物に対しては『精霊式』で用いる魔力が使える――そう頭の中ではっきりと理解しながら、杖を地面に突き立てた。
次いで発された言葉と共に、ユティスは杖に全力で魔力を注ぎ込む。
「防げ――光の守護者!」
発動した結界は、ヴィレムが構成していた結界の規模と範囲を、そっくりそのまま踏襲――いや、レオが戦う右側にはさらに結界量を多くした。
それにヴィレムも気付いたらしく、ユティスと目を合わせ、
「騎士ヴィレム!」
先にユティスが声を発した。直後、理解したヴィレムはまず自身が構築していた結界を解除する。
だが魔具所持者達の攻撃は、ユティスが生み出した結界による阻む。そしてフリーとなったヴィレムは、ナナクを狙うべき一気に駆ける。
「くっ!」
ナナクが目論見を理解し、ティアナを仕留めるべく腰を落としながら間合いを詰める。低い姿勢からのすくい上げるような一撃。まるで鮫が人間の首筋に食らいつこうとするような獰猛な剣。それをティアナは見極め受けたが――膂力の差からか、半歩以上引き下がる。
ヒュゴも動く。力にものを言わせた横薙ぎが繰り出され――対するリザは、紙一重で避けることに成功する。
両者共、防御に専念したが故に相手に攻撃することはできなかったが、ヴィレムが加わることにより、戦局が変わるのは明白だった。
ナナクへ向け最短距離を突っ走り放った彼の斬撃は、駆け引きなど存在しない純朴な一撃。だがしっかりと体重を乗せた一撃は受ければ押し込まれることが確定であり、その先がどうなるかを予測できたナナクは、即座に回避を行う。
紙一重――いや、彼の右肩に刃が僅かに掠め、傷口を生む。利き手の肩を負傷した以上、もしかかってくるとしても多少ながら影響が出る。さらにティアナとヴィレムの二人が相手となれば、最早ナナクが自ら仕掛けることはないだろうとユティスにも予測できた。
さらに、リザの援護にはレオが入る――ユティスが結界を過剰なまでに構成した結果、魔具使用者達は押し留められた。よって、レオが引き返しヒュゴを狙うだけの時間を稼ぐことができたのだった。