路地奥の密談
ジェドが少年の案内により訪れたのは、リザと交戦した場所からはだいぶ離れた地点。もしや少年は迷ったのでは――そんなことすらジェドが思った時、到着した。
「お待たせ」
少年が言う。そこに――男女が向かい合い話し込んでいる姿があった。
ジェドから見て右側にいる人物は合計して二人。銀髪を肩に掛かる程度に伸ばした男に、黒髪の女。両者共似たような旅装姿だが、銀髪の男性だけは人を威圧するような強い気配を克明に放っている。
左側にいるのは、合計五人。その内二人は全身鎧を着こんでおり表情はわからない。その人物達に挟まれているのは、見た目二十代半ばといったところの、輝くような金髪を持った黒い貴族服の男。加えその後方には褐色の肌を持つ青い髪の男性と、短い黒髪を持った三白眼持ちの男が控えている。その男二人は双方とも鉄製の胸当てを着こんでいる――貴族の護衛をする者達といったところかもしれない。
さらに視線を転じれば、もう一人。地面に胡坐をかき、俯く人物。腰に剣を刺してはいるのだが、鎧の類を着ていない丸っきり一般市民の格好かつ、長い灰色の髪を持つその男は、眠っているようにも見えた。
だが、ジェドは違和感しかなかった。特に貴族。こんな裏路地の奥で、何をしているのか。
疑問に思っていると、少年の声に銀髪の男性が反応する。
「――魔力支配の力を持つ少年か」
「ああ、そうだ」
応じたのは金髪の男性。すると少年は訝しげに反応。
「話したの?」
「まあ、ちょっとだけな」
貴族の男は肩をすくめる。話の途中に割り込んだ形なので、ジェドとしては無言を貫くしかない。
加え、ジェドは嫌な予感がした。少年の誘いに乗ってここまで来た。だが、今すぐ引き返すべきなのではないか。
「で、彼が?」
にこやかに貴族の男が問う。少年が頷くと、彼はジェドに笑い掛けた。
「私の名はイドラ=グリジン。とある場所でしがない貴族をやっている人間だ」
「よく言うな、お前は」
対面する銀髪の男が嘆息しつつ呟く。それにイドラは苦笑し、
「ああ、ケイン。彼らが朝言っていた人達だ」
ケイン――少年のことだろうとジェドは推測しつつ、事の推移を見守る。
「自己紹介をしなさい」
「ケイン=アドガイアといいます」
「レイモン=バハルトだ」
銀髪の男が言う。次いで、
「ドミニク=ノルラン」
彼の後方にいる女性が言うと、レイモンが続ける。
「本来もう一人いるんだが、そいつは今日別行動だ……で、その御仁を連れてきたのは何用だ?」
彼の質問に対し、イドラはジェドに視線を移し、
「ああ、ちょっとな……ケイン、確認だがこの人物に提案したんだな?」
「うん」
そこでケインはジェドへ振り向く。
「いいよね?」
無言となる。これは一体、どういう状況なのか。
ジェドとしては肯定することができなかった。このまま何も見なかったことにして引き下がるべきではないか――そんな風にさえ思え、踵を返そうとする。
「おっと、待ってくれ」
イドラが言う。刹那、ジェドの目に後方に控えていた褐色の男性の姿が――消えた。
何事かと思った瞬間、突如右肩に手を置かれた。
「まあ、そう緊張するな。気楽にいこうじゃないか」
一瞬だけ振り向くと、そこには褐色の男性――あり得ないと、正直思う。
「さすがだな」
レイモンが告げる。その声音には、感嘆の色が大いに含まれていた。
「現状でも、相当な戦力だと思うが……それでは足りないのか?」
「この程度のことは、異能者でなくても十分可能だ。あれは単なる短距離転移だからな」
転移――認識した時点で、とんでもない失態を犯したと気付いた。背後に立つ褐色の肌を持つ男性の力量はわからない。だが短距離ながら転移魔法を使用する時点で、逃げることはできない。
「彼を、どうするつもりだ?」
雑談に興じるという程度の声音で、レイモンがイドラへ問い掛ける。
「それは……見てもらえれば」
イドラはジェドを一瞥し告げた――本能的に危険を感じ、咄嗟にジェドは腰の木剣を抜こうとする。
「まあまあ、落ち着けって」
だが、横に来た褐色の男がジェドの動きを制した。
「そう危険なことにはならんさ。実際、俺も同じようにされてピンピンしているからな」
「ログオーズ、そう無理に納得させる必要はないさ」
イドラが褐色の男へ告げる。
「お客さんにそう高圧的に当たる必要もない……さて、名前を訊こうかな」
笑みを見せイドラは問う。ジェドは何も答えられなかった。この状況は、あまりに異常。
そしてログオーズがジェドの肩を掴む。どうすれば逃げられるのか考える間に、彼はジェドを押しイドラへと近づけていく。
「……俺達は、行くぞ」
レイモンが言う。するとイドラは残念そうに、
「おや、もういいのか? 見ていかないのか?」
「その様子だと異能に関することじゃなさそうだからな。悪いが、興味もない。ただ……派手な行動は避けるべきだとは思うが、そちらはこちらの忠告なんて聞く耳持たないようだし、アドバイスの一つでもして去ることにする」
そう言いつつ、レイモンは懐から何かを取り出す――それは、腕輪だった。魔具のようだ。
「この魔具だが……お前、他国から融通された魔具をそのまま利用して実験をしているな? 少しくらいは誤魔化さないと、いずれ足がつくぞ?」
「心配いらない。君が所持する魔具以外の国々の物もあるからな」
イドラは明瞭に語る。するとレイモンは眉をひそめ、
「……色んな国とコネがあるのか?」
「そういうことだ。それに、魔具というのは下手に加工すると力が落ちる可能性もあるため仕方のない面もある……ま、どちらにしろこの程度で足がつくような行動はしていないし、もし露見したとしてもさして影響はない」
断じたイドラは、レイモンに含みを持たせた表情を見せ、
「……もしよければ、君達も加わらないか?」
「悪いが、俺には俺の目的があるからな。あいにく、あんたの傘下に加わる気はない」
「そうか、残念だな」
「……力づく、という気はないんだな」
「その手段も一度は考えた。しかし――」
彼はレイモンに視線を送る。
「……さすがにここで異能者同士が殺し合いをすれば、目立つだろうからな」
「現状だって派手にやっていると思うが……ま、いい。そちらの行動について俺は何も言うつもりはない。異能者を仲間に加えるのも勝手にすればいい。しかし――」
「先ほど話した異能者を見つけたら連絡、だろう? 私としても必要のない異能者だろうから、それは構わないさ。だが――」
そこでイドラはケインを一度見た後、告げる。
「なぜその異能者の所在を欲しがる?」
「言っておくが、俺はあんたに全てを伝えたわけじゃない」
レイモンは応じる。それはどこか、イドラに対し優位を保とうとするような雰囲気。
「実際、俺はあんたにこちらが保有する情報網でどういった異能者がいるのかを多少ながら教えたわけだが……あらゆることを教えたわけじゃない。会話をしていて、俺はあんたがとあるルールを知らないこともわかったが、それだって伝える気はない」
「ルール?」
眉をひそめ聞き返すイドラに、レイモンは頷き、
「異能者との戦いにはルールが存在する……が、会話をしていてその一つを知らないのがはっきりとわかった」
「興味深いが……教えてはくれなさそうだな」
「そうだな。特に異能者ではないあんたには、教える義理はないね」
挑発的な言動に全身鎧の人間が動こうとする。しかし、イドラはそれを手で制した。
「動く必要はない……わかった。どうやらこの戦いにはまだ裏がある様子。それについては、いずれゆっくりと調べることにしよう」
「ルールがわかることを祈っているよ……それじゃあな」
手を振り、レイモン達は去っていく。そして残ったイドラは見送った後――少しして、ジェドに目を向けた。
「待たせたな」
「……悪いが、断ってもいいか?」
「逃げられるのならば、逃げればいい」
はっきりと告げた。ジェドは怒りに近い感情を抱きつつ、イドラに質問する。
「何が目的だ?」
「そう警戒するな。私はお前を強くしてやるつもりなのだから」
言いつつ、彼は懐から腕輪を取り出す。それには淡く魔力が生じている。
「何を、する気だ?」
それを渡す、などということではないとジェドは理解できていた。一体――
「心配するな。お前の横にいるログオーズも同じような過程を経て強くなった」
一歩、イドラはジェドに近づく。
「無論、多少のリスクがあるのは確かだ……強くなるのならば、相応のリスクは背負わなければな?」
笑みで顔が歪む――それはジェドにとって、身震いさせるような恐ろしい笑みだった。